2015年6月 のアーカイブ

果物屋”開業”

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2015/06/30  21:35


 

集中するときは集中するものだ

集中するときは集中するものだ

 

どういうわけか、千葉県から富里スイカとメロンが昼、届いた。嬉しいと思っていたら、夕方になって今度は四国・土佐から夏文旦と小夏がやってきた。夏の果物だ。

 

夏文旦と小夏

夏文旦と小夏

 

同じ文旦と言っても、冬と夏があるらしい。その違いがよく分からない。とにかく大きい。形はそんなに美形ではない。むしろいびつだが、切ってみると、したたるようなジューシーさで、みずみずしい。

 

小夏をいただく

小夏をいただく

 

小夏はすっかりファンになった。東京では最近、「ニューサマーオレンジ」の名前でスーパーなどの店頭に並ぶ。しかし、やはり「小夏」の呼び名のほうがこの果物には合っている。

The Adirondack Cafe

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2015/06/26  23:39


 

カウンターの中はこんな感じ

カウンターの中はこんな感じ

 

東京ビッグサイトには3時間ほどいた。10社ほど回った。それ以上は疲れて無理だった。午後2時すぎゆりかもめに乗って新橋まで戻った。小雨が降り出した。遅くなるにつれて降りが激しくなると予報が告げていた。

内幸町から地下鉄で新宿に出て、スポーツクラブで少し運動して帰るつもりだった。しかし、たまたまホームで昔の社僚にばったり会い、神保町でお茶を飲むことになった。疲れた体を少し休めたかった。

神保町はいつも乗り継ぎ駅として使っているものの、改札口を出たことはこの2年間一度しかなかった。学生街の喫茶店と古本屋の町だが、どちらもどうしてもここでないとダメだということもなかった。

 

コーヒーとあんパンを食べた

コーヒーを飲み、あんパンを食べた

 

    せっかく来たのでNY仕込みの特製「アディロンダックバーガー」に食らいついた

せっかく来たのでNY仕込みの特製「アディロンダックバーガー」に食らいついた

 

社僚に連れてこられたのが「The Adirondack   Cafe」。パチンコ屋「人生劇場」の対面にあった。ジャズの店だ。火曜と土曜にはLive演奏もやる。奥にピアノもあって、とにかく観客との距離が近い。

学生時代、西荻窪に住んでいたとき、吉祥寺の「ファンキー」には通い詰めた。うつむいて、ジャズを聴きながら、黙って一人で本を読んだ。私語厳禁だった。昔のジャズ喫茶はそれが普通だった。

この店はどうもそうではなさそう。店を切り盛りしているマスターと奥さんが話し好きのようだ。音楽も大切だが、客同士や客とスタッフとの会話も大事にしているという。時代は変わる。ジャズ喫茶も変わる。人も変わる。

店名の由来はNY州北部に広がる緩やかなな山地「Adirondack Mountains」(the Adirondacks)。最高峰はマーシー山(標高1629m)。リゾート地域で、中心は1932、1980年冬季五輪開催地のレークプラシッド。山地のほぼ全域が全米最大の自然公園になっている。

マスター夫婦はNY州に20年ほど住み、キャンプで行った同地が気に入り、それを店の名前にしたという。店を始めて7年。その前はレコード屋をやっていたという。NY州には住んだことがないが、このカフェはどうも居心地が良さそうだ。

 

「第26回日本ものづくりワールド」

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

  20:08


 

1年ぶりに東京ビッグサイトに行った

1年ぶりに東京ビッグサイトに行った

 

「日本ものづくりワールド」は4展示会の総称だ

「日本ものづくりワールド」は4展示会の総称だ

 

世界最大級のものづくり専門展「日本ものづくりワールド2015」(2015年6月24日~26日、東京ビッグサイト)に行った。4つの専門展の同時開催だ。主催はリード・エグジビション・ジャパン。

第26回設計・製造ソリューション展
第19回機械要素技術展
第6回医療機器開発・製造展
第23回3D&バーチャルリアリティ展

ここでしか見られない、世界初、世界一などの先端技術や新製品が集まる場。出展社数は20カ国2230社。うち海外出展社は300社。自治体や公共団体なども91団体参加し、海外からの来場者も多い。

