2013年6月 のアーカイブ

為末大『走りながら考える』

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2013/06/27  23:31


自著にサインをする為末氏

講演後、自著にサインをする為末氏

 

千代田区立日比谷図書文化館で行われた上廣・日比谷ライブラリーレクチャー「トップアスリートの挑戦」(全3回)の第1回為末大氏(元プロ陸上選手)「走りながら考える」を受講した。ナビゲータの吉井妙子氏(ジャーナリスト)との対談形式のトークショーだった。

何事もその道を究めた人物の話は含蓄があって面白い。勝負というか競技の世界でダントツの成績を収めた人は表から窺えないものを持っているものだ。極限まで道を追求することで、そこまで行けなかった普通の人間では味わえなかった者のみが持つ世界観があるからだ。

為末大氏は1978年広島生まれ。2001年のエドモントン世界選手権で、男子400mハードル日本人初の銅メダル獲得。2003年に勤め先の大阪ガスを退社し、プロ陸上選手になった。2005年ヘルシンキ世界選手権でも銅メダル獲得。シドニー、アテネ、北京の各オリンピックに出場したが、メダルとは縁がなかった。2012年に現役引退。

◍世界1になりたかったので、高校3年の時にマイナー種目のハードルに転向した。「やりたいことをやるか」、「自分に向いていることをやるか」について価値観の葛藤に悩んだ。「世界1になること」を選んだ。それがハードルだった。それまでは100m学生チャンピオンだったが、100mでは無理だと思った。

◍400mハードルは35mごとに10台のハードルが置かれている。戦略を持ち込みやすい。全力疾走させてくれない競技。息を合わせる競技。日本にはデータが蓄積されていた。自分の闘い方ができる。

◍コーチがいなかった。自分を客観的に見てくれる人が欲しい。仮説→分析→実験→修正。そんな選書滅多にいない。自分だけだった。西洋人は身体の状態が揺れるヒップホップみたいに。日本人は揺れない日本舞踊みたいに。

ようやく青空を拝んだ

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  23:13


こんな空を見るのは久しぶりだ

こんな空を見るのは久しぶりだ(西幸門前交差点から永田町方面を見る)

 

この1週間、丹波の実家と東京の職場を行き来したが、ずっと雨か曇天ばかり。流石、梅雨だ。あんまりこんな日ばかり続くと、気が滅入る。仕事を終えて、空の明るい方角を見ると、国会議事堂の上空に青空が広がっていた。こんな空を見るとやはり素直に嬉しくなるものだ。

反対の内幸町側を見ると、こちらも気持ち良く晴れていた

反対の内幸町側を見ると、こちらも気持ち良く晴れていた

暑くてぎらぎら照りつける陽光もうれしくないが、やはり雨や曇天ばかりでは辛い。何事もバランスが肝心だ。午後6時すぎなのに、まだ明るい。交差点の真ん中でカメラを構える自分の姿が影になっていた。正面はみずほ銀行本店。

カレーが1番

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 食/食堂/レストラン

2013/06/26  13:30


食べかけです

食べかけです

 

夏バテ防止に
カレーが一番!!
バランス栄養(25品目)
◎週3日食して医者いらず。

退職した元勤務先から声が掛かって、5月下旬2週間と6月いっぱいの合計6週間、週前半3日間、アルバイト勤務した。長く通ったところだけに、馴染みの店があるのは当然だ。その1つが会社の裏手にある雑居ビル6階の「凱旋門」(東京・銀座5)。夜はカラオケ・スナックらしいが、昼間はランチカレーと生姜焼き定食屋に変身する。

この店のカレーがなかなかおいしいのだ。濃厚さとは縁遠い野菜カレー的な薄味だが、何度か食べているうちに病みつきになってくる不思議な味なのだ。1カ月のアルバイト中、最後から2番目の、激しく雨の降るこの日に1年ぶりくらいに食べた。

