2010年9月 のアーカイブ

『新・マネー敗戦』

カテゴリー: Books

2010/09/30  23:05


書名:『新・マネー敗戦―ドル暴落後の日本』
著者:岩本沙弓(金融コンサルタント・経済評論家)
出版社:文芸春秋(文春文庫 2010年1月20日第1刷発行)

秋おにぎり

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/09/29  12:42


 秋の到来とともに、小島米店に登場したニューフェースがこの2つ。塩栗おにぎりと松茸おにぎり。塩を利かせたおにぎりに大きな栗を埋め込んだのが塩栗おにぎり。松茸おにぎりはそのものずばりだ。おにぎりの世界も技術革新が進行している。

定年再考

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  06:34


 あれだけ暑く、終わりそうになかった今年の夏もなんとか終わったようだ。朝起きて、ギラギラ輝く太陽に照り付けられ、「今日も暑い一日になりそうだ」とうんざりしなくてもよいだけでも嬉しい。

 「すがすがしい秋」の合間に、肌寒い日も混じり、そのうち冷たい雨が降り、やがて冬が到来する。季節は巡る。それぞれの季節が本来の姿を最大限見せれば、今年のような暑さを経験することになるのだろう。ほどほどがありがたいが、マーケットと同じで、何でも行過ぎるものである。

 定年を過ぎてはや2年。現役を退いて体力も気力も経済力さえ衰えて、精彩を欠く毎日を送っている自分に疑問を感じ始めた。定年をあまりにも意識し過ぎたのかしれない。意識すること自体はそれでいいのだが、それで人生が完全に終わったような気分に陥っていた自分が問題のように感じている。

虎渓山PA@中央道

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2010/09/26  19:35


 彦根を出発して名神に乗って走り出すと雨が降り出した。2時間ほど走って小牧ジャンクションの手前あたりから急に雨脚がひどくなってきた。中央道に入るとワイパーを最高速に上げても拭き切れないほどの激しさで、休憩も兼ねて虎渓山PA上り線で休憩した。愛知県かなと思ったら、岐阜県多治見市虎渓山町3ー104だった。


 最近のPA食堂の充実ぶりはすさまじいが、この虎渓山も例外ではなかった。食堂の壁を見上げると、たくさんの「おすすめメニュー」が貼ってあった。「ソースカツ丼」「あぶり親子丼」「しらす釜揚げ丼」「混ぜうどん」「うながっぱ丼」など。この地方の名物料理の「ソースカツ丼」を食べた。これがうまいのだ。


 「うながっぱ丼」は命名が絶妙だ。名産の「うなぎ」と地元伝説の「かっぱ」を合成したものだ。20時で閉めた店のおばさんに聞くと、「うながっぱ丼」は多治見が3年前の夏(2007年8月16日)に日本の最高気温40.9度を記録したことがきっかけで生まれたメニューだという。うなぎの美味しさとしば漬けの酸味のハーモニーが楽しめるらしい。後で調べると、「うながっぱ」は多治見市のマスコット・キャラクターだった。

 虎渓山PAでゆっくりしたあとの東京へ一直線。立ち寄ったのは諏訪湖SA(長野県諏訪市)→石川PA(東京都八王子市)くらい。とにかく全線雨で、しかも夜間だからSAもPAも大体の食堂はクローズで、興味が湧かない。距離を稼ぐには夜の走行が一番だが、見物や楽しみは昼に限る。うまくいかないものだ。

彦根城@鳳翔台

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  16:29



         (鳳翔台から仰ぎ見る彦根城は正に一服の絵)

 近江八幡でゆっくりしたので彦根到着は午後4時近かった。見学時間が限られたので最初に見たのは井伊家の旧下屋敷の大名庭園「玄宮園」。池泉回遊式の優雅な庭園で、池に臨んだ臨池閣や鳳翔台(ほうしょうだい)などの建物が建てられている。

 鳳翔台は藩主が客をもてなすための客殿。玄宮園を鑑賞する最適の場所であると同時に、後ろを振り返れば彦根城を仰ぎ見る形で、なかなかの眺めである。畳に座し、浮世の雑念を払った気分で薄茶をいただいた。格物の味わいがあった。

 彦根城は20年の歳月をかけて元和8年(1622)に完成。唐破風、千鳥破風、火灯窓をつけた華やかな天主は国宝だ。3階3重の天主をめぐる石垣と内濠、中濠を持ち、城郭が往時のまま現存している全国でも少ない名城として名高い。小ぶりでありながら、どっしりした重量感が伝わってくる。

近江牛@まるたけ近江西川

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  13:13


 どういうわけか、このところ近江にはよく来ている。丹波からの帰途、名神を使うにしろ北陸道を使うにしろ、近くを通る上、この辺りは戦国時代に豪族が京都を目指し、激戦を繰り広げた古戦場が多く、つい立ち寄りたくなってしまうからだ。来年のNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」も舞台(浅井長政の居城・小谷城があった長浜市)は近江である。

