2018年9月 のアーカイブ

「魚屋シュン」と「さかなや旬」

カテゴリー: 食べ物

2018/09/29  21:41


 

都内最大級の店舗を誇る魚屋シュン

 

東京練馬区谷原(やはら)近くに都内最大級の売場面積と魚の種類を誇る鮮魚販売店がある。「株式会社シュン」(本社埼玉県さいたま市北区、大川戸健代表)がそれだ。母体は昭和41年(1966年)に浦和卸売市場内に開業した丸大商店。現在も浦和と大宮に店を持っている海産物問屋だ。

平成7年(1995年)4月に株式会社シュンを設立し、東京都練馬区で鮮魚販売を開始した。対面販売がメーンで、それを生かした「魚屋」にこだわり、魚屋の「らしさ」にこだわっている。新鮮な「旬」の品揃えに力を入れている。

子どもの家に近いのと新鮮なので、結構利用している。運動会の岐路、カニ鍋を我が家でやることになって立ち寄った。魚の勉強もしている。

 

初めて食べた「ホウボウ」はうまかった

 

ホウボウには足があり、歩き方も面白い。また羽のような胸びれも持っている。魚としては珍しい部類に属する。

高級魚。めでたい魚として知られている。暖海性の底生魚で、主に海底で生活しており、水深25~600mの砂泥地を歩くように泳いでいる珍しい魚だ。

日本では北海道南部以南の浅瀬から深場まで様々な場所にいる。 海外でも黄海、渤海から南シナ海にいるので中国やフィリピンなどのアジアを中心に世界でも多く水揚げされる魚だ。

漢字では「魴鮄」と書く。上品な白身で鯛やフグに似て旨味や甘味が強い。 クセがないのも特徴で、とろっとした食感とほど良い柔らかさも楽しめる。店で刺身にしてもらった。子どもたちも箸を伸ばした。こんなうまい魚だとは思わなかった。

 

これは結構ポピュラーなスズキです

 

こちらはキシタイ

 

これもタイ

 

太刀魚

 

ご存じサンマ

 

真イワシ

 

「アニサキス」にご注意を!

 

「アニサキス」にご注意を!のチラシが至る所に張ってあった。芸能人がこれにかかって七転八倒の苦しみを覚えたことで最近急に注目が集まっている病気だ。

アニサキスは寄生虫の一種。サバ、イワシ、カツオ、サケ、イカ、サンマ、アジなどの魚介類の内臓に寄生したアニサキスの幼虫によって引き起こされる。幼虫は白い糸のような形状で、大きいものは長さ3センチ、太さ1ミリと肉眼で確認できるサイズだ。宿主である魚が死ぬと、内臓から筋肉に移動する習性を持っている。

食中毒で最も多いのは急性胃アニサキス症。食後数時間から10数時間後に、みぞおちを何かで刺されたような激しい痛みを感じ、悪心、嘔吐も伴う。胃より先の腸に侵入した急性腸アニサキスの場合、激しい下腹部の痛みや腹膜炎の症状が出る。

アニサキス幼虫は人間の体内では数日しか生きられないが、それまでの間に暴れ回る。死に至る病ではないまでも死ぬほどの苦痛を味わうことになる。

予防方法としては①加熱(60℃で1分)②冷凍処理(マイナス20℃で24時間)の2つ。要は生食はしないことが重要だ。しかし、これはできないとなると、目視で確認しアニサキス幼虫を除去するしかない。

 

魚屋シュンの猛烈な抗議!

 

面白い魚屋が出てきたものだなと思いながら回っていたら上のようなお知らせ見つけた。「光が丘IMA店内に今月オープン予定の『さかなや旬』は当店とは一切関係ございません」といった内容だ。

素直に読めば、「谷原のシュンが遂に光が丘に進出した」と思うだろう。事実、そう思った。ところがそうではないのだという。一体これはどうなっているのか。

IMAには2件の魚屋が入っていた。1つは魚耕(本社・荻窪)。もう一つは海星ムサシ(本社・福岡市)光が丘店だ。どちらも大型店だが、うち海星ムサシが8月理由もなく閉店した。それとなく関心を持っていたら、後釜は神奈川県を中心に首都圏で鮮魚・寿司小売り業を展開するSHUN-GROUPだった。株式会社旬(本社・神奈川県厚木市)と平成12年月設立の株式会社「旬フーズシステム」(同)を傘下に持つ。

