2015年5月 のアーカイブ

「丹波型仏壇」

カテゴリー: 【田舎のたたみ方研究】, 丹波日誌

2015/05/31  19:47


 

仏壇と言っても種類は色々…

仏壇と言っても種類は色々…

 

母屋を貸すことになれば、当然のことながら母屋にあるものを一切合切動かさなければならない。生活するために必要なあるとあらゆるものを動かさなければならない。どこかへ運ばなければならない。

引っ越してきた人は自分のものを持ってきて、新しい生活を始める。基本的には衣食住に関するものはすべて交換することになる。その中で一番厄介なものは仏壇だ。仏壇には先祖代々の位牌が並んでいる。数えたら35もあった。

またも東名・名神を走る

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2015/05/30  23:55


 

丹沢山系の麓に建つ山小屋風PA(神奈川県足柄上郡山北町)

丹沢山系の麓に建つ山小屋風「鮎沢PA下り線」(神奈川県足柄上郡山北町)

 

丹波の実家をいよいよ貸すことになって、そちらの撤収作業のため帰省した。GWに帰省したばかりだから、3週間ぶりだ。こんなに短時日の帰省は初めてだ。帰省した直後に借家希望者が現れたためだ。

今度も海老名SA、鮎沢PA、富士川SA、新城PA、養老SA、多賀SAなどに立ち寄った。鮎沢PAは初めてだった。

 

熱々のアジフライ定食を食べた(東名・鮎沢PA)

昼食は熱々のアジフライ定食を食べた

 

「山小屋食堂」の経営は何とモンベル

「山小屋食堂」の経営は何とモンベル

 

意外なところに意外な店があった。モンベル(Mont-bell)はアウトドアスポーツ輸入商品を扱っており、登山愛好家で知らない者はいない。同社が飲食業を手掛けていることは知らなかった。登山家・辰野勇氏が1982年に創業した会社。

丹沢山系に近いためだろう。ぷらっとパークもあることは後で知った。ぶらっと外に出れば気持ちが良かったかもしれない。新しい発見をするのは旅の楽しみの1つだ。

 

トイレの天井にはツバメの巣

トイレの天井にはツバメの巣

 

防犯カメラの上にも・・・

防犯カメラの上にも・・・

 

数えてみたら7カ所も

数えてみたら7カ所も

 

びっくりしたのはトイレ棟がツバメの巣になっていたこと。それを撤去せずに、世話しているところがご苦労さんだ。

 

 

夕食は王将の餃子定食(名神・多賀SA)

夕食は王将の餃子定食(名神・多賀SA)

 

夕食は多賀SA(滋賀県)で摂った。レストランやフードコートもあったが、別棟の「餃子の王将」で餃子定食を食べた。4年前に開店したことは知っていたが、こんなところで餃子を食べる理由が分からなかった。

しかし、高速道路をこれだけ毎回走っていると、大体のSAやPAは味見済みで、だんだん食べたいものがなくなってくる。飽きてくるのだ。そういう状態で「餃子」は新鮮で、魅力的だった。

同じような人が多いのか、座席は満席だった。ここもぷらっとパークがあるので、外から餃子目当てで食べに来る人がいるような気がする。少し待って食べた。

とにかく量が多く、その割に値段が安い。客が来るはずだ。餃子は食べきれなくて、お土産にしてもらった。箱代10円。

ペン記者の感慨

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2015/05/29  23:09


2年お世話になったデスク

2年お世話になったデスク

 

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たまったファイルの山

 

ホチキスを外し積み上げてみると…

ホチキスを外し積み上げてみると…

 

週3日、2年3カ月にわたって通ったオフィスを事実上撤収した。35年間の会社勤めを終えた後、フリーになった私に声を掛けてくれる人がいて、2年前にオンサイト勤務に戻った。

もちろん、行ったり行かなかったりの気ままなアルバイト勤務で、拘束感はなかった。いったんフリーになった身で、曲がりなりにも再度タイムレコーダーを押す勤務に戻るのは辛かったが、慣れてみると、むしろ「拘束されることの快感」を感じていた。

オンサイトワークは時間給勤務。職場に行けば、それに応じた時間給が支払われる。仕事の中身ではない。成果主義ではなく、拘束時間に対する報酬だ。楽と言えば楽だが、仕事に対する緊張感はどうしても薄れる。自分なりの自己規律を課していたつもりだが、時間が経つにつれ、マンネリズムに陥っていった。

