2009年10月 のアーカイブ

可喜庵

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/10/31  23:17


 東京都町田市の民家で茅葺き屋根の葺き替え作業が行われているとの新聞記事(10月15日付日経夕刊)を読んで、ひと目見たいと思い、今日現地に足を運んだ。小田急線で新宿から鶴川に着くちょっと手前の右側の車窓からも見える。

 民家の持ち主は隣りで工務店を営む鈴木亨さん(61)。曽祖父が江戸時代末期の文久年間に建てた筑後150年ほどの家で、4年前まで一家で暮らしていた。その後、手作り教室やサロンに開放してきたが、9月中旬から茅の葺き替えに着手した。

 10月末には葺き替えが終わるというので、その前に何とか拝みたいと出掛けたわけだが、到着すると作業は行われておらず、その代わりに鈴木さんが家の前の床机に腰掛けていた。ほぼ作業は完了し、11月4日が上棟日になるという。

 鈴木さんによると、可喜庵と名づけたのは父親で、家の裏にある「禅寺丸」という柿にちなんで付けたという。京都から茅葺き専門職人を5人迎え、25年前に次ぐ今回の葺き替えでは協力者をボランティアとして募り、作業を体験してもらったという。

 「自分が茅葺き屋根の葺き替えをしようとしたら、それを新聞やテレビ、インターネットなどが関心を持って伝えてくれ、今度はそれを知った人たちが集まってくれる。面白い」と鈴木さん。昔では考えられなかったことだ。バーチャルな世界とリアルの世界がつながる。ただ、「地元の人はあんまり関心がなさそうだけど・・・・・」

旧白洲邸「武相荘」

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  15:41


 「武相荘(ぶあいそう)」(東京都町田市能ケ谷町1284)は民間人として日本国憲法の成立に深くかかわった白洲次郎(1902-1985)とその妻で文学・骨董の世界で名を成した白洲正子(1910-1998)夫妻が人生の大半を過ごした住まいに名づけた呼び名。

 新宿から小田急電車で1時間ほどの鶴川駅から徒歩15分ほどの山際に所在する茅葺き屋根の家だ。武蔵と相模の堺にあることにちなんだのに加え、一ひねりして無愛想にかけて名づけたらしい。周辺はユニクロができたりで様変わりしたようだが、武相荘自体はほとんど変わっていないという。

 白洲次郎は英ケンブリッジ、白洲正子は米ハートリッジ・スクールに学んだ国際派だが、永久の棲家としては純和風の民家を選んだのは面白い。鶴川に越してきたのは昭和18年(1943)。周りにはこのような普通の農家が多かったという。

新しい資本主義

カテゴリー: 未分類

2009/10/30  23:00


『時代の深層底流を読む』

カテゴリー: Books

2009/10/26  18:10


書名:寺島実郎の発言『時代の深層底流を読む』
著者:寺島実郎三井物産戦略研究所所長
出版社:東洋経済新報社(2002年1月2日発行)

世界を股にかけて歩きながら、世界史を固める現場感覚が非常に魅力な商社マンで、調査マン。寺島氏の講演を10年ほど前に聴いたことがあるが、彼ほど極めて理路整然に、構想力豊かな骨太の話をする人を知らない。決して上手ではないが、説得力のある話し方だ。

 書く文章もその話し方そっくりで、これまた理路整然としていて、考えを整理するのにふさわしい文体だ。本書は、20世紀末から21世紀の初年にかけての、メディアでの氏の発言を体系化した発言集。考えながら書き、書きながら考えるスタイルである。

『資本主義崩壊の首謀者たち』

カテゴリー: Books

2009/10/24  22:08


著者:広瀬隆
出版社:集英社新書(2009年4月22日第1刷発行) 

 広瀬隆氏の本は権力構造にメスを入れた人脈分析に基づいた独自の視点に貫かれており、読んで極めて明快かつ鋭いのが最大の特徴だ。その視点があまりにも独特なのと断定調であることが気になって、どこまで信じて良いのか分からないのも確かだ。そういう疑問を抱きつつも、ついつい読んでしまうのは、事の本質の指摘が的確だからなのかもしれない。

