2015年1月 のアーカイブ

「絶食」解禁

カテゴリー: 入院日誌

2015/01/30  13:46


待望の食事再開(1月30日昼食)

3分粥(フレンチトースト/サツマイモレモン煮/野菜コンソメ/クロレラアップル)

 

1月14日(水)入院
16日(金)手術
22日(木)昼食から食事再開(重湯)
23日(金)昼食から3分粥に食上げ
24日(土)昼食から5分粥に食上げ←体調良し
25日(日)食欲減退し、昼食は半分程度、夕食は食止め、夜嘔吐←腸蠕動痛甚だし
26日(月)朝食から禁食(絶食)
30日(金)昼食から食事再々開(3分粥)

1期手術(昨年9~10月)に続いて、今回の2期手術でもいったん再開した食事が途中で止められた。前回は腸詰まり、今回は炎症だった。なかなか難しいものだ。

食事を止めても、栄養は点滴で補っているので空腹感はない。空腹ではないが、口から食物を入れないと、どうしても力が出ない。

新宿の雪

カテゴリー: 入院日誌

  09:11


小雪のちらつく風景(新大久保周辺)

小雪のちらつく風景(新大久保周辺、午前6時半ごろ)

 

術後14日目。入院後17日目。絶食6日目。

天気予報では昨日から東京都心でも雪が降ると言っていたが、その通りになった。起きて、外を見ると、小雪が舞っていた。

 

雪でかすむ新宿高層ビル群(病棟談話室から)

雪でかすむ新宿高層ビル群(病棟談話室から、午前9時現在)

 

病院の談話室から新宿副都心を見ると、午前9時現在、細かい雪が激しく降っている。午前中は降り続く見通し。副都心の高層ビル群が雪に霞んで何も見えない。

数日前まで4月のようなポカポカ陽気が続いていたと思ったら、今度は寒波襲来だ。天気も忙しい。天気にも都合があるにしても、ちょっと寒暖が激しすぎる。温暖化の影響に違いない。

昨年は2月に大雪が降った。しかも、2週連続の大雪だった。温暖化なのに、なぜ寒冷化なのかと思うが、どうやら気象のメカニズムはもっと複雑らしい。

「移民」含めた労働力の供給拡大こそ最重要—米経済専門家 | nippon.com

カテゴリー: 経済/デリバティブ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2015/01/27  09:19


「移民」含めた労働力の供給拡大こそ最重要—米経済専門家から見たアベノミクス | nippon.com.   入院中に著者校した原稿がアップされた。「健康より原稿」だとは思わないが、せっかく取材したのだから、公開されなければ意味がない。体調が落ち着いていたので、病棟の談話室で校正した。 日本で「移民政策」は難しいが、難しいのは日本だけではない。どこの国も同じだ。日本は特殊事情を次から次へと持ち出して、問題を先送りしてきたが、日本だけが特殊なのではない。どこの国も特殊事情を抱えているものだ。 要はそれを断固実行する政治意思があるかどうかだ。国民側に政治家に実行させる強い意思があるかどうかだ。政治家が軟弱なのではない。国民が軟弱なのではないか。 そしてその結果を引き受けるのはまた、国民であることが知っておかなければならない。いつの世も最後に泣くのは国民だが、泣かざるを得ない理由を作ったのもまた国民だと思う。

人質-日本人がテロの標的になる現実

カテゴリー: 入院日誌, 政治/外交/国際/軍事

2015/01/24  10:57


youtube動画(NHKテレビ)

youtube動画(NHKテレビ)

 

フリージャーナリストの後藤健二氏

フリージャーナリストの後藤健二氏(NHKテレビ)

 

民間軍事会社CEOの湯川遙菜氏

民間軍事会社CEOの湯川遙菜氏(NHKテレビ)

 

「イスラム国」指導者、バグダディ容疑者

「イスラム国」指導者、バグダディ容疑者(NHKテレビ)

 

『年次報告書』まで発行している「イスラム国」

『年次報告書』まで発行している「イスラム国」(NHKテレビ)

 

イスラム過激派組織「イスラム国」のメンバーとみられる男が、72時間以内に2億ドル(約236億円)を支払わなければ拘束している日本人2人を殺害すると脅す映像が20日、インターネット上に公開された。

