2018年8月 のアーカイブ

牛山盛りうどん

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2018/08/29  20:07


 

こうして1手間も2手間もかけてこそ、おいしいのです

 

たまねぎと肉を煮込んだ「山盛りうどん」でした

 

この日はおかしな天気だった。雨が降るかなと思ったら照って、照るかなと思ったらパラパラと降った。東京・練馬はそうだった。

午後2時ごろ、妻と2人でお使いに行った。その前にランチをとることにした。行ったのが丸亀製麺環8平和台店。7月24日以来2回目だ。

この店の看板料理を頼んだ。牛山盛りうどん。牛肉を小皿に煮立てて、それをお皿に載せる。それをぶっかけうどんの上にかけていただく。

しかもこの日は「うどん納涼祭」(8月27~29日3日間のみ)でぶっかけうどんが半額の290円→140円。牛山盛りうどんも並640円→490円と超お得価格だった。

夏こそがっつり、牛肉たっぷり。

夏はひんやり、冷がおすすめ。

若者ぶって牛山盛りうどんを頼んだが、ついでにいなりを1個とかき揚げを1個注文した。老人の胃袋には案の上量が多かった。

食べ終わったら、苦しかった。味も濃く、若い真似をして失敗した。丸亀製麺のせいではない。自己管理に問題がありそうだ。

湯けむり たちのぼる 大釜に
うちたて 生麺 とうずれば
大輪の花 咲くように 舞い踊る
差し水に うなずくように 戯れば
あとは釜揚げ 待つばかり

丸亀製麺

 

病気見舞い

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 酒/酒場/居酒屋

2018/08/28  23:32


 

「船中八策」を選んだ

 

福岡市に住む大学時代の友人から「知人の病気見舞いに上京する」と連絡があった。彼の友人があぶないという。彼自身も「心筋梗塞一歩手前の手術を受け、まだ生き延びている」という。病人が病人を見舞う。おかしいようで、これが現実だ。

福岡の知人は73歳、私は70歳。それに彼を知る友人2人を新宿の寿司屋に呼んだ。2人とも69歳だ。1人は女子大講師、もう1人も文章教室をこの4月から始めた。この歳になると話は病気のことばかり。あれだけ、仕事の話ばかりしていた時代は何だったのかと思う。

まだそれでもみんな仕事をしている。おそらく、それもできなくなってくる。そのうち、みんなくたばってしまう。

しかし、歳を取ってからは個人差があまりに大きい。この前81歳の大学名誉教授に会った。まだセミナーのまとめ役をやっていた。かくしゃくとしていた。ジムには85歳の健康老人もいる。どちらもとにかくまぶしい。

かと言えば、60歳くらいでもうよたよたしている人もいる。生命力を欠いた人も少なくない。年齢ではないのではないか。確かに年齢は否定できないが、年齢を思わせない生き方もある。

自分のやりたいことをずっと続ける。死ぬまで続ける。そういう生き方をしたい。

ハーバーリウム(Herbarium)

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2018/08/26  21:31


 

何とも言えない色彩

 

今大人気ブレーク中

 

「週刊すまいる情報」(光が丘の地元不動産会社)第1202号に「ハーバーリウムを作りませんか?」という案内記事が載った。

「ハーバーリウムとは『植物標本』と言われ、ガラスのボトルの中に花・葉(ドライ・プリザ)をデザインし、高純度のオイルを注ぎ入れます。透明感のある美しいおしゃれなインテリアとして今とても人気です」

写真は妻が東京堂(花材専門店、東京都新宿区四谷2)でレッスンを受けて作ったもの。水彩画の展示会に来てくれる友人に1人1個プレゼントするのだという。どうもセンスがものを言うようだ。

 

これがボトルの中に注ぎ込むオイル

「ミッション:インポッシブル」フォールアウト

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2018/08/23  21:56


 

 

作品名:「MISSION:IMPOSSIBLE」FALLOUT
監督・脚本・製作:クリストファー・マッカリー
キャスト:トム・クルーズ(イーサン・ハント)
オーガスト・ウォーカー(ヘンリー・カヴィル)
ルーサー・スティッケル(ヴィング・レイムス)
ベンジー・ダン(サイモン・ペッグ)
ユナイテッド・シネマとしまえん@2018年8月23日