とにかく会場が広くて、大混雑で、活気があった。「ものづくり」に関係したほぼすべての業界が網羅されているのではないか。あんまり会場が広すぎて、焦点を定めないと、どこに行ったらいいのか迷う。

プレス登録し、「世界初」「世界一」のブースを中心に回った。それが以下の企業だ。

 

 

CIMG2498

世界一の防振サスを開発した松田技術研究所

 

松田技術研究所(東京都板橋区)は98.5%の振動を吸収するサスペンションを開発した企業。輸出および海外現地での輸送トラブルやコンテナ積み降ろし時の衝撃などの悩みを解決する「防振サス」はメンテナンスフリー。金属球状サスペンションは全方向の新道を吸収する凄レ物だ。

最初にブースをのぞいたら、松田真次社長は商談中だった。昨年11月に「第18回いたばし産業見本市」で知った。これだけたくさんの企業が出展している中でも注目企業の1つだった。出展スペースがとても狭くもったいない。

 

世界初のピント合わせ不要のデジタルマイクロスコープ(キーエンス)

世界初のピント合わせ不要のデジタルマイクロスコープ(キーエンス)

 

キーエンス(本社大阪市東淀川区)は国産高精細3Dプリンター「アジリスタ」で有名な3Dプリンターメーカーだと思っていたら、各種センサー、測定機器メーカーだった。たまたま側を通ったら、デモストレーションで「世界初のデジタルマイクロスコープを開発しました」とコンパニオン嬢が声を張り上げていた。

「世界初」と聞いたら素通りできなくなった。デジタルマイクロスコープは光学顕微鏡のこと。デモ機は新しく「ライブ深度合成機能」を持ち、これまで当たり前だった「ピント調整」が要らなくなったという。

 

板厚より小孔径のパンチングプレス加工を実現した奥谷金網製作所

板厚より小孔径のパンチングプレス加工を実現した奥谷金網製作所

 

奥谷金網製作所(神戸市中央区)は総合金網・パンチングメタルメーカー。

 

世界初!3D対応タブレットを開発したスカイジェット・メディカル

世界初!3D対応タブレットを開発したスカイジェット・メディカル

 

スカイジェット・メディカルも神戸市を拠点とするベンチャーだった。円偏光方式では世界初となる3D対応タブレットを開発した。さまざまな3D映像を手軽に再生でき、映し出される3D映像は自由に拡大、縮小、移動ができる。

神戸大学からの依頼で開発したもので、リアルタイムで遠隔地でも視聴可能な「医療映像配信システム」も近く公開の予定だという。

 

 

松浦機械製作所は今年も金属3Dプリンターを出展していた

松浦機械製作所は今年も金属3Dプリンターを出展していた

 

松浦機械製作所(福井市)は金属3Dプリンター「LUMEX Avance-25」を展示していた。去年、取材した企業だ。

 

一杯やれるのかと思ったら、商談カウンターだった

一杯やれるのかと思ったら、商談カウンターだった

 

とにかく人、人、人

とにかく人、人、人

「アベノクラシーは『永続敗戦レジーム』の総決算」

カテゴリー: 会見メモ, 政治/外交/国際/軍事

2015/06/25  19:46


 

会見する白井聡氏

会見する白井聡氏

 

テーマ:「戦後70年 語る・問う」21
ゲスト:白井聡(京都清華大学人文学部専任講師)
2015年6月25日@日本記者クラブ

 

『永続敗戦論―戦後日本の核心』(2013年3月、太田出版)の著者は雄弁だった。戦後の核心は「敗戦」を否認したことであり、そのロジックを採用すれば、「負けたことを認めていないので、延々と負け続ける。すなわち、永続敗戦」だと指摘する。

永続敗戦レジームは今もずっと続いており、戦後の総決算としての社会が「アベノクラシー」だと主張する。目を覆いたくなるような劣化と、とてつもない閉塞感に満ちた社会を作ってしまった。

