2005年12月 のアーカイブ

海外移住資料館

カテゴリー: 途上国/ODA

2005/12/24  23:57


 「日本人の海外移住は100年以上の歴史をかさねてきました。現在、海外で生活する移住者やその子孫の数は250万人となり、ここ10数年、就労や勉学を目的に約30万人の日系人とその家族が来日し生活しています」

 こうした海外移住の歴史および移住者と日系人の現在の姿を展示しているのが独立行政法人、国際協力機構(JICA)の海外移住資料館(神奈川県横浜市中区新港2丁目3番1号)。東急みなとみらい線みなとみらい駅、あるいは馬車道駅から歩いて10分。

 海外移住の歴史や移住者の現地での暮らしぶりなどについて、趣向を凝らした展示が行われており、海外移住について多角的に知ることができる貴重なスペースだ。

 ペルー移民について調べに出掛けたクリスマスイブは企画展「広島はどうして海外移住者が多いの?」が開催されていた。

・明治政府が推進した海外殖民事業の先駆けとなったハワイ官約移民(1885年)に最も多く応じたのが山口県の420人、次いで広島県の222人。サトウキビ耕地の仕事に就いた。これが好評で、実績を積んでいく。

・この先例が北米、南米へと広島県民の海外移住に拍車を掛ける。ハワイ側も山口、広島を特定した募集を要請。実績が故郷に伝わり、親族を呼び、村の移住熱を高め、さらに移住を呼ぶ。広島は全国一の移住者11万人の「移民王国」になる。これに楽天的で穏健な県民性などの要因も加わった。

鍋島高明著「相場ヒーロー伝説」

カテゴリー: Books

2005/12/18  20:05


 鍋島高明氏から新著「相場ヒーロー伝説ケインズから怪人伊東ハンニまで」(河出書房新社)が届いた。「相場師奇聞」、「賭けた 儲けた 生きた」に続く相場師列伝シリーズの第3弾だ。氏は日経商品部の記者出身で、平成9年には「市場経済研究所」を設立し、現在代表取締役を務めておられる。古本のインターネット販売「五台山書房」の店主でもある。

 「ホリエモンや村上ファンド、楽天など若い投機師が市場の話題を集めていますが、リスクに挑戦するのは若者たちの特権でしょう。そして彼らの源流を辿っていくと、大物相場師たちが群れを成している光景を目の当たりにします」と添付されていた挨拶状にはあった。

 お金を嫌いな人はいないのではないか。ある意味で、誰もがお金のために働いている。生活していく上で必要最小限なお金だけで満足できる人もいれば、もっともっと欲しいと思っている人もいるだろう。お金を儲けること自体に喜びを感じ、生きがいを覚える人もいよう。相場師はそのような人種である。

1.フッガー家三代 ヤコブ1世・同2世・アントン
2.神屋寿禎・宗湛-秀吉の寵愛を受けた「筑紫の坊主」
3.ヤコブ・リトル-「ウォール街の巨熊」と呼ばれた男
4.ヴァンダービルト-70歳でウォール街に乗り込む
5.山城屋和助-生糸相場で豪快な取引
6.渋沢喜作-大敗も喫した投機道の達人
7.安田善次郎-売り手とならず書い手に徹す
8.9代目渡辺治右衛門-東京屈指の土地長者
9.浅野総一郎-憧れの「銭五」を超えた事業王
10.中野武営-4半世紀に亘り東株を指揮
11.竹原友三郎-相場道に徹し、巨富築く
12.今村清之助-ドル相場で機略縦横
13.小野金六-甲州財閥3人男として勇名馳せる
14.寺田甚与茂-徒歩主義に徹した「貨殖の鬼才」
15.高橋直治-1代で没落した「小豆将軍」
   板谷宮吉-北の海運王は戦争のたび巨利
16.岩下清周-リスクを引き受ける「男の中の男」
17.清水石松-蛎殻町切っての名物男は侠骨の士
18.小池国三-堅実なサヤ取りで大成果
19.杉野喜精-7番番頭から一気に山一社長
20.バーナード・バルーク-ボクサー志願から相場の達人へ
21.山本唯三郎-大正バブル飾る「虎大尽」
22.吉村友之進-横浜取引所切っての大相場師
23.穴水要七-投機心の塊、紙業界揺るがす
24.鈴木隆-小学校教諭から大富豪へ
25.J・M・ケインズ-右手に『一般理論』、左手に80万ポンド
26.林荘治-金解禁めぐる混乱で巨利
27.近藤荒樹-金融王にして”相場の神様”
28.伊東ハンニ-昭和の天一坊か、天才か
29.アンドレ・コストライニイ-ブダペスト生まれの大投機師

ロード・オブ・ウォー

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

  17:45


史上最強の武器商人と呼ばれた男-ユーリー・オルロフ

出身地:ウクライナ
家族:妻1人、息子1人
趣味:ラケットボール
職業:武器商人
年間取扱高:60億米ドル(推定、約6900億円=1ドル115円換算)
年収:8800万米ドル(推定、約100億円)
座右の銘:「意志あれば、武器あり」
国籍:アメリカ合衆国

