2011年1月 のアーカイブ

日本国債を格下げ-米S&P

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2011/01/30  23:57


 米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は1月27日、日本の長期国債格付けを「AA」(ダブルA)から「AA-」(ダブルAマイナス)に1段階引き下げた。財政の悪化懸念が格下げの理由。同社は「財政赤字が少なくても今後数年高止まりし、財政の柔軟性が低下している」と指摘した上、「今の政治状況では政府が政策を実現しようとしても国会の議決につながる可能性が小さい」と、財政改革の実現性を疑問視した。S&Pの日本国債の格下げは2002年4月以来。 

 「ダブルA-」は上から4番目。最上位の「AAA」(米国、英国、ドイツ、フランス)、2番目の「AA+」(ニュージーランド)、「AA」(スペイン)に次いで上から4番目。サウジアラビア、中国、台湾と同列だ。S&Pは昨年1月に今後の見通しを「安定的」から「引き下げ方向」に変更しており、今回の引き下げは既定路線だった。

 先進国間で突出している日本の財政赤字に対して、海外が厳しい目で評価していることが明確になった。日本の国債は国内投資家が95%を保有しており、格付けに敏感な海外投資家の影響を無視できるし、対外純資産残高は世界1位、外貨準備も1兆ドル超と中国に次いで世界2位である点などから、すぐにどうこうということにはならず、「日本政府への警告」との受け止め方が一般的だ。

 しかし、相場暴落→金利急騰などの影響が出てからでは遅い。そのときは日本が破綻するときだ。日本破綻は連動した世界経済の破綻と直結する。日本発の破綻ドミノが起こる。日本政府が警告を国民に共有させる説得力を持てるかどうか。日本政治の責任は重いし、それを監視する日本国民の責任も重大だ。

「日本農業は崩壊する」

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2011/01/29  10:52



      (石破茂自民党政調会長、BS朝日「激論!クロスファイア」)

 環太平洋経済連携協定(TTP)をめぐる議論がよく分からない。そもそも情報量も圧倒的に足らない。菅直人首相は24日行った施政方針演説で、「明治の開国」と「戦後の開国」に続く「平成の開国」への具体的取り組みとして、TTP推進を挙げた。

 菅首相は「米国をはじめとする関係国と協議を続け、今年6月をめどに、交渉参加について結論を出す」と強調したが、国内では農業団体が貿易完全自由化により「日本農業は崩壊する」と加盟反対運動を展開。与党民主党、野党自民党も党内がまとまらず、このままでは交渉への参加自体を表明できない可能性も高い。

 交渉ごとだから、たとえ日本の国内が「参加」でまとまったとしても、相手があること。向こうから愛想を尽かして、参加をお断りされることだって大いにあり得る。なぜこんなことになってしまったのか。一番悪いのは国家の将来像を明確に描けない想像力の欠乏した政治家だろうが、もっと悪いのはやはり、そうした政治家を育てた国民に違いない。

 石破(いしば)氏は自民党政権で農相(防衛相も)を務めた農政通。鳥取県八頭(やず)郡八頭町出身。それだけに農業の将来に対する危機感は強い。

 農水省によると、農林水産基本データ(平成23年1月1日現在)は以下の通り。

国内総生産(GDP)   474兆0402億円(平成21年度)
農業総生産          4兆4295億円(平成20年度速報値)
農家人口         698万人(平成21年度)
 うち65歳以上     238万人(同)、34%

 日本農業に後継者が育たず、65歳以上の高齢化率が一段と高まっていることは、石破氏の言うとおり、「農業がもうからない」からだ。やる気があっても農地と資金が、そうしたやる気のある人に集まる仕組みができていない。作った仕組みも、やる気のある人を育成するのではなく、逆にやる気のない人を支援する制度。これでは「TTPに入る、入らないにかかわらず、農業は崩壊する」とも指摘する。