安倍政権の行っていることは永続敗戦レジームの純化による死守であり、無批判な国民は奴隷だと指摘。「奴隷化された国民の批判を展開することがメディアの仕事だ」と言い切った。ポイントは沖縄で、沖縄問題は永続敗戦レジームに対する外部からの異議申し立てだとの見方を示した。

論としては理解できた。しかし、この主張を誰よりも強く意識しているのは他ならぬ安倍首相だろう。だからこそ「戦後レジームからの脱却」を執拗に追求し、安保法制の改定に踏み切った。

阿呆なのは国民だ。何もせずに「平和」の恩恵だけを享受している。果たしてメディアは「国民批判」を行えるか。現実を直視することを回避し続けてきたメディアがそれをできるとは思えない。一国は国民のレベル以上のメディアを持ち得ない。

 

関連していくつかのサイトを回って、関連記事を読んだ。『永続敗戦論』から地元図書館から借りて読もうと思ったが、予約は58番目の54番。いつ順番が回ってくるのか見当も付かない。

■白井聡「永続敗戦論からの展望」(メールマガジン「オルタ」)

■記者による会見メモ「戦後の本質”永続敗戦レジーム”を直視せよ」(日本記者クラブHP

■内田樹と白井聡、気鋭の学者2人が安倍首相を「人格乖離」「インポ・マッチョ」と徹底批判(本と雑誌のニュースサイト「リテラ」)

シンガポールがやって来た

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2015/06/20  22:36


 

テープカッターに入ったマーライオン

テープカッターに入ったマーライオン

 

サニーヒルズのパイナップルケーキ

サニーヒルズのパイナップルケーキ(台湾製)

 

ケーキの中はこんな感じ

ケーキの中はこんな感じ

 

シンガポール航空のCAが着ている制服と同じデザインの子供服

シンガポール航空のCAが着ている制服と同じ柄の子供服

 

昨年11月にシンガポールに赴任した長男が出張で一時帰国した。シンガポールにはまだ行ったことがない。東京23区より少し広い面積の小国家だが、1人当たり国民所得は世界1。

540万人人口の6~7割が年収1億円以上の超リッチな国であることは知っている。もちろん、貧しい国民もたくさんいる。格差が著しい。外務省データ(2013年9月)によると、中華系74%、マレー系13%、インド系9%、その他3%。多民族国家だ。

国語はマレー語。公用語は英語、中国語、タミール語。

もらったお土産がこれだ。マーライオン像はシンガポールのシンボル。「マーライオンパークに1972年に造られ、高さ8.6m。2009年に落雷で破損し、2010年に修復が完了し、現在の姿になった」と手持ちのガイドブック(『ララチッタ大人カワイイ女子旅案内・シンガポール』)に書かれている。

シンガポールはサンスクリット語でsingha(ライオン)+pura(町)。「シンガプーラ」が「シンガポール」に変わった。「マーライオン」は国際海洋交易拠点としてのシンガポールを象徴するライオンのマーメイド。

 

左がシンガポールで売られている納税済み印付きたばこ

左がシンガポールで売られている納税済み印付きたばこ

 

長男はヘビースモーカー。吸っているのは「紙巻き外国たばこマールボロ・アイス・ブラスト・ボックス」(生産国オランダ)。日本では1箱(20本入り)460円だが、シンガポールでは13シンガポールドル(1SPドル=92円)と日本円換算約1200円。日本の2.6倍だ。

購買意欲を抑える禁止的価格を設定しているほか、パッケージのデザインもいかにも毒毒しい。1本1本に通関当局による「SDPC(Singapore Duty-Paid Cigarette)のシールが付いている。納税済みの印だ。2009年1月から実施された。これがないたばこを同国内で吸えば、罰金が科せられる。何とも徹底している。さすが官僚統制の行き届いた独裁国だ。

読響カレッジ「ドヴォルザーク交響曲『新世界から』」

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2015/06/19  23:55


 

春日に来たのはこれを聴くため

春日に来たのはこれを聴くため

 

本番のコンサート開演までずいぶん”待ち時間”が長かったが、午後7時開場。開演は8時だったが、その前に7時半から20分程度、指揮者とのトークがあった。演奏も1時間弱の「1曲入魂」だとかで、「読響カレッジ」と銘打っているゆえんだ。チケット料金もS5100円、A4100円、B3000円とお手頃だ。

