2010年8月 のアーカイブ

あさま@軽井沢駅

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2010/08/30  15:01


 あっと言う間の2泊3日の小旅行だった。気の置けない大学時代の仲間4人。泊まりがけの旅行は初めてだった。実家が兵庫だから乗るのはいつも東海道新幹線。長野新幹線は初めて。20年ほどに乗ったのは信越本線。軽井沢駅で在来線乗り場を探したが、見つからない。

 在来線が軽井沢に止まらないことを今回、初めて知った。鉄道の世界も大きく変わっている。とてもついていけない。ついて行く気もない。軽井沢-大宮菅45分。缶ビールを飲んでいるうちに着いた。もっと乗っていたかったのに。

嬬恋キャベツ

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  10:45


 嬬恋村(つまごいむら)と言えば、キャベツである。貸別荘のログハウスを撤収し、農産物直売所でトウモロコシを買った。ついでに焼きトウモロコシを食べた。立ち寄った横川農園によると、収穫してから店頭に並ぶまでにどうしても3日は掛かるという。朝どりした新鮮野菜にかなうはずがない。

 周辺はキャベツ畑だらけだが、農園のおじさんに教えてもらった畑に行った。本当は実際の収穫風景を見たかったが、なにせ朝も10時すぎ。人影がまばらだった。収穫はとっくに終わっていたはずだ。それにしても広大な風景である。

鬼押出し園@浅間山山麓

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2010/08/29  15:37


 長野・群馬県周辺には2000m級の山が目白押しだが、どうも浅間山は別格らしい。2568と高いこともあるが、富士山のような円錐形をしている優雅さに加え、活火山としての”実績”もあって、存在感が大きいのだ。山頂付近は雲がかかっていて確認できなかったが、現在も噴火活動を続けているようだ。生きている山だから、注目せざるを得ないのかもしれない。

 21世紀に入ってからも噴火している。以下はウィキペディア情報。

2004年9月1日 噴火確認
2004年9月23日 中規模な噴火
2008年8月10日 小規模な噴火確認
2009年2月2日  噴火確認

 浅間山はいろんなところから眺められるが 小諸から北に30分ほど走った高峰高原からの眺めがすばらしい。標高2000mの高地に自然体験の拠点「高峰高原ビジターセンター」(長野県小諸市高峰高原車坂峠)が設けられており、浅間連峰(浅間山、前掛山、黒斑山、蛇骨山、鋸山)を満喫できるハイキングやトレッキングコースが整備されている。

 センター2階のカフェで食べた地元野菜を使ったカレーはおいしかった。

 高峰高原から東に浅間山を眺めた後、この日の泊まりである嬬恋村を確認し、日没前の 「鬼押出し園」を散策した。嬬恋村は長野県ではなく、群馬県吾妻郡。浅間山は長野県と群馬県の県境にどんとそびえている。境界線なんか全く気にしていない。

 「鬼押出し園」は有名だった。軽井沢には何度か来たし、蓼科には去年も来ているのに、「鬼押出し園」は知らなかった。浅間山見物に来た人たちにとって入門コースともいうべき存在なのに、知らなかったのは不勉強も甚だしい。

 「鬼押出し園」は天明3年(1783)の浅間山大噴火によって生まれた溶岩の公園だった。浅間山の火口で鬼が暴れ、岩を押し出したとのたとえで、この名前が付いたという。最初聞いたときは何のことだかよく分からなかった。

 浅間山が活動を始めたのは今から10数万年前と考えられている。記録として残っているのは約1300年前の685年。爆発と噴火を限りなく繰り返してきた。100年も生きられない人間からはうかがい知ることのできない自然の営みだ。ひれ伏すのみである。

千曲川@小諸城址・懐古園

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  10:27


 友人の山荘で一泊した翌日は群馬県との県境に広がるもう1つの高原地帯に向かった。その途中にあるのが長野県小諸市。島崎藤村が小諸に7年間住んでいたときに、有名な「小諸なる古城のほとり・・・」の作品を書いたのはさすが知っていた。

 黙って通り過ぎるわけにはいかない。藤村の小諸時代の作品、資料などが展示されている藤村記念館や郷土資料館などが小諸城址・懐古園の中に立地していた。小諸城の築城は1554年(天文23年)。武田信玄が命じたとされる。石垣が残っているだけだ。