 農地の集約が実現できないネックとして石破氏が指摘するのは2反や3反(1反=100㎡)程度の小規模な第2種兼業農家の農地保有だ。それを許しているのは土地保有コストの安さ。保有していてもコストが掛からない上、いつの日か道路や建物用地として高額に売れるとなると、転売期待から農地を売らないのは当然だという。

 その通りだと思う。その辺りをどう突破していくか。産業として農業をどう確立していくのかという問題と、多面的機能を持つ農村をどう支えていくかの地域政策として考えていかなければならない。単なる賛成、反対ではなく、それこそ、日本をどういう国にするのかについての双方の「熟議」が必要だ。

 朝鮮半島では砲弾が飛び交い、今現在エジプトでは反政府デモが燃え盛っている。どこの国も大変だ。生きるか死ぬかの戦いを強いられている。政治指導者の本物の指導力が今ほど問われる時期はない。その政治家を馬鹿にするのではなく、きちんとチェックしていくことが重要だ。

紀伊国屋書店@新宿

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/01/28  20:07


花金の街はそれだけで活気づく。とにかく、明日は仕事が休みということだけで、サラリーマンは解放感に浸れるからだ。風は冷たい。ノルマの運動を終え、歌舞伎町を抜け、久しぶりに紀伊国屋書店に向かった。通りすがりに見る人の顔は誰しもどことなく浮き浮きしているように見えた。

 1960年代末から70年代初めにかけてこの街で学生時代を送った人間にとって紀伊国屋書店は文化の原点みたいなものだ。この店の前で人と待ち合わせ、出撃していった。行くべきあてがないときは、店内に入って、ひたすら本と本の間をさまよったものだ。

 書店との縁は切れていないが、それでもぶらぶらする回数はかなり減った。行く店も大体決まっている。最近お気に入りの本屋は銀座・ブックファースト、日本橋・丸善、新宿・ブックファースト、それに地元書店や古本のブックオフぐらいだ。

 紀伊国屋書店をぶらつきながら、他の店では味わえない心地良さを覚えた。なぜだろう。青春時代の一時期をここで過ごしたこともさることながら、気に行ったのは店の雰囲気かもしれない。紀伊国屋(新宿本店)は最近の大型店に比べると、内がごちゃごちゃして、すっきりしていない。

 銀座と新宿のブックファーストのほうが店が大きくて、じっくり本を選ぶのには適している。しかし、逆にあまりに機能的すぎて、整理されすぎて、本との距離を今一遠く感じるのだ。既にテーマが決まっていて、その関連書を探す場合はふさわしい。集中して勉強しようとする場合、図書館が最適なのと同じだ。ただ図書館では新らしいアイデアは期待できない。

 自分のテーマを抱えていて、その問題の解決を常に意識しながら、解決のヒントを本そのものや本屋という場の空気の中で探る。あまりに整然と無機質な空間、場からはヒントが現われないような気がしてならない。ただ、これは個人差があるかもしれない。

 最近の本屋は単に本を売る場所を提供しているだけではない。講演会や展示会を主催し、多方面の情報を発信している。店そのものが文化・情報発信基地とも呼べるものだ。そうした現場にゆったりと身を置きながら、自分の抱えるテーマを考えてみる。そういうときに、意外な着想・発想・連想が生まれてくるような気がする。

京橋モルチェ

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/01/27  17:05



              (日本橋・三越本店のライオン)

 何度も足を運んでいるものの、銀座から日本橋に通じる中央通りの位置関係が把握できない。流れとしては銀座→京橋→八重洲→日本橋→三越前→神田。いつも真中辺りがあやしい。この日も「京橋モルチェ」に行くつもりで、待ち合わせ場所を日本橋三越本店のライオンの前と、わざわざかなり離れた場所に指定。結局、地下鉄の駅で2駅歩く羽目に陥った。土地を体で記憶していない証拠だ。マップ

 「京橋モルチェ」は輸入食品の草分けとして知られる明治18年創業の明治屋本店ビル地下1階にある同社の直営レストランだ。銀座線京橋駅に直結しているちょっと珍しい。ビアホールというかレストランというか、ちょっと小さな体育館のような不思議な空間だ。