演目は「ドヴォルザーク交響曲第9番ホ短調作品95『新世界から』」、指揮はドイツで研鑽を積む新鋭・石川星太郎氏(30)。とにかく若い。現在デュッセルドルフのロベルト・シューマン大学指揮科の学部生でありながら、同科の助手を務めている。

アナウンサーの中井美穂氏とのトークで、「音楽は言葉がベースである」ことを肌で感じる毎日だと語った。ヨーロッパの音楽を現地で日々考えながら学んでいる人物が指揮をするのだから、表現にもヨーロッパの空気や匂いが漂っているはずだ。

アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)は、チェコの国民楽派を代表する作曲家。解説書によると、ドヴォルザークはプラハ近郊の村の宿屋兼肉屋に生まれ,オルガン学校で学び、卒業後はオーケストラのヴィオラ奏者になった。1875年にオーストリア国家奨学金を獲得し、審査員のブラームスの後押しを得たことが飛躍のきっかけとなった。

1892年にアメリカに渡り、滞在2年半の間に、交響曲「新世界から」などの代表作を作曲。「アメリカで知った黒人霊歌や伝統音楽の要素と故郷ボヘミア色を融合させた名作を残した」。生涯に9曲の交響曲を作曲したが、8曲目までは自国で書いた。アメリカで書いた9曲目が「新世界から」だった。

第1楽章:アダージョ~アレグロ・モルト。導入部。

第2楽章:ラルゴ。郷愁に満ちた緩徐楽章。イングリッシュ・ホルンが奏する主題は、後に歌詞が付けられ、「家路」の名で普及した。

第3楽章:モルト・ヴィヴァーチェ。大地が踊っているように。

第4楽章:アレグロ・コン・フォーコ。機関車の動輪が動いている様子。

 

 

コンサートも終わって

コンサートも終わって

 

アンコールはこれでした

アンコールはこれでした

 

とにかく分かりやすく、日本人にも馴染みがあって、起伏の大きな楽しい曲だった。読響で一番演奏回数の多い楽曲だったという。ベートーベンの「運命」、シューベルトの「未完成」と並んで、三大交響曲の1つだ。

アンコールはドヴォルザークの名を上げた「スラヴ舞曲集」の中からの選曲だった。

文京シビックセンター

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

  23:23


 

25 階展望ラウンジは広くて長い

25 階展望ラウンジはとにかく広い

 

東京スカイツリーの上は雲の中だった

東京スカイツリーの上は雲の中だった

 

遠くに霞んで見える新宿高層ビル群(左は都庁)

遠くに霞んで見える新宿高層ビル群(左は都庁)

 

後楽園遊園地の観覧車とジェットコースターが足下に

後楽園遊園地の観覧車とジェットコースターが足下に

 

招待券をもらったコンサートの会場は「文京シビックホール」だった。先日も東大農学部に行った際、すぐそばから眺めたが、中には入ったことがなかった。要は文京区役所の庁舎ビルだ。文京シビックセンターの1階だった。地下鉄・春日駅と地下道でつながっている。

コンサートまでまだずいぶん時間があるので25階の展望ラウンジに直行した。今日はあいにくの雨模様で、視界が悪く、もやがかかっていた。それでも新宿、池袋あたりまでは見えた。もちろん、晴れてさえいれば、富士山もよく見える。

 

地上から見上げてみると…

地上から見上げてみると…

 

ここが展望ラウンジ

ここが展望ラウンジ

 

東京都内のビルの高層化が加速している。それに連れて、23区の区役所庁舎の高層化も進んでいる。先鞭を付けたのは東京都庁第一本庁舎。1991年2月竣工で、高さ243.40m(最高部)。48階建て。同時に竣工した第2本庁舎(163.3m)は34階建てだ。

それに次ぐ高層区役所がこの文京区シビックセンター(1994年12月)。高さ145.7m、27階建て。 その後、練馬区役所新館(1996年3月、93.8m、21階)、千代田区役所本庁舎(九段第3合同庁舎と同時竣工、2007年2月、23階)が続き、今年5月にはマンション一体型の「豊島区役所新庁舎」(189m、49階)が立ち上がった。

