2011年3月 のアーカイブ

紫木蓮(シモクレン)

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/03/31  07:22


 「ムラサキモクレン」と呼ぶのかと思っていたら、「シモクレン」だという。毎日歩く通勤経路の途上にあるのはほとんどが「白木蓮」(ハクモクレン)。しかし「紫木蓮」が普通なのだという。

 ただこの「木蓮」、咲いているうちは綺麗だが、盛りを過ぎると一挙に形と色が崩れる。これは無残だ。その落差があまりにも大きいように思えてならない。

 3月31日は年度末。日本では今日で旧年度が終わり、明日から新年度が始まる。学校や会社でも新学期・新年度が始まる。テレビの番組改編を含め色んなものが明日から変わる。

 「赤プリ」の通称で親しまれた「グランドプリンスホテル赤坂」(旧赤坂プリンスホテル、東京都千代田区)が31日閉館し、55年余りの歴史に幕を下ろした。故丹下健三氏設計。新館は地上40階建てで1955年開業だった。新館と旧館を結ぶ廊下が迷路みたいに入り組んでいた。

 年度末の東証株価は前日比46円31銭高の9755円10銭で取引を終えた。昨年度末終値と比べると12%低い水準だ。3月に入って東日本大震災や原発事故で大きく売り込まれ、さえない年度末となった。年度末に1万円を下回るのはリーマン・ショックのあった08年以来2年ぶりだ。

佐藤忠良氏死去

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2011/03/30  23:52


 佐藤忠良氏は日本人では一番好きな彫刻家だった。2009年10月3日に佐川美術館(滋賀県守山市)で見た代表作がこの「帽子・夏」だった。身近な人々をモデルに女性像を作った。30日午前8時16分、老衰のため死去された。98歳だった。

 今年3月初旬まで東京・世田谷美術館で佐藤忠良氏の特別展をやっていたが、時間を作れないまま終わってしまった。宮城県立美術館にも作品がたくさんあるように聞いている。被災に遭わなかったことを祈るばかりだ。

メルトダウン起こした福島原発事故

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/03/29  23:58



           (いずれもNHKニュースウオッチ9から)

 東京電力福島第1原子力発電所の敷地内の土壌から28日、半減期が極めて長く、毒性の高いプルトニウムが初めて検出されたことについて、経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官と枝野幸男官房長官はともに29日の記者会見で、「事故の重大性、深刻性を表している」「大変深刻な事態だ」との見解を示した。

 プルトニウムは、長崎に投下された原子爆弾に使用された放射性物質だが、検出された量もごく微量で、人体への影響はない値だとされる。とはいえ、燃料棒が溶けて漏出した。燃料棒を入れている原子炉圧力容器やその外側にある原子炉格納容器、それらが設置されている圧力抑制室など5重の壁を突破しただけに深刻だ。

 既に検出された放射性物質はヨウ素131、セシウム137、ジルコニウム95。炉心が損傷した時点でプルトニウムの検出は予想されていたという。他の物質より分析に時間がかかっていた。

 プルトニウムが何号機から漏れたかは不明だ。最も可能性のあるのは使用済み核燃料を再利用して作ったウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を使って「プルサーマル」発電を行っている3号機。また、通常のウラン燃料を燃やし続けると燃料棒の中にプルトニウムが出るため、炉内の燃料棒が損傷している1,2号機から漏れた可能性もあるという。

■米スリーマイル島事故=原子炉は事故発生後、設計通り緊急停止。緊急炉心冷却装置は作動したものの、作業員が過剰給水を恐れ満水前に停止したため空炊きとなり、メルトダウンが起きた。炉心が溶け出して燃料の45%に相当する62トンが原子炉圧力容器の底にたまる。圧力を下げるために「圧力逃がし弁」が自動的に開き、そこから放射性物質が外部に漏れた。その後、運転員による給水回復措置が奏功し、再臨界による爆発は起こらなかった。

■旧ソ連チェルノブイリ事故=実験中の原子炉で運転員が制御棒を手動で下げようとしたところ、原子炉が暴走し始め、大爆発を起こし、火柱が夜空高く立ち上った。広島級原爆500個分の放射性物質が飛び散り、風やジェット気流に乗って、ロシア西部を汚染した。

 どうやらチェルノブイリほどひどくはないが、スリーマイル島以上の深刻さが時々刻々進行していると認識すべきのようだ。東電や協力会社など担当者の決死の作業が続く。専門的なことは何も分からない。彼らの仕事を信頼するだけだ。

