2016年9月 のアーカイブ

信楽たぬきの日

カテゴリー: 丹波日誌, 旅行/移動/街歩き

2016/09/30  15:58


数々の姿

数々の姿

 

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よく違いが分からない

よく違いが分からない

 

展覧会場

展覧会場

 

信楽の釜

信楽の釜

 

ギャラリーハウス「ほうぎん」

ギャラリーハウス「ほうぎん」

 

ギャラリー

ギャラリー

 

信楽(しがらきちょう)は、かつて滋賀県の南東(甲賀地方)に存在した町。陶磁器の信楽焼で有名だ。2004年10月1日に、水口町、土山町、甲賀町

、江南町との合併に伴い廃止され、甲賀市となった。現在は「甲賀市信楽町」として、地名に残る。

「信楽たぬきの日」はほっとする信楽。いつも商店の店先やおうちの庭から愛嬌のある顔で、「八相縁起」をふりまきながら、みんなを見守っている「信楽たぬき」。11月8日は「いいハチ」で、信楽たぬきの日。年に一度あらためて一層の緣記を願いましょう。

信楽たぬきの日は2016年11月1日(火)~11月15日(日)。信楽でどこへ行っても出会うのが、狸の焼き物。何となく憎めないこの姿かたちは「八相縁起」と呼ばれる縁起を表す。

「信楽=狸」というイメージは、昭和26年、昭和天皇の信楽行幸の際、小旗を持ち沿道に延々と並んで天皇を歓迎する信楽たぬきが全国に報道され、定着したといわれている。

田村神社

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

  11:50


 

田村神社

田村神社

 

開運厄除け、交通安全が神社の詔の田村神社。征夷大将軍・坂上田村麻呂公を主祭人として、嵯峨天皇ならびに倭姫命(やまとひめのみこと)をお祭りしている。

坂上田村麻呂公は平安初期のころの武人で、天性の才能に優れ、兵を持ちうるに神のごとくであったと伝えられ、恒武天皇、平城天皇、蝦夷天皇の三代に仕え、その忠勤と征伐等のご業績は後生まで高く顕彰され、有史以来およそ匹敵するものはないという。

田村神社は近江国(滋賀県)と伊勢国(三重県)の国境にあり、古来には都より伊勢へと参宮する交通の要衝だった。 当社の言い伝えによると、「鈴鹿峠に悪鬼が出没して旅人を悩ましており、嵯峨天皇は坂上田村麻呂公に勅命を出してこれを平定させた」とある。 それゆえに、交通の障害を取り除いて土地を安定させた坂上田村麻呂公の御遺徳を仰ぎ、弘仁3(812)年の正月、 嵯峨天皇は勅令を出して坂上田村麻呂公をこの土山の地に祀られることとなった。

甲賀の里 忍術村

カテゴリー: 登山/山歩き/ハイキング

  11:30


 

甲賀の里 忍術村

甲賀の里 忍術村

 

甲賀大黒天

甲賀大黒天

 

志能備神社は名も知れず死んでいった忍者たちを祭っている神社。甲賀大黒天は木造日本一の大黒様だという。

 

望月村雨座敷

望月村雨座敷

 

万川集海、錦絵、天裏剣など日本で1地番多くの忍術資料がそろっている。

 

天裏剣

天裏剣

 

同じく

同じく

 

藤林家

藤林家

 

屋根裏

屋根裏

 

この村は隠れ里になっていて、外から村が見えなくなっている。そして、村全体が見える所はない。とんぼ、めだか、クワガタ、カブト虫など昔からの昆虫、植物、鳥、キノコなど珍しいものが自然の中に生きている。

忍者は自然の観察や動植物の生態からいろんな忍法を編み出していった。そして、忍者が消えることは、自然に同化し、敵に見つからないことでもあった。

甲賀流で一番有名な忍者が猿飛佐助だが、実在の人物ではありません。もっとも、忍者の名前が有名になることはなかった。

虎屋の栗きんとん

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

  09:35


 

虎屋のういろう

虎屋のういろ

 

おはぎういろ

おはぎういろ

 

おはぎのういろを食べた。1本528円、税込み1本570円。反って栗きんとんういろは1本900円也。こちらは持ち時間が利かない。当日しか食べられない。よって至近距離しか食べられない。

星野リゾート

カテゴリー: 会見メモ, 東京日誌Ⅲ

2016/09/26  22:24


 