映像に出ているのは千葉県出身の会社経営者湯川遙菜さん(42)と、仙台市出身のフリージャーナリスト後藤健二さん(47)とみられる。

朝日新聞によると、後藤さんは番組制作会社を経て、1996年に映像通信会社「インデペンデント・プレス」(東京都港区)を設立。90年代半ばから小型カメラを持って、戦場や紛争地帯を取材していたという。2014年4月に湯川さんとシリアで知り合った。

いったん帰国後、10月にトルコ経由でシリアに再入国。数日でまた日本に帰ったのち、22日ごろ、再びシリアに向かった。後藤さんは24日、シリア人ガイドに「イスラム国の支配地域へ行く」と言って、「危険だ」と止められたにもかかわらず行った。29日に帰国の予定だったが、そのまま消息が分からなくなっていた。「イスラム国」に拘束されていたとみられる。

湯川さんは2014年1月、軍事会社を立ち上げ、4月にシリアに渡航。北部の反体制組織「自由シリア軍」(FSA)の拠点に留め置かれていて、後藤さんと出会った。湯川さっはFSAと交流のあって通訳を務めた後藤さんに「民間軍事会社として経験を積むために来た」と説明したという。

湯川さんはその後帰国している。それにもかかわらず昨年7月に再びシリアを訪れ、8月に「イスラム国」に拘束されたとみられる。

 

3分粥ー「水分」からの食上げ

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 入院日誌

2015/01/23  13:55


3 分粥

3 分粥

 

術後7日目。朝食までは「重湯」(重湯+味噌汁+東京牛乳+オレンジジュース)だったが、昼食から、IBD(炎症性腸疾患)食-2の「3分粥」に食上げされた。

「重湯」は飲む食事だったが、さすが3分粥は違う。主食は上の写真通りだが、野菜コンソメ、豆腐田楽、さつま芋レモン煮、アップルソース和えが付いた。

コンソメも「水分」だが、豆腐とさつま芋は完全に平常食。胃に負担がかからないところが重湯レベルだということだろう。「胃に優しい」とでも言うべきか。

ポイントは食事が常食に移るに従って、便の形状がどのように変わっていくかだ。あまりに軟便だと、失禁につながる恐れがある。自分の体でそれを実験することになりそうだ。

重湯-「飲む」食事

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 入院日誌

2015/01/22  13:52


再開された食事は流動食づくしだった

再開された食事は流動食づくしだった

 

2期手術を終えて6日目の本日昼食から食事が再開された。1期手術でも6日目だった。手術の程度が格段に軽い今回の食事再開が前回と同じペースだ。

前回は6日目で再開したものの、12日目に食べた物が腸で詰まって嘔吐した。医学的には「腸管マヒ」と説明された。せっかく5分粥まで進みながら、元の木阿弥となった。絶食は5日間続いた。

流動食の主食は「重湯」。多量の水分を入れて炊いたお粥の上澄み液だ。米粒以外のノリ状の汁。米粒は入っていない。味噌汁にも具は何もない。甘酒みたいな飲み物とカルピスウオーター。これがすべて。

夕食も重湯、コンソメスープ、砂糖入りミルク、ヤクルトのミルミル。昼食にしても、夕食にしても、「食べる」というよりも、「飲む」食事だった。

「排泄」

カテゴリー: 入院日誌

  09:19


非ステロイド系皮膚保護剤「アデノール」軟こう(製造販売:日本新薬)

非ステロイド系皮膚保護剤「アデノール」軟こう(製造販売:日本新薬)

 

「排泄」(はいせつ)と聞くと、普通の人はちょっと、はばかる言葉を耳にしたような反応をするのではないか。あまりにもプライベートでデリケートな問題だからだ。排泄は「不要な物質を体外に出すこと」を意味し、婉曲的に「排便」を意味していることが多い。

同じプライベートでデリケートなことにかけては、「セックス」と同じだが、今やセックスは完全に市民権を得た。女性自身が自分のセックスを屈託無く語る時代が到来しているのも、少し前なら考えられなかった。