7時前にもう一度ラウンジに上ったら

7時前にもう一度ラウンジに上ったら

 

外を見ながら何を語り合っているのだろうか…

外を見ながら何を語り合っているのだろうか…

 

あまりにいい感じなのでつい…

あまりにいい感じなので、悪趣味だがつい…

 

コンサート前に腹ごしらえのため地上に降りた。○○○そばでそばを食べ、センター1階のカフェでコーヒーを飲んだ。18時開場だと思っていたら19時だった。所在がなかったので、時間つぶしにもう一度25階の展望ラウンジに上った。外は雨だし、他に行くところがなかった。

区役所というのは用足しに行くところで、目的がはっきりしている。ぼんやりとぶらぶらするところではない。展望ラウンジ以外にもう少しのんびりできるスペースがあってもいいと思うのだが、そういう風にはなっていない。

夜7時近い時間だというのに、外はまだ明るい。夜景を見る時間にはまだ早かった。中国人の知人を案内する日本人、語り合っている若い韓国人男性2人、それに若いアベック1組、高校生男女ペア2組の姿を見掛けた。

「注射はイヤだ」

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気

  12:48


 

診察室の中から悲痛な声が聞こえてきた

診察室の中から悲痛な叫びが…

 

家人の付き添いで、内科の診察室の前で診察を待っていた。どういうわけか、前の患者の診察が延々と1時間も続き、「やっと次かな」と思ったら、別の患者が呼ばれた。その人の診察がまたも30分近く続く。

病院で待つのは定めだが、体調が良くなくて待ち続けるのは辛いものだ。診察が長引くというのは、それなりの理由がある。それだけ重症で、診察項目も多く、医者のほうも慎重にならざるを得ない。

診察予約は10時だった。その1時間前に血液検査をした。自宅を8時半すぎに出て、9時には検査を終え、診察室の前のソファに座っていた。実際に診察室に呼ばれたのは11時3分。合計3時間待った。診察時間は12分間。

どこの病院でも状況はそんなに違わない。その日の状況にもよるが、病院とは待つところだ。ただ、体調が良くて待つのと、悪くて待つのとでは本人の気分は全く違う。悪いときに長時間待たされると苦しい。

辛抱の気持ちが切れそうになったそのときに、内科の隣の小児科の診察室から大きな叫び声が聞こえてきた。「イヤだイヤだ注射はイヤだ」「痛いのはイヤだ」。女の子の声だった。10分近くも医師や看護師と子どもの”格闘”が続いた。

そして「もう終わったよ」と言う声がしてからも、「イヤだイヤだ」の叫び声がしばらく終わらなかった。注射が好きな子どもはいない。最初にトラウマができて、それが恐怖心として残り、叫びを発する心理に追い込まれているのだろう。

そう言えば、子どものころ、扁桃腺の治療で、痛みに耐えかねて、診察台の上で暴れ、先生の白衣が真っ赤に染まったことを今も鮮明に覚えている。当時、扁桃腺を切る際には麻酔はなかった。痛かった。

しばらくして診察室から4歳くらいの女の子が出てきた。お母さんと弟が一緒だった。お疲れ様でした。

「和食の中心―米と魚」

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会, 農業/農地/農政

2015/06/13  23:40


 

「食卓を彩る農学研究」セミナー会場はこちら

「食卓を彩る農学研究」のセミナー会場はこちら

 

6月、11月の年2回開かれている東京大学農学部公開セミナーは今回が48回目。テーマは「食卓を彩る農学研究」だった。10年ほど前から参加しており、とりわけ11月は銀杏見物も兼ねたお気軽出席だ。農学研究の最先端の一端に触れられる貴重な機会だ。

 

潮秀樹教授(水圏生物科学専攻)

潮秀樹教授(水圏生物科学専攻)

 

潮秀樹教授のトピックスは「和食の中心~米と魚」。和食の基本形は一汁三菜。中心の1つは米。米ハタンパク質や脂質などの栄養素のほか、ビタミンEやトコトリエノール、ガンマアミノ酪酸(GABA)、ガンマアリザノールなどの機能性成分を含む。

