2005年8月 のアーカイブ

NYMEX、9月12日にロンドン立会場開設

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/08/31  08:29


世界最大のエネルギー市場であるニューヨーク商業取引所(NYMEX)は9月12日からロンドンで、北海原油ブレントの先物取引を開始する見通しだ。NYMEXヨーロッパが8月25日発表した。世界戦略の一環で、同地を拠点とする世界第二のエネルギー市場、ロンドン国際石油取引所(IPE)のビジネスを奪うのが狙いだ。

 NYMEXはこれに先立ち、昨年11月、ダブリンに市場を開設する一方、英金融サービス局にも認可申請し、ロンドン進出の機会をうかがっていた。取引は立会場を利用したオープンアウトクライ方式で行い、今年4月7日からすべて電子取引に移行したIPEと一線を画する。これに伴い、ダブリンの立会場は9月9日に閉鎖する。

 ダブリンの取引はIPEに比べて低調で、8月24日時点の未決済約定残高は1万1937枚とIPEの36万7171枚に大きく水を開けられている。NYMEXはロンドン以外にも、来年にはドバイに立会場を開設する計画のほか、ブダペストでも同様の計画を検討している。

 

稲庭うどん

カテゴリー: 東京日誌

2005/08/23  23:25


稲庭うどんは、西の横綱讃岐うどんに対し、東の横綱といわれている、日本を代表するうどん。今でも機械を使わず手作りにこだわる稲庭うどんは讃岐うどん、名古屋のきしめんと並ぶ日本大うどんに数えられる。

 寛永5年(1665年)に現在の稲川町の稲庭吉左ェ門によって製法が確立されてから、その技は一子相伝で受け継がれ、藩主に献上されていた。明治になって、縁者にも製法が伝えられ、広く庶民の口にも上るようになったとか。

 秋田県角館町で買ってきた七代佐藤養助稲庭うどんをうでて賞味した。透き通るような白さ、腰の強さ、なかなか気品のあるうどんである。よくあの細い身体で、と思う。讃岐うどんの立派さとはまた違う、凛とした直情が伝わってくる。

 元々は関西の人間。そばよりもうどんである。うどんが何よりも好きだ。しかし、気になるのはカロリー。昼は基本的に「そば食」にして3カ月。体重が4キロほど落ちた。身体にはうどんより、そばのほうがいい、と聞く。身体はうどんを欲しているが、注文の段になると、ついそばを頼んでいる自分がいる。うどんくらい、気にせず食べられる自分を取り戻したい。

BONODORI IN HIBIYA PARK

カテゴリー: 東京日誌

2005/08/20  12:27


夏たけなわ。7月から8月にかけて、全国各地で盆踊りが行われているが、東京のど真ん中、日比谷公園でも実施されているのには驚いた。題して「日比谷公園 丸の内音頭 大盆踊り大会」(主催:大会実行委員会、日比谷公園睦会商店会、有楽町商店会連合会、千代田区商店街連合会)。

 2年前まで会社が公園の中にあったから、日比谷公園にはずっと通っていたが、盆踊りをやっていたなんてついぞ知らなかった。それもそのはず。2003年に日比谷公園100周年記念事業として70年ぶりに復活したとのこと。今年は3年目。8月19(金)・20日(土)18時~21時。大噴水周辺特設会場。

 日比谷公園で盆踊りが初めて実施されたのは1913年(昭和7年)。日比谷・丸の内界隈の商店主たちが不況にあえぐ世の中を元気づけたいと西条八十、中山晋平両氏に依頼し、「丸の内音頭」が作られ、それが踊られた。

 復活盆踊りも趣旨は同じだ。世の中を元気づけるため。丸の内音頭は昭和8年に歌詞が変えられ、「東京音頭」に生まれ変わったとか。帰宅途中、ちょっと立ち寄って聴いたのは「浴衣音頭」、「マリと殿様」だけ。肝心の「丸の内音頭」は聞き逃した。

 浴衣姿の踊り手に混じって、帰宅途中のOLさんがバックを肩に掛けたまま、輪に入って踊っている姿を目にした。「ちょっと踊って、気持ちよくなって、元気になる」というのも悪くない。やぐらの上で太鼓をたたくいなせな旦那衆もサマになっている。こんな東京の夜も面白い。

楡周平「再生巨流」

カテゴリー: Books

2005/08/17  11:36


 「再生巨流」(楡周平、新潮社)を読んだ。「Cの福音」(宝島社)で売り出した作家だが、作品を読むのは初めて。439ページの大作だったが、一気に読んだ。夏休み中だったから読めたのかもしれない。

 佐川急便を連想させる運輸会社「スバル運輸」を舞台に左遷された男が、閑職に追いやられながらも、物流の流れを根底から変革する画期的なビジネスモデルに挑戦する起死回生の物語。京都のカリスマ社主への直訴など、奇想天外な場面もあって、リアリティーを低下させているのは惜しいが、それでも、サラリーマンなら、こういうプロジェクトに一度は挑んでみたいという気持ちは誰にでもあるものだ。