セックスはとても、秘めやかで、またかつデリケートで、極めて個人的な営為であったはずだが、今やネット上にはセックス情報が氾濫し、自分のセックスを「売る」ことについても何のためらいもない人種が現れている時代だ。

「ジェンダー(性)」についてもゲイの人たちが正々堂々と名乗りを上げ、それを人間の権利として認める、少なくても積極的に反対しない風潮が定着。社会もそれを認めているかのようだ。つまり、世界は「何でもあり」の時代に突入したのだ。

ゲイカップルも代理母出産によって子どもを持てる。ゲイカップルが増えても、インドなど代理出産市場がある以上、人口問題にはならない。日本でも2004年11月に戸籍施行規則が改正され、婚外子(非嫡出子)も嫡出子と同様の扱いを受けられるようになった。

父親が誰であるかも意味を失いつつある。親よりも子どもが重要だという考え方だ。親があって初めて子どもが生まれるが、とりわけ先進国でこれだけ高齢化が進むと、どんな形でさえ、まず子どもの数を増やすことが優先される。

子どもを産まない権利も女性にはある。実際に産まない女性が増えている。40代に子どもを産もうとしても、卵子が老化し、出産の危険が急速高まるのは医学の常識だ。

 

尿量チェック表

排泄する尿量と便の回数を管理するチェック表

 

「セックス」に比べて、「排泄」「排便」は昔も今も日陰的な存在だ。人間に最も基本的で重要な機能の1つは「排泄」のはずだが、「排泄」を正面から捉えようという姿勢はまだまだ一般的ではないのが現実だ。

日常会話で「排泄」「排便」が話題になるのは赤ちゃんのことぐらい。若い母親も父親も、我が子の便のことについては関心が高い。便の状態が赤ちゃんの健康状態を反映しているからだ。最愛の我が子については「排泄」自体も愛すべき対象になる。

しかし、人間が育ち、大人に成長し、成人として各種の社会活動に参加している間は、体の各種機能も通常、正常に動き続ける。人はそれが当たり前と思い、便秘や何らかの腸疾患を煩わない限り、「排泄」に関心が向かうことはまずない。

次に人が「排泄」に目が向くのは高齢者になってから。それまで60年も70年も1日たりとも活動を休止したことのなかった大腸や小腸などに何らかの異常が出現し、強制的に注目せざるを得なくなった時だ。

小腸で食物の栄養素が吸収され、大腸では老廃物に含まれた水分が搾り取られ、最後に残ったカス状態の老廃物が肛門から排泄される。それが便だ。

自分が「潰瘍性大腸炎」を発症したのは約20年前。それをこれまで何とか付き合ってきて、最終的に内科的治療を断念し、外科的手術で、病源の存在そのものを”排泄”した。良かったのか、悪かったのは分からないが、もう手術は終わった。

そして、66歳という年齢になった今、「排泄」という行為について、真正面から付き合わなければならない現実と直面している。元気な時はこんなことを考えてもみなかった。自分が問題を抱え込んで初めて、問題の深刻さ、重大さに気付く。改めて、自らの想像力の乏しさを思い知らされた。

自分が本当に排便上の問題に直面するのはこれから。禁食が続いており、今排泄しているのは点滴で注入されている栄養剤(1日2L)。ほかにお茶や水などの追加飲用物だ。つまり、普通の食事は摂れていない。絶食中だ。

術後5日になったのになぜ食事が再開されないのか、についてずっと考えている。ネット検索をしていた見つけたのが「やすらぎの里断食道場」(静岡県伊東市)。「やすらぎ通信」の中に、「絶食すれば排泄機能が高まる」と書かれていた。

「人間の体には生体の機能を一定に維持しようとする恒常性維持機能がある。絶食中は栄養分が入ってこないので、それでも体はバランスを取るために老廃物だけでも出して、何とか体をいい状態に保とうとする。その結果、排泄機能が高まり、色々な老廃物が排泄されるため、体が浄化させる」

あめ玉-体に染みる一粒の宝石

カテゴリー: 入院日誌

2015/01/21  08:47


禁食中の一粒

禁食中の一粒

 