 園内の千曲川を望む展望台近くには藤村の詩碑が建立されている。詩心はないが、受験勉強で覚えた冒頭の部分だけが今でも口をついて出てくる。忘れないのだ。

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ)
日に溶けて淡雪流る

 千曲川はドライブの途中からも眺めた。しかし、懐古園の水の手展望台から眺める景色は格別だ。千曲川は信濃川水系。写真の右手にダムができていた。小諸城址の城壁で大きく蛇行する地形を利用して、調整池と発電所が建設されているという。

蓼科山とすすき

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2010/08/28  15:48


 佐久乃おぎのやで食事した後、向かったのは佐久市の南、諏訪湖の北東部に広がる高原地帯。白樺高原、北白樺高原、蓼科高原、霧ヶ峰高原、車山高原、美ヶ原高原と高原がてんこ盛りである。白樺湖を眺めながら、その奥に立つ蓼科山(2530m)を眺望した。

 霧ヶ峰高原の懐に抱かれるように立つのは小さな山小屋「ころぼっくるひゅって」(長野県諏訪市霧ヶ峰車山肩)。標高1820m。高原を一望する場所に位置しており、併設のカフェで飲むサイフォンで淹れたコーヒーは格別おいしい。吹き渡る風は高原の匂いがする。

 高原を少し降りたところには八島ヶ原湿原が広がっている。霧ヶ峰の湿原の中では最大の高層湿原。ウィキペディアによると、湿原は常に植生の枯死と堆積を繰り返しており、機構や立地条件によって低層湿原→中層湿原→高層湿原を変化し、最終的には陸地に変貌すると考えられる。

峠の釜めし本舗「佐久乃おぎのや」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  13:30


 夏旅行にはもう1人参加者がいた。大阪から駆け付けたY氏。高速を600km走ってこの「佐久乃おぎのや」で合流した。上信越自動車道を佐久ICで降りると目の前にある和風3階建ての店だ。

 おぎのやは明治18年(1885)におむすびの駅弁で創業。昭和33年(1958)2月に信越本線開通と同時に「峠の釜めし」を売り出した。横川駅の釜めしとしてあまりにも有名である。食べたことないはずなのに、名前だけはしっかり刷り込まれていたせいか躊躇なく釜めしを頼んだが、食べてみると、鶏肉がごろごろ。鶏肉が嫌いなことをすっかり忘れていた。

上里SA@関越道

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  12:06


 大学時代の友人が夫人の郷里に近い長野県佐久市に持っている山荘に招待を受けた。今年の東京の暑さは尋常ではない。とにかく、少しでも涼しい場所を求めて、もう1人の友人と3人で埼玉県大宮から車で山荘に向かった。

 関越道はよく走っているが、上里(かみさと)SAで休憩するのは初めて。上里はまだ埼玉県内である。静岡県も走っても走っても同県内だったが、埼玉県も似ている。関越道始点の練馬ICから75.5キロ。埼玉県の端っこの児玉郡上里町。あと3.1キロ走った藤岡ジャンクションはもう群馬県だ。

小沢一郎氏が出馬表明=民主党代表選

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2010/08/26  12:05


 日本経済は円高・株安圧力にさらされ沈下する一方で、この未曾有の国難を一致団結して突破していかなければならないのは猿でも分かるはずだが、国家と国民の将来を指導する政治家の住む永田町には国難突破よりも重要なことがあるようである。

 権力闘争だ。もとより政治家を目指す人種には権力志向が強い。実現したい政策があって、それを実現するために力を求めていく。大半の政治家は、実現すべき政策があるからこそ永田町を目指すと思いたいが、中にはただ権力を握りたいだけで政治家を志す不心得者もいるかもしれない。

 権力志向者は政界だけではない。経済界でも官界でも学界でも、あらゆる世界にその種のたぐいの人種は存在する。人間の性(さが)だと言ってしまえばそれだけだが、それなりに修業を積んだ人間は、権力志向をぎらつかせないものだ。抑制が働く。それが人間の品性、品格というものである。

 小沢一郎前幹事長が26日朝、鳩山由紀夫前首相と会談し、前首相の支持を得たことを理由に、政権党・民主党の代表選(9月1日告示・14日投開票)に出馬表明した。2人は3か月前に、第一線を退いたはずである。鳩山氏は政界引退すら口にしていた。