 結局のところ、ある人物の言説を信じるかどうかは、判断する側に判断するモノサシがなければならない。自前の情報と分析力がなければならない。それがなければ、判断しようがない。恐らく、すべてのことを判断できる力は誰にもなく、判断できる部分を不断に積み上げていくしかないのだろう。

 著者の指摘が正しいと思うのは以下の点である。

「現在あるのは、国際的金融危機ではありません。国際的金融腐敗です。この点を、しっかり覚えておいてください。・・・この腐敗は、金銭的な腐敗だけではなく、同時に精神的な腐敗でもあり、本書の最も大きな主題です・・・。そして日本のニュースで金融危機という言葉が使われていたら、置き換えて、言葉を正しながら解釈してください。そうすれば、ニュースの意味がまったく違って見えるはずです。そしてニュースが肝心のことを伝えていないことにも、すぐに気づきます。私たちは、絶えず、メディアの慣用語・常套句に対して懐疑的でなければいけません」

 日本のメディアは各方面に配慮するためか、どうしても表現をマイルドにしがちだ。マイルドにすれば、本質から乖離し、事態の深刻さや現実を薄めることにはなるものの、各方面に直接的な波紋が及びことを回避できるメリットもある。影響力があるメディアが表現を薄めがちなのはそういう事情もある。

 「金融危機」と「金融腐敗」では衝撃度が全く違う。既に危機に満ちた現代社会では、手垢の付いた「危機」ではその深刻さが全く伝わらないが、「腐敗」となると、それをもたらした主体の責任を追及したくなるほどの深刻さを帯びざるを得なくなるから不思議だ。

 著者の定義する「腐敗」とは金もうけではない。「腐敗とは、不労所得と呼べるような浅はかな行為を通じて、限度を超えた冨の取得や独占をおこない、罪もないほかの人間の生活を圧迫して、知らぬ顔の半兵衛を決めこむことです」

 この腐敗を招いた諸悪の根源は、投機マネーにあるとし、原油、穀物、金などコモディティーと呼ばれる商品相場の値段をつり上げ、巨額の利益を懐に入れたハゲタカ投機屋グループを糾弾する。これら投機屋グループの暗躍する総本山こそ、CMEやNYMEXなどの先物取引所だと指摘する。

 スーパーバブル(サブプライム・ローンによる住宅バブル)による金融崩壊をもたらした最大の責任者として著者が糾弾するのは元米財務長官を務めたロバート・ルービン氏。シカゴやニューヨークの先物取引所の理事として、全米の先物取引を隆盛させた。

 ルービン氏はまた、1990年からゴールドマン・サックス共同議長に就任し、投資銀行界を牛耳り、アメリカ国内の投機事業を一段と盛んにした後、クリントン政権の経済担当大統領補佐官・財務長官に就任し、貧富の差を急拡大させた責任を追及する。

 さらに、1995年に金融サービス近代化法を制定して、銀行と証券会社の兼業禁止(1933年グラス・スティーガル法)を撤廃し、商業銀行が投資家に証券を販売できるようにした。これが、スーパーバブルの資金供給システムにとって最大のエンジンとなったと指摘する。

 1999年にホワイトハウスを退任後は、全米最大の商銀シティグループに移籍。サブプライム・ローン崩壊の恐慌が起こる2008年8月までの9年間、シティグループ経営委員会議長として実力トップの辣腕をふるい続けた。「金融界とホワイトハウスのトップを渡り歩いて、これだけ露骨に、投機屋の後ろ盾となり、しかも自ら投機屋の代表的存在となった人間はいない」と著者は怒る。

 広瀬隆氏が金融崩壊の責任者として二番手に挙げるのがローレンス・サマーズ元財務長官だ。ルービン長官時代は副長官としてコンビを組んだ。オバマ現政権では米経済立て直しのリーダーである国家経済会議(NEC)委員長を務める。

 このサマーズ長官はノーベル経済学賞受賞者ポール・サミュエルソンの甥。サミュエルソン理論の研究者だったロバート・マートン氏とマイロン・ショールズ氏という2人のノーベル経済学賞受賞者が経営幹部となってヘッジファンドLTCMを破綻に追い込んだほか、サブプライム商品開発の理論的根拠を提供したことを指摘しているが、サマーズ氏の関係がはっきりしないのが気になる。

