2009年5月 のアーカイブ

城山三郎『無所属の時間で生きる』

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/31  12:02


 城山三郎の『無所属の時間で生きる』(新潮文庫)を読んだ。経済小説の草分けである同氏が雑誌に連載(『1冊の本』1996年4月号~1999年3月号)したものに加筆したものだ。

 愛知学芸大で景気論などを教えていたものの、1957年(昭和32年)、『輸出』で文学界新人賞、翌年『総会屋錦城』で直木賞受賞し、30代半ばから作家として独立。彼の言う「無所属」というのは文字通り、どこにも属さないで生きていくことを指している。

 2007年に亡くなるまで40年以上も「無所属」で生きてきた人だから、定年退職により否応なく所属先と少し縁の切れた「にわか無所属」とは年季はもちろん、心構えや覚悟も違う。しかも、こちとら、”無所属”を気取っていても、身分こそ正社員ではないものの、雇用延長による嘱託社員だから、むしろ「有所属」に近い。

 「無所属」で生きることがいかに大変なことか。その大変さが分かっているからこそ、ほとんどの人は組織(会社)に所属し、できる限り、組織にしがみつこうとするのだ。このこと自体は責められることではあるまい。問題はいったん組織に所属すれば、その組織にすべてを絡め取られ、それがすべてになってしまうことだ。少なくても、日本ではそうだ。

 会社の外にもさまざまな世界が広がっている。しかし、その世界に深く関与する余裕などとてもない。会社の仕事をこなすことで精一杯だからだ。朝から晩まで仕事に追われてばかりで、他の世界をのぞいたり、コミュニティー活動に取り組むのは極めて難しいのである。

 しかし、いったん定年を迎えてしまうと、それまでの「有所属」から一気に「無所属」に落とされるのが普通である。好むと好まざるに関わらずにである。問答無用だ。いつまでも組織にしがみつくのは労害だろうから、組織から離れるのはむしろ望ましいことではある。問題はその落差があまりにも大きすぎることだ。

 「会社からリタイアすることが、そのまま社会からのリタイアを意味するわけではない。年をとっても一市民として自身の目標とするテーマを掲げて社会での活動を続けて挑戦していく。一市民として社会に参画することで見えてくる、これまで未体験だった新しい世界がある」(足立紀尚著『定年後のただならぬオジサン』(中公新書ラクレ)。定年シニアの生き方が問われている。

 最後に城山氏の言葉を書き記す。「人生の持ち時間に大差はない。問題はいかに深く生きるか、である。深く生きた記憶をどれだけ持ったかで、その人の人生は豊かなものにも、貧しいものともなるし、深く生きるためには、ただ受け身なだけではなく、あえて挑戦とか、打って出ることも、肝要になろう」。

ヒメシャラ(姫沙羅)

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/30  16:03


 

 庭のヒメシャラが小さな花を咲かせている。もう10年ほど前に、茨城県の友人宅の庭にたくさん育っていた小さなこどもを5本ほど分けてもらって、東京のわが家の庭に植えた。このうち3本が大きく育った。

 こうして咲いた花をこの目でじっくり見るのは初めてだ。ツバキ科の落葉樹。花の大きさは2cmくらいと小ぶりだ。赤褐色の滑らかな樹皮が特徴。いまだによく分からないのが「シャラ」(別名ナツツバキ)との違い。ヒメシャラはシャラとくらべて、葉が細かく、花も小さく、成長も遅いといわれる。

3本の幹はまだ細い。激しい風が吹くと、今にも折れんばかりだ。育つには時間がかかる。しかし、育ちあがったら、見ごたえのある花を咲かせる。育てるのは大変だが、育ってからは楽しみである。人間も同じだ。

サイバーテロ時代

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/24  18:40


 世界中で紛争が激化している。今も終わることなく続いているのがイラク戦争であり、アフガニスタンでの戦争だ。米軍がイラクから今夏、撤退するにしても、それは米国側の事情によるもので、反政府勢力がすんなり撤退させてくれるかどうかは極めて不透明である。

 イラク治安軍(国家軍・警察)の治安維持能力には大きな疑問があるだけに、米軍の計画通り、撤退を完了できると考えるのはあまりにも楽観的ではないか。イラク駐留米軍の一部をアフガンに投入するシナリオが予定のように進むとは思えない。戦闘は始めるときよりも、撤退するときのほうが難しいというのは昔からよく言われていることだ。