 サラリーマンは大変である。閑職に追いやられると、まず意欲、気力が萎え、頭と身体が同じ動きをしないのが普通。気力が萎えるのは辛いものだ。なかなか、立ち直れない。立ち直るためには相当なエネルギーが要るし、それが出てこない。

 (旧)東京本社第一営業部次長
 (新)東京本社新規事業開発部部長

 ばりばりの営業マンだった吉野公啓(よしのまさひろ)の再生ドラマ。それなりに楽しめた。それにしても2005年4月20日発行なのに、7月には近所の「ブックオフ」に並んでいた。ほとんど新品で。1700円→900円。著者は泣いている。

パソコン不調

カテゴリー: 東京日誌

2005/08/14  23:35


 自宅のパソコンの調子がこの何カ月か、ものすごく悪くなっていた。システムがひどく不安定化していた上、ウイルスの襲撃も受け、何が何やらさっぱり分からない状態。というよりも、何をどうすれば良いのかさえ、分からなかった、というのが正直な気持ちだ。パソコンの調子はいったん、おかしくなると、それを元に元に戻すことに、途方もない時間を消費せざるを得ないのが自明だからだ。

 1時間や2時間で、問題が解決することはおろか、何時間費やしても、結局のところ、不調の原因が分からずじまいで、ものすごい徒労感、時間の喪失感に襲われることを予感できるからなおさらだ。そう予感しただけでぞっとする。しかし、今は夏休み。覚悟を決めた。そのままにし続けることはできない。もうパソコンなしの生活など成り立たないからだ。何を書くのもパソコン、ちょっとした調べごともパソコンである。

 そんな状態でパソコンの調子がおかしくなったら、一大事である。居ても立ってもいられない。それでも、だまし、だまし使っていたが、遂にどうにもならなくなってしまった。モノを書いたりするのは問題なかったが、通信ができなくなった。インターネットができなくなった。

 正確に言えば、契約している通信接続会社(プロバイダー)と自宅のパソコンの間の通信速度が極端に遅くなった。プロバイダー→モデム→ハブ(分岐装置)→パソコン3台。私のパソコンだけ、遅いのである。通常の固定電話を使って接続するダイヤルアップ接続よりも何倍も遅く、ストレスのたまること甚だしい。

 プロバイダーとの間に問題があるのか、それともパソコン側に問題があるのか、問題の所在を突き止めるまでに何と、貴重な夏休みの後半4日間をほぼすべて費やしてしまった。プロバイダーへの相談4回(各30分はたっぷり)、パソコンメーカーの技術サポート3回(同)との間で、考えられるあらゆる原因を追求した。

 パソコンの初期化を行い、さらに領域設定からのリカバリー(復元)も試みた。しかし、結果はノー。そして最後にトライしたのがハブの取り替え。コジマ電機まで汗をたっぷりかいて買ってきて、取り替えると、サクサク繋がった。でも、ここまでたどり着くのに時間が掛かり過ぎだ。

 パソコンを始めてもう10年。インターネット接続は当時も悪戦苦闘、難行苦行だった。それもサポートセンターへの電話が繋がらなくて、いらいらが募ったことを思い出す。あれから10年。パソコン修復には今も気の遠くなるような時間が掛かったが、サポートセンターとのアクセスだけは予想以上にスムーズだったのだけはまだしもの救いとしよう。

 夏休みも終わって、明日からまた仕事である。それでも、夏休みなんて吹き飛んでしまった衆議院の先生よりはましか。

乳頭温泉郷

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2005/08/13  12:09


 温泉遺産「源泉かけ流し風呂」認定証書
     大釜温泉旅館殿

 貴殿は、日本古来の温泉入浴法に適した源泉風呂へのこだわりを、今日まで継承されました。ここに貴殿の温泉文化への情熱と湯守の精神に敬意を表すとともに、源泉かけ流し風呂を「温泉遺産」として認定いたします。

 平成15年12月2日
 日本温泉遺産を守る会
 代表 野口悦男

 乳頭温泉郷(にゅうとうおんせんきょう)。玉川支流の先達川最上部に点在する7つの一軒宿から成る東北を代表する秘湯(ひとう)。アクセスは悪いが、それだけに容易に立ち入りにくく、それがまた、秘湯の秘湯たるゆえんであろう。ひなびた風景の中で、露天風呂に身体を沈めていると、それだけでもう何も要らない。

 認定証書は1泊した大釜温泉旅館の脱衣場と玄関脇の壁に掲げられていた。同会は温泉好きの集まりで、代表は温泉ジャーナリスト。入った温泉は大釜温泉と黒湯温泉の2つ。乳頭温泉郷にあるすべてのお風呂に入浴できる手形「湯めぐり帖」もありますよ。

 ・大釜温泉(おおがま)=木造校舎を移築した宿。ヒバ造りの露天風呂は開放的。
 ・黒湯温泉(くろゆ)=湯小屋は茅葺き屋根。英人英語教師と異文化コミュニケーション。
 ・鶴の湯温泉(つるのゆ)
 ・妙乃湯温泉(たえのゆ)
 ・孫六温泉(まごろく)
 ・蟹場温泉(がにば)
 ・休暇村田沢湖高原
 