術後5日目の朝がやってきた。禁食は続いている。朝食の時間が来ても、自分のベッドに届けられるのはお茶だけ。それでも「禁飲食」よりはましだ。水、お茶、ポカリスエットなどのスポーツ飲料は術後2日目に許された。

他の飲料も一応OKだが、事実上、水・茶・ポカリの3つ限定。ベッドサイドのテーブルの上には配膳されたお茶、病院内のコンビニで買ってきた水、ポカリのペットボトル2本が並び、必要に応じて飲んでいる。「禁飲食」のときはのどがカラカラで、辛かった。

1期手術の時もそうだったが、食事再開の前に、「あめ玉をなめるのはいいですよ」と言われた。甘いものが口に入るとまた気分がかなり違う。あめ玉一粒がまるで宝石のように思われるのだ。

『かげろう飛脚』

カテゴリー: 入院日誌, Books

2015/01/20  19:40


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書名:『かげろう飛脚』(鬼悠市 風信帖)
著者:高橋義夫
出版社:文藝春秋(2003年2月15日第1刷)

 

「悠市は六尺豊かな巨漢である。目、鼻、口、顔の造作がすべて大きく、肌が白い。怒ると顔面が朱に染まり、さながら鬼の面となる」

「悠市は松ヶ岡藩の御家人ではもっとも格の低い浮組の足軽である。表向きは定まった役目がなく、鳥籠をこしらえるのが仕事の職人だった。悠市が編む鳥籠は、その優美で精妙な細工が、鬼の鳥籠の名で、江戸、上方まで知られている。松ヶ岡領内では売買が禁じられていた」

本書の書き出しはこんな感じで始まる。鳥籠の注文は何カ月も前に奏者番(そうじゃばん)の加納正右衛門を通じて下される。その鳥籠は「献上の品」として届けられる。

悠市が加納から急に呼び出されるのは、極秘の任務を言いつけられるときだ。「奏者番」は聞いたことのない言葉だが、松ヶ岡藩では「幕府の若年寄と寺社奉行を兼ねたような役職」だという。

「上が広く下はすぼまり、形は備前焼の水瓶を模している。細い竹のかすかな色合いの加減で、籠の中に雲が浮いているように見える。材料を選ぶのに、鬼悠市は苦労をした。『浮雲』と名付けたその鳥籠を白絹の布で包み、悠市は竹林の家を出た」

行く先は加納の屋敷。今朝、急に鳥籠を一つ持って屋敷に参上せよと命じられたのだった。新たな任務が言い渡され、絶対忠誠を強いられている悠市が任務遂行のため、孤軍奮闘するのが物語の筋だ。

こんな軽い感じの時代小説が病院で読むにはふさわしい。頭の疲れるものは最初から除外。病院では目を使うのが一番疲れると言われる。

まして、PCに向かって、病院でブログを書いているような人間の神経が分からない。術後4日目だが、不思議なことに活字を追うよりも、こうしてブログを書いているほうが落ち着くし、疲れないし、何と集中できるのだ。不思議だ。

お腹はまだ痛むし、禁食6日目。体に力が入らない。点滴はまだ外れない。どこに行くのも点滴と一緒だ。外れるのはシャワーに行く時だけ。その時は血液が固まらない薬を打つ。

食事が始まれば、排泄訓練に取り組まなければならない。まだ点滴の栄養分(1日2ℓ)だけで、固形物を取っていない。食事の内容で排泄に問題が生じることもあり得る。手術は終わったものの、退院に向けた本番はむしろこれからと考えている。

そんな状況下だが、ブログを書いていると病気のことも忘れる。不思議と痛みも感じない。アドレナリンが流れているのかもしれない。

禁食

カテゴリー: 入院日誌

2015/01/19  13:17


ロッカーのドアに張られた「禁食」のラベル

ロッカーのドアに張られた「禁食」のステッカー

 

16日(金)午前10時から「ストーマ閉鎖手術」(2期手術)を受けた。後で聞くと、手術時間は1時間半超。それでも病室に戻ってきたのは、午後1時半だったという。手術は前後の準備時間が相当かかる。手順が重要だ。もちろん、本人は手術台の上だからそんなことは何も分からない。

 