 

「例によって、君もしくは組のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても当局は一切関知しないから、そのつもりで。なお、このメッセージは5秒後には自動的に消滅する。成功を祈る」-この名文句を知らない人はあるまい。1996年公開のアメリカ映画「ミッション:インポッシブル」で使われる台詞だ。

アメリカの人気テレビシリーズ「スパイ大作戦」(1966~73年、1988~90年)を原作としているが、基本的な設定以外ほぼオリジナルなスパイアクション作品だ。

トム・クルーズ演じるイーサン・ハントはアメリカの秘密諜報組織(IMF=Impossible Mission Force)に所属する。彼の活躍ぶりを描いたシリーズだ。シリーズ第5作の「ローグネイション」は2015年に公開され、「フォールアウト」は第6作目。

1962年7月3日、ニューヨーク州シラキュース生まれ。だから56歳になる。この男がスタントマンなしでパリの市街地を使ったカーチェースをやったり、ラストシーンでは真冬のニュージーランドで、氷河の上空2100mのところを、ドアを開けっぱなしにしたヘリコプターに乗って時速160㎞で進んだり、ノルウェーで高さ600mの崖にぶらさがった。

「ローグ・ネイション」では離陸するエアバスA400Mアトラス輸送機のドアにしがみついた。本物のスタントに本物のアクション、本物のロケーション。これを提供したのがトムだった。

 

墓参

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

  20:45


 

菊正宗を飲む

 

ずっと気になっていた友人の墓参りに行ってきた。友は2016年の4月12日に亡くなった。あれからもう2年。速いものだ。

昔の同僚と2人でJR八王子駅に行く。そこで故人の奥さんと待ち合わせ。奥さんの車で向かったのは市営緑町霊園(八王子市緑町)だった。花火大会や桜で有名な富士森公園の隣だった。

高台で墓からはバックに富士山が見えるという。彼の父親が入り、次いで彼が入った。そして1年後に母親も入ったという。3年間で3人が亡くなった。

霊園からの岐路、彼の自宅を訪ねた。仏前に手を合わせた。彼が亡くなって、暮れには長女夫婦が一緒に住むようになるという。次女は近くに住んでおり、「この家は託児所状態」だと嬉しそうにぼやいていた。

同僚とはJR八王子駅前のサザンスカイタワー3階のそばどころ「凜や」八王子店で軽く一杯やった。菊正宗を飲んだ。結構うまかった。

『影法師』

カテゴリー: Books

2018/08/19  21:23


 

 

書名:「影法師」(The Shadow)
著者:百田尚樹(ひゃくた・なおき)
出版社:講談社(2010年5月20日第1刷発行)

1956年大阪生まれ。同志社大学法学部在学中から「ラブアタック」(ABC)に出演し、常連だったが、5年目で中退。その後、放送作家となり、「探偵!ナイトスクープ」のチーフライターを25年にわたって務めたほか、「大発見!恐怖の法則」などの番組の多数を手掛けた。

2006年、特攻隊のゼロ戦乗りを描いた『永遠の0』で作家デビュー。高校ボクシングの世界を舞台にした青春小説『ボックス』が圧倒的な支持を集め、2010年に映画公開。13年には『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞。同年9月から『フォルツゥナの瞳』の週刊誌連載を開始した。

『影法師』は小説現代2009年8月号~10年4月号に連載されたものを加筆した。『海賊とよばれた男』を読んだが、それまでは周辺的なニュースで知るくらいだった。

百田氏が時代物を書くのは珍しいと思いながら何気なく読んだが、放送作家としての長いキャリアを思えば、物語の引き出しはたくさんあったのだろう。

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茅島藩(かやしまはん)8万石の筆頭国家老に抜擢されたばかりの名倉彰蔵(なくらしょうぞう)は、小柄ながらがっちりとした体躯を持ち、精悍な顔立ちは50歳には見えない。