 明治屋本店ビルも昭和8年(1933)竣工で、昭和初期という時代の香りを残す味わい深い建物だ。文明開化とともに洋食を修業した渡辺鎌吉氏の作った「中央亭」を引き継いでいるものの、苦境に陥った大正4年に明治屋が支援の手を差し伸べた。

 初めてこの店に行ったのは15年ほど前。その当時から「おやじ食堂」的雰囲気があったが、それは今も変わっていない。奥にはカウンターもあるし、入口の立ち飲みスペースでは帰りがけに一杯引っ掛けている姿も見掛けた。昔はもっと荘重な空間だったように思うが、今はテーブルのオレンジを基調とした空間に変わっていた。記憶の中の歴史も歳を取るということだろうか。

オハマ米大統領一般教書演説

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2011/01/26  11:25


 オバマ米大統領が25日夜(日本時間26日午前)、上下両院合同会議で一般教書演説(施政方針演説)を行った。大統領と議会の役割が明確に分かれている米国では、大統領が議会に足を運ぶ機会は非常に少ないが、毎年1月下旬に行われる一般教書演説は特別のようだ。

 仕事をしながら、NHKがLIVE中継したテレビ画面をちらちらみたから、きちんと聞いたわけではない。しかし、同じ国会でも日本や英国と何とこうも違うのか。ヤジが飛ばない。大統領と議会側で合意が成立していて、とにかく大統領の演説はきちんと聞くスタイルが確立しているようだ。リアルタイムで質問攻めに遭う姿も見たことがない。特別な存在として尊重されているのだろう。

 ただ、大統領の任命した閣僚はそうではなく、議会の公聴会で証言する閣僚は袋叩きに遭うこともしばしばだ。特にリーマン・ショック直後の議会はすさまじかった。日本の国会の比ではない。激しく議論をぶつけ合い、閣僚だろうと遠慮しない。閣僚の記者会見での記者団の追及も厳しい。

 オバマ大統領の演説は話が非常に具体的だ。固有名詞が次から次へと出てくる。演説も説得力がある。会話の専門家・竹内義晴氏は自身のサイトで、オバマ大統領のスピーチには、①自信を思わせる振る舞い②にこやかな笑顔③1人ひとりの聴衆と目線を合わせながら④心に響く言葉遣い―があると指摘する。

 同氏によると、アメリカのリーダーはプレゼンテーションが上手だという。言語コミュニケーションだけでなく、人を魅了する、聞かせるような顔や表情などの非言語コミュニケーションをトレーナーを付けて、きちんとトレーニングするのだという。

 このオバマ大統領も野党共和党から厳しい批判を浴びており、とりわけ議会対策では妥協に次ぐ妥協を強いられているのが実態だ。しかし、自らの政策には絶大な自信を持っており、その取り組みへのひた向きさを演説から感じられる。それが日本の政治家から全く感じられないのはなぜなのか。

 日本と同じ議会制民主主義を取っている英国。ロンドン駐在時代にしばしば議会に出掛けて2階から党首討論を傍聴した。こちらはすさまじいヤジが飛び交う、まごうかたなき言論の”戦場”だ。しかし、いくらヤジられても、それに負けないくらいの言論で対抗するのだ。

 日本では24日に通常国会が開幕し、菅直人首相が施政方針演説を行ったばかり。演説をじっくり聞きたくても、議場内にレベルの低いヤジが飛び交い、とても聞くに堪えない。演説草稿を読み上げるだけで、気持ちが伝わらない百万語には耳を傾ける気になれない。

 その日の夕刊には全文が掲載されていたが、見出しを眺めるだけで、読みたい気分にもならない。言葉よりも行動を求められているからだ。日本では政治家が言葉で国民を感動させることは絶えて久しい。もちろん行動は大切だが、国民をその気にさせる言葉がやはり欲しい。

