2015年4月 のアーカイブ

布団干し

カテゴリー: 丹波日誌

2015/04/30  19:31


布団を干すのが最初の仕事

布団を干すのが最初の仕事

 

母の3周忌の法事を自宅で営むとなると、その準備が大変だ。今回は3周忌なので、身内だけで済ませるとしても、みんな近間に住んでいるわけではない。車で15分くらいの隣町に住んでいるのは下の姉夫婦だけ。

上の姉夫婦は大阪から車でやってきた。2男ファミリーも大阪から電車で来た。泊まり客が2組+自分たち夫婦の合計3組。それなりに、寝具を用意しなければならない。田舎は人寄せが多い。最近でこそ、会館などを利用するケースが増えているものの、まだ基本は自宅だ。

母が亡くなった際も、通夜式を自宅で、葬儀・告別式は会館で行った。どちらも会館で行えば楽だったが、やはり長年住み慣れた自宅から故人を送り出したいのが身内の気持ちだ。

 

住職が座る座布団は赤

住職が座る座布団は赤

 

お天道さまによく干した座布団に座ってもらわないといけない。夜寝てもらう布団もしっかり干したものでなければならない。敷布団も掛け布団もそうだ。これが結構大変な作業である。晴れてもらわないと困る。

牧之原ラーメン

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 食/食堂/レストラン

2015/04/29  15:33


これは何だ?!

これは何だ?!

 

母の3周忌の法事を行うため帰省した。練馬の自宅から関越自動車道に入り、鶴ヶ島ジャンクションで外環道に乗った。八王子で中央道に乗るつもりが、分岐を間違えて、そのまま外環を走る羽目になった。

外環がこの3月に東名とつながったことを知っていた。知らない道を走るのはやはりロマンがある。海老名で東名とつながる。そんなに長い距離ではない。風景も特別にどうということもなかったが、一応知らない道を踏破したことで征服感を味わった。

女の論理から言うと、「こういう非現実的な選択をする男はバカ」ということになる。目的地に着くには遠くなるし、時間もかかるし、お金もかかる。おかげで東名・岡崎辺りの事故渋滞に巻き込まれ、2時間ほどロスした。「バカで結構」と反論したものの、やはりバカはバカだった。

渋滞対策の時間調整で牧之原SAに寄った。小腹が減ったので何か食べようかと食堂に入ったら、「迷ったら牧之原ラーメン」と大々的な広告がしてあった。出てきたのがこれ。

普通のラーメンを食べ慣れている人間にはそばとしか思えなかった。特産のお茶の色をしたそばとこれも特産の桜エビのかき揚げが入っていた。わかめまで入って「わかめそば」風だった。スープもあっさりで、正直ラーメンというよりそばに限りなく近い。

快気祝い

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 酒/酒場/居酒屋

2015/04/28  22:30


清酒「剣」

清酒「剣」(南新宿・三是寿司)

 

退院してから2カ月以上経った。時間の経つのは何とも早い。入院していたことが遙か昔のような思われる。あれだけ苦しんでいたのがまるでウソのようだ。もちろん、手術の傷跡はしっかり残っており、ときおり傷口が痛むが、普段は忘れている。

忘れることができるからこそ、人間は生きられる。忘れることができなければ、非常に具合が悪い。妊婦も出産の苦しみを忘れるからこそ、2人目を産み、さらに3人目を産んだりする。

入院中に何かと励ましのメールをくれた友人と新宿で飲んだ。会社は違うが、昔、神戸で世話になった。この日は私の全快を祝ってくれた。嬉しかった。アルコールは基本的に控えているが、少しは飲むようにしている。飲むのを我慢することのほうが体に悪いと勝手に解釈している。

友人も大病を患ったばかり。今も3カ月ごとに医者の診察を受け、経過観察しているという。当然、酒の肴は病気の話が中心だ。新しいことを始めるのではなく、いかにして生活を縮小していくかがシニア世代の最大のテーマだ。

とはいうものの、なかなか人間が枯れない。俗人気質が抜けない。生に執着している自分がいる。自分の扱い方が分からない。いやはや、人間は何とも、厄介な存在だ。

虎ノ門金刀比羅宮

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2015/04/23  23:21


高層ビルと共存する金刀比羅宮

高層ビルと共存する金刀比羅宮

 