1期手術説明図

1期手術説明図

昨年9月25日に受けたのは1期手術。このときに受けた手術を図示したのが上。異型細胞が出現した大腸を全摘し、肛門を閉じ、別途人工肛門(ストーマ)を造設。ストーマは小腸で造られる。小腸に大腸の役割を担わせるわけだ。

小腸は非常に賢く、大腸の機能をすぐに学習する。ストーマを胸を切開して引き出し、ストーマの上に付けた袋に排泄するシステムだ。手術は5時間以上かかった。

病名:潰瘍性大腸炎
症状:下行結腸の異型粘膜
手術内容:大腸全摘、回腸嚢肛門管吻合、回腸人工肛門造設

とりわけ、一番関心のあるのは何と言っても回復の度合いだ。1期は30cmほど縦に開腹した上、大腸を全摘した。今回の開腹幅は6cmと約5分の1。摘出する物はなく、ストーマを体内に埋め戻すだけ。

簡単と言えば簡単だが、手術は何せ生身の体にメスを入れる。それが体にとっていいはずがない。

1期手術の時は術後6日目に食事を再開したが、術後3日間はとにかく苦しくて、苦しくてどうにもならなかった。どうにもならなかったはずなのに、あれから4カ月経った2015年1月時点でどうにかなっているから人間というのは不思議な生き物だ。

強い生き物だ。きちんと今も生きている。死ぬほど苦しかったのに、その時の苦しみをすっかり忘れ、また死ぬほど辛かった前回と同じような手術を受けているから不思議だ。女性が第1子を産んだ時の苦しみから、「もう2人目は要らない」と言いながら、つい第2子、第3子を産むのと同じことかもしれない。

1期手術は9月25日(木)だった。ノートに乱暴に書き付けたメモをめくった。本当は思い出したくないのだが、今回の入院中に、前回の手術を振り返ってみようと考えて、ノートやメモ類を持参した。

それによると、術後1日目(26日)は記述ゼロ。流石に書ける状態ではなかったということだ。遠い記憶の彼方で思い出せない。自分なりに必死に生きることと戦っていたのだと思う。

術後2日目の9月27日(土)に、「15:24 術後初めて足で歩く(ベッド→ソファ」。Y、M両医師来ベッド。『順調』」とだけ記述あり。

2日目、3日目あたりに苦しんでいたのは①体に毛布や布団などが絡み合って暑いこと②張らないようにお腹を動かさなくてはならないが、動かすと痛いのでいつまでもお腹が張っていること③麻酔薬が抜けるのに時間がかかり、むかつき、のどの痛み、しゃっくりの連続が襲われること-の3つ。ノートは「難業3重苦」と呼んでいる。

「もう死ぬ苦しみとの戦い。時間が全く経たない。つまり、苦しみが何時間も続く。もう生きた心地がない」と悲鳴を上げている。前回は手術時間が長く、使用した麻酔量も多い。手術が終わって麻酔を止めても、今度はそれが抜けるのに時間がかかる。

そこで打った手が逆張り療法。「連続的に押し寄せてくるしゃっくりを何度も我慢した。我慢しながら、むせるような痰や胃液の逆流を文字通り味わっているうちにむかつきなどは少しずつ収まっていった」と書いている。

 

術後3日目でまたこの風景を眺めた(新宿副都心)

術後3日目でまたこの風景を眺めた(新宿副都心)

 

今回はオペ時間が短かったので、使用した麻酔量も少なく、術後、麻酔によると思われる吐き気などに襲われることは今のところない。これが今回、術後の苦しみが前回に比べ、大幅少ないことに表れていると考えられる。

もちろん、創傷は今回もある。ストーマを閉鎖した部分は傷跡になっており、その部位が痛む。切開した以上、痛みは避けられない。食事はまだ再開されていない。手術前日から数えれば、禁食は連続6日、術後だと4日続いている。

前回の禁食は連続8日、術後6日間だった。手術の程度が5倍ほどの違いがあるので、今回はもっと早く食事が再開されると期待していたが、腸詰まりの懸念もあって、医師団(2人)は慎重だ。こんなことを書いているだけで、お腹が痛み出すのではないかと心配だ。