谷原と光が丘は歩いて15分くらい。商圏も重なる。谷原店が光が丘に引っ越したと考える顧客が普通だ。でもそうではなかった。顧客層がちょっと違う気がするが、どうなんだろう。登録商標も含めて当然議論されたはずと思うが、顧客にとってはややこしいこと変わりない。

しかも、この件について何ら説明もなかった。何か少し説明があっても良さそうなものだと思うが、どうだろうか。

運動会:「島人ぬ宝」

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気

  19:58


 

エイサー!!島人ぬ宝を演技する3年生

 

9月29日(土)は練馬区立北原小学校の運動会だった。練馬区内の小学校は全部この日が運動会だった。台風24号が接近中で、前日は快晴だったが、この日は朝から雨が降りそうな気配だった。

何とか学校に着いたら、既に開会式は終了。6年生によるグレイテスト・組み体操が始まっていた。いつ降るかと思いながらも、3年生の出番。今年はエイサー!!「島人ぬ宝」。どうも孫の姿しか目に入らないらしい。

「島人ぬ宝」(しまんちゅぬたから)はBEGIN(ビギン)の23枚目のシングル。2002年5月22日発売。ビギンは沖縄県石垣市出身の3人からなる日本のアコースティックバンド。エイサー曲として利用されている。また「涙そうそう」のヒット曲もある。

 

 

結局、今年最後の6年生から1年~5年までやったところで本日の体育会は中断となった。次は10月2日(火)に残りの部が行われる予定だ。1日は都民の日で休み。

 

4年生によるUkiuki Smile America

 

敬老席に座れるのは72歳以上で70歳になった私は”無資格者”だった

 

子どもの成長は早い。こんなことも、あんなこともできるようになった。親は大変だが、先生はもっと大変だ。

母が小学校の先生だった。先生にはなるものではないなと思って育ったが、孫を持つにようになって「先生も悪くないな」と思っている。

 

 

日本、ロシアになる恐れも

カテゴリー: 会見メモ, 経済/デリバティブ

2018/09/27  21:43


 

「10年後にはソ連が崩壊したときのような経済・社会状況に陥る可能性もある」と懸念する野口悠紀雄氏

 

ゲスト:野口悠紀雄氏(経済学者)
テーマ:平成の経済史
2018年9月27日@日本記者クラブ

 

早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、野口悠紀雄氏が「平成とは何だったのか」と題する研究テーマで講演し、「平成とは日本人が世界経済の大きな変化に気づかず、取り残された時代」と定義した。

企画委員の竹田忠氏によると、野口氏は平成を3つに分け、第1期は主に1990年代。戦後経済を支えた1940年体制(戦時経済体制)がバブル崩壊によって大きく変質。金融機関を通して政府が経済を間接コントロールする仕組みが弱まった。同時に中国の工業化とIT技術の進展で世界経済の構造が変わったことの日本は気づかす、遅れを取った。

第2期の2000年代は、”偽りの回復”。政府による空前絶後の為替介入で危機的な円高が抑えられ、日本の輸出産業は息を吹き返した。しかし所詮は円安頼みの回復であったことが2008年に明らかに。リーマンショックでアメリカから資金が逆流して急激な円高となり、車などの輸出産業は壊滅的な打撃を受けた。

この過程で製造業の政府への依存が強まったと氏は強調する。メーカーなどが政府にあからさまに直接的な補助を要請するようになった。結果、自動車産業を救うためのエコカー減税などの施策が次々と取られた。これに対する強い批判も起きなかった。日本の言論界の批判的な能力も衰えたのではないかとも指摘する。政府がどうするかを問うだけで、自分たちで改革しようという考えがなくなった。

第3期はリーマンショックの後から今まで。問題の本質は日本が置き去りにされていることに気づき、国際的な水平分業体制や規制緩和に正面から取り組むことだと指摘した。

・1ドル=100年を超えて円高になると、政府が介入する。そうならないことを政府が”約束”をした。この結果、円を売ってドルを買う動きが顕著に増加した。

墓参

カテゴリー: 墓参/地域活動

2018/09/23  21:58


 

線香を付けるには風が邪魔。そのために線香点火台があった

 

