2011年6月 のアーカイブ

ハルチカ@新宿

カテゴリー: 酒/酒場/居酒屋

2011/06/30  21:29


 新宿で飲むのは老舗居酒屋「鼎」(かなえ、新宿3丁目)か、焼き鳥「ぼるが」(西口)くらいで、最近は全く新規開拓していないが、この日久しぶりに少しウロウロしたら、西口の小田急ハルク地下3階に食堂酒場と銘打った飲食店街「ハルチカ」が目に止まった。

 ハルク2-7階に店を構えるビックカメラに寄る際には、視界に入っていたはずだが、下に降りてまで確かめることもなかった。この日、下に降りていくと、何と中3階のMB3Fに8店、もう1段下のB3Fに2店の合計10店舗がおいでおいでをしていた。

 カフェ&バー、焼小龍包・手羽先、油そば、やきとん・やきとり、海鮮居酒屋、串かつ、韓国家庭料理、お好み焼・鉄板焼、ビヤ・レストランなど。カフェ&バー「オリーブ+オリーブ」の店員氏によると、昨年12月にオープン。フードコートのようにどの店にも自由に入れるのではなく、独立させておいて、「お客さんには店をはしごしてもらうコンセプトなんです」。

 ハルクの地下2階は食品売り場。そこと地下鉄丸の内線改札口とはつながっている。地下3階はもう1階降りるだけだが、「それが意外と大変なんです。なかなか認知度が上がらなくて・・・」と店員氏。コンセプトは面白いものの、もう一度行きたくなるほどのインパクトがあるかと言われると、少し考えてしまった。難しいものだ。

オオハンゴンソウ

カテゴリー: 花/木/樹

  13:16


 久しぶりに早起きし、眠気払拭のため外に出た。それで前から気になっていた我が家の前の駐車場やその後ろの地主さんの畑にいっぱい咲いている花の正体を突き止めようとした。ひまわりほどではないものの、それに近い花だ。

 コンクリートではない、砂利を敷き詰めた駐車場に出てみると、ちょうど地主さんが草を引いているのに遭遇した。この季節は草との戦いなのだ。聞いたが、一緒に咲いていたグラジオラスの名前は出てきたものの、こちらはどうも分からなかった。

 最初、てっきり「ガザニア」(キク科ガザニア属)だと思っていたが、家人から厳しく誤りを指摘された。ガザニアはこんなに大きくないという。勲章のような形をしているし、群生すると書かれていたので確信したが、真っ赤な間違いだった。

 オオハンゴンソウ。ウィキペディアによると、「北米原産の帰化植物。日本には明治中期に導入され、1955年には野生化した」とある。キク科の2年生草。漢字で書くと、大反魂草。これまた、すごい名前が付いている。

 すべての帰化植物がそうだとは言えないのだろうが、オオハンゴンソウは日本の在来種の生態系に被害を与える恐れのある「特定外来生物」(動植物)に指定されている。特定地域で除去の対象になったりしているのはそのためだ。繁殖力が強い、日本の在来種を駆逐しているという。

きび餅@湯河原

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2011/06/28  08:57


 小梅堂(神奈川県足柄下郡湯河原町宮上)の元祖きび餅をいただいた。湯河原の老舗菓子屋の名物だそうで、島崎藤村ら著名人に愛されたお茶受けだという。きび粉と白玉で作った餅にきなこをかけた素朴なお菓子。柔らかで上品な味だ。

 湯河原はとにかく東京から近い。小田原と熱海の真ん中あたりで、いわば東京の奥座敷。熱海ほど俗化しておらず、それでいて泉質は上質。万葉集には日本3大古湯(愛媛県道後温泉、兵庫県有馬温泉、和歌山県南紀白浜温泉)と福岡県二日市温泉など選りすぐりの温泉が登場するが、東日本で唯一詠まれたのが湯河原温泉というのが自慢のようである。

 湯河原には新聞協会の湯河原荘があったので、昔は何度も行った。会社の同僚と行った記憶はないが、社外の友人たちとの会合や宴会を開いた。電車で1時間ほどだから、何か事件が起こってもすぐに職場に戻れるのが良かった。実際に戻ったことはなかったが・・・。

 湯河原荘はなかなか最近では見掛けない民家風の建物で、風情があった。温泉も静かで良かった。あそこで会合した仲間のうち2人が既に鬼籍に入り、1人は10年以上も所在不明。残る仲間も歳をとった。この湯河原荘が今年3月末で閉鎖されたことを、このブログを書いているときに知った。これも時代の流れか。

銀座の柳も”散髪”

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/06/27  16:42


仕事を終えてビルの外に出た途端、通りの柳が気持ち良さそうに”散発”してもらっていた。確か昨年末にも同じ光景を見掛けたので、”散発”はどうも年2回らしい。

 人の髪の毛と違って、樹木の刈り込みは結構大変だ。専用クレーンに人が乗って、それでカットしていく。手入れされずにおごった樹木は酸欠状態になって、虫も湧くという。何でも手入れが大切ということなのだろう。人間も同じだ。

『梅棹忠夫 語る』

カテゴリー: Books

2011/06/25  23:53


書名:『梅棹忠夫 語る
語り手:梅棹忠夫(国立民族学博物館初代館長)
聞き手:小山修三(吹田市立博物館長)
出版社:日本経済新聞社(日経プレミアシリーズ、2010年9月15日1刷)

 日本の民族学に一時代を画した梅棹忠夫氏の講演を聴いたのは2003年10月4日。JICA(国際協力機構)・横浜国際センターで、「日本人と新世界」と題して特別記念講演を行ったときに、横浜まで出掛けた。氏は1986年に視力を喪失していた。2010年7月死去。