長らく江戸家老を務めていた彰蔵が国元に戻ったのは立夏を過ぎた頃だった。三月前、突然、筆頭家老を拝命したのだ。彰蔵が国の土を踏むのは20余年ぶりだった。

彰蔵は夕立が上がったばかりの庭から涼しい風が入ってくる元中老の屋敷に手を入れた家の濡れ縁で、探索を命じていた若党の富樫九郎右衛門から報告を受けていた。

「磯貝彦四郎殿は亡くなっておられました」

「磯貝殿は名を本田五郎と変え、浦尾に住まわれていたそうですが、2年前の冬に亡くなったということです」「労咳(ろうがい)であったそうです。供養をした寺の住職にも会い、卒塔婆も確認いたしました」

磯貝彦四郎は20余年前、ある不始末により藩を逐電した男だった。「とよと申す流れ者の飯炊き女と暮らしていたようですが、女は磯貝殿の死後、刀や着物などを売って、いずこかへ立ち去ったそうです。行方はわかりませんでした」

彰蔵の脳裏には彦四郎の姿が浮かんだ。肺を病み、自暴自棄になって、素性のわからぬ飯炊き女と暮らす50男のすさんだ生活が見えるようだった。

「磯貝彦四郎は時は大層すぐれたであったと申す者が何人もおりました。学問も良くしたとのことでございます」と九郎右衛門は言った。

「学問だけではない。彦四郎は剣も藩内で敵うものがない男だった。しかし、最もすぐれたところはその人物だった」

彰蔵は呟くように言った。

「磯貝彦四郎は、儂の竹馬の友であった」

彰蔵は初めて彦四郎に会ったことを思い出した。40数年前のその日は彰蔵にとって、生涯忘れることのない日だった。

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茅島藩では藩士といえども、上士と中士と下士には厳然たる身分差がある。下士が上士と城下ですれ違う時は、草履を脱ぎ、道の脇で跪かなくてはならない。彰蔵の父、千兵衛は御徒組の下士だった。

、戸田勘一と名乗っていた彰蔵が父の千兵衛と妹の千江とともに猿木川での釣りから戻り、城下にさしかかった時は夕方近かった。

そこに2人の中間を連れた上士が通りかかった。千兵衛は千江をそばに呼び寄せた。そして自分は道の脇に土下座した。勘一も魚籠を置き、父に倣った。しかし、千江は道に座るのを躊躇った。前日の雨でぬかるんだ道に座って、新しい晴れ着が泥で汚れるのを気にしたのだ。父は懐から手拭いを取り出して道に敷き、目で千江に座るようにうながした。千江は手拭いの上に座った。

上士の一行は千兵衛の前までやってくると、そこで足をとめた。「敷物の上に土下座する法はなかろう」

千江は目を閉じて口を結んだが、閉じた目から涙がぼろぼろとこぼれた。

「それでも侍か」勘一は思わず怒鳴った。「恥を知れ」

「年端のゆかぬ者ゆえ、ご無礼は何卒ご容赦を賜りたく-」

上士はみなまで言わせず、「ならぬわっ」と一喝した。その顔は怒りで真っ赤になっていた。

「子どもであろうと武士じゃ。上士を罵倒したからにはそれなりの覚悟があろう」そう言うと、上士は刀を抜いた。武士が一旦、刀を抜けば、ただでおさまるものではない。相手を仕留めるか、それ相応の傷を負わさなければ、士道に悖るということでお咎めがあるのは必定だった。

勘一は死を覚悟した。「存分に」

千兵衛はやわらに立ち上がると、刀を抜いた。「貴様っ」と上士は怒鳴った。「上士に向かって刀を抜くか。控えろ」

「子どもを見殺しにする親など、おらぬわ」千兵衛はそう叫ぶと、踏み込んで刀を振るった。上士は腕を切られて、刀を落とした。

上士は悲鳴をあげて逃げた。千兵衛は追おうとしたが、不自由な足が泥に取られて滑った。起き上がろうとしたところを、腹を中間に槍で突かれた。勘一は俯せになった父の背中から槍の穂先が飛び出している光景を茫然と見ていた。もう1人の中間が脇差しを抜いて、父の首を掻き切ろうとしていた。