線香を横に置く方法と立てる方法があることに気づいた

 

こんな区画が75もある

 

64haの広大さを誇る都営八王子霊園の案内図

 

帰る頃は大きなまん丸の月が空にかかっていた。時期的に中秋の名月かなと思った。自宅に帰って調べたら、中秋の名月は翌24日で、ついでに言えば25日が満月だった。太陰暦を元にしており、昨年は10月4日、来年は9月13日と散らばっている。

義母と義父の墓参りをした。毎年1回は行っている。妻の両親で、彼らの眠る都営八王子霊園(八王子市元八王子町)までは車で49km。一般道を走ると2時間30分ほどかかった。普通なら1時間で着くが、2.5倍かかった。

連休の合間で、しかも午後1時すぎに練馬の自宅を出た。そんなにかかるとは思わなかったが、ナビの指す時間は15時35分だった。3連休の合間である。

一番かかったのは八王子市内。とにかく、ちょっと走ったら渋滞、渋滞を抜けたと思ったらまた渋滞。どうしようもない。車の増え方に道路事情が追いついていない。

人口少子化時代に入って以来、地方の人口は減っているのに対し、東京は増えている。東京もそろそろ減少に転じるはずだが、それでもまだ増えている。東京一人勝ちの状態が依然続いている。

最近、東京では北海道や九州、四国など遠隔地ナンバーの車をよく目にする。2年前に建った自宅前のマンションでも14台の収容車数のうち札幌ナンバーが2台もあった。街を走っていても遠隔地ナンバーが目立って増えた。

私も8年間神戸ナンバーのまま東京を走っていたから自慢できないが、札幌ナンバーは札幌納税事務所に自動車取得税を地元で払っている。ふるさと納税と同じだ。

地下鉄車両の車内広告も地方のイベントが目立つ。福島県はもとより、岩手県や青森県など東北が目立つ。年末には佐野厄除け大師の初詣の広告が目立った。これに惹かれて栃木県に行ったこともある。地元で広告を出すより東京に宣伝し、東京から来てもらったほうが集客になるとの狙いからだ。

『タクシー運転手』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2018/09/19  22:57


 

作品名は素朴だが・・・

 

作品名:タクシー運転手~約束は海を越えて~(A Taxi Driver)
監督:チェン・フン
主演:ソン・ガンホ
トーマス・クレッチマン
ユ・ヘジン
2017年韓国映画@飯田橋ギンレイホール

「ソウルのタクシー運転手マンソプは大金につられてドイツ人記者を乗せて光州を目指す。光州の現状を知らないマンソプは途中、検問を通り抜け光州に入るが・・・。韓国で起こった『光州事件』を元に、実在した2人の知られざる勇気をユーモアを交えて映画化したドラマ!」(ギンレイvol.202)

光州事件は1980年5月に光州市を中心に起きた民衆蜂起だ。1963年から79年までに大統領に独裁者として君臨した朴正熙が暗殺され、その後に実権を握った全斗煥大統領も相次ぐ戒厳令の発令と民主化運動の弾圧を行い、各地で暴動が起きていた。

 

 

1980年5月。韓国現代史上最大の悲劇となった光州事件。あの日、真実を追い求めたひとりのドイツ人記者と彼を乗せたタクシー運転手がいた。

光州でも大規模なデモが発生し、それに対して軍は非常戒厳令を発令し、市民を弾圧した。軍が市民を大量に殺害する事件であり、韓国の民主化プロセスを語る上で絶対に外せない大きな事件として知られている。毎年5月18日には記念式典も行われている。

 

笄軒

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 食べ物, 食/食堂/レストラン

2018/09/16  17:20


 

西麻布の2階にありました

 

さつまいもの冷製スープでした

 

中身はナポリタンを卵で巻いたオムリターノ

 

日曜日の朝の主食はパンだった。スムージーと卵、ハム、野菜。これにパンが加わった。

それからしばらくはおしゃべりタイム。昼近くになって麻布を30分ほど探検した。目指すは笄軒(港区西麻布4)。「どこか懐かしく、けれども新しい贅沢な洋食屋さん」。

「笄」は「こうがい」と呼ぶ。ウィキペディアによると、髪を掻き揚げて髷を形作る装飾的な結髪用具。元は中国のもので、現代中国語ではジー(jī)と読む。頭が痒い時に髪型を崩さずに掻くなど、女性の身だしなみに欠かせない装身具としても使われた。昔は笄町と呼ばれた。