 それなのに、今回の政局では菅直人首相と小沢前幹事長の間の仲介役を務め、小沢氏は鳩山氏の支持を理由に出馬を決意したという。鳩山氏は記者団に「私の一存で小沢先生には民主党に入ってもらった。その経緯からして私としては応援する。それが大義だと思っている」と述べたが、よく分からない。鳩山氏の言動には理解できないことがあまりにも多すぎる。

 何が何だか分からない。野党時代の代表選ならともかく、与党となった民主党代表選は首相選びに直結する。永田町の関係者にとっては、自分の仕事やポストにそれこそ直結する以上、冷静ではいられないのは当然だろう。首相選びそのものの代表選が日本の将来やわれわれの日々の生活にも影響する以上、われわれも自分には関係ないと距離を置くわけにもいかない。

 この日午前、スズキの鈴木修会長軒社長が都内で開いた新型車の発表会見で質問され、「(円高などで)日本が沈没しないような対策を立ててから、争いをやってもらいたい」と述べたと伝えられた(日経夕刊)。国民不在の権力闘争を見せ付けられる国民はたまったものではない。

照り返し@新宿ビル群

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/08/25  17:25


 あんまり暑いから、もう暑さに関することは書くまいと決意し、22日に長めの「猛暑・酷暑・炎暑・・・」を書いたつもりだった。しかし、この日、新宿の高層ビルに反射する照り返しを見て、思わず携帯電話のカメラでパシャっとやってしまった。今年の暑さが異常であることを記録する意味も込めたつもりだ。

 最高気温では2007年の40.9度にかなわない。ただ2010年は熱帯夜の日数では07年を上回るのではないか。昼間の最高気温より、熱帯夜のほうが始末が悪い。安眠できないからだ。クーラーをつけっぱなしで眠ると、朝目覚めたとき、身体全体が少し痛く感じるのは私だけではないだろう。

 気象庁が25日発表した9~11月の3カ月予報によると、太平洋赤道域の中央から東部で海面水温が低くなるラニーニャ現象が続く影響で、特に9、10月は全国で気温が平年より高くなり、残暑は厳しくなるという。降水量は北日本(北海道と東北)と沖縄・奄美で平年以上となるが、ほかは平年並みの見込み。

 12月も気になるが、ラニーニャの場合、厳冬になる可能性が高いらしい。夏は暑くて、冬は寒いのなら、やはり異常と呼ぶべきだ。もう、台風が来ないことを祈るだけである。


                  (残照を浴びる新宿プリンスホテル)

JR東京駅

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/08/23  22:47


 東京駅周辺で大規模な再開発事業が進行中であることは知っていたが、八重洲口の顔とも言うべき大丸東京店が”移動”していることは知らなかった。たまたま知人夫妻との会食で東京駅に行った折、いろんなものが変わっていると感じたものの、駅中にあるから、まさか場所まで変わっているとは思わなかった。

 実は大丸は旧店の北側に新しく建てられた「グランドトウキョウノースタワー」(地上43階・地下4階)に移ったという。少し離れた場所から東京駅を眺めれば、すぐ分かったはずだが、地下鉄出口から地下を通って行ったので気付かなかった。

 昔の大丸は2007年10月31日に閉店。その1週間後の11月6日にはノースタワー内に新大丸東京店として開店した。旧店は既に取り壊されているのかどうか確認しておく必要がありそうだ。「東京駅に隣接の老舗百貨店がオトナの百貨店としてイメージチェンジ。ファッションフロアーを充実し、1階にスイーツなどフーズ関連もさらにグレードアップ」させたらしい。

 旧大丸店は取り壊され、再開発工事の真っ最中だった。

 大丸新店13階にあるのが「ZEX TOKYO」(ゼックス東京)。「ZEXは食のカテゴリーにとらわれない融合レストランとして東京のダイニングシーンをリードしている」らしい。百貨店への出店はここが初めて。イタリアン、鉄板焼・和食、バー&カフェが約880㎡の店内に”出店”していた。

 目前に広がるのがJR東京駅である。立体構造のプラットホームを新幹線から中央線・山手線などの電車が出たり入ったりする姿を眺めながら食事をするのはなかなかのものだ。東京駅は恐らく、何百回も利用しているはずだが、こんな角度で眺めたのは初めてだ。

①中央線ホーム(1,2番線=東京駅)

②山手線ホーム(4,5番線=東京駅)