  梅棹氏の存在を知ったのは1969年7月に刊行された『知的生産の技術』(岩波新書)。70年安保を翌年に控え、激動の時代に翻弄されていた知的飢餓者の1人として飛び付いた。京大式カードを買ってきて、情報収集に精出したのも彼の影響だ。そういう意味で世俗的な学者だと思っていたが、実は「時代を動かした思想家だった」(小山氏)。

 本書は2008年に「米寿を祝う会」を開催し、梅棹さんをまな板に載せてシンポジウムをやろうという計画がもちあがったものの、体調に不安があるので、前もって小山氏が聞き取りをして、梅棹さんが来られない場合は、それを読み上げるという次善の策が考えられた。そのときの聞き取りのエッセンスをまとめのが本書だ。

 座談の名手・梅棹忠夫の面目躍如ぶりがいかんなく発揮されている。小山氏との丁々発止の対話も自在だ。

節電治療中

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/06/24  16:53



            (歯科医の受付にも小型扇風機)

 前日も暑かったが、この日は遂に埼玉県熊谷市で39.8度と6月の観測史上国内最高を記録した。これまでの記録は静岡市で1991年に観測された38.3度。最近は暑いことも1番なら自慢できるものの、2番以下は相手にされない。だから静岡県出身者がトップ陥落を悔しがっていた。

 何せ今年は東日本を中心に節電を強く求められる非常事態。東電管内では供給予備率が3.11大震災後初めて10%を割り込んだ。節電していてこれだから、これから夏本番となれば、需給逼迫→停電といったハプニングもあるのだろうか。そうなる前に、一段の節電要請などのどたばたがありそうだ。

 歯医者に行ったら、ここも「節電治療中」。クーラーの温度は国の要請する28度に設定し、それでも暑いならば、扇風機で補う態勢だ。診療台に横たわると、横っちょから扇風機の風が吹いてきた。

 クーラーで28度まで下げて、下げ足りない分は扇風機で体感温度を2-3度引き下げる。この併用作戦で何とかしのぐ作戦だ。クーラーの設定温度を1度上げると、10%の電気代節約になるらしい。どれくらい節約できたかが分かる機器も登場し、今年の夏は開き直って、節電を楽しむしかない。

オースチン@ブルーベリー

カテゴリー: 花/木/樹

2011/06/22  07:13


  1年で最も日が長い夏至の22日、朝目を覚ますと、太陽が燦々と輝いていた。梅雨は合間の晴天・快晴。同時にとても暑くなりそうな予感がした。そして予感通り、東京都心でも正午までに30.2度を観測、真夏日を記録した。一番暑かったのは群馬県館林市の36.5度。猛暑だ。

  今日は辛かった。冷房が自由に使えないと本当に辛い。

 それでもまだ早い時間帯はしのげた。最寄駅までの出勤途上に、ブルーベリーの苗木が栽培されている。今や日本でも結構栽培されるようになったとはいえ、苗木をこの目で見る機会はめったにない。ツツジ科のスノキ属の小果樹。果実が濃い青紫色に熟すことからブルーベリーと呼ばれているらしい。

ねのひ@丸の内OAZO

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2011/06/21  18:05


 久しぶりに蔵人厨「ねのひ」丸の内店に行った。丸善本店が入っているOAZO(オアゾ)6階。ソニー創業者の1人である盛田昭夫氏が15代目当主を務めた蔵元「盛田」(創業寛文5年=1665)の直営店。以前は名古屋栄本店と丸の内店だけだったのに、いつの間にか銀座店、大阪店、名古屋駅前店ができていた。

 今週もまだ火曜日というのにテーブル席も小あがり席も予約で埋まっていた。空いていたのはカウンター席だけだったが、オープンキッチンを取り囲むように設えられていて、ゆったり名古屋料理と伝承造りの酒を楽しめるようになっていたのはさすが。

変貌する丸の内

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  17:29


 OAZOの待ち合わせ時間まで少しあったので、東京駅の丸の内側をしばらく眺めた。旧中央郵便局の跡地はまだ何も聳えていないものの、周囲はすっかり高層ビル群になってしまった。

彌留気地蔵尊

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2011/06/19  22:13


 世の中にはいろんな神様や仏様がいるものだが、地蔵様もそうらしい。過日、東京神田の商店街で壁面にめり込むような形で鎮座まします「彌留気地蔵尊」を見つけたときは少し驚いた。

 地蔵様の上に置かれた説明板を読むと、以下のような御利益があると書かれていた。もちろん信仰すればのことである。

難関突破
招福開運
願望成就
身體健全

やる気は無明を照らす光、やる気は生命の根源
人生の吉凶すべからく己の為せる業にして
やる気を起こし持続する限り吉運常に
座右に在りて為すこと叶はぬことなし

南無彌留気地蔵尊

 それにしても解せないので、ネット検索を進めていくと、彌留気地蔵尊は、大衆割烹「やるき茶屋」や「庄や」を全国展開する居酒屋チェーン「大庄」(本社東京)の平辰(たいら・たつ)社長が「やるき茶屋第1号店」を東京・水道橋で開いた1982年3月に、彌留気地蔵尊のある鳥取県佐治町(当時は佐治村)に赴いて、店頭設置と「やる気茶屋」の名称使用許可をもらい、彫刻家(故人・関戸直利氏)に依頼して制作したことが分かった。

 大庄グループの直営店は今や744店舗、FC221店舗の合計965店舗(2010年8月末現在)。彌留気地蔵尊の設置されていたのは焼き鳥や「鳥キング」の前。鳥キングはしっかり大庄グループに入っていた。1968年(昭和43年)、たった6坪の若鳥焼店からスタートした同グループの社長は今も平辰氏。