2年間に手掛けた仕事のファイルを整理した。1つの企画記事を書くごとに、調べたり読んだりしたした資料や取材メモ類を収めた1件分のファイルができた。バイラインで書いた記事は20本ほどになった。満足のいく原稿もあれば、不満足なものもある。

資料をファイルから出し、ホチキスの針を外す作業に没頭した、高さを測ったら30cm以上あった。一度終わったと思ったら、忘れていた資料が出てきて、また作業を続けた。最初は気が遠くなる作業だった。しかし終わると、気分爽快だった。

資料は紙でないと、読んでも頭に入ってこない。赤ペンで線を引き、汚しながら読まないと、読んだ気にならない。体の中に入ってこない。そんな風にしてこれまで何十年も仕事をしてきた。今さら変えられない。

資源(紙)の無駄遣いと言われればそうかもしれないが、そうでないと理解できないのだから仕方がない。こういうペン記者はもう化石なのかもしれない。いまだに手書きで原稿を書いている先輩記者もいる。彼らを笑えなくなってきた。時代は変わるものだ。

それにしても、何かを新しく始めるときにはそれなりの高揚感、期待感を覚えるものだ。一方、一定期間やってきたことをやめるときは今度は寂寥感や喪失感を覚えるものだ。人生はこうした感情の繰り返しなのかもしれない。大量の紙資料のホチキス針を外す作業に3時間ほどひたすら従事しながら、2年ぶりの寂寥感を味わっていた。

久留米チャンポン「水明亭」

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 食/食堂/レストラン

2015/05/25  20:06


これがうわさの「久留米チャンポン」か

これがうわさの「久留米チャンポン」か

 

他にもメンチカツ定食や揚げギョーザ定食も

他にもメンチカツ定食や揚げギョーザ定食も

 

建物は何とも昭和レトロ風な・・・

建物は何とも昭和レトロ風な・・・

 

月曜日は基本的にオフ。しかし、どういうわけか10時に歯医者の予約が入っていた。神田まで行く。終わったら11時過ぎだった。手帳には「世界的著名作家による写真展『Fashion Nude』」(Art Gallery M84)をのぞいたあと、午後1時からは日本記者クラブの会見に出席する予定を入れていた。

しかし、とにかく鞄が重い。PCまで入れて、どこかで仕事をするつもりだった。それに、どうにも眠くで、体も重くて、今にも道ばたにへたり込みそうになった。銀座で下りたものの、ギャラリーを見つけられず、疲労が倍加した。

結局、どちらも消極的にキャンセルし、新宿に向かった。青山一丁目で地下鉄大江戸線の電車を待っていると、次の駅名の「国立競技場前」が目に入った。

連想的に浮かんだのがこの「水明亭」(新宿区霞ヶ丘町)だった。「久留米チャンポン」の看板を掲げた、神宮外苑の変な場所に立地する、不思議な店。国立競技場前駅A1出口から徒歩30秒。神宮外苑アイススケート場の隣というか、国立競技場(改築のため閉鎖中)の前というか、首都高4号新宿線の裏手というか、とにかくこんなところに、こんな建物が・・・という妙な感じに襲われるのは私だけではないだろう。

能書きが長すぎた。要は食堂だ。老舗の食堂だ。売り物は久留米チャンポン。「昆布とかつおだしのヘルシー」なチャンポン。食べ慣れている長崎チャンポンとかなり味が違う。東京風あっさり醤油味スープはこれでなかなかいけるのだ。

店内は昔ながらの事務用テーブルが並べられ、イスはすべてパイプ椅子。結構広いが、だだっ広い。高級感は皆無。壁には著名人というか、恐らく神宮で名をはせた有名運動選手のサイン入り色紙がびっしりと貼られていた。

「不思議な店だね」と店員のおばさんに聞いたら、「3時間しか営業しないということで有名になっているらしいんです」。ランチタイムの営業は11~14時。どうも今は要望に応えて夜間営業を始めたらしい。こんな不思議な店がまだ生存できる東京は面白い。

「神谷玄次郎捕物控2」

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2015/05/24  23:09


ぐうたら同心は昼寝がお好き!