講演する星野リゾート代表の星野佳路氏

講演する星野リゾート代表の星野佳路氏

 

ゲスト:星野佳路(星野リゾート代表)
研究テーマ:チェンジ・メーカーズに聞く⑨
2016年9月26日@日本記者クラブ

 

1904年星野エリア開発着手。創業102年。4代目の同族会社。1991年に父から引き継いだ。1987年にリゾート法ができた。できた結果、供給量が増えた。供給過剰だった。そこで運営だけに特化する会社になろうと決めた。92年だった。ノウハウを貯めるだけで10年掛かった。

2001年。不良債権処理の時代に差し掛かった。オーナーから話が来るのではないかと思っていたが、金融機関から話がきた。5~6年。2005年からゴールドマン・サックスが地方の温泉旅館に投資。これから急速に増えることになった背景がある。

現在35拠点(32施設+3スキー場) 海外1拠点

①界 小型地方温泉旅館(13カ所)

②リゾナーレ 八が岳、トマム2棟、熱海リゾナーレ4カ所

③星のや旅館 星のや軽井沢、星のや京都、星のや竹富島、星のや富士、星のや東京(84室)

15年は外国人旅行客が2.2兆円が2.3兆円になった。日本人は旅行参加率は20代女性が減っていない。25.5兆円。5番目に大きな産業規模だ。それが地方の雇用に貢献できていないのか。構造的問題。3連休、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始と休みが重なっている。100日。265日は空いている。この空いている日にしか予約しようとしない。

ホテル運営業界における我が社は弱小だ。世界で戦っている。マリオット、ヒルトン、ハイアット、イツカッド、フォーシーズンズと戦っている。マリオットは軽井沢に作った。マリオットは箱根に作った。リッツカールトンは沖縄にもあるし、京都にもある。フォーシーズンズは京都にも参入してきている。世界の都市から入っている大手が温泉地から観光地まで入ってきている。

日本のわが社はこういうところを向け打たなければならない。そういう危機感がある。こういうところと戦って行くには規模が必要だ。規模が劣っていては観光地や温泉地でも負ける。そういう意味で規模が必要だ。彼らと同じになるためには権限を接客しているスタッフに与えられることができるかどうか。

本社がサービススタンダートを決めて機械的に統一を図っているのが米系ホテルの特徴だが、私たちはそれをローカルにしていく。各地域に住んで、各地域の魅力を理解して接客のスタッフが開発し掘り起こし提案していく。

海外戦略。数を増やしていくのは海外で星野を選んでくれる機械。おもてなしというのはサービスとどう違うのか。顧客のニーズの先回りしている、顧客にニーズに応える、ニーズを先回りしているといわれるが、その話をした途端にハイアットやヒルトンやマリオットの担当者はそんなんだったら自分たちが最も得意だと言う。そんなことを言っているから日本のホテルはダメなんだと言う。

彼らは、日本が言っている気が利いた、先回りできるといったホテルの運営については自分たちのほうがはるかに優秀だと思っている。つまり、その土俵で戦っていると日本のおもてなしというのは勝てないということ。厳に東京のホテル見て頂いても、カールハイアットやマンダリンやマンダリンホテルのほうが稼働率や単価も高い。東京で勝っているとみている。

真のおもてなしということで提供していくためには基本的にニーズにないものを提供していくことだ。これはアメリカが苦手としている。顧客が気付いていない潜在的ニーズ。それは自分たちのこだわりからくるんですよ。彼らはお客様の聞いて、お客様のニーズにあった、早く正確に提供するということだ。その土俵で戦うのは私たちは放棄していて、私たちのこだわりを提供していこう。こだわりを提供していくことでお客は十分に感動してくれる。

そのニッチなアプローチでサービスを差別化し、私なりのおもてなしを提供していく。

 

ロハスフェスタ東京

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2016/09/17  20:59


 

森のヨガ体験

「緑と空と深呼吸とヨガ~簡単5分ヨガ体操」

 

春は花見で賑わう場所で

春は花見で賑わう場所で

 

空気で育つ「エアプラント」

空気で育つ「エアプラント」

 

やっぱり芝生はいい

やっぱり芝生はいい

 

「お犬様」も見物に

「お犬様」も見物に

 

チェコ共和国の実力派シンガー、ベアタ・ボッツェックさん

チェコ共和国からやってきた実力派シンガー、ベアタ・ボッツェックさん

 

力強い歌を披露するマミージョインクワイア

気持ちよさそうに力強い歌を披露するマミージョインクワイア

 

テント村のよう・・・

テント村のよう・・・

 

大きなケヤキの木の下で

大きなケヤキの木の下で

 

コー日でもいかが?