弘前ねぷたまつり

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  11:08


「全国には、農作物の豊作を祈願して、さまざまな燈籠に灯をともして行うまつりがありますが、各地にある『七夕まつり』の行事である”ねむり流し”や”虫送り”といった風習もねぷたまつりと密接な関係があります。
 弘前ねぷたまつりは、約300年の歴史の中で、こうした色々な風習と溶け合って現在に永々と引き継がれています。
 また、ねぷた起源の中で、坂上田村麻呂の蝦夷征伐の説もありますが、伝説の1つとして語り継がれています」(弘前市立観光館)

 弘前市に着いたのは8月7日(日)の朝だった。1日から行われていた「弘前ねぷたまつり」の最終日。10時からの最後の合同運行に何とか間に合った。弘前ねぷたの特徴は、扇型をした扇灯篭と呼ばれる山車にある。鏡と呼ばれる前面に三国志や水滸伝などの歴史物語をテーマとした絵が描かれ、背面には憂いを含む美人画や妖怪が描かれていて、ちょっと不気味。

 1年中ねぷたを楽しめるのが「津軽藩ねぷた村」(弘前市亀甲町61)。祭りに行けなくても、祭りの雰囲気を体験できるほか、村内の「山絃堂」では毎日、津軽三味線の生演奏を聴ける。腹にどっしりくる三味線の迫力に体が震える。

 「弘前ねぷた」は海沿いの青森市にいくと、「青森ねぶた」と「」「ぷ」が「ぶ」に変わる。「ねぷてぇ(眠い)」が浜なまりが入って「ねぶてぇ」になったとか。規模では「青森ねぶた」のほうが大きいが、最近は「からす族」の登場で、運行に混乱が生じているようだ。また100年の歴史を曳く五所川原市の「立佞武多」(たちねぷた)も観光客を集めている。

 弘前市は津軽10万石の城下町として、約400年の歴史を持つ街だ。日本一の生産量を誇るりんごの町でもあり、まだ青いりんごが色づくのを待っていた。弘前城あり、津軽富士と呼ばれる岩木山(標高1625m)あり、キリスト教会ありで、弘前市は落ち着いた佇まいを見せる街だ。

 

生もろこし

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2005/08/12  22:13


 「 もろこしは270余年の伝統を誇る秋田を代表するお菓子です。主原料と造り方は北海道十勝産の小豆を煎り、粉にしたものに砂糖と生のあんを加えて撹拌し、型打ちしたものです。
 角館の豊かな風土に育ち、煎小豆の独特な風味と滑らかに溶けるのが特徴です。又、お茶席の「おうす」に非常に合うと評判です」(唐土庵)

 角館の名物お菓子がこの「生もろこし」。日持ちがしないこともあって、ここでしか買えないということを友人のお菓子博士から聞いていた。とにかく、「角館に行けば、何はさておき、この生もろこしを買うべし」である。

 確かに上品で控えめな甘さは評判通り。おいしくいただきました。帰京後、ゴルフの幹事を務めることになっている友人はお土産に大量購入。生もろこしのほか、ふかしもろこし、もろこしあんなども。それにしても、日本には何とおいしいものがこんなに多いのだろう。

角館・武家屋敷

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  21:04


 夏休みで東北をドライブしてきた。友人夫妻との2カップルの熟年旅行。マイカーを持たない身としては助手席に乗るだけの楽な旅だった。それもこれもナビのお陰である。助手席に乗る者は地図を見ながら、運転者に的確な道路案内を伝える重要な役割を務めるのが慣わしだったが、その仕事も今やナビに奪われてしまった。楽は楽だが、何とも所在ないのも確か。

 秋田県仙北郡の角館(かくのだて)町。深い木立と重厚な武家屋敷で知られているみちのくの小京都だ。元和6年(1620年)、この地方を領有していた芦名義勝によって造られた町である。石黒家、青柳家、西宮家など重厚な構えの武家屋敷と400本を超すシダレザクラ(うち152本は国の天然記念物に指定されているほどの古木)の街並みは壮観そのものだ。

 ・樺(かば)細工=角館を代表する伝統工芸。山桜の皮を細工したもので、メガネ置きを買っ   た。他にブックカバーや茶筒など。
 ・新潮社記念文学館=同社の創設者で角館出身の佐藤義亮(さとうぎりょう)の偉業を讃えた   記念館だ。
 ・角館焼=江戸時代の後期に創められた、秋田県南外村の楢岡焼4代目、小松幸一郎の実 弟幸次郎が戦後、町内菅沢に窯を築いたのが始まり。釉は東北の風土にマッチした自然の灰 を使い、青白いなまこ釉を主体に、徳利、湯のみ、つぼなどを作っているとか。コーヒーカップ を買う。その土地を思い出しながら、飲むのもいいものだ。