神谷玄次郎(高橋光臣)は「ぐうたら同心」としての評価が定着しているのだが・・・

 

そんな神谷に縁談の話が来て、恋仲である小料理屋の女将・ お津世は不安顔

そんな玄次郎に縁談の話が来て、恋仲である小料理屋の女将・
お津世(中越典子)は不安顔

 

「何を心配してるんだ」とお津世に声を掛ける玄次郎

「何を心配してるんだ」とお津世に声を掛ける玄次郎

 

玄次郎に縁談の話を持ってきたのは組屋敷で玄次郎の世話を焼く女中のおさく(岸本加世子)とのやりとり

縁談の話を持ってきたのは組屋敷で世話を焼く女中のおさく(岸本加世子)

 

玄次郎を支える岡っ引きの銀蔵親分(中村梅雀)との息はぴったり

。玄次郎を支える岡っ引きの銀蔵親分(中村梅雀)との息もぴったり

 

最後は元の鞘に収まって・・・

最後は元の鞘に収まって、しっぽりと・・・

 

実は直心影流の凄腕の持ち主

実は直心影流の凄腕の持ち主

 

とにかく玄次郎の切れのいい立ち回りは毎回楽しみだった

とにかく玄次郎の切れのいい立ち回りは毎回楽しみだった

 

この人の色っぽい女将姿は何と粋で色っぽかったことか

それとこの人の女将姿は何と粋で色っぽいことか

番組名:NHK BS時代劇「神谷玄次郎捕物控2」(2015年4月3日スタート、連続8回)
原作:藤沢周平『霧の果て 神谷玄次郎捕物控』

「神谷玄次郎は、定町廻り同心でありながら、上役の意見に耳を傾けず、なじみの料理屋の女将とねんごろになるなど、北町奉行所ではちょっとしたはみ出し者。しかし、いざ事件が起きると、天才的な集中力と鋭い観察眼、卓越した勘とひらみきで、ものの見事に真犯人を突き止め、解決してしまう」(番組紹介)

4月にスタートしたと思ったら、あっという間に最終回になってしまった。原作がしっかりしているからだろうが、とにかく、よくできている。単なる捕物帖ではなく、人間的臭さに満ちた町役人の心情があぶり出されている。登場人物がいかにも魅力的だ。

「アルメニア文化週間」の一夜

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2015/05/22  23:06


 

アルメニア事情を話す牧本次生氏

アルメニア事情を話す牧本次生氏

 

「アルメニア文化週間」(5月19日~24日)の開催案内をもらったので時間を見つけて出掛けた。場所は渋谷・代官山のヒルサイド・テラス。普段滅多に足を踏み入れないエリアで、案の定、田園都市線と東横線を間違えて引き返す羽目になった。

案内には午後6時スタートだと書かれていたが、30分遅れて到着したものの、会場は人影もまばら。関係者らしき人たちが自分たち同士でおしゃべりしてはいても、イベントに来た我々はそっちのけで、イベントの体裁を取っていなかった。日本アルメニア友好協会の主催らしいが、イベントのすべてにプロのスムースな運営を期待してはいけないのかもしれない。

それでも40分ごろに始まった。トップバッターは何と日本で「ミスター半導体」と呼ばれる牧本次生氏。日立製作所の半導体部門に就職してから一貫して半導体畑一筋に歩んだ人物だった。2000年に専務で日立を退社し、ソニーに移籍。05年にソニーも退社。

アルメニアについて知っているのはブランデーの産地くらいで、場所もあやふやだが、牧本氏によると、かつてから「ソ連邦のシリコンバレー」と言われ、その技術資産を活かして今も「IT立国」を目指す「中東・コーカサスに輝くシリコンバレー」だという。

それを可能にしているのが国民の知的レベルの高さ。「ユダヤ人は頭が良くて商売上手。普通の人が3人束になっても適わない。しかし、ユダヤ人が3人束になっても1人のアルメニア人に適わない」と噂されているという。

1991年に独立したアルメニアは2000年に国の将来をITに賭ける大方針を打ち出した。その成果が実ってきて、国内総生産(GDP)に占めるITの比率は5%(日本は1%)にまで高まってきたという。

アルメニアは2011年にITの進歩に貢献をした人物を表彰する「グローバルIT賞」を制定。13年の受賞者として、牧本氏に同賞を授与した。それを機会に同国を訪れた同氏が今月刊行したのが『IT立国アルメニア』(東京図書出版)。日本のミスター半導体が、世界のハイテク分野で脚光を浴びるアルメニアを紹介するユニークなアルメニアガイド本の本人によるプレゼンテーションだった。

 

あいさつするポゴシャン大使

あいさつするポゴシャン大使

 