コーヒでもいかが?

 

ロハスフェスタ東京が9月17~19日、光が丘公園芝生広場(東京都練馬区)で開催された。春には花見会場になる場所にたくさんのテントが咲いた。

最初に行ったのは2012年10月27日。第3回フェスタだった。その時の出展ブースは約200だったが、今回は300ブース以上が出展。年々盛大になっているようだ。

佐世保スタイルの「ナインゲートバーガー」(ハム&エッグ999円)を食べ、「湘南オレンジ」ビールを飲んだ。大きなケヤキの木の下で敷物を敷いて寝っ転がった。気持ちが良かった。ロハスだね。

二子玉川ライズ

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2016/09/15  23:24


 

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水餃子(あひるの台所)

 

友人に誘われて東急田園都市線「二子玉川駅」(東京都世田谷区玉川2)に行った。二子玉川(ふたこたまがわ)は通称「にこたま」として知られ有名だが、東京の西側に住んでいる人間には縁のない場所だった。

恐らく昔一度くらいは行ったことがあるものの、全く記憶がない。新しい建物ができても、その前に建っていた建物をなかなか思い出せないのと同じように、「にこたま」に降り立っても何も記憶が思い立ってこなかった。

二子玉川ライズは水、緑、光をテーマに1982年から東急グループにより開発が進められ、2011年にはショッピングセンターを中核とした複合施設「二子玉川ライズ」が街開き。「ライズ」は「RISE」で、太陽が登るイメージを名前に託したという。

ライズを構成するのはショッピングセンター、ドッグウッドプラザ、オークモール、バーズモール、プラザモールの5つの商業施設だが、その違いはさっぱり分からない。オーバーストア状態ではないかと心配だ。

友人が案内してくれたのは駅から少し歩いた柳小路。このエリアは江戸時代から風光明媚な土地で、近代に入ってからも多摩川での川遊びのための旅館や料亭、置屋が建ち並んで賑わったという。

今は柳小路として当時の複雑に入り組んだ裏路地を再現し、京都の町屋の風情を醸す飲み屋街になっている。駅周辺の超近代的な商業エリアと何とも対照的だ。

入ったのは中国的酒場「あひるの台所」(玉川3)。手作り餃子がおいしかった。

 

楽天が新拠点に置いたライズタワー

楽天が新拠点を置いたライズタワー

 

ライズタワーには楽天が2015年6月、品川から本社機能を移してきた。「クリムゾンハウス」と名乗っている。

 

ホテルの28階から川崎方面を眺める

ホテルの28階から川崎方面を眺める。多摩川を越えると川崎市(神奈川県)。二子新地駅の駅舎が明るい。

 

ライズタワーの最上階から3フロアが「二子玉川エクセルホテル東急」になっていた。東急ホテルズの3つのブランドでは高級ビジネスホテルに位置づけられている。

友人が宿泊していたホテルの部屋でワインを飲みながら夜景を楽しんだ。友人とは大学に入ったときからの付き合いだ。キャンパスで知り合った先輩のアパートを訪れたとき、同じ兵庫県出身の文学部生の彼を紹介された。あれからもう40年以上になる。

人との付き合いの密度は必ずしも時間と比例していないものの、時間の長さからにじみ出る味わいというものはある。時間だけは再生できない。古い友人を失ったときの悲しみは、付き合いが長ければ長いほどやるせなく、辛いものだ。

人は老いるに従って、思い出を食べて生きていく。付き合いが長いほど、積み上がった思い出も熟成し、味わい深い。古い友を大切にしなければならないのはこのためではないか。

マイカー試乗ドライブ

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2016/09/10  23:31


 

オーリス試乗ドライブ(東北道・蓮田SA)

オーリス試乗ドライブ(東北道・蓮田SA)

 

新車の引き渡しを受けた。選んだのはトヨタの「オーリス」ハイブリッド(総排気量1800cc)。2006年に初代モデルが誕生したスポーティーな外観のハッチバック(リアウインドウと荷室が一体となった跳ね上げ式)。15年にマイナーチェンジされ、ハイブリッド車も導入された。