 敵を完膚なきまでに打倒し、完全勝利したのちに撤退するのならばともかく、そうでない場合の過酷さは容易に想像できる。ましてや、相手は死ぬことを恐れないのである。自爆テロほど、強力な兵器はあるまい。核兵器を使えない通常戦争ではどう考えても、米軍にとって不利だ。

 戦争の内容も変質している。人間対人間の戦いから、人間対IT兵器の戦いになってきたのだ。アフガンで実行されている国際テロ組織アルカイダに対する空爆は無人飛行機によるものだ。飛行機を操縦するのは米本土の空軍基地にいるパイロットである。アフガンの荒涼とした高地を前傾姿勢で自走ロボットが疾駆するのは時間の問題だ。

 戦いのステージは陸上や海上、空中から、最近はウエブの世界にも拡大した。サイバーテロがそれだ。米国防総省などへのサイバーテロは日常的に繰り返されている。国家レベルの戦闘を横目に、戦線は個人レベルにも広がってきた。身近なブログへの攻撃も常態化している。

 故なき誹謗中傷による個人攻撃、スパムメールによるトラックバック攻撃がそれだ。しかも、攻撃してくる敵は匿名性の影に隠れる卑怯者だ。攻撃を受けた者は人格を否定された挙句、自らサイトを閉じることを検討せざるを得ない。世に言う「炎上」である。

 個人が情報発信機能を獲得したことはすばらしい。しかし、いったん発信した以上、それへの責任も出てくるのは当然だ。もちろん、自分の書いたことに関する責任は甘受するにしても、根拠なき攻撃に対する反撃手段がないのはどう考えても理不尽だ。せいぜい警視庁ハイテク犯罪対策総合センターに訴える程度だ。

 1億総情報発信者時代にどう対応するか。人格攻撃にいかに反撃するか。世の中にはさまざまな人間がいる。多様性は善である。昔ならば、変質者は無視するのが最良の対策だった。しかし、今はどうも違うようである。きちんと反撃しない限り、攻撃は続く。大変な時代である。

新茶

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  12:20


お茶所・静岡県から「やぶきた茶」の新茶が届いた。「初摘み」「八十八夜摘み」(5月2日ごろ)のラベルが貼ってある。やぶきたは1908(明治41)年に静岡県安倍郡有度村(現静岡市)の篤農家、 杉山彦三郎が在来種の中から見つけた品種だという。
 やぶを切り開いた茶園の北側に植えた茶樹から選抜したことで、やぶきたの名前が付けられたとか。今や静岡県で栽培される茶園の9割がやぶきた茶。全国の4割を生産する静岡の次は鹿児島県の薩摩茶。シェアは2割。次いで三重県(伊勢茶)、京都府(宇治茶)と続く。

丸善日本橋店

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/23  12:43


 日本橋に行くと、必ず立ち寄るのは丸善。2階のビジネス書フロアの「ファイナンス」コーナーに直行する。このブログ名を冠した『先物ビッグバン』がまだ棚にあった。
 前回ここへきたのは6カ月ほど前。そのときも書棚をのぞいて、自分の本があることを確認した。1999年6月出版だからちょうど丸10年前だ。毎日何千という新刊書が出版され、あっという間に次の新刊書にスペースを奪われていく出版事情の中で、今なお書棚を維持しているというのは奇跡以外の何者でもないのでないか。
 専門書ということもあるが、先物業界も様変わりしている。本は日本の商品先物業界の課題を指摘し、市場が一日も早く生まれ変わって、本書の寿命が短くなったとすれば、著者の本望だと書いたが、書棚に並んでいること自体、業界が10年前と実態的に同じ問題を抱えていることを示しているのではないだろうか、とつい考え込んでしまった。嬉しいような悲しいような、変な気分である。
 丸善は今でこそ東京駅・丸の内オアゾに本店が移ったが、元々はこの日本橋が本店だった。今年で創業140年の老舗。改装されるまでは書籍売り場(洋書除く)はジャンルを問わず、1階に集まっていた。結構広く、よく使わせてもらった。
 テーマや問題の切り口などで行き詰まったときなどは売り場をうろつきながら、考えを引き出そうとしたものだ。追い詰められていたから、本のタイトルを眺め、これはと思う本はペラペラめくりながら、何とか着想を得ようと必死だった。いろんなジャンルのコーナーを回りながら、思考を巡らせた。
 意外とそういうときに天から啓示が降りてくるものである。求めよ、さらば与えられん、である。強く、深く欲求すれば、道は開けるとの確信はそこから得た。これからも、そういう必死さに直面することが果たしてあるのだろうか。