カウンターの上に張られた紙に大きく書かれているのがこのコピー。紙も相当年代物で、タバコの煙も染み付いてすっかり変色している。年代物のビルの上のほうで、ひっそりと咲く水中花のように営業しているスナックで食べるカレーも乙なものだった。また、近くにきたら、つい足が向くかもしれない。

久しぶりの「歌舞伎そば」

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 食/食堂/レストラン

2013/06/25  20:05


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歌舞伎見物客の間でも馴染みだった「歌舞伎そば」が裏手の路地に開店。開店当日にも行ったが、会社退職後は銀座に行く用もなくなったので、自然と足が遠のいていた。ところが、元の勤務先か声が掛かったために、新装なった新歌舞伎座周辺にも出没。今日はその「歌舞伎そば」でランチした。

再開店は2010年5月25日だった。歌舞伎座閉場3週間後だった。新歌舞伎座開場は今年4月だから、3年間も歌舞伎座抜きで頑張って営業してきたことになる。脱帽だ。行列ができていた。カウンターに座るまで20分ほど要した。

「もりかき揚げ」(旧ざるかき)は470円。昔と同じ料金だった。そばの量も味も昔のままだった。ただし、かき揚げの数が8個から5個に減っていた。旧店のご主人のロックのリズムでそばをゆでる動きは芸術だと思ったが、今は若い主人に代替わりしていた。旧店ほどスペースに余裕がないため、ロックのリズムで仕事をするというわけにはいかないようだ。之も時代の流れか。

24時間「ホルター心電計」検査

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気

2013/06/24  18:12


アップには耐えられないため縮小して

 

最近、急に胸が締め付けられるようになり、身体が少し震えるような症状に見舞われる現象に襲われている。来月からいよいよ前期高齢者。法律的には、押しも押されもせず老人だ。自分ではまだまだと思いたくても、身体が教えてくれる。

5年ほど前に単身赴任先の兵庫県神戸市から1時間ほどの三木市(金物の街)に車で訪れたとき、突然苦しくなって足が止まったことがあった。そのときは身体が鉛のようになり、本当に歩けなかった。そんな症状が表れること自体、自分でも信じられなかった。

そのときは1時間ほど動けず、その場でじっとしていた。金物市の駐車場の土埃を吸ったせいかと思ったりして、何とか車に戻り、現場から離れたら、スッーと胸が晴れた。原因がなくしてそんな症状が表れるはずがないのは当然で、深刻に考えたが、その後、そうした症状はなかった。会社の年1回の健康診断の心電図検査でも特に問題は指摘されないまま、忘れてしまった。

ここ何年間か、それでも1年に1度くらいの割合で心臓が苦しくなることはあったものの、まれ。ところが今年になって、頻度が増えた。しっかり覚えているのは今月5日(水)12時07分~13時。デスクでおにぎりを1つ食べ終え、2つめを口に入れた途端、胸が苦しくなった。心臓がどきどきし、身体が少し震えた。「狭心症」「心筋梗塞」という言葉が頭に浮かんだ。休憩室のソファに少し横になっていたらスッと症状が消えた。

それから2週間しかたっていない6月21日(金)朝7時15分~45分にも同じ症状が出た。母が亡くなった葬儀当日の朝だった。朝食を摂ろうした矢先だった。疲労が溜まっていたのかもしれない。しかし、よりによってこんな日に・・・・

東京に戻って、掛かりつけの内科医の診察を受けた。「不整脈は絶えず起こっている。気づかないだけだ。年齢的なものもある。糖尿病などいろんな因子が絡み合っている。不整脈を疑う場合、ますは心電図を取るのが一番」と言われ、24時間心電計を試すことにした。

それがこの「ホルター心電計」。昔はもっと大きかったらしいが、今は小型軽量。24時間、首から心電計をぶらさげ、心電図の変化をミニSDカードに記録する。それをコンピュータ解析して、判定させる。「ホルター」氏は米国の物理学者。24時間心電図記録法の発表者らしい。結果が楽しみだ(怖い!)。7月には前期高齢者に突入する。何事も事実から目を逸らしてはならないと自分に言い聞かせるしかないか。