カローラの派生車種だが、エンジンはプリウスと同じだとか。これまで乗ってきたステーションワゴン「カルディナ」に似たハッチバックながら、スポーツタイプのセダンであることも気に入った。

コンセプトが中途半端だということで日本ではあまり人気がなさそうだが、気にしない。こだわりだしたらキリがない。気に入ったのは衝突回避支援パッケージ「Toyota Safety Sense C」だ。

衝突回避や衝突時の被害軽減をサポートする「プリクラッシュセーフティシステム」(レーザーレーダー+単眼カメラ方式)や、夜間の歩行者などの早期発見に貢献する「オートマチックハイビーム」、車線逸脱による事故を防ぐための「レーンディパーチャーアラート」などを装備している。

高齢ドライバーにとって最も心配なのはやはり安全対策。自分の判断にだんだん自信が持てなくなってきていることを否定できない。コンピューターに頼るしかない。

 

非情な「本日終了」

非情な「本日終了」

 

目指したのは以前行った那須塩原のスープ入り焼きそば店「釜彦」。ナビゲーションに目的地を設定して3時半頃着いたら「本日終了」。何たることか。せっかくここまできて、スープ入り焼きそばを食べずに帰ることはできない。

 

何とかありついたスープ入り焼きそば(水車)

何とかありついたスープ入り焼きそば(かんろの郷 水車)

 

スマホで検索して見つけたのが「かんろの郷 水車」(那須塩原市塩原)。普通の食堂で、スープ入り焼きそばの麺は細め縮れ麺。紅ショウガが特徴か。マルちゃん焼きそばと同じ味がした。前に釜彦で食べたのに比べると、おいしくなかった。こだわりを持って作っているようには思えなかった。

この店は11時から19時(この日は18時まで)まで通しで営業していたが、「食堂釜彦」ももう1つの「こばや食堂」も営業時間は午後3時までだった。何も調べずに行った己の無知を笑った。

 

どうやら予選の結果が分かったようだ

どうやら予選の結果が分かったようだ

 

塩原の温泉街を抜けた辺りで川沿いに大勢の人が川面を見詰めている光景に遭遇した。釜彦に急いでいたので確認できなかったが、水車でスープ入り焼きそばを食べて何とか所期の目的を達成。さっきの現場に戻ったらもう人影が消えていた。

終わったのかなと思いつつ、車を少し走らせたら無料駐車場の裏の河川公園に集まっていた。釣りの大会のようだった。釣り上げた魚の計量と結果発表が行われていた。

 

決勝に臨む決意表明を語っているところか

決勝に臨む決意表明を語っているところか

 

何だと思ったら、これだった!

何だと思ったら、これだった!

 

第30回ダイワ鮎マスターズ全国決勝大会が開かれていた。この日は予選で、決勝は翌日のようだ。走り回れば、目にする光景も異なる。たまたま遭遇する風景も違う。これが旅の醍醐味だ。

 

史跡鍾乳洞「源三窟」を説明する受付のおじさん

史跡鍾乳洞「源三窟」を説明する受付のおじさん

 

源義経腹心の家来、源有綱は壇ノ浦の戦いの後、頼朝軍に追われ、この洞窟に隠れ住んでいた

源有綱は壇ノ浦の戦いの後、頼朝軍に追われ、この洞窟に隠れ住んでいた

 

源有綱は源平最後の合戦、壇ノ浦の戦い(1185)で、源義経とともに戦った腹心の家来だったため、源頼朝軍に義経一族として追われ、大和国(奈良県)方面より塩原へ逃げ込んできた。

塩原地内をさまよっていたところを地元の城主である塩原八郎家忠に捕らえられた。しかし義経一族と分かり、命だけは助けられ、この洞窟で落人の生活に入った。

再起を計ろうとしたものの、洞窟内に流れる滝水で米をとぎ、そのとぎ汁が洞窟の外へ流れ出たことにより、頼朝軍に発見され、無念の最期を遂げたと伝えられている。

 

帰路に就いたすれ違った山車

帰路に就いたときにすれ違った山車

 

塩金町の山車だった

塩釜組の山車だった

自然エネルギー財団設立5周年記念シンポジウム

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会, 資源/エネルギー/環境

2016/09/09  21:52


 

オープニングの挨拶をするトーマス・コーベリエル理事長

オープニングの挨拶をするトーマス・コーベリエル理事長

 