「靖国の桜」開花

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/03/28  17:12



 東京で28日、桜が開花した。ニュースで知ったのは午後だったが、午前中に気象庁が発表した。昨年より6日遅いが、平年並みだという。大震災があっても、何があっても桜は咲く。自然の猛威は驚愕だが、自然の生命力もすごい。生きてさえいれば、息吹き・芽吹きは感じられる。

 東京の桜は気象庁が観測している靖国神社(東京・千代田区九段北)の標本木のソメイヨシノ1本に5~6輪以上の花が咲いているのをもって「開花」とされる。終業直前にニュースを知ったので急遽帰宅経路を靖国神社経由に切り替えた。

地下鉄東西線・九段下駅から5分ほどだが、なにせ境内は広い。なかなかたどり着けない。何度か来たことがあるが、桜を意識したことはなかった。標本木は奥まった場所に柵に囲まれていた。見上げると、確かに5~6輪咲いていた。しかし、標本木全体からみたら、1%にも満たない。これで開花と呼ぶのはいかがなものか、と無粋なことを考えた。「東京に春を告げる」のが趣旨だろう。

 境内にはたくさんの桜が植えられていた。明治3年、木戸孝允がソメイヨシノを植えたのが始まりで、現在、山桜、寒桜、富士桜、緋寒桜、枝垂桜、ウコン桜、四季桜など約600本があるという。どれもこれもかなりの古木だ。開花宣言から1週間後が見ごろだという。

『ソーシャルメディア革命』

カテゴリー: Books

2011/03/27  22:02


書名:『ソーシャルメディア革命』 「ソーシャル」の波が「マス」を呑み込む日
著者:立入勝義(ブログ作家、ソーシャルメディア・プロデューサー)
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン

 インターネットが日本国内に本格普及し始めたのは1995年と言われる。それから16年。ネットはもはや完全に社会インフラとなった。3.11東日本大震災でも固定電話・携帯電話がつながりにくい中で、ツイッター、ミクシィ、フェイスブックなど、登場して間もない「ソーシャルメディア」(ユーザー参加型メディア)が災害時の情報ツールとして予想以上に活躍した。

 メディアと言えば、これまでは「マスメディア」とほぼ同義語だった。私なども駆け出しのころは「通信社記者」「新聞記者」「マスコミ関係者」と呼ばれたが、最近では「メディアの人」と言われるほうが多い。メディアとなると、活字媒体だけでなく、映像なども入るので、より対象が広い。

 2000年代に入って新たに登場してきたのが「ソーシャルメディア」。確定的な定義はないが、ウィキペディアでは「誰もが参加できるスケーラブルな情報発信技術を用いて、社会的インタラクション(相互作用)を通じて広がっていくように設計されたメディア」としている。

 著者の定義は「主にインターネットをインフラとして、人間どうしが相互に作用しあうことによって広がっていくメディアであり、情報発信の主体はこれまでのように大手ではなく個人」。マスメディアと決定的に異なるとして著者が指摘するのは以下の点だ。

①ソーシャルメディア・ツールへのアクセスは、(従来に比べ)はるかに安いコスト、あるいは無料で可能
②ソーシャルメディアへの参画には特別な技術や訓練を要求されない
③情報の更新はソーシャルメディアのほうが(少なくても現時点では)圧倒的に速い
④従来のメディアコンテンツは一度発信されると改変不可能だが、ソーシャルメディアでは随時可能

 要するに、マスメディアと対極に位置するのがソーシャルメディアということになる。著者はソーシャルメディアの特徴をマスメディアとの比較で以下のようにとらえている。

モクレン

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/03/25  07:24


 白モクレンが咲き始めた。こぶしも花が付き出した。春の到来だ。桜のつぼみも膨らんでおり、もう1週間もすれば、あちこちから桜の開花の知らせが届くことだろう。被災地でもやはり、津波を逃れた高台の桜は今年も花を咲かせるのだろうか。

キャベツと霜

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  07:12


 3月も下旬に入ったというのに今朝は寒かった。2月の寒さだ。通勤途上のキャベツ畑には霜が降りていた。寒いはずだ。福島原子力発電所を取り巻く状況がなかなか好転しないことが気をひどく重くしている。見えないだけに、胸に去来する不安や恐怖も不気味だ。

 第1原発だけでも原子炉が1号機から6号機まで6機もあり、しかも定期検査で停止中だった5-6号機以外の4つの原子炉がいずれも原子炉(圧力容器)内の燃料棒が損傷を受けている疑いがあったり(1号機、2号機、3号機)、使用済み核燃料貯蔵プールの燃料棒が損傷を受けている疑いがあったり(3号機、4号機)している。総崩れの状況だ。