アルメニアにはもちろん行ったことがない。場所はイランの北で、黒海とカスピ海の間に挟まれたコーカサス地方だとうっすらと分かるが、今一はっきりしない。昔ロンドンで買った「Secondary School Atlas」(1983年発行)を見たら、当然USSR領となっていた。4月にワインを飲んだジョージア(旧グルジア)の右隣りの国だった。

牧本氏によると、歴史的には実に古い国で、紀元前4000年ごろのワイン醸造施設の遺蹟が発見されている(2011)。これは世界最古だと言われている。天然資源が乏しいものの人材が国を支えていること、地震国であること(1988年のアルメニア大地震の犠牲者は2万5000人)、98%をアルメニア系が占める単一民族の長い歴史を持っていること、アルメニア人にとって心の聖地とされるアララト山(大アララト5137m、富士山にそっくりの小アララト3896m)はノアの方舟漂着伝説を持つ神話の国であることなど日本との共通点が多い。

今もアルメニアのシンボルになっているアララト山の周辺にはオスマントルコ帝国に支配される前までは多くのアルメニア人が住んでいたが、今はトルコ領になっている。アルメニア政府は現在の国境を認めていない。

アルメニア政府はトルコ領内で100万人から150万人のアルメニア人が虐殺された「アルメニア人ジェノサイド」(第1次1894年、第2次1915年)と主張しており、今回の「アルメニア文化週間」も100周年目に当たることで組まれたイベントだった。トルコ政府は「虐殺ではなく、内戦だった」と虐殺の事実を否定している。

人類の歴史は虐殺の歴史かもしれない。日本は南京で中国人を虐殺したと批判され、ナチス・ドイツはユダヤ人やギリシャ人を虐殺したと糾弾されている。アルメニアではトルコ人によって多くのアルメニア人が虐殺されたと指摘されている。アフリカ・ルワンダでは3カ月で100万人が殺された(1994年)。人間の歴史は虐殺の歴史だ。何なのだろう。

アルメニアの人口は300万人。面白いのは国外にその2倍以上の700万人が住んでいるという。「ディアスポラ」(ギリシャ語Diaspora、離散ユダヤ人またはそのコミュニティー。転じて単一民族の海外移住者・社会)。ディアスポラとのネットワークでグローバル展開が可能だ。

 

留学生が語るアルメニアの旅

留学生が語るアルメニアの旅

 

アルメニア人留学生のアンナ・ダヴティアンさんと世界の秘境・辺境ツアーが得意なユーラシア旅行社によるトークショーがあった。日本との共通点が多く、最高級ブランデー(フランスも脱帽し、コニャックと名乗ることを認めているという)を有するアルメニアには一度行ってみたい。世界で最初にキリスト教を国教(301年)に定めた国でもある。

秋田県とほぼ同緯度。時差5時間。成田発モスクワ経由エレバン(首都)だと所要時間約12時間30分。これに待ち時間が加わる。「一晩で惚れ込む国」(牧本氏)らしい。

ルシアン・クレルグ写真展

カテゴリー: 「写真」を学ぶ

  15:51


 

「ルシアン・クレルグ写真展」案内ハガキ

「ルシアン・クレルグ写真展」案内ハガキ

 

昼休み時間を利用して、「リコーイメージングアクエア銀座」ギャラリーA.W.P(銀座5)で開催中のルシアン・クレルグ(1934~2014)写真展をのぞいた。ペンタックスQ7を買ったとき、一度講義を受けたことのある三愛ドリームセンター8F。

絵画展や彫刻展には時々行くが、写真展に行くのはほとんどない。最近では「岡村昭彦の写真」展に出掛けたくらいだ(2014.9.19)。関心も無かった。

それでも最近はもっとましなブログ写真を撮りたいという気持ちから、少しずつ写真のことを考えている。考えてもセンスがないから、少しもうまくならない。どうせうまくならないのなら、高級機を買っても宝の持ち腐れだと、1年前に買ったのもミラーレスだった。

一応、スタンダードと望遠レンズの2本でレンズ交換を楽しめるが、所詮お遊び程度。とにかく、写真のことを四六時中考えているようじゃなくては写真の腕は向上しない。撮っていても、つい面倒臭くなり、何も考えないで、ただやたら滅多に撮りまくっているだけだ。