何とも不思議な光景だ

何とも不思議な光景だ

 

これが神社です

これが神社です

ジョージアの夕べ

カテゴリー: 酒/酒場/居酒屋

2015/04/22  23:11


あいさつするツィンツァゼ駐日ジョージア大使

あいさつするツィンツァゼ駐日ジョージア大使

 

日本政府は22日、「グルジア」の呼称を英語に基づく「ジョージア」(Georgia)に変更した。「グルジア」はロシア語が由来だった。しかし、同国は08年に領土をめぐってロシアと武力衝突してから、各国に「ジョージア」への変更を要望。日本も法改正し、表記を改めた。

 

レヴァン・ツィンツァゼ駐日ジョージア大使は映画の上映を前に、ロシアがウクライナのクリミア半島を実効支配したことに関連、「ロシアによるクリミア併合は1991-92年にジョージアで起こったことと同じだ。アルハジア紛争では25万人が故郷に帰れず難民としてさまよっている」と述べた。

ロシアのプーチン大統領とアルハジア自治共和国のハジムバ大統領は昨年11月、同盟・戦略的パートナーシップに関する条約に署名した。ジョージアはこの条約署名を「ロシアによるアルハジア併合の第一歩」と非難している。

 

乾杯のあいさつをしたのは臥牙丸関

乾杯のあいさつをしたのは臥牙丸関

 

日本の大相撲は今や外国人力士の活躍する「国技」になったが、関取にジョージア出身力士が2人もいることを知らなかった。西前頭四枚目の栃ノ心(とちのしん)と西前頭十五枚目の臥牙丸(ががまる)で、この日は臥牙丸関が出席して乾杯のあいさつを行った。

 

白ワイン「ピロスマニ」

白ワイン「ピロスマニ」

 

こちらは赤ワイン

こちらは赤ワイン

 

ツィンツァゼ駐日ジョージア大使によると、「甲州ワインのルーツはジョージアにつながる」という。ジョージアはぶどう発祥の地とも、8000年のワイン文化を持つ世界最古のワイン生産地の1つともいわれる。

いただいたのはピロスマニの白と銘柄不明の赤ワイン。ピロスマニはジョージア出身の画家ニコ・ピロスマニ(1862~1918)の名前を冠したワインで、どうやら赤が有名らしい。飲んだのは白だった。

『コーン・アイランド』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

  22:33


中州の島で横たわる老人と孫娘(東京映画祭HPから)

中州の島で横たわる老人と孫娘(東京映画祭HPから)

 

エングリ川と中州(同上)

エングリ川と中州(同上)

 

作品名:『コーン・アイランド』(Corn Island) 第49回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭グランプリ受賞
監督:ギオルギ・オヴァシヴィリ
2014年グルジア・チェコ・フランス・ドイツ・カザフスタン・ハンガリー製作映画
2015年4月22日@日本記者クラブ

 

とても不思議な映画だ。今までに見た映画とまるで違う。登場人物は最初は老人1人。そのうちその孫娘らしい少女が加わるが、10分くらいは会話も何もなく、最後までそれが続くのではないかと思ったほどだった。

「どこからともなく老人が川の中州にできた小さな島に上陸し、こつこつと小屋を建てる。やがて、その小屋を拠点に島の土を掘り返し、畑を耕していく。途中から若い孫娘が合流し、老人を手伝う。黙々と続く作業の合間に、両陣営の兵士がボートで中間地帯たる島の前を横切っていく…」(作品解説

「セリフを最小限に抑え、土地を相手に働き続ける老人の姿を淡々と描く映画の話法によって、観る者は画面の中に連れられていく。人間の争いへの批判を底流させつつ、ひたすら大自然に対する畏敬の念を驚異的な撮影で表していく奇跡のようなドラマ」(作品解説)だ。

だから、何も考えずに見るだけでも作品の上質さを感じることはできる。しかし、作品がメッセージを伝えようとしている限り、背景を知っておく必要がある。舞台は旧ソ連諸国の1つ「グルジア」(Georgia)の最西端に位置するアブハジア自治共和国。北のロシアとの間にエングリ川が流れており、それが国境になっている。