神頼み

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/20  17:15


  新宿西口大ガードを越えた西武新宿PePeの前の宝くじ売り場。夕刻、通り過ぎようとしたら、「大安吉日」ののぼりが何本も立っている。しかし、このくらいなら驚かない。設置してある大黒天だって珍しくない。
 びっくりしたのはこの大黒天の前で、本当に山伏姿の人物が念仏(祈祷?)を上げていたこと。手に持つ拍子木みたいなものをすり合わせると、火花が散るのである。それはそれは本格的である。本物である。耳をすませていると、山伏然に見える人物は深川円珠院の住職だとか。円珠院は江戸時代から「深川の大黒天」として有名だったらしい。
 ここまでやられたら、買うしかあるまい。厳かに10枚をバラで買いました。こういうふうに買うと、本当に当たったように思えてくるから不思議である。

真澄

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/19  19:16


 

 「新宿磯善」(歌舞伎町1-29-2東急文化会館ミラノ座B1。飛騨高山の古民家を再現した店内は結構広くて、ちょっと雰囲気のある店。ゆったりくつろげるというのがコンセプトだという。居酒屋以上料亭未満。
 猥雑感があふれる歌舞伎町の中では異色の店ではないか。魚料理専門店である。良質な魚が揃っている。加えて、日本酒も地酒が多種。「真澄」(長野県諏訪市、宮坂醸造)をグラスでいただいた。

NHKスペシャル『マネー資本主義』

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/17  23:55


 NHKスペシャル『マネー資本主義』(全5回)の第2回「”超金余り”はなぜ起きたのか?~カリスマ指導者たちの誤算~」を見た。世界を襲っている金融危機をもたらしたのは膨大なマネーを世界に溢れさせ、無謀な投資を可能にした”超金余り”。

 その引き金を引いたとして厳しく批判されているのがアメリカの政策だ。この政策は誰がどのような理由から決定したのかに迫る。オリジナルドラマも交え、今、世界で起こっていることを平易に解明しようとしており、実に見ごたえがあった。

 危機の種を蒔いたのはそれまでのドル安容認政策を転換し、ドル高政策を導入することによって米国にマネーを集中させ、米経済を未曾有の好景気に導いたクリントン政権下のルービン元財務長官(投資銀行ゴールドマン・サックス元会長)。

 グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は低金利政策を継続することによってルービン路線を継承。マネーサプライを膨張させ続けた。市場に任せれば経済はうまくいくとのグリーンスパン氏の経済哲学が政策転換を遅らせる判断ミスを呼んだ、と指摘する。

 ルービン氏がドル高政策に転換するに当たっては日本も一役買った。1ドル=79円75銭という円の史上最高値更新で日本全体が円高・ドル安に悲鳴を上げていた時期と重なっており、武藤蔵相(当時)などがルービン財務長官に、米国債の売却を口にしながらドル安防止対策を取るようねじ込んだ経緯もあるからだ。

 ”超金余り”の実行行為者はルービン氏であり、グリーンスパン氏ではあるものの、それを呼び込むにあたっては日本も絡んでいたのだ。アメリカのせいだけにするわけにはいかない。

 米経済は”超金余り”になる中で、自動車などの製造業は衰退し、金融を中心とした資本主義に突っ走っていく。そして暴走する。主役は投資銀行。誰も暴走を止められなかったのである(第1回は「”暴走”はなぜ止められなかったのか~アメリカ投資銀行の興亡~」)。

東京都美術館

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/05/16  11:43


  練馬の自宅に帰り着いたのは午前1時。就寝同2時。眠い目をこすりながら、足を向けたのが東京・上野の東京都美術館。知人から案内をもらっていた美術展をのぞいた。
 これまで何度も来てはいるものの、今度もたくさんの美術展が開催されていることに驚いた。開催中だったのは「日府展」、「光陽展」、「創型展」、「国際美術展」、「朔日会展」、「純展」、「大道展」、「創彩展」などなど。しかもこれらは第56回だとか、第58回、第78回とか、とにかく年季が入っている。
 時間がなくて滞在時間は1時間足らず。自作の説明を受けながら絵を観るのはぜいたくである。作家は意外と自分の作品に満足しているものだが、絵描きは自分の絵になかなか満足できないらしい。この違いは何なのだろう。

終電間際@JR品川駅

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2009/05/15  23:30


 

 明石から新大阪まで新快速で45分。そこから新幹線で2時間半。23時26分に着いた品川駅の在来線ホームは丸で朝夕のラッシュと同じ光景だった。午前零時直前の新宿駅も同様。花金ではある。100年に一度の大不況に見舞われている東京の夜はこうして暮れて行く。