ソフトバンク会長の孫正義氏が東日本大震災を受けて設立した自然エネルギー財団の設立5周年記念シンポジウムが9月9日、東京国際フォーラム(千代田区丸の内3)で開催された。

自然エネルギー(再生可能エネルギー)の拡大が始まったアジアに焦点を当て、国際的な電力ネットワークの構築の意義と実現への道筋を議論する骨太な内容だった。

昨年のCOP21で世界は脱炭素社会の実現に向けて自然エネルギーの役割を認識し、パリ協定に合意した。世界は明確に「脱炭素の時代」に転換した。自然エネルギーを世界中の電力網につなぐビジネスを制する者こそ、世界の勝者になれる。パリでその闘いの幕が切って下ろされた。

 

 

この人はやはり役者だと思わせる財団設立者・会長の孫正義氏

この人はやはり役者だと思わせる財団設立者・会長の孫正義氏

 

このメッセージはなかなか訴求的だ

このメッセージはなかなか訴求的だ

 

中国電力企業聯合会(CEC)理事長のリュウ・ゼンヤ氏

中国電力企業聯合会(CEC)理事長のリュウ・ゼンヤ氏

 

韓国電力公社社長のチョ・ファンイク氏

韓国電力公社社長のチョ・ファンイク氏

 

ロシア最大の送電・配電会社JSCロセッティ社長のオレグ・ブタルギン氏

ロシア最大の送電・配電会社JSCロセッティ社長のオレグ・ブタルギン氏

 

中韓ロの電力業界首脳が孫氏の周りに

中韓ロの電力業界首脳が孫氏の周りに

 

目指すのはアジアスーパーグリッド

目指すのはアジアスーパーグリッド

 

つなぐのは日韓中ロ

つなぐのは日韓中ロ

『アフガン・対テロ戦争の研究』

カテゴリー: 会見メモ, 政治/外交/国際/軍事

2016/09/08  21:45


 

アフガンの対テロ戦争について語る多谷千香子法政大教授

アフガンの対テロ戦争について語る多谷千香子法政大教授

 

研究テーマ:『アフガン・対テロ戦争の研究』
ゲスト:法政大学教授・多谷千香子(たや・ちかこ)
9月8日@日本記者クラブ

 

アフガニスタンが旧ソ連軍の侵攻を受けたのは1979年。旧ソ連邦の崩壊を受けて89年に旧ソ連軍が撤退するまで10年間戦われた。その後は内戦が続いた。米同時テロ事件を受け2001年10月からは米軍による「不朽の自由作戦」という名の対テロ作戦が始まり、14年12月まで続いた。

15年1月からはタリバンの攻勢を防ぐため、米・アフガンの長期的な戦略的互恵関係についての条約に基づき、「自由の番人作戦」が始まった。米軍の公式任務はアフガン軍の訓練・アドバイス、残された国際テロリスト壊滅作戦だったが、実質上は地上軍として活動し、タリバンとの戦闘任務だった。

オバマ大統領は16年6月、空爆やタリバンとの戦闘任務の制限を解除する新ルールを発表。7月には彼の任期満了までは米軍の数を8400人規模で維持すると発表した。

アフガンでは1979年以来ずっと戦争が続きている。オバマ政権は辛うじて米軍を駐留させているが、任期切れとなる11月以降の見通しは不透明だ。米世論はアフガンのことを「既に忘れており、成果の上がらない戦争をいつまでも続けられない。いつか引き揚げざるを得ない」(多谷氏)情勢だ。

アフガン政権は14年9月、13年続いたカルザイ政権に代わってガニ大統領(パシュトゥーン人)が就任。アブドラ行政長官(事実上の首相、タジク人)と二頭体制となった。

タリバンは、アメリカ寄りのガニ政権に攻勢を強めており、支配地域を拡大している。パキスタンの情報機関「三軍統合情報局」(ISI)はタリバンを支援しており、「アフガンとタリバンの和解は絶望的で、アフガン内戦になる可能性が強い」(多谷氏)。

日本では米国以上にアフガンのことは忘れられている。米政府がアフガンに積極的に関与していたときは「米国対策」としてアフガン対策に従事してきたが、米国が表向きアフガンから撤退したら、一気に熱が冷めた。最初から熱が入っていなかった。ひどいものである。

『アフガン・対テロ戦争の研究』-タリバンはなぜ復活したのか-は岩波書店から16年3月25日に発売されている。6000円+税。