 しかも、事故による水蒸気爆発のせいか、放射能が大気中に漏れ出し、土壌や水を汚染した。政府は「人体への影響はない」と強調しているが、放射能の中で生活を強いられている事実は否定できない。気にならないわけがない。雨に濡れたり、水道水を飲むたびに「放射能入り」であることに頭がいく。

 水と安全はただだと思い込んでいたが、水はあっという間に危険なものとなり、安全神話は物の見事に崩れ去った。3.11を境に、すべてのものがリスキーであり、不安定で安心できないものに暗転した。それにしても、あまりにも突然である。実は3.11以前も決して安全・安心ではなかったものの、自分で勝手にそう思い込んでいただけだった、ということだ。

 事故発生から2週間。状況は果たして好転しているのか、それとも悪化しているのか。よく分からない。原発関係者の懸命かつ決死の作業を信頼して、任せるしかない。今彼らの責任を追及しても、事態が良くなるとは思えない。

 最悪の事態を想定しながら対処するのは危機管理の要諦だ。外国政府が日本在住自国民の国外脱出を促したり、東京から大使館機能を移設したりしているのも危機管理の原則に則った当然の措置だ。限定的な日本政府の危機管理対策が最悪の事態を想定していないことは確かだ。

 最悪の事態のシナリオを公表した場合、日本全体がパニックに陥ることを政府は恐れているのだろう。本当なら、事故が起きる前の段階で、そうしたシナリオは公表しておくべきだが、地震はともかく、原発事故が起こった場合のシナリオがあったとは思えない。

 M9級の地震自体が「想定外」だったのだから、原子炉損傷による放射能漏れなどの事態は想定されていたとは思えない。いきなり、ぶっつけ本番対応を迫られているわけだ。東電・原発関係者や政府も必死だろうが、われわれも必死に対応を考えなければならない。自分の安全はやはり自分で守るしかない。

日本がんばれ!!節電中@新宿京王モール

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2011/03/24  17:33


 東京に戻ると放射能汚染が拡大していた。東京23区の水道水を供給している金町浄水場で高濃度の放射性物質が検出され、乳児に対する摂取制限が発表された。「大人は飲んでも健康には問題ない」といくら言われても、微量なりとも放射能に汚染された水を飲まざるを得ないとなると気持ちがいいわけない。

 23日夜、ガソリンスタンドで事故後初めて給油。全く待たなかった。前日辺りから落ち着き始めたという。ペットボトルの水は既にスーパーなどの店頭から姿を消しているが、これでそれに拍車が掛かりそうだ。土壌が汚染され、水が汚染された。どちらも命の生命線である。根源的な不安を呼び起こす。

 欧米人を中心に外国からは放射能汚染に過剰とも思える反応が出ているが、案外、彼らのほうが正しい判断をしているのではないか、日本政府は正確な情報開示をしていないのではないかと思いたくなるような事態の展開だ。放射能汚染は目に見えない上、影響も長期にわたるため、極めて厄介な問題だ。

 日本を取り巻く風景は3.11を境にBeforeとAfterでガラッと変わった。Before3.11のあの明るさと輝きが嘘だったように、街全体が照明を落とし、沈んだ格好だ。節電中だから当然だが、果たして光明は見えるのか。いや、光明は待っていても来ないかもしれない。自分で探すほうが手っとり早いかもしれない。

早朝の原爆ドーム

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2011/03/22  06:21


 朝、ホテルに近い原爆ドームまで散歩した。昨夜は小雨模様だったが、今朝は晴れている。4年ほど前にもここへ来た。何度見ても厳粛な気分になる。熊本から来ているという御婦人から写真のシャッターを押して欲しいと頼まれた。

 モノ不足は広島でも起こっていた。物資が被災地優先になっている上、”緊急里帰り”してきた関東人が自分の旧住所に物資を輸送するため普段の数倍もの購入行動に走っているからだ。モノ不足は東北や関東だけで起こっているのかと思ったら、名古屋や大阪、さらには広島でも起こっていた。この分だと九州だって状況はそんなに変わらないかもしれない。局所的な現象ではなくなっている。

のぞみ111号@東京駅

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2011/03/21  13:55


 久しぶりの講演で午後2時前の東海道新幹線で広島まで行った。東日本大震災の余震の続く東京を一時的にでも脱出できるのが嬉しかった。しかし、Before3.11と比べると、祭日の昼間としては新幹線はそんなに混んでいなかった。

 広島まで4時間。東京―大阪間はインターネットの無線サービスが使えた。しかし、その間は講演草稿の内容チェックに忙しく、使う気にはならなかった。モバイルPCを開けたのは姫路を過ぎてから。WIMAXが使えた。トンネルに入ると接続が切れたが、それ以外は問題なくつながった。