気が付くと、勘一は見知らぬ屋敷の前庭に立っていた。陽はすっかり落ち、あたりは暗かった。玄関に通じる石畳のすぐ横に、戸板に乗せられた父の遺骸が横たえられていた。

1人の中年の武士が勘一のそばにやってきた。「家人に家まで送らせよう」との声を聞いて、勘一ははっと我に返った。

涙が込み上げ、勘一はしゃくりあげた。武士が後ろから勘一の両肩にそっと大きな手を置いた。その時だった。

「泣くなっ」と怒鳴る者がいた。正面に勘一と同じ年格好の少年が立っていた。その少年は勘一の前まで歩み寄ると、仁王立ちして言った。

「武士の子が泣くものではない」勘一はその気迫に呑まれれて泣くのをやめた。

「お前の父を切ったのは伊川桃蔵配下の者。お前が敵討ちするなら、助太刀する」

それが勘一と磯貝彦四郎との出会いだった。

「待つ女」

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2018/08/18  22:25


 

ウェートレス物語-待つ女-

 

演出:永野拓也
待つ女代表:香月彩里(こうずき・さおり)
客演:大竹浩一
宮河愛一郎
ピアノ演奏:中野裕子(なかの・ひろこ)
パーカッション演奏:BUN Imai

誰でも自分の好きなことに一所懸命になっている姿は美しい。香月彩里もそうだ。小さいときから踊りを習い、歌を学んだ。そして今は演劇を身体を張ってぶつかっている。

「待つ女」の脚本を書いたのが彼女だ。「これまで私が観察し、研究を重ね、辿り着いた」待つ女のオンパレード。

決して香月彩里の恋愛発表会ではない。すべてフィクション。立ち止まったときにしか見えない風景がある。足を止めてみるのも悪くないかもしれない。

あらゆる待つ女をかき集めた。結構みんなさみしい。そんな待つ女に幸いあれ!

香月彩里が脚本に挑戦した「ウェイトレス物語ー待つ女ー」が8月18日(土)にStudio K(東京都杉並区高円寺南4)で開かれた。18時開演の千秋楽を見た。

人はいろんなことを考える。誰もが考える。こちらの思っていることを、いつの間にか考える。コミュニケーション能力の欠如も含めて・・・

香月彩里の作品はいつの間にか結構見ている。終わってから「君はいろんな顔を持っているね」と話したら、「そう見えるよう努力しています」との返事が返ってきた。

宮城県出身。関東国際高等学校演劇科卒業。ミュージカル「キャバレー」(演出 松尾スズキ)、同「HEADS UP!」(同ラサール石井)など舞台に幅広く活動している。昨年10月には「I Love you、you’re Perfect、Now change」をみた。

 

鉄道博物館

カテゴリー: 歴史的建造物/産業遺産

2018/08/17  21:58


 

風の強いこの日は富士山がよく見えた

 

新幹線の通過予定時間

 

 

目の前をE5系新幹線が飛んでいく

 

孫の来訪も最後の1人を残すのみとなった。その彼が来たのは16日(木)午前だった。

どこが行きたいところはあるかと尋ねたが、これと言って行きたいところはなかった。それでこちらが提案したのが鉄道博物館(埼玉県さいたま市大宮区)だった。

あたかも7月に新館がオープンしたばかりで、ものすごい賑わいだった。JR東日本の創立20周年事業のメインプロジェクトとして2007年10月14日の鉄道の日に開館した。

それまでの交通博物館は万世橋にあった。JR東日本が大宮への移転を発表し、開館以来の入場者数は今年5月に1000万人を突破。7月に新館の落成と本館の改修が完成した。運営は公益財団法人東日本鉄道文化財団が行っている。

 

ロゴデザインの3つの輪は「鉄道」「歴史」「教育」を表す

 

調査研究を行う「鉄道博物館」であり、産業史として鉄道を物語る「歴史博物館」と位置づけ、子どもたちが模型やシミュレーションなどを活用しながら体験的に学習する「教育博物館」としての性格も持たせている。

人、物を運び、文化を飛躍的に向上させてきた鉄道。そのすべての車両に共通する「車輪」をシンボル化した。駅と駅をつなぐ路線をシンボル化し、「鉄道」、「歴史」、「教育」の3つを表している。