サイフォンコーヒー@マックモア

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/01/24  13:33


 ランチタイムに外に出ることは最近では稀で、大体がおにぎりで済ませている。簡単だし、安いし、手頃で、どこででも気軽に食べられる。忙しいときは自分の仕事机の上で食べることもあるが、大体は資料整理用のテーブルで新聞を読みながらいただく。時間もゆったり流れるおにぎりタイムをこよなく愛してもう2年になる。

 それでもときには外に出たくなるものだ。今日は誘われて、築地市場の場内に行った。中栄でビーフカレーを食べる。キャベツをたっぷり添えた大盛りカレーだ。これで500円だからお値打ち価格だ。それにしても場内の寿司屋はなぜああも高いのだろう。それでも行列しているのだから不思議だ。

 食後、これまた久しぶりに場外のマックモアでコーヒーを飲んだ。この店は中落ち定食で有名だが、コーヒーも悪くない。最近少なくなったサイフォンで淹れている。なぜサイフォンで淹れる珈琲店が少なくなったのだろう。そう思ってネットで調べた。同じような疑問を持った人がネット上で質問していた。それへのベストアンサー。

「サイフォン式は、熱いガラスに珈琲が抽出されるため、コーヒーの一部が煮込んだようになり、良く言えば角が取れてまろやかな、悪く言えば、はっきりしない味になる。ペーパードリップ、ネルドリップのほうがコーヒー豆の個性が出るように思う。サイフォンの扱いがうまい人なら、うまく淹れられるが、そうでないと返って難しい。味と手間の点ではドリップのようが優れているのではないか」

 味はひとえに個人の好み。私はマックモアのコーヒーが好きだが、淹れる人の扱いを見ていると、やはりドリップに軍配を上げたい気分になってきた。とりわけ、神戸・元町の「はた珈琲店」のドリップが恋しくなってきた。

雛人形を求めて@岩槻

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2011/01/23  14:41


 雛人形を求めて岩槻(いわつき)に行く。東京・練馬の自宅から車で1時間。確か埼玉県岩槻市だと思っていたら、平成の大合併でさいたま市岩槻区に変わっていた。さいたま市自身も2001年5月に浦和、大宮、与野の3市合併で誕生したもので、岩槻市は05年に編入された。それにしても、ひらがな書きの市名には違和感を覚えてならない。

 3人の子どもは全員男なので、お雛さんにはこれまで縁がなかった。生家にあった姉たちのお雛さんが毎年飾られるのを幼少時代に眺めた記憶が残っているものの、かすか。そもそも人形なるものについて、深く考えたことなど全くなかった。関心もなかった。役割は運転手。事前準備で調べたのは道路地図くらいで、人形選びは家人たちに一任だ。

 それでも岩槻と浅草橋(東京都)が人形の街として有名であることくらいの知識はあった。浅草橋にはこれまで何かの用で行ったことがあるので、どうせ行くなら、行ったことのない岩槻にいきたいなと思っていた。強く主張したわけではないものの、そういう流れになった。

 岩槻は室町時代の長禄元年(1457)に太田道灌(1432-1486)が関八州の北の砦として岩槻城を築いて以来、城下町としての歴史が始まった。ただこの説は近年、道灌と対立した成田正等によって築城されたとする資料が見つかり、こちらのほうが有力視され始めたという。道灌は江戸城築城で名高い。岩槻はまた、日光御成街道の宿場町としても賑わった。

 「雛人形・五月人形選び方ナビ」によると、岩槻も浅草橋も江戸時代から続く人形の街。浅草橋は人形を販売する街で、岩槻は人形を作る街として発展してきたという。歴史的には江戸時代に5代将軍・綱吉が京都から人形師を招き入れ、岩槻で作った人形を浅草橋で売る仕組みを築いたとか。現在は岩槻にも販売店がたくさんあり、浅草橋と勢力を二分しているという。

 岩槻で訪ねた店は東玉、小木、東久、藤野、明玉、曽根など。たかが人形、されど人形である。人形の顔はどれも少しずつ違うし、着ている着物も違うのだ。ふっくらした顔もあり、ほっそりした現代風の顔もある。西陣織を着ているぜいたくな人形もいれば、中国製の布地で間に合わせている人形も。要は価格だ。

