2007年12月 のアーカイブ

城崎温泉

カテゴリー: 神戸日誌

2007/12/31  09:46


①松葉ガニ特上


②カニ尽くし



③温泉街

香住漁港西港

カテゴリー: 神戸日誌

  09:37


①セリ風景(ベニズワイガニ)

②同(ズワイガニ雄=松葉ガニ)

③セリの行われた遊魚館

④漁港の朝

近藤書店

カテゴリー: 神戸日誌

2007/12/27  23:58


 1910年(明治43年)開店の神戸で一番古い古書店「近藤書店」(後藤正夫社長)が年明け1月14日で閉店する。三宮センター街の入り口近くにある同書店は学術系書籍を扱う老舗で、地元文化人や大学関係者に強く支持されてきた。

 閉店の理由は後継者不在。閉店を惜しむ声が強く、2週間ほど前に店を訪れた際、客から「残念ですね」と声を掛られた店主夫人が「私たちはホッとしているんですよ」と答えていたのが印象的だった。後藤社長は85歳。

Merry X'mas!

カテゴリー: 神戸日誌

2007/12/25  23:13


  洋菓子店「アンリ・シャルパンティエ」のクリスマスケーキ。芦屋が本店。今やほとんどのデパートに出店している有名店だそうな。包装紙には日本語が何も書かれていないので、カタカナ名も調べなければならなかった。1969年1月設立の老舗。神戸や芦屋には星の降るほど、洋菓子店がある。とても名前を覚えられません。

インカ・マヤ・アステカ展

カテゴリー: 神戸日誌

2007/12/24  11:40


 「インカ・マヤ・アステカ展」を神戸市立博物館で観た。最終日(12月24日)の前日だったのと、3連休の中日だったこともあって会場は大混雑。いつもは広々としている館内は人で溢れていた。主催のNHKが頑張りすぎたためか。

ルミナリエも終わって

カテゴリー: 神戸日誌

2007/12/19  23:57


 

 神戸ルミナリエが12月17日で終わった。6日からの12日間の点灯期間中に行ったのは1日だけだったが、動員数は400万人超。これを見ないと落ち着かない人もいるらしい。警備費を中心に経費の関係から開催日が去年より2日短縮された。

 13回目となった今年は観客に100円募金を呼び掛けた。継続開催を望む人が多数派だが、震災への鎮魂の目的が薄れたとのことで廃止論もくすぶっている。たった2週間足らずで、400万人も集客できるイベントはないだけに、市当局としても簡単には廃止に踏み切れないところ。

 最終日の翌日、所要でルミナリエコースを歩いた。ポールや飾りの取り外し作業が各所で行われていた。来年もここで見られるのだろうか?

太山寺

カテゴリー: 神戸日誌

2007/12/16  22:48


①本堂

 太山寺(たいさんじ)は天台宗の名刹。藤原鎌足の子、定恵和尚の開山で、鎌足の孫である宇合(不比等の子)が霊亀2年(716)建立したと伝えられる。本堂は神戸市に唯一の国宝。創立は不明。弘安8年(1285)の火災で焼失、永仁年間(1293~99)に再建された。

 神戸市西区伊川谷町前開224。南北朝時代には支院41カ坊、末寺8カ寺を持ち、僧兵も抱えていたが、現在は成就院、龍象院、遍照院、安養院、歓喜院の5カ坊。

②三重塔


 貞享5年(1688)の建立とされる。県指定文化財。

③天然ラジウム温泉太山寺「なでしこの湯」

 
 なぜだか分からないが、すぐそばに温泉があった。シャワーばかりで、たまに入っても、窮屈なユニットバスしかないわが身。迷わず、飛び込んだ。

神戸製鋼所第3高炉火入れ式

カテゴリー: 神戸日誌

  22:19


①火入之儀

②送風之儀

③第3高炉3次サラマンダー

 炉底に残っていた銑鉄の残滓。これをサラマンダー、火の中に住むといわれる伝説の動物「火トカゲ」と呼んでいる。サンショウウオ。

ビリケン様

カテゴリー: 神戸日誌

  21:42


①松尾稲荷神社

 JR神戸駅を2号線沿いにさらに西に行くと、中央区から兵庫区に入る。「食彩小路」稲荷市場を中を抜け、150mほど進むと右脇に予想外に立派な「松尾稲荷神社」があった。神社の内部は昼間でも暗く、真っ赤な提灯がずらっととぶら下がる不思議な空間。
②ビリケン様

 「ビリケン様」が鎮座するのは神殿一番奥のそのまた左奥。ビリケンはアメリカの女性彫刻家が夢想して1907年(明治40年)に製作した神様の姿だとか。翌年シカゴで開かれた美術博覧会に出展されて評判をとり、その複製が福の神として世界中に流行したという。

 日本にも明治の終わりごろ渡来。大阪通天閣の「ビリケンさん」が有名だが、ハイカラなものが好きな神戸人の間でも人気を博したようだ。2007年は100年になる、と隣りの紙に書かれていた。名前の由来は当時のアメリカの大統領の愛称「ビル」にちなんだとか。とにかく、福の神はありがたい存在だ。

人情喜劇「銀の馬車道」

カテゴリー: 神戸日誌

  06:03


①人情喜劇「銀の馬車道」

②夕闇に浮かび上がる姫路城

 明治政府は、殖産振興の一環として生野銀山を国有化し、フランス人鉱山技師を招いて最新設備導入による増産を計画。それに伴い、生野銀山と飾磨港との南北約49キロに、産出された銀や精錬・精鋼に必要な石炭、そこに働く人たちの日用品などを運ぶ「生野鉱山寮馬車道」(愛称・銀の馬車道)を明治9年(1876年)整備した。

 この「銀の馬車道」は当時の技術の粋を集めた物流専用道路で、いわば”日本初の高速産業道路”。その後、更なる輸送力向上のため、播但鉄道(現JR播但線)が明治28年(1895年)開通したことで、20年足らずで姿を消した。

 朝来市→神河町→市川町→福崎町→姫路市を結ぶ2市3町の沿線は今では大部分が国道や県道になったが、ルートをたどれば、記念碑など当時の面影を偲ばれるという。兵庫県では日本の経済発展の礎を築いた「銀の馬車道」を中播磨地域の南北交流のシンボルとしてプロジェクト化し、様々な事業を展開している。

 生野銀山は大同2年(807年)の開坑と伝えられているが、それを裏付ける文献は存在しない。古文書には天文11年(1542年)の開坑と記されている。織田信長、徳川家康など時の政権基盤を支える重要な資金源だった。最盛期は16世紀末から17世紀半ばまで。以後、徐々に衰退の道をたどる。

 人情喜劇「銀の馬車道」もその1つで、NPO法人姫路コンベンションサポートが立ち上げた演劇。劇団は俳優24人、スタッフ9人の計33人で構成。子供から老人までが幅広く参加。物語は舟運→馬車交通→鉄道へと移り変わる交通史の節目を描いている。神戸新聞社創刊110周年記念事業「地才地創シンポジウムin中播磨」(12月6日、姫路キャスパホール)。

 舞台は明治6年、秋祭りの時期。福崎町辻川の庄屋に、祭りの酒で血走った船頭たちと喧嘩になったフランス人医師が逃げ込んだところから始まる。銀山から港町までの輸送を取り仕切ってきた船頭たちは、自分たちの職を奪う「銀の馬車道」建設に協力するや否や?!