アブハジアとロシアの間を流れるエングリ川は、春の雪解けとともにコーカサスから肥沃な土を運び、中州を形成する。その中州にできた島は中間地帯だ。

 

http://yahoo.jp/ewbhL9

 

西は黒海、東はカスピ海に面する。北はロシア、南東はアゼルバイジャン、南はアルメニア・トルコと国境を接する。1991年にロシアから独立した。首都トビリシ。アブハジアは独立を主張して、92年から93年にかけてグルジアと戦争状態になった。現状は南オセチア地方とともに、グルジア政府の実効支配が及ばない。

老人が耕した島に植えるのがトウモロコシ。作品名の由来だ。手漕ぎボート、手作りの小屋、魚を捕る籠、大工道具、スコップ、長靴など見慣れない道具がいろいろ登場してくる。

言葉はアブハズ語(アブハジア自治共和国で主にアブハズ人によって話されている言語)、グルジア語、ロシア語が使われている。せめてロシア語を知っていれば、ボートでパトロール中の兵士と老人との間で交わされる会話の緊張感を感じ取ることができたかもしれない。

ご近所のそば処「大村庵」

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 食/食堂/レストラン

2015/04/19  22:20


小海老天丼セット

小海老天丼セット

 

自宅から歩いて行ける食事処に新しくそば処「大村庵」(練馬区高野台2)が加わった。寿司屋、焼き肉屋、ハンバーグ、牛丼、マック、ピザ、うどん屋などなど、何でもあるが、蕎麦屋はレパートリーに入っていなかった。

目白通りから少し入った街角にあるこの店は車で通りたびに気にはなっていたが、入ったことはなかった。自宅にいるときに、外食してまでおそばを食べようという気にはなかなかならないからだ。

それが、この日はどうしたわけか、そばを食べたい気分が強かった。食べるのなら、一度この店を試してみたかった。そんなに強く期待していたわけでもなかった。しかし、入ってみて、選択が間違っていなかったことを知った。

もちろん、老舗で、由緒正しい蕎麦屋はたくさんある。しかし、この店は「ご近所の蕎麦屋」、普段着で入る店だった。味も飛び抜けているわけでもなく、それでいて、店内の雰囲気も庶民的で、味わい深い。何とも言えない”味”を出しているのだ。

 

揚げ餅

揚げ餅

 

気に入ったのはこの「揚げ餅」。カレー南蛮のトッピングに付いているものだが、単品でも出してくれた。普通のお餅を揚げたものだが、これをだし汁に付けて食べるととてもおいしい。揚げまんじゅうは食べたことがあるが、お餅は初めて。意外性に驚いた。

A-JIS Spring Carnival 2015

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2015/04/18  18:15


 

グランドは人工芝が敷き詰められていた

グランドは人工芝が敷き詰められていた

 

自宅の近くに「アオバジャパン・インターナショナルスクール」(練馬区光が丘7)が引っ越してきたのは2012年10月だった。光が丘地区には8つの小学校があったが、少子化の影響で生徒が減少。2010年4月に4校に統合された。

閉校となった4校は2校が公共施設に利用され、残り2校は産業振興のために民間事業者に貸与された。アオバが貸与(10年)を受けたのは元の「光が丘第3小学校」。こうして見ても、日本で標準的な3階建ての校舎だ。

アオバは「日本人と外国人がお互いに支え合う環境の中で、バイリンガルかつ国際的な思考を持った生徒を育てることを目指している」(HP)。幼小中高一貫教育を目指す共学のインターナショナルスクール。アメリカンスクールでも、ブリティッシュスクールでもない。本当の意味のインターナショナルスクールで、多国籍だ。

 

ロボット恐竜

ロボット恐竜

 

Soccer 9

Soccer 9

 

Jazz Dance at Gym

Jazz Dance at Gym

 

Jazz Dance

Jazz Dance

 

ちょうどこの日、春のカーニバルが開催されていた。中をのぞく絶好の機会なので、1時間ほど見学した。校舎や体育館などの施設は日本の学校と全く同じだが、言葉は英語。グラウンドも地面の上に人工芝が敷き詰められていた。何となく変な感じがした。

子どもたちが英国で通ったのも公立の小学校。英国は移民社会。とにかく多彩な子どもたちがいた。多様性を肌で感じるようになるためにはこういうところで育つのが一番かもしれない。