 岩槻の中心は東武野田線岩槻駅。ここを中心に人形の看板を掲げている店が大小合わせて20-30軒はありそうだ。店同士の競争も激しいようで、経営不振でパンク(倒産)した店もある。店を回れば回るほど、どれもこれも同じように見えてくる。顔と衣装と値段で決めるようだが、決断力が問われる。

阿久根前市長が提起した問題

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2011/01/22  17:47


 

 22日午前放映のテレビ東京「週刊ニュース新書」に16日実施の鹿児島県阿久根市の出直し市長選挙で敗れた竹原信一前市長(51)が生出演した。当選した新市長ではなく、落選した人物に出演を依頼した理由について、キャスターの田勢康弘氏は「竹原氏の提起した問題は単に阿久根市だけの問題ではない。日本そのものが問われている」と説明した。

 2008年秋に市長に就任した竹原氏は一部市民の解職請求(リコール)による住民投票で失職。それに基づいた出直し選挙は当選した西平良将氏8509票、竹原氏7645票。独善的な市政運営が批判されたにしては、票差864票で、市民のほぼ半数が竹原氏を支持したことを意味する。議会を開かずに専決処分を乱発する強引さに対し「独裁者」と糾弾されたり、県知事や総務大臣から違法性を指摘されながらも、高い支持を得たのはなぜか。

 竹原氏は対立した市議会について、「芝居・談合・多数決」と批判。官民格差是正のために市職員ボーナス半減、議員日当制など痛快とも思える改革を矢継ぎ早に打ち出し、市民の喝采を受けた。ただ、反対派との対話を拒み、支持者とも相談せず、議会も開かないまま専決処分を繰り返す手法は強い批判を浴びた。それも「市民のための独裁ならいい」という考えだ。

 竹原氏は番組の中で「身分制度」という言葉が何度か口にした。「公務員身分」のことだが、今一つよく分からないので調べてみた。プロフィールで自らを「日記作家:竹原信一」と呼ぶ日記ブログ「阿久根時事報 住民至上主義」の今年1月2日付日記に「阿久根から始まる日本革命」と題して書かれていた。

 「この国に、はるか昔に無くなったはずの身分制度があります。公務員です。公的にも『公務員身分』と呼び、一般市民には与えられない特権があります。この特権によって、公務員は市民ではなく国家を守る存在に仕立て上げられています」

 竹原氏の言いたいのは、「公務員身分」制度に守られている市議会議員(特別職地方公務員)の改革。国家権力やカネのためではなく、市民のために活動するよう改革すること。行政は「芝居・談合・多数決」のなあなあ政治で「大人の対応」をしてきたが、「損をしているのは住民。住民に気付かせないようにするのが教育とメディアだ」と指摘する。

 「私が市長をやったのは市民に気付かせるため。その道具だ」と竹原氏。同氏の指摘は恐らく正しい。指摘は正しいが、手法は正しくない。暴走だろうし、民主主義のルール違反だ。しかし、だからと言って、竹原氏の指摘の正統性は消えない。これがまた問題なのだ。いやはや・・・

巴馬ロハスカフェ

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/01/21  16:43


 昼休みにみゆき通りを歩いていたら、祝い花がズラッと並んでいる光景に出くわした。近づいてみると、19日にオープンしたばかりの「巴馬ロハスカフェ」(中央区銀座6-11-1銀座ソトコトロハス館1F)。「ロハスな長寿」をテーマにしたチャイニーズ・スタイルのダイニングだという。巴馬は中国の長寿村。

 確か、少し前まで東京電力のショールームがあった場所だ。螺旋階段を降りて、地下のダンスホールみたいなレストランで、何度かランチを食べたことを思い出した。ここがいつの間にかカフェに変わった。巴馬特産のアサ科1年草の一種「火麻(ヒーマ)」を使った中国料理が売り物だ。