 

試写会『スタンリーのお弁当箱』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2013/06/18  22:48


「お弁当から人生が見えてくる」

「お弁当から人生が見えてくる」

 

作品名:『スタンリーのお弁当箱』
原作・監督・脚本:アモール・グブテ
主演:パルソー2011年
2011年インド映画/96分
2013年6月18日@日本記者クラブ

インドでは年間1200本以上も映画作られることは有名だが、日本で上映されるのはほとんどが国産やアメリカ映画。インド映画を見る機会はまずない。英国に住んでいたときに、インド人の多いこともあってテレビで放映されるインド映画を何度か見たことがある程度だ。

本作品はシネスイッチ銀座と梅田ガーデンシネマで公開されるというから例外的だ。日本記者クラブで試写会があったので見た。やたらと踊りが多いのがインド映画だと思っていたら、最後のほうで踊りも出て来たが、基本的には普通の映画だった。

主人公のスタンリーは小学生。3年生ぐらいか。学校では周囲をいつも笑わせ、クラスの人気者だ。しかし、家庭の事情でお弁当を持ってくることができない。昼休み時間になるといつもひとりぼっちで、水道の水を飲んで空腹を我慢している。

先生にも友達にもお弁当を持って来れない理由を明かさない。そんな彼をくるむように守り、お弁当を分け与える級友たち。クラス担任のロージー先生も母親のように優しい。しかし、食い意地の張った太っちょの男性教諭がいつも、スタンリーのもらったお弁当を取り上げ、「お弁当を持ってこれない奴は学校に来る資格がない」とスタンリーを傷付ける。

子どもたちの笑顔と涙で胸がいっぱいになる映画だ。そんなスタンリーだが、友だちの友情に支えられて、ついに特大のお弁当を持ってくるようになる。

楽しい日も、つらい日も、お弁当には幸せが詰まっている。ハートフルなヒューマン映画に胸が揺さぶられた。

ちなみに、年間1200本を制作するインドはアメリカを上回る映画大国だと思っていたら、もっと上手がいた。ナイジェリアがそれだ。首都ラゴス周辺で2000本以上が作られているという。ただ1本の制作費は150万円ほどで、10日か1週間で1本撮って、映画館よりもビデオCDで見るのが一般的な鑑賞方法だとか。本数で比較しても意味が無い。

 

新しい冷蔵庫が届いた

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2013/06/16  22:09


15年間ご苦労さまでした

23年間ご苦労さまでした

 

ロンドン勤務から帰国した1990年に買ったサンヨー製冷蔵庫。ずいぶん長い間使った。これがない食生活は考えられない。よく働いてくれた。

まだ壊れてはいなかったが、あまりに古くなったのと、電気代の節約を考えて、新製品に交換した。やはり、長く使っていると愛着が湧いてくる。

 

次の15年間よろしく

これからよろしく

 

新製品は日立製。どのメーカーでなければいけないということはなかった。自分の家にふさわしい製品を選んだら、結果的に日立だった。それにしても、エコ製品だと電気代がものすごく安い。

冷蔵庫とエアコンは新しいものに限るといわれる。機能もさることながら、電気代があまりにも違うからだ。びっくりするほどだ。

 

新宿タンメン

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2013/06/14  23:08


生まれて初めて食べたタンメン

生まれて初めて食べたタンメン

 

人間は食べ物に関して、意外と保守的だと思う。あえて冒険しないという意味だ。店に入ってメニューを広げて、「さて何を食べようか」と詳細に検討して結果、オーソドックスというか、定番というか、最終的にいつも食べている代わり映えのしないものを頼むことがほとんどだからだ。

この世に生を受けてまもなく65年。この世に「タンメン」なる食べ物が存在することはもちろん知っていたが、あえて食べてみようとはしなかった。どうも、関西には関東ほど「タンメン」は普及していないような気がする。関西でも田舎出身だから、余計そう思うのかもしれない。私の場合は極端だと思うにしても、「餃子」の存在を知ったのも関東に来てからだった。

