【冬至】ゆず湯に浸かって冬至カボチャを食べる一陽来復の日も過ぎて何気ない平穏に感謝かな

クリスマスも近づいて・・・

 

■コロナやインフレで世界は激動するが・・・

 

完全に定年退職して既に10年。時間の過ぎるのは実に早い。びっくりするほどだ。急に時間の動きが早まったわけではなく、時代の進む速度が加速したわけでもない。しかし体感的に時間はあっという間に過ぎていく。そんなものだろう。

昨年もこんなことがあって、今年もそれを継続できるのは有り難いことだ。歴史は大体毎年の繰り返しだが、ある時点でガラッと変わることもある。

平凡な日常的な中でそれが起きるのだ。去年はさほどでなくても、ある年に様相がガラッと変わる。新型コロナウイルスの感染流行や世界的なインフレ高進はそれに当てはまる。

歴史的に見ても、時代的に考えてもびっくりするようなことが起きる。コロナもインフレも何十年ぶりかの発生だ。これが驚かずして何に驚くか。

 

冬至もあっという間に過ぎて・・・

 

■ゆず湯に浸かってカボチャを食べる一陽来復の日

 

そう考えてくると、毎年、毎年、何も変わらないことこそ実は驚くべきことかもしれない。今年は22日が冬至だった。1年中で昼間の時間が最も短い日だ。この日を最短日に、日が最も長い夏至(2023年は6月21日)に向けて進んでいく。

どういうわけかこのところ毎年にように冬至には「冬至カボチャ」を食べている。何となく、冬至は「ゆず湯に浸かってカボチャを食べる日」と決めている。今年もおいしくいただいた。

冬至の別名は「一陽来復(いちようらいふく)の日」。良くないことが続いた後に良いことが巡ってくるという意味だ。

ハンドメイド・手作り・クラフト作品の通販・販売サイト「Creema」によると、「中国や日本では古来より、最も昼が短い冬至を『太陽の力が最も衰える日』と捉え、この日を境に日が長くなることから、太陽が生まれ変わる日とされてきた」という。

冬至を境に日は長くなっていくものの、まだ寒さは厳しく、栄養価の高いカボチャを食べてゆず湯に浸かって身体を温めることで無病息災を願ったのが由来らしい。

カボチャの色は古来、魔除けの色と言われた黄色であることや、栄養満点で保存の効くカボチャがぴったりだったのが理由だとか。ゆずも、カボチャ同様黄色く魔除けの謂われがあり、湯船に浸かって温まれば健康促進にもつながると言うわけだ。

 

梅の花芽も膨らみ始めた

 

■「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」

 

このところ毎朝、起きるのが9時頃だ。だんだん遅くなっている。シフト勤務をしていた現役時代は5時起きの時もあった。えらい違いだ。就寝が午前1時ごろだから仕方がないと言えば仕方がないが、それにしてももう少し朝の始動を早めたいものだ。

食事を済ませたのち、外のミニマイガーデンでコーヒーを飲むのが日課になっている。もちろんとんでもなく寒い日などは無理だが、日差しがあるなら外に出る。これが結構気持ちが良い。

12月24日。クリスマスイブである。そこで見つけたのが梅の花芽だ。土の中からもチューリップの球根が花芽を出している。

ことわざで「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」とあるように、梅はせん定しないと樹形が乱れ、枝が混み合い、花や実も付けにくくなると言われる。

1月にも花が咲く花芽(はなめ)は丸みを帯び、葉や茎になる葉芽(はめ・ようが)は尖り気味らしい。花芽と葉芽の見極めが難しいという。

正直言ってこれまでの人生で大事にしてこなかったことに手こずっている。要は仕事以外のことだ。しかし退職後は仕事がなくなる。仕事以外のことばかりだ。悔しいがそういうことだ。自分が無能になる。悔しい。

 

すばらしいピンクノックアウトに魅了されて

 

■すばらしいピンクにうっとりと

 

これは5月の「初心者から始める鉢バラの育て方講座」を受講した際、たまたま空いていた席の上に置かれていたピンクノックアウト。

最初、ピンクのバラはどうかなと思ったものの、眺めて見ると、花の色つやといい、鮮やかさといいなかなか良い品種であることに気付き、すっかり虜になってしまった。

病気にも強く、病気をノックアウトする品種なので、秋バラが咲くのをずいぶん期待しながら育てていた。そのときのこともブログに書いている

 

坊主になってしまったピンクノックアウト

枯れてしまったピンクノックアウト

 

■こんな姿になってしまうとは・・・

 

ところが、「花芽摘み」を指導されたものの、花芽とともに、枝までも摘み取ってしまった自分がいた。10月初旬まで花芽摘みを行っていたが、いつの間にか葉っぱもなくなり、全くの坊主になってしまった。

美しい花があまりにもきれいに咲いて嬉しくてたまらなかった。それがなぜこんなことになってしまったのか。要は残すべき花芽も葉芽と一緒に切り取ってしまったのだ。植物は葉っぱで光合成を行う。命を摘み取ってしまった。

病気にどんなに強くてもこれでは生き残れない。光合成ができなくては死んでしまうしかない。過保護のせいだ。その挙げ句の果てがこの姿ではないか。

「枝は枯れていなさそうなので、来春には生き返るかも知れない。かすかな希望を持って待つしかない」と知人が慰めてくれた。知人の祈りを信じるしかない。

 

新たに買ったアプリコット・キャンディ

 

■バラだからと過保護になるな!

 

11月の秋バラフェアでピンクノックアウトに代わって買ってきたのがアプリコットキャンディ。やさしい杏色の強健な四季咲きバラだ。花付きがよく、花首がしっかりした半剣弁高芯咲きの大輪種らしい。

蕾はまだ開いていなかったが、12月になって開いた。これがその花だ。咲いた当初はぷーんとアプリコットの匂いがした。しかし時間がたつに従って匂いもしなくなっていく。そういうものかもしれない。

こ段階で咲くのはどうかなと思ったが、放っておくことにした。バラだからと言って過保護になってはいけないのではないか。歩いていると生け垣の中に何本か植わっている家も見掛ける。あれはあれでいい。

私のように、あまり過保護にして枯らしてしまうケースもある。アプリコットキャンディはどうなのか、ピンクノックアウトはやはり枯れ果ててしまうのか。バラを楽しむまでの境地にはほど遠いようである。

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