「味のなかむら」も笄町にあった。港区立笄小学校も現存している。

おすすめはとろとろ玉子のオムハヤシとハンバーグステーキなど。ふわふわ柔らかい卵にくるまれたあつあつのハヤシライスも名物である。

しかし、私はオムリターノを注文した。ナポリタンの上にとろとろ卵を乗せたものだ。

その前にさつまいもの冷製スープをいただいた。麻布の一角で日曜日の午後、普通の洋食屋さんでこんな料理をいただけるのは何とも幸せである。

味のなかむら

カテゴリー: 酒/酒場/居酒屋

2018/09/15  22:51


 

刺身おまかせ3点(鰹、太刀魚、ヒラマサ)

 

樽酒を片口で1合

 

炊き合わせ(秋なす、栃尾揚)

 

なかむらのメンチカツ

 

土佐あか牛

 

濃厚鯛茶漬け

 

味のなかむら(あざぶ・こうがいちょう)

 

広尾ガーデンフォレスト(渋谷区広尾)の住民から夫婦でお誘いがあり、1泊してきた。どうみても1億円以上はするマンションに泊まった。3年前に一度来たことがあるが、泊まったのは初めて。

広尾日赤医療センターの跡地を50年間借地したマンションで、三井不動産レジデンシャルと三菱地所が販売・管理している。

早速連れて行かれたのが一軒家和食店「味のなかむら」だった。かつてあった二期倶楽部広尾が2017年8月末で閉店した場所にオープンした高級居酒屋。静かな隠れ家レストランだった。

広尾はイタリアン、フレンチ、パン屋などの激戦地で、高級な店が山のようにある。もちろんお金がないとこれほどつまらないところもないが、リッチ層には結構面白い。

どれをとってみても裏切らない安定的な味だった。なかむらのメンチカツはこれまで食べたメンチとは比較できない味だった。どうしたらこんな味を出せるのかと思った。

1人頭8000円見当。1人1万円を覚悟していたが、それを下回り、料理の内容を考えると、むしろ割安感が強かった。

なかむらは1993年4月から下北沢でオープン。2008年12月に渋谷に移転していた。大人の街・広尾で満を持して開店したという。

『検察側の罪人』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2018/09/13  23:05


 

検察側の罪人

 

作品名:『検察側の罪人』(原作雫井修介『検察側の罪人』)
監督・脚本:原田眞人(はらだ・まさと)
キャスト:木村拓哉(きむら・たくや=最上毅=東京地検刑事部本部係検事)
二宮和也(にのみや・かずなり=沖野啓一郎東京地検刑事部検事)
2018年9月13日@ユナイテッド・シネマとしまえん

最上毅は昇進間近と目される刑事部きってのエリート検事。自らが担当する老夫婦殺人事件の被疑者として、過去の未解決殺人事件の重要参考人・松倉重生(まつくら・しげお)の名前があがってきたことに、激しく動揺する。松倉の犯行を強く疑う最上に、警察が同調し、捜査方針は「松倉犯人説」へと傾倒していくのだが・・・。

一方、沖野啓一郎は入庁5年目、刑事部に着任したての若手検事。入庁時の研修担当検事であった最上の言葉に感銘を受け、以来、自らを「最上流正義の継承者」と称するほど心酔している。しかし、事件の捜査が進むにつれて、最上は松倉を犯人に仕立て上げようとしているのでないかと疑問を抱くようになる。

2人のタレントによるほんわかしたドラマを期待した向きには期待外れでしかないシリアスが社会派ドラマに仕上がっていた。テーマも硬派で、演技も硬派。

沖野の検察事務官を務める橘沙穂(吉高由里子)、闇社会のブローカー・諏訪部俊成役の松重豊、衆議院議員で最上の大学時代からの親友・丹野和樹役を演じる平岳大、被疑者の1人、弓岡嗣郎を演じる大倉幸二、老夫婦殺人事件の被疑者・松倉重生役の酒向芳、国選弁護人の八嶋智人など脇役陣を芸達者で固めた。