さてタンメンだ。あえて挑戦してみようと思ったのは、新宿西口地下街を歩いていて、「老麺処 圓」で「新宿タンメン」なる言葉を知ったからだ。西口地下街はしょっちゅう歩いているが、ちょっと奥まったところ(西口地下街1号小田急エース北館東)にあるこの店がいつも不思議に客が立て込んでいることに気づいた。

勇を鼓して一度入ったことがあったが、込んでいて、そんなに店内が広くもないので、窮屈さを嫌って、結局食べないままになった。そのときから、どういうわけか、店の存在と新宿タンメンの名前が気になっていた。

たまたまこの日、入る機会を得た。そして念願の新宿タンメンを食べた。意外とおいしかった。野菜たっぷりの塩味ラーメン。麺ももちもち感があってひと味違った。800円は”新宿価格”だろう。半タンメン+半チャーハン、半タンメン+餃子3個などレディース向けもあるせいか、女性客も多い。1日分摂取量350gの野菜は確かにモヤシ系が多いが、許容範囲。

それにしても、ラーメンの世界は奥が深い。同じ塩味でも「タンメン」は「塩ラーメン」とも違うらしい。よく分からない。調べてもすぐに頭に入らない。

タンメン:炒めた野菜に鶏ガラスープを入れて、塩で味を付けたラーメン。発祥は横浜の一品香(野毛)。
中国のタンメン(湯麺):スープだけで具材の入らないラーメン。汁麺の総称。
塩ラーメン:塩だれをスープで割ったラーメン

「カサ・ベリヤ」再訪

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2013/06/07  23:35


イカ墨パエリャ

イカ墨パエリャ

 

スペイン料理「カサ・ベリヤ」(新宿区歌舞伎町)に行った。2012年1月26日以来、1年半ぶりだった。新宿3丁目駅から歩いてきたら、途中で迷った。旧コマ劇場が取り壊され、目印が無くなったこともあったが、どうも道がまっすぐ走っていないのではないか。昔のイメージで歩いていたら、とんでもないことになる1つの例だ。

カサ・ベリヤは相変わらず込んでいた。不思議な店だ。随分いろんなものを頼んだが、外せないのはこのイカ墨パエリャ。地中海に面したスペイン北東部カタロニア州(州都バルセロナ)の地方料理。

パエリャは米(短粒米)と野菜、魚介類、肉などを炊き込んだ料理。カタロニアより南部のバレンシア地方発祥で、普通はいろんな具材を使うが、イカ墨パエリャは甲イカ(別名墨イカ)とイカ墨だけを使う。バリュエーションの1種なのだろう。おこげがおいしかった。

三浦雄一郎・豪太エベレスト登頂記念会見

カテゴリー: 会見メモ

2013/06/06  21:09


気持ち良く語る三浦雄一郎氏(隣りは息子の豪太氏)

気持ち良く語る三浦雄一郎氏(隣りは息子の豪太氏)

 

80歳の世界最高年齢でエベレスト登頂を達成したのは確かに偉業だが、会見を聞いて全体像を知れば、「これはビジネス」という印象が極めて強く、感動は少しも感じなかった。会見途中に、安倍首相が同氏に「三浦雄一郎日本冒険家大賞」の創設を提案したことが公表された。

菅官房長官は同賞創設について、「人間の可能性にチャレンジした冒険家で、国民の夢や希望、感動を与えた者の栄誉をたたえる」と趣旨を述べたが、どう考えても参院選を意識した政治絡みの賞創設としか思えない。

ルート概念図

ルート概念図

 

三浦雄一郎氏は70歳(2003年)、75歳(2008年)にもエベレストに登頂しており、今回が3度目。遠征隊は3月29日にネパール到着。その後高度順化を行いながら高度を上げて、4月16日にエベレストの麓5300mのベースキャンプに入り、1カ月後の5月16日より山頂(8848m)を目指してアタックを開始。5月23日に登頂を果たした。