鉄道博物館が常に進化し、走り続ける運動体であることを表現している。

毎日10時15分と13時にボランティアガイドツアー(無料)を行っている。ポイント解説を加えながら巡る2~3時間コース。あまりに広く、「何を見たのか分からない」ことが多いようだ。これを回避するために利用した。

ポイントは①新幹線ラウンジ(3階)から実際に営業線を通過する「やまびこ」(E5系)などを見る②幅23m×奥行き10mの日本最大級の鉄道ジオラマ(2階)を運転プログラムにしたがって見る③車両ステーション(本館1階)で実際に新橋-横浜を走った第1号車などに乗ってみる④南館(新館)でE5系新幹線「はやぶさ」を見る-の4点だ。

 

36両の実物車両を展示している車両ステーション

 

新橋-横浜間を走った英国製の1号機関車(トーマス号)

 

第2号の米国製弁慶号

 

ステンドグラス

 

鉄道ジオラマ

 

E5系「はやぶさ」の鼻は15mと長い

 

2階からみるとこんな感じ

 

やはり触りたくなった

 

新幹線の形状はだいたいが流線型。空気抵抗を小さくするとともに、高速でトンネルに入った場合、ポンと鳴らないよう空気を後ろにスムーズに流す「ところてん現象」を利用するためだ。

現在最も速く走るのは東北新幹線の最高速度320km/時速の「はやぶさ」と「こまち」。先頭部が15mもある。

「来て嬉し帰って嬉し孫の顔」

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/08/15  23:50


 

花火の夜(14日夜自宅の前で)

 

 

夏休み。近くに住む3男の子供たちが1人ずつ夏休みで我が家にやってきた。最初が長女の小学校3年生、次は幼稚園年長組の男児の弟。それぞれ我が家で1人2泊3日の課外合宿を行った。

もう1人双子の兄が残っているが、彼が来る前に、大阪に住む2男の双子(女児)が父親とともに上京してきた。1戸建てを買って引っ越し荷物の整理に奥さんは大忙し。

しかし、どうも子供と一緒ではなかなか働きにくい。父親も実はあまり戦力にならない。よって旦那を東京の実家に”派遣”することにしたらしい。彼らは3泊4日だった。

孫のババジジ訪問も遂に最後の1人になった。幼稚園年長組の兄だ。双子とは言っても、個性は異なる。どちらも独自性を主張する。2人一緒で来るのではなく、1人ずつのほうが良いという。

長女は原宿の竹下通りを所望した。お供はババ。2人目はボウリングに行ったが、お供はババ。ジジは運転手。さて3人目は何を望むのか。

双子が2組。しかし、好みも趣味もお互いに異なる。ややこしいことこのうえない。

第一生命主催のサラリーマン川柳コンクールが毎年開催されている。昨年は第31回目だった。第10回の91位に「来て嬉し 帰って嬉し孫の顔」がランクインされている。

孫を迎える側の祖父母も、実は孫たちが遊びに来る帰省は嬉しいものの、子どもの相手はやはり疲れる。去って行くと少しほっとするという内容だ。これが結構共感を呼んでいる。

子どもの世話で一番疲れているのはお嫁さんだが、彼らはまだ若い。体力もある。それに比べ、ジジババは孫とは言え、自分の子どもではないから責任はないものの、相手をするとなると体力でまず負ける。

子どもというのは複数集まるとパワーが全開で、2倍にも3倍にもなる。とても太刀打ちできない。

ジジババの家に行って喜んでいるのは小学校も低学年だけ。高学年になると、よほどのことでないとまず来ない。それが分かっているならば、まだ来るうちは良い顔をするのがジジババの務めなのかもしれない。しかし、これがまた何と難しいことか。

小型ビジネスジェット「HondaJet」を日本で発売開始

カテゴリー: イノベーション/, 会見メモ, 科学/技術/イノベーション

2018/08/10  23:56


 

登壇した藤野道格社長

 

インスピレーションの湧いたコンセプトスケッチ

 

じっくりと話す藤野氏

 

Hondaの航空企業子会社ホンダ・エアクラフト・カンパニー(HACI)は小型ビジネスジェット機「HondaJet」の日本での受注を開始した。それに当たって同社の藤野道格社長は日本記者クラブで会見した。