グラミン日本が始動

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 貧困/生活困窮者/ソーシャルビジネス

  21:24


 

グラミン日本理事長の菅正広氏

 

一般社団法人のグラミン日本(東京都中央区)が9月13日、東京に設立された。理事長には元大蔵省(現財務省)大臣官房参事官やアフリカ開発銀行日本政府代表理事、世界銀行日本政府代表理事などだった菅正広明治学院大学教授が就任した。

グラミン日本は日本の貧困層・生活困窮者に低利・無担保で少額融資を行い、起業や就労によって貧困から脱却するのを助けるマイクロファイナンス機関。

2006年、バングラデシュのグラミン銀行創設者ムハマド・ユヌス博士が同銀行とともにノーベル平和賞を受賞し、マイクロファイナンスが欧米先進国を含め世界中に普及・拡大。グラミン銀行の日本版で、日本にも必要されていると判断した。

グラミン日本はユヌス・ソーシャルビジネスとして設立。したがって、ユヌス・ソーシャルビジネス7原則に基づいて運営される。

1.利益の最大化ではなく、社会問題の解決こそが目的であること。

2.財務的には持続可能であること。

3.投資家は投資額を回収するが、それ以上の配当は分配されないこと。

4.投資額以上の利益は、ソーシャルビジネスの拡大や改善のために使うこと。

5.環境へ配慮すること。

6.スタッフは標準以上の労働条件・給料を得ること。

7.楽しみながら仕事をすること。

 

グラミン日本のビジネスモデルは設立当初は貸金業者として登録・運営し、10年後に預金取扱金融機関への移行を視野に入れている。グラミンアメリカを参考に必要な資本として7億円をめどに寄付、基金、賛助会員会費、クラウドファンディング、公益信託方式などで資金を調達。5年後に単年ベースでの収支黒字化を目指す。

融資名称はグラミン・ローンで、融資対象は日本の貧困ライン以下の生活困窮者(約2000万人)で、働く意欲があり、生活をステップアップしたい人。互助グループ(5人1組)を作ることが条件となっている。

最初の融資額は最高20万円からスタート。2回目以降は返済状況を見ながら増額も可能。融資期間は6カ月または1年。無担保で連帯責任。

融資形態は互助グループに対するグループ融資。毎週1回のセンターミーティングや事前の金融トレーニングなどに参加することが必須。グループのメンバーは原則として支店から1時間圏内に居住していることが条件となっている。

金利は6%(元利均等返済)。融資資金は所得を創出する。費消される資金にはしない。返済は毎週。据置期間なし。

日本は国民の6人に1人、約2000万人が貧困ライン(約122万円)で生活している。1人親世帯の過半数が貧困で、貧困格差が広がっている。このような国はOECD35カ国の中では日本以外にない」ということが言われている。

日本人にとってはギョという感じだが、この貧困は衣食住にも困る「絶対的貧困」ではなく、社会全体の中で広がっている「相対的貧困」だ。社会全体ではそんなに深刻ではないという意識が強いが、実はそうではない。

貧困率というデータは、厚労省の国民生活基礎調査として公表されている。日本の貧困率の最新値は2015年で、相対的貧困率年15.6%と前回調査(12年)の16.1%からやや改善した。一方、17歳以下の子どもを対象とした「子ども貧困率」は13.9%と16.3%よりも大幅に改善した。それでも7人に1人の子どもは貧困に陥っている状況だ。

国際的に見ると、日本は米国(16.8%)に次いでG7中ワースト2。ひとり世帯ではOECD加盟35カ国(2010年時OECD平均は11.3%)中ワーストワンだ。

貧困率は、収入などから税金や社会保障費などを引いた「等可処分所得」の中央値の半分未満しかない割合を示す人の割合のこと。中央値は年間245万円(2015年)だから、年間122万円未満の可処分所得しかない世帯を相対的貧困層、その割合を貧困率と呼ぶ。

この中央値は20年前の1997年には297万円だった。これが245万円に低下した。中央値が52万円も下がった。月額にして4万3000円。日本はこの20年間は「失われた20年として経済低迷期だった。

同調査の「貯蓄」についてみると、「貯蓄のない世帯」が全体で14.9%、母子世帯に限ってみると37.6%に増える。「生活が苦しい」と答えた人は全体で56.5%、母子世帯では82.7%が生活苦を訴えた。