 「中国の巴馬と日本の銀座というに2本の軸を持ち、空間、時間の質にこだわり、多様な顔、多様な年齢の人たちがともに過ごすカフェ」(HP)だという。内装は建築家の隈研吾氏が担当し、中国・巴馬の空気を体感できるミュージアムスペースになっているという。中には入っていないので、実際は知らない。

 銀座経済新聞などによると、 この店をプロデュースしたのは生活情報誌「ソトコト」の発行などを手掛ける木楽舎と中国・深市の主要高速道路建設・管理会社「深華昱(ホワユー)集団」が共同出資・設立した新会社「巴馬三生東京」。ホワユーは巴馬県でリゾート開発を行っており、巴馬ロハスカフェ開店は同リゾートの対日宣伝・広告プロジェクト第1弾と位置付けられているようだ。

 巴馬(バーマ)は中国広西チワン族自治区(省政府所在地・南寧市)にある「世界で一番長生きが多い里」らしい。同国西部のベトナム国境に近い。正確に言うと、同区河池市の管轄下にある1つの自治県(巴馬ヤオ族自治県)だ。同県の人口は25万人。

 巴馬ロハスカフェに中国資本が入っていることを知って、中国家電量販最大手・蘇寧電器集団(南京市)傘下に入ったラオックスのことを思い出した。ラオックスは先に銀座松坂屋本館6階に進出したばかり。カフェは奇しくも松坂屋のすぐ裏手に位置する。

 中国は20日に、2010年のGDP(国内総生産)が日本を抜いて世界第2位には躍り出たことが確実になったばかり。巴馬ロハスカフェの出店は中国の経済力を改めて目の前で見せつけられた格好だ。政治的・軍事的に対立していながら、経済的には深く結び合っている姿こそ、今の日中関係の厳然とした現実だ。好きとか嫌いとかの話ではないことだけは確かだ。

2010年の中国GDP、日本抜いて世界2位に

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2011/01/20  23:59


 20日はさながらチャイナ・デーだった。ワシントンでは胡錦濤国家主席がオバマ米大統領と会談し、世界に大国ぶりを見せつける一方、北京では中国国家統計局が、2010年の国内総生産(GDP)が実質で前年比10.3%増の2ケタ成長を達成。国際比較で使われる名目GDPが日本を抜いたのは確実とみられるからだ。

 日本が西ドイツを抜いて「世界第2位の経済大国」に初めて躍り出たのは1968年。私が大学に入った年でもあった。戦後の生産水準が戦前最高時の水準を回復した1955年から、マイナス成長に落ち込む1974年までの20年間に及ぶ高度経済成長時代の終盤だ。

 しかし、日本経済は石油ショック後も見事に立ち直り、安定成長を維持し、その後42年間にわたって「世界第2位の経済大国」の座を守ってきた。それが遂に力尽きて、3位に転落した。足の止まった日本を一気に抜き去ったのは新興国のチャンピオン・中国だった。

 大和総研の試算によると、10年の中国の名目GDPはドル換算で5兆8895億ドル。2月14日に内閣府が発表予定の日本の名目GDPは5兆4778億ドルと推定されている。中国とは4000億ドルも差を付けられる見込みだ。

 ただ、何せ中国の人口は13億人超。1億人超の日本の13倍だ。胃袋の数が圧倒的に違う。単純に規模の大きさを比較しても意味がないようにも思えるが、それを言い出したら話が止まる。人口規模も国力の大きな物差しだからだ。これは認めるしかない。

 問題は1人当たりのGDP。国際通貨基金(IMF)の統計などを基にした推計では10年の日本が4万2431ドルに対し、中国は4412ドル。日本の10分の1程度だ。それでも日本人に「幸福感」があるかと言われると、そういう実感を持てないのが正直なところだ。GDPは国家経済を計る1つの物差しではあるものの、人間の心までは計れないということなのだろう。

 中国が改革・開放政策に転じたのは1978年。31年後の2009年には世界最大の輸出国になり、32年後の10年には自動車生産・販売で世界1、GDPでは世界2位になった。08年のリーマン・ショック後の世界経済立て直しの主役は中国。世界経済の中国頼みは続いている。