 「戦争犠牲者の9割が銃で殺されている。核兵器じゃない、AK47こそ真の大量破壊兵器だ」-ニコラス・ケイジ扮するオルロフは作中で語る。「自動小銃AK47カラシニコフ」は弾薬も手に入りやすい上、丈夫で壊れにくく、ソ連邦の崩壊以来、武器商人たちのメインの取り扱い商品となっている。

 2004年3月まで軍縮会議日本代表部特命全権大使を務めた猪口邦子内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画担当、自民、前上智大学法学部教授)も、小型火器の貿易制限強化の必要性をどこかで書いていたのを覚えている。今、世界には5億5000丁の銃があるという。ざっと15人に1丁の計算だ。武器商人たちが狙っているのは1人1丁の世界・・・。

 「ロード・オブ・ウォー」はハリウッドが死の商人と呼ばれる武器ディーラーの世界に初めて真正面から取り組んだ作品。アンドリュー・ニコル監督。実在の武器ディーラー数人をモデルに主人公のキャラクターを作っているが、監督が最も重視したのはロシア人「ビクトル・バット」。

 彼が頭角を現したのはソ連邦崩壊がきっかけ。ソ連邦崩壊による混乱で、軍の規律も崩れ、ソ連邦製の大量の武器がブラックマーケットに流出した。核物質やミサイルなど、ありとあらゆる兵器が世界中の独裁政権や反政府ゲリラ組織の手に渡った。仲介したのはバットらである。

 英国際戦略研究所発行の「ミリタリーバランス」2004-05年版によると、2003年の最大の武器輸出国は米国で136億4800万ドル、2位は英国(47億ドル)、3位ロシア(34億ドル)、4位ウクライナ(15億ドル)、5位フランス(12億ドル)、5位ドイツ(12億ドル)、7位中国(5億ドル)、8位イスラエル(4億ドル)、9位イタリア(1億ドル)。

 

オルタナティブ投資戦略

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/12/17  07:04


渋沢 栄一(1840-1931)

明治時代の実業家
 ・「日本の最初の銀行を造った」
 ・「500社の会社を造った」

論語と算盤の一致
 ・「道徳的資本主義」
 ・「日本的資本主義の父親」

 過日、「渋沢栄一は私の祖父の祖父です」と言うファンドマネジャー氏に会った。澁澤健氏。ヘッジファンド、ベンチャーキャピタルファンド、バイアウトファンドなどを含む「オルタナティブ投資」を専門とする独立系の運用コンサルタント会社「シブサワ・アンド・カンパニー」の代表取締役CEOだ。多摩大学スピーカーズ・コーナー(2005年12月8日)。その日のテーマは「オルタナティブ投資戦略とリスクマネジメント」だったが、会社論、資本主義論への言及もあって、議論は刺激的だった。

・「伝統的投資」はファンドマネジャーがリスクを取らないか、リスクを投資家に移転する運用の仕方。リターンは運用の評価。それに対し、投資家の願望に答えるのが「オルタナティブ投資」。この「オルタナティブ投資」は大口投資家の世界から小口投資家の世界にシフトしつつある。

・「価値」と「価格」の違いが収益チャンス。価値に比べて価格が低ければ「買い!」であり、逆に価値に比べて価格が高ければ「売り!」である。

・「長期投資」 時間と複利は強烈な味方。複利=利益の再投資、お金が「働いてくれる」こと

・「生命論」を意識した資産運用会社なんてありえるのか?今までの金融、投資の常識は非効率なところに価値を作り出すいわば「機械論」だった。(部品を組み立てるような)部分的、西洋医学的、合理的なものだったが、実際の人間社会はむしろ矛盾に満ち、全体的かつ東洋医学的。「無駄」も意味があり、創造性とも深く結び付いてる。「生命論」を意識する。

・もっとも世界的に競争力が高い日本のサービス産業とは何か?それは「飲食店産業」ではないか。何を食べても「美味しい」、おもてなしの「接客精神」、食べるものとマッチした「空間」。これらをNY、LDNに持っていけば、必ず成功する。日本人の感性を活かせている。ただ新規参入者には障壁が低く、競争原理が激しい。

・「資本家」はどこにいるのか?お金を作る人が「投資家」。「資本家」は作ったお金を何に使うかを考え、行動する人。日本には大資本家は出ない。プチ資本家が出るポテンシャルはある。

平和祈念展示資料館

カテゴリー: 東京日誌

2005/12/11  23:20


 前から気になっていた「平和祈念展示資料館」(東京都新宿区西新宿2-6-1新宿住友ビル31階)を見学した。戦争体験の労苦を語り継ぐ広場として、独立行政法人「平和祈念事業特別基金」が常設展示しているものだ。

 ・導入部(戦争前夜から戦争・終戦へ)
 ・恩給欠格者コーナー
 ・戦後強制抑留コーナー
 ・海外からの引揚げコーナー
 ・語り継ぐ場(図書閲覧、体験者の証言コーナーなど)

 戦後60年。戦争体験も意識の中から消え、風化しつつあるのが現実だ。それを少しでも後世に伝えることを目的に、各コーナーは「体感展示」されている。若いカップルや子供連れ親子、また外国人の姿も見掛けた。