現代の日本で、貧困は「失職、病気、ケガ、事故、配偶者との離別・死別、介護などによってほとんどの人に起こり得る、明日は我が身の問題」だ。

日本の母子世帯の貧困率は58.7%(2009年11月調査)と世界でも突出して高い。生活保護水準の所得に届かない低所得にあえぐ現状がある。

高齢者も深刻だ。総務省発表の推計人口(9月15日時点)によると、70以上の人口は前年比100万人増の2618万人と総人口に占める割合は20.7%と初めて2割を超えた。65歳の高齢者も44万人増の3557万人で、28.1%と過去だった。就業者総数に占める高齢者の割合も12.4%と過去最高だ。

17年の高齢者の就業者数は807万人と過去最多。7割近くの4人に3人は「自分の都合のよい時間に働きたいから」と非正規の職員・従業員を占めた。

今後日本はあらゆる世代の年齢層が貧困にあえぐ時代が来ると言っても良さそう。クローズアップされている母子家庭と高齢者ばかりでなく、「日本国民総貧困化」なのかもしれない。

日本の貧困の現状は個人の問題としてではなく、社会の問題として取り組むべき時期に来ている。

グラミン日本は理念として、「貧困のない、誰もが活き活きと生きられる社会」「貧困・生活困窮に陥った時、そこから脱却する助けがセーフティネット/ソフトインフラとしてされている社会」を掲げている。

いろいろ問題はあるだろうが、このように社会を変えていくと資本主義の性格も変わってくるはずだ。

イラン新駐日大使初会見

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

2018/09/12  22:53


 

会見したイランのラフマーニ新駐日大使

 

7月に着任したモルテザ・ラフマーニ・モヴァッヘド(Morteza Rahmani Movahed)駐日イラン大使が、日・イラン関係の現状と展望などについて話した。

ラフマーニ大使は①イランは4000年以上の歴史を有する②石油と天然ガスを合わせた埋蔵量は世界第2位であり、世界のエネルギー需給に重要な役割を担っている-と述べた。

同大使は日本との外交関係について、1929年に国交を樹立し、以降伝統的な友好関係を確立していると語った。2013年のイラン大統領選においてロウハニ大統領が当選。原油輸入の拡大など二国間関係の新時代が幕開けを迎えたと指摘した。同大使によると、両国の貿易総額は2015年の35億ドルから17年には45億ドルへ増加した。

19年は両国外交関係樹立90周年の節目の年。さまざまな行事、イベントが予定されている。さらなる両国関係の発展を期待していると大使は述べた。

また、「大使は核合意から離脱し制裁を再発動したアメリカのトランプ政権を『信用できない』と厳しく批判した。さらに核合意には政治と経済の2つの側面があると指摘。『どんな鳥でも片翼では飛べない』と述べて、今後経済的な利益が望めないなら意味を失うと警告した。その上で『核合意の維持は関係国の努力にかかっている』と強調した」(会見リポート、日本テレビ国際部担当副部長 岩崎 建)

シリア情勢もイランにとっては重要な問題だ。「イランはロシアとともにアサド政権を支援し続いているが、反体制派の『最後の拠点』であるイドリブ県への総攻撃が近く行われるとの観測が強まっている。こうした動きに国際社会からは非難の声もあがっているが、ラフマーニ大使はあくまで『アサド政権からの要請に基づいたテロとの戦いだ』として容赦しない構えを見せた」(同)。

AFPは9月9日、在英NGO「シリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)」によると、ロシアは8日、シリア反体制派が支配する最後の県である北西部イドリブ(Idlib)に対し、過去1か月で「最も激しい」空爆を行ったと報じた。

米国とイランの対立は泥沼化の様相を呈している。米国は8月7日にイラン核合意離脱に伴う制裁の一部を復活させ、11月上旬にはイラン産原油・石油取引の禁止に踏み切るもようだ。

米国によるな復活は欧米間の、中国やロシアを利して、将来の中東の混乱の火だねを広げた。イランは核関連活動の再開やホルムズ海峡の封鎖をちらつかせ、米国との衝突コースを突き進む恐れも出てきている。

ラフマーニ駐日日本大使は1959年、テヘラン生まれ。子ども3人。1989年外務省入省のキャリア外交官だ。