居酒屋「塚田牧場」

カテゴリー: 酒/酒場/居酒屋

2015/04/17  22:31


鹿児島黒豚メンチ

黒豚メンチ

 

昔勤めた会社の仲間3人で2年ぶりくらいで品川で会った。60代も後半に入ると、話題は病気、年金、アルバイト仕事ぐらい。私が手術をしてしばらく入院したと話したら、2人も腸の炎症に苦しんだことや肩が痛くて整形外科に行ったものの、x線検査では何もないと言われ、そのままになっているとのことだった。

たまたま入った店が「鹿児島県霧島市塚田牧場品川高輪口店」(港区高輪3)。牧場直営の居酒屋かなと思ったら、どうやら業態は「居酒屋」で、その居酒屋が直営農場を持っているという。

2001年の設立後、あっという間に全国に177店舗(うち直営132店、ライセンス45店)を展開するまでに急拡大した。しっかりしたビジネスモデルがありそうだが、客からはなかなか見えない。飲んで、食べて、それでそんなに高くなければ、客として文句ないのだが、悲しいかな、経済記者の端くれとして、どうしても店の中身に関心が行く。

居酒屋「塚田牧場」を展開するのはエー・ピーカンパニー(本社東京港区芝大門、米山久社長)。ブランドとしては「宮崎県日南市塚田牧場」が先発で、同市に地鶏の生産・加工・処理場を造った。その後霧島市にも自社農場を建設し、出店を始めた。

米山社長は、「僕らは通常の外食産業ではなく、自社や提携先が育てた地鶏を自社店舗で販売する”生産・製造業”が直結したビジネスモデルだ」と週刊東洋経済のインタビューで語っている。居酒屋業界で勝ち残るのも大変だ。

 

ハナミズキの「最後の春」

カテゴリー: 花/木/樹

2015/04/16  22:55


隣の駐車場に延びた枝はいかなる運命に…

隣の駐車場に延びた枝はいかなる運命に…

 

桜が散るのとほぼ時を同じくするようにわが家の小さな庭で大きく育ったハナミズキが咲いた。シンボルツリーは玄関脇のヒメシャラだが、何せハナミズキは大きく、存在感をアピールしている。

植えてからもう20年。今のところに引っ越してきてから経った時間と同じだ。世の高さはヒメシャラのほうが高いが、幹の太さではハナミズキが勝る。自宅の前に遂にマンションが建った。わが家の庭の目が駐車場になった。ハナミズキの枝は駐車場に飛び出している。

冬場に少し幹を切り落とした。しかし、上のほうはまだ残している。車の上に花が散ることになる。春間近。蕾みが膨らんでいた。せめて「最後の春」を謳歌させてやりたかった。数日すれば、散り始めるのだろう。さて、どうするか。

 

見事に咲き誇った花を見るのが楽しみに

見事に咲き誇った花を見るのが楽しみだった

 

一輪の花びらをじっくりと

一輪の花びらをじっくりと見てみる

 

米ワシントン・ポトマック川の桜並木が、日本から103年前に贈られた”日米親善”の象徴だ。最近、至るところで目立つのがこのハナミズキ。こちらはその米国からちょうど100年前に、桜の返礼として贈られたのが最初だ。

米国から贈られた原木は60本。日本国内に残っているのはたった1本。東京都立園芸高校(世田谷区深沢)の校内にあるという。4月10日、同校でキャロライン・ケネディ駐日米大使も出席して「ハナミズキ100年祭」が行われた。

原野城治氏がコラムで、ハナミズキにまつわるエピソードを紹介している。女性歌手で作詞家でもある一青窈(ひとと・よう)さんが、2004年に歌って大ヒットした『ハナミズキ』という曲は単なるラブソングではなく、平和への思いを込めた歌だった。2001年の9.11同時多発テロ事件で一青窈さんの友人が子どもを残して亡くなったことの切ない気持ちを歌ったものだという。

『ハナミズキ』の歌は徳永英明氏のカバー曲として車で田舎に帰るとき、もう何百回、ひょっとすると千回以上も聴いている。すっかりラブソングだと思っていた。今度はじっくり聴いてみよう。