 開館時間は午前9時30分~午後5時30分(入館は午後5時まで)。入場無料。月曜休館日。

映画「ラベンダーの咲く庭で」

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

  22:59


LADIES IN LAVENDER
2004年イギリス映画

監督:チャールズ・ダンス
主演:ジュディ・デンチ、マギー・スミス、ダニエル・ブリュール

 1936年イギリス。初老の姉妹ジャネットとアシュラは、ある日嵐で難破し、海辺へ流れ着いた青年を助ける。彼は才能あふれるバイオリニストだった。静寂だった生活は、楽しい空気と美しい音に満たされて・・・が、若い彼は輝かしい未来に旅立ち・・・2人のアカデミー賞女優が織り成す美しく切ないフェアリー・テール。

 

北斎展

カテゴリー: 東京日誌

2005/12/04  22:15


 北斎展(2005年10月25日-12月4日、東京国立博物館)を最終日に観た。「観た」というより、「見た」というのが正確だ。とにかく、大変な人出だった。午前10時すぎに着いたら、既に「70分待ち」。整理券をもらって、11時半から入場できた。芸術鑑賞も体力勝負である。

 葛飾北斎(1760-1849)は、世界中で最も知られた日本の芸術家の1人。浮世絵版画の第一人者で、ゴッホなど19世紀の欧州印象派に大きな影響を与えたことは有名だ。世界中の美術館に北斎の作品が収蔵されている。

▼絵師以前
 今からちょうど240年前の明和2年(1765)は多色摺りの錦絵が完成され、江戸の浮世絵界が一段と隆盛する契機をつくった記念すべき年。この頃、身辺の目につく物を熱心に写生する時太郎という、数え6歳の少年がいた。のちの葛飾北斎だった。

▼春朗期-習作の時代-

▼宗理期-宗理様式の展開-

▼葛飾北斎期-読本挿絵への傾注-
 
▼戴斗期-多彩な絵手本の時代-

▼為一期-錦絵の時代-
 文政13年(1830年)ごろから、およそ天保4年にかけて、北斎が錦絵制作に傾注した時代。代表作は「富嶽36景」

▼画狂老人卍期-最晩年-
 天保5年(1834)に画号を「為一」から「画狂老人卍」に改号する。浮世絵を描くのをやめ、動植物、宗教画に特化する。
 
 展示されている作品は初期から晩年までの代表作約500点。90歳の春、病床に臥せるまで絵筆を持ち続けた画家の多面的な芸術世界が紹介されている。とにかく、多作家だ。彫刻家・平櫛田中翁もそうだが、すさまじいまでの創作意欲。少しでも良い作品を生み出すためには少しでも長生きするしかないのかもしれない。大変な生への執着だ。凡人にはまねできない。

スワンベーカリー

カテゴリー: 東京日誌

2005/12/02  23:56


 「障害のある人もない人も、共に働き、共に生きていく社会の実現」。このノーマライゼーションの理念を実現させるために小倉理事長が、ヤマト福祉財団、ヤマト運輸と共に設立した株式会社。

 ①日本の障害者の数は人口の5%、約600万人と言われている。この人たちの大半は全国に6000カ所以上ある共同作業所や小規模授産施設で働いているが、1カ月の給料が1万円以下という低さで自立するには、ほど遠い現状。

 ②福祉施設の幹部職員に経営のノウハウを伝授しなければ、低賃金からの脱却は望めないことを痛感した小倉理事長は「製品」や「作品」作りではなく、一般の消費者を対象としたマーケットで売れる「商品」創りを目指したセミナーを1996年から全国各地で開催し、意識改革に取り組んできた。

 ③この過程で月給10万円以上支払うことを実証し、お手本を示す必要から、「焼きたてのおいしいパン」店構想に着眼。「アンデルセン」「リトルマーメード」を全国展開しているタカキベーカリーの高木誠一社長という良き理解者、協力者を得て、同社が独自に開発した冷凍パン生地を使えば、障害者でもパンが焼けることが分かり、さっそく実践に移した。

 ④1998年6月、スワンベーカリー銀座店が第1号店としてオープンし、現在直営3店、チェーン12店が各地に展開。働いている障害者の数は、直営店29名、チェーン店84名。

 ⑤スワンベーカリーの命名者は小倉理事長で、みにくいアヒルの子と思っていたら、実は「白鳥=スワン」だったというデンマークの童話作家アンデルセンの作品がヒントになっている。これからもスワンは、元気よく羽ばたいて、全国各地に次々と新しいお店をオープンさせる予定だという。

 株式会社スワン 会社概要

 商号   株式会社スワン(平成13年8月1日ヤマト運輸の特例子会社)
 代表者 海津 歩
 所在地 東京都中央区銀座2丁目12番15号
 設立   平成10年6月3日
 資本金  1億5000万円(平成15年3月現在)

 11月30日、オフィスのあるビルに入っている食堂に上記のようなパンフレットが置いてあった。12月1日からスワンベーカリーのパンを置くという。その後、まだ食堂には行っていないので、どんなパンか分からない。なるべく早く、食べてみたい。