所詮自分はペン記者だから、勝負するのは文章だと思っても、最近は文章だけではなかなか読んでもらえない。どんな記事でも最低1枚は写真を付けるのが普通だ。

毎度、毎度、センスのない写真ばかりではどうしようもない。何とか少しはうまくなりたい。せめて自分の撮っている写真を技術的にも語れるようになりたいと思っている。シニアになって時間も少しできたので、少しずつ勉強したいとも考えている。

ペンタックスファミリークラブにも入った。機会があるごとに、写真展にも足を運び、たくさん写真を見ることにしたい。撮るほうも、やたら滅多り撮るのではなく、少しずつ考えながら撮るようにしたい。時間とお金も徐々にかけたい。

これまでは文章を書くことに最大限の努力を払ってきた。これからもペン記者であることは変わりないが、情報を伝える意味では写真も同じ。たくさん見て、たくさん撮って、たくさん考えたい。

ルシアン・クレルグ(Lucien Clergue)は1934年、南フランス・アルル生まれ。19歳でアルルの闘牛場でパブロ・ピカソを初めて撮ったときが写真家としてのスタートとなった。1950年代後半よりピカソ、ジャン・コクトーの知己を得ている。

「ギャラリー新居東京」の作家紹介によると、彼は1956年、波のヌード作品で一躍脚光を浴び、1957年にはコクトーが序文を書き、ピカソが表紙をデザインした作品集『記憶される肉体』を出版した。アルル写真フェスティバルの創立者の1人。

女性の顔や全身ではなく、部分を自然の中に配置し、そこから想像力を引き出す手法を取っている。エスプレッソを飲みながら、展示してある25点の作品を眺め、テーブルの上に置かれた『記憶される肉体』のページをくった。

 

熱烈歓迎!外国人観光客様@銀座

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  14:04


 

ラオックスの前は人だから

ラオックスの前は人だかり

 

ZARAも観光客で溢れていた・・・

ZARAも観光客で溢れていた・・・

 

彼らを運んで来るのは観光バスだ

彼らを運んで来るのは観光バスだ

 

5月の日差しはきつい。直接浴びると、それは夏の日差しそのものだ。ルシアン・クレルグ写真展を見る前には腹こしらえが必要だ。向かったのはいつもの銀座亭(銀座7)。中央通りから200mほど中に入った店だ。頼むのはもちろん「焼きそば」(ソース味)。スープ付きだ。

午後1時前。カウンターは7割方埋まっていたが、そこに中国人観光客のグループが7~8人入ってきた。表通りで買い物したら、当然お腹が空く。店を物色しながら歩いてくると、この店にぶつかる。中国でも最近、日本風のラーメンが人気だという。

たまたま、グループより先に入店し、私のそばに座った中国人(日本語を話せるガイド風)が通訳し、彼らはチャーシュー麺やワンタン麺を頼んでいた。食べ物は思い出を作る。

ソース味の焼きそばを食べて幸せいっぱいで4丁目交差点に向かった。途中に見たのがこの光景。もう珍しくもない。外国人観光客はもう数年前から増えているが、特にここ1年ほどの増え方はすさまじい。とりわけこの銀座は格別だ。

高級店が高いテナント料を払っても経営が成り立つのはこれら外国人観光客のおかげだ。彼らが道をふさいでワイワイ、ガヤガヤしていても決して怒ってはならない。寛容の精神で臨まなければならない。

歩いていて気付くのは外国人観光客が多様であることだ。かつては中国人が圧倒的に多かった。今もそれに変わりはないが、他のアジア諸国からの観光客も増えている。欧州や色んな国からやってくる外国人が多い。バランスが取れてきた印象だ。日本も少しずつ成熟してきたと言うべきだ。

『本当の戦争の話をしよう』

カテゴリー: 会見メモ, 政治/外交/国際/軍事

2015/05/20  23:25


「紛争屋」を名乗る伊勢﨑賢治氏

「紛争屋」を名乗る伊勢﨑賢治氏

 

ゲスト:伊勢﨑賢治氏(東京外語大学教授)
テーマ:『本当の戦争の話をしよう』(朝日出版社)
2015年5月20日@日本記者クラブ

神田橋周辺

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

  22:58


コープビル

コープビル

 

神田橋のたもとにこんなモニュメントが・・・(後方のビルは経団連会館)

神田橋のたもとにこんなモニュメントが・・・(後方のビルは経団連)

 

正面に回れば・・・

正面に回れば・・・

 

コミュニティサイクル「ちょくる」じゃ

コミュニティサイクル「ちょくる」じゃ