2008年4月 のアーカイブ

ホテル工事

カテゴリー: 神戸日誌

2008/04/30  15:58


 神戸の中突堤で2つのホテルが建設中だ。最初に立ち始めたのが「ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド」。もうかなり高くなってきた。建築主は大阪市に本社を置く株式会社ラスイート。目の前が神戸港遊覧船乗り場。部屋からの眺めはさぞすばらしいことだろう。

 こちらはホテルだと聞いているが、掲示によると、「神戸ミッドポートプロジェクト」。大規模小売店舗も入る模様。建築主は合同会社ベイサイド295。三井住友建設が施工している。よく分からない。

フランス料理レストラン「シェ・モリ」

カテゴリー: 神戸日誌

  01:23


 阪神「打出」駅から緩やかな坂を登っていくと、本当に可愛いレストランがあった。芦屋市春日町2-15。1991年オープン、2007年秋にリニューアル。おとぎの国のレストランのようだった。店内は結構広い。ゆったりした食事の楽しめる落ち着いた店である。代表シェフは森澤武治氏。


(2008年5月22日撮影)

玉子焼定食

カテゴリー: 資源/エネルギー/環境

2008/04/28  13:27


 神戸で玉子焼きと言えば、「明石焼き」のこと。つまり、ソースを付けないたこ焼きを出汁につけていただく。明石で生まれたので明石焼き即ち玉子焼きと呼ばれている。いわゆるソース付きのたこ焼きは明石焼きの変形とか。

 神戸大丸のちょっと山側の路地の裏にあるのが「蛸の壷」(神戸市中央区三ノ宮町3-3-3)。明石焼きをはじめ、蛸料理をメーンにした居酒屋。玉子焼き定食を頼んだら、蛸飯、ミソ汁、小鉢、それにメーンの玉子焼き(10個)が出てきた。これで700円は安い。

有馬温泉「太閤の湯」

カテゴリー: 神戸日誌

2008/04/27  18:53


 六甲山(六甲山系最高峰)を極めたものの、最終地点の宝塚まではまだ10キロ以上。思案した挙句、無謀は避け、魚屋道(ととやみち)を下って有馬に出た。山ツツジが綺麗だった。名立たる温泉地。神戸市営の「金の湯」に入ろうとしたが、思い直して、「太閤の湯」に向かった。

 有馬ヘルスセンターをリニューアルしたもので、西日本最大級の温浴施設だとか。金泉と銀泉の両方楽しめるほか、露天風呂も風情がある。ここの売りは岩盤浴。赤外線効果で身体を芯からほぐしてくれる。太閤秀吉とねねが利用した蒸し風呂にも入ったが、30分無料の時間制限に気がいって、ゆったりできなかったのは貧乏性のせいか。

 システムは東京・後楽園の「ラクーア」と同じ。有馬名物の金泉(赤茶けた泥湯)と銀泉(透明な炭酸湯)の両方を一度に楽しめるのは嬉しい。大人2400円。

①魚屋道の山ツツジ

六甲山系縦走”分割”登山(5)

カテゴリー: 神戸日誌

  14:06


 縦走を開始し5回目にしてようやく六甲山系の最高峰である六甲山に到達した。とにかくここまで遠かった。神戸の中心街からみれば、かなり東側、つまり大阪寄りに位置している。

 六甲山の標高は現在931.25m。1995年(平成7年)1月に発生した阪神淡路大震災で12cm隆起した。記念碑台からかなり歩道(車道)を歩いた。これは何とかならないものか。興ざめである。ホールズ・オブ・ホールズ、高山植物園、六甲ガーデンテラス、カントリーハウスと開発し尽くされた施設が並ぶ。

①記念碑台交差点


②有馬ロープウェー「六甲山頂駅」

③カントリーハウス

④最高峰への道

⑤山頂風景

実録・連合赤軍

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2008/04/26  13:53


 若松孝二監督「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観た。神戸アートビレッジセンター。上映前に若松監督の舞台あいさつを聞いた。

 全共闘世代の1人として、やはりこの映画は観る必要があった。目を背けたくなるシーンの連続だった。世の中が騒然としていた。あの時代は何だったのだろう。総括が処刑に飛躍するのが理解できなかった。人間は恐ろしい存在だ。

「ルーヴル美術館展」

カテゴリー: 神戸日誌

2008/04/25  15:44


 「ルーヴル美術館展」~フランス宮廷の美~が神戸市立博物館で始まった。ルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール夫人やルイ16世の王妃マリー・アントワネットら、美を愛した女性たちがサロンを彩り、ロココや新古典主義などの芸術様式が華々しく開花した時代。

 絵画より、工芸品の出展が多く、時計や嗅ぎタバコ入れ、水差し、デスクなどはすばらしいの一語に尽きる。セレブに満ちたあんな時代があった。

尼ロック

カテゴリー: 神戸日誌

2008/04/23  15:15



 尼崎市は市域の大半が海抜ゼロメートル地帯。ジェーン台風では市内の多くが浸水したのは今も語り草。尼ロック(尼崎閘門)は高潮の侵入を防ぐために昭和29年度と39年度に整備された。前後の扉を交互に開閉することで、潮位の高い海水が運河内に流入することを防ぎながら船舶の航行ができる。パナマ運河方式の尼ロックは全国でも珍しいという。

 市内は川が縦横に流れており、それを利用して運河ができている。尼ロックは海と川を遮断する関門。阪神尼崎駅から運河沿いに歩く。尼ロックまで遠いこと。所期の目的は達したが、帰りは流石くたびれてタクシー。そのタクシーすらも、呼ばないと来ないという工場地帯でした。ディープな阪神工業地帯を見た思いだ。

①尼ロック


②築地大神宮

③尼崎城下・築地町

 今も「築地町」が現存する。東京の築地の発祥がここにあるのだろうか?

尼崎中央商店街

カテゴリー: 神戸日誌

  12:36


 尼崎の人情が詰まっている尼崎中央商店街に入っていくと、「参虎殿」が設けてあった。アーケードの上では病院のカルテ自走システムのように、「阪神タイガース優勝まで・・・日」の虎が自走していた。遊び心に富んだ尼崎だ。

広済寺

カテゴリー: 神戸日誌

2008/04/21  15:51


 広済寺(尼崎市久々知)は劇作家、近松門左衛門(1653~1724年)の墓所がある寺。近松は大阪在住だったが、広済寺の住職・日晶上人と親交が深く、晩年しばしば同寺を訪問。本堂の裏には「近松部屋」と呼ばれる仕事部屋が明治の末まであったという。

 尼崎市はこうした近松とのゆかりを文化振興のシンボルと位置づけ、1986年(昭和61年)には近松を核とした文化、教育、産業、環境整備のトータルな街づくりを目指した取り組みを進めている。