 2008年6月には神戸在勤時代の記念に近江八幡と彦根を歩いたほか、09年9月には佐川美術館を訪ねたついでに安土城城址に登った。今年は5月に長浜城から琵琶湖を眺めた。5月に時間切れアウトだったため今回目指したのが彦根市。

 しかし、彦根城は流石に名城ではあるものの、歴史的な町並みとして見るべきなのは近江八幡(おうみはちまん)だ。豊臣秀次の開いた城下町で、現在も碁盤目状の町並みを残している。近江商人を代表する豪商の屋敷や白壁の土蔵が往時をしのばせる。近江商人発祥の地だ。

 近江八幡が栄えたのは町が掘割りで琵琶湖とつながり水運の中継点として機能したためだ。歴史的町並み保存地区に近い「八幡堀」はよく整備された観光スポット。鬼平犯科帳のエンディング曲「インスピレーション」に映る堀がここだったのは後で調べて知った。手こぎ舟による水郷めぐりも楽しめる。

 町を歩いていてびっくりしたのは傷や肌荒れの生活常備薬「メンターム」を製造・販売する近江兄弟社の本社があったこと。同社を創業したのはウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏(William Merrell Vories 1880-1964)。キリスト教の伝道を志し、1905年に滋賀県立八幡商業高校に英語教師として赴任した「青い目の近江商人」だ。

 ヴォーリスはキリスト教精神に基づき、さまざまな分野で信仰と事業を両立させた社会奉仕活動グループを構築したが、中核の企業活動(医薬品・医薬部外品・化粧品事業)以外に、文化伝道奉仕活動、教育活動(学校経営)、医療保健福祉活動(病院・老健センター・ケアハウス)を行うなど極めてユニークな活動を展開している。

 なかでもヴォーリスが残した事業の中で、最も古い歴史を持っているのが株式会社一粒社ヴォーリス建築事務所。建築家集団だ。町を歩いていると、近江兄弟社ビルのほか、アンドリュース記念館、ヴォーリス記念館、旧八幡郵便局などのヴォーリス建築があちこちに建ち、和風建築の中に溶け込む不思議な光景だ。

 近江兄弟社と並んで近江企業として名をとどろかせているのは菓子業「たねや」。明治5年(1872)に八幡町池田町で創業。創業以来のロングセラー「栗饅頭」に加えて、今や看板商品にのし上がった皮種と餡が別々に包装された合わせ最中「ふくみ天平」(ふくみてんびん)が好調で、今や全国展開する菓子メジャーにのし上がった。

 1951年からは洋菓子にも進出し、79年には洋菓子部門の関連会社を設立するなどグループ会社化を進めた。2006年にはグループ本社を近江八幡市から愛荘町に移転したものの、たねやの本店は同市宮内町日牟禮ヴィレッジ。日牟禮八幡宮の境内だ。


 ブログ写真が最後になってしまった。ランチを食べたのが近江牛レストラン「まるたけ近江西川」。1階に近江牛の直売部とレストラン、2階はお座敷。1階レストランで焼肉御膳をいただいた。東京の客人が丹波に持参したのも牛石産業株式会社(近江信楽町)加工の近江牛。近江牛尽くしも格別である。

桂川PA@名神

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  10:23


 舞鶴若狭道に入って最初に休憩したのが桂川PA。住所は京都市南区。トイレタイムで立ち寄っただけで、特記事項なし。これまで立ち寄ったことのないPAを攻めることにしただけのことだ。

彼岸花

カテゴリー: 丹波日誌

2010/09/25  08:48


丹波には1週間滞在した。最初は彼岸花の痕跡すらなかったのに、どこから出てきたのか不思議なほどの土手のあちこちから、あの鮮烈な赤が芽吹き始めたのだ。あっという間だった。今夏の猛暑で咲き始めるのが1週間以上遅れたようだが、それでもきちんと咲いてくれた自然を称賛したい。

『遊戯』

カテゴリー: Books

2010/09/24  09:08


書名:『遊戯』
著者:藤原伊織
出版社:講談社(第1刷発行 2007年7月25日)

秋が来た

カテゴリー: 丹波日誌

2010/09/23  18:59


 昨夜来の雨で気温も急激に下がり、むしろ肌寒い。丹波の中山間地域は恐らく都会より2-3度は低いはずだ。午前中は小雨が降り続き、雷もなった。猛暑がぶり返したような昨日がうそのようだ。10度ほど下がったのではないか。午後になって雨も止み、3時くらいからは太陽が顔を覗かした。

 今日は秋分の日。おはぎを食べた。庭の松が一部枯れている。幹から少し離れた地面に穴を掘り、硫安を流し込んだ。松枯れを防ぐためだ。抜本対策にはならないと聞いているが、他に方法がない。全国的に松枯れ病が広がっている。植物も愛情次第だ。