また、魚にもエイコサペンタエン酸(EPA)や類似した脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)、アミノ酸の一種であるタウリン、抗酸化性が強いアスタキサンチンなど多くの健康機能性成分を含まれる。

世界で和食がブームになっているのはこうした和食の良さが評価されたものだが、2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されたのは「日本の伝統的な食文化」としての和食だが、今われわれが食べている現在の「日本食」は今回登録された和食とはずいぶん違う。

和食は季節感、地域性、行事性を重視したものだが、現代の日本食はそれらを喪失している。登録されたことにより、「和食の持つ伝統的な食文化」を維持・継承していく責任を負ったことになる。登録されたことで終わりではない。

潮教授は「健康機能性に富む『米と魚』を中心に添える和食はバランスが非常に良く、日本を長寿国にする上で一役買っている」としながらも、大きな欠点も持っていると指摘した。醤油、味噌、漬け物など貯蔵性を高めるために用いられる「食塩の量」がそれだ。

世界保健機関(WHO)は一日の塩分摂取量を5g以下が望ましいと勧告しているが、日本の平均摂取量は成人男子で11gと倍以上。8~9gが限界で、それ以下なら病院食。これをいかに克服するかが日本人の課題だ。

そこで期待されるのが「だし」。1908年に池田菊苗氏が昆布だしのうまみ成分として「グルタミン酸ナトリウム」(umami)を発見した。塩分が足りないところにだしを入れるとうまみを感じる(味覚錯誤)。だしをしっかり取ると、塩分を少なくできる。こういう話だった。

 

『先祖になる』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

  20:42


 

“老人力”全開のガンコ老人の震災後を追う

“老人力”全開のガンコ老人の震災後を追うドキュメンタリー

 

作品名:『先祖になる』(2012年)
作者:池谷薫監督作品(『延安の娘』<2002年>『蟻の兵隊』<2006年>)
上映会@日本記者クラブ

 

ドキュメンタリー映画作家、池谷薫氏の『先祖になる』を見た。文化大革命に翻弄された父娘を描いた『延安の娘』、日本軍山西省残留問題に切り込んだ『蟻の兵隊』に次ぐ劇場公開映画第3作。上映会の本命は”焼身抗議”を続けるチベット人の心を描く『ルンタ』(7月18日よりロードショー)だったが、残念ながら時間がなかった。

『先祖になる』の主人公は佐藤直志(さとう・なおし)さん。岩手県陸前高田市で半分農業、半分林業(木こり)を営み、仲間から”親分”と慕われている77歳(当時)の老人だ。

「彼の家は1000年に一度の大津波で壊され、消防団員の長男は波にのまれた。彼が決断したのは元の場所に家を建て直すこと。自分は木こりだから、山に入って木を切ればいい。友人から田んぼを借り、田植えもした。仮設住宅には何があってもいかない-」(パンフレット)

「土地に根ざし、土地に生きる人々の行く末を想う彼の強さと優しさは、少しずつ周囲を動かし、生きることの本質を問いかけていく。忍び寄る病魔、耐えがたい腰の痛み、遅々として進まない市の復興計画…。数々の障壁を乗り越えて、77歳の彼は夢をかなえることができるのか―」(同)

 

上映前に作品について語る池谷薫氏

上映前に作品について語る池谷薫氏

 

池谷監督は、「自分は人間に興味がある。それも信念を持った個人に惹かれる」と語った。震災から1カ月後に陸前高田で出会ったのが佐藤さんだった。彼に惚れ込んだ」と言う。現地に1年半通って撮った映画がこの作品だ。東京―岩手は往復1000km、走行距離は5万kmに達した。

佐藤さんはガンコな老人だが、ユーモアもあって、枯れた中にも男の色気もほのかに漂う。自分が山から切り出した材木のお祓いを山伏に頼んだり、けんか七夕の世話人を務めたり、古い歓喜仏の継承者だったり、なかなか多彩・多様な面を持っていて、単なるガンコ爺さんでもないところがユニークだ。それに目を付けた池谷氏はやはり映画監督だ。