 アラン・グリーンスパン前連邦準備制度理事会(FRB)議長も槍玉に挙げられている。「銀行業界の監督者でありながら、規制強化に常に反対し続け、デリバティブのもたらす収益増加を賞賛して、投機業者の後ろ盾となり、なんの規制もないサブプライム・ローンの融資を放置して、アメリカ経済を恐慌状態に陥らせた」からだ。そう言われても仕方ないかもしれない。

 金融腐敗・金融崩壊の背景には、「国際殺人・泥棒クラブ」(2002年12月2日付ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたJeff Danziger氏の漫画を引用)の存在があるとし、その黒幕としてヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ヘンリー・ポールソン共和党ブッシュ政権元財務長官・ゴールドマン・サックス会長兼CEOなどがシンジケート・メンバーだったと指摘している。

 「一体この泥棒クラブでは、ホワイトハウスと投機業界と、どこに境界線があるのかまったく分かりません。さらに、偽物ブランド商品に高い格付けをしてきた格付け会社と、それらを販売する投資銀行を監査してきた大手会計事務所もまた、蜃気楼のマネーゲームを生み出す張本人でした」と指摘。このシンジケートを、国際金融マフィアと呼んでいる。

 これだけ、小気味よく、明快かつ断定的に切って捨てることができれば、爽快である。広瀬隆氏は自分で積み上げたデータ・情報と分析力に基づき、仮説を提示している。反証するためにはそれに対抗でき

『播磨屋本店』が「東京銀座店」オープン

カテゴリー: ひょうご@東京, 東京日誌Ⅱ, 食べ物

2009/10/22  21:34


 

左から上方風江戸堅焼「柚子せんべい」、おこげおにぎりの味「助次郎」、丹波黒大豆ぎっしり「御やきもち」

 

日本一おかき処「播磨屋本店」(兵庫県豊岡市)が10月10日、「東京銀座本店」をオープンした。米菓であるおかき・せんべいでは日本一と自負しているだけあって、なかなか味わいの深い商品を全国に送り出している。販売方法も卸経由ではなく、通信販売と直営店による消費者直接販売が中心で、他のメーカーとは一味も二味も違うユニークな企業だ。

元々は、「豊臣秀吉が開発した生野銀山で有名な兵庫県生野町で、 幕末の文久年間(1860年ごろ)に、初代播磨屋助次郎が始めた油屋(灯明油の販売)がルーツ」(同社HP)。昭和23年(1948)に菓子製造業に転換し、昭和46年(1971)から、おかき・せんべいの専業メーカーになったという。

初めて存在を知ったのは神戸店。面白い店があるなと思った。特に、創業の地・生野にある「生野総本店」は、写真で見る限り、茅葺き屋根の店作りで、極めて趣のある風情だ。神戸在勤中の訪問は叶わなかった。どうにかして、一度行ってみたい。東京では霞が関ビル近くに「霞が関店」があり、銀座は2店目。

社主は5代目播磨屋助次郎を名乗り、「環境問題の抜本的完全解決」をライフワークにしているとか。「日本一おかき処」を名乗るのは「売上高では当社より大きいメーカーがほかにもあるが、全国のおかき・せんべい製造メーカー約1000社の中で、規模や品質などのハード面と文化面や精神性などのソフト面の総合得点が圧倒的に日本一であると自負している」から、と堂々としている。

百観音温泉

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/10/18  16:45


 今や石を投げれば当たるほど多くなった天然温泉。煮えたぎった火山の上に立地している日本は1500mも掘り進めば、よほどのことがない限り、温泉層にぶちあたる。そう思っていたから、友人にこの百観音温泉(埼玉県北葛飾郡鷲宮町)が「美人の湯」として名高いなどと聞いても、話半分だった。

 それでも気にはなっていたので、きっかけでもあればと思っていたら、今日がそのとき。2時間ほど車を走らせてたどり着いたら、街中の道路沿いに建つどこといって代わり映えしない。「これじゃ、チェーン店の極楽温泉と同じ。2時間も車を走らせてくるだけの値打ちないな」と失望感が先立つ。

 毎分1000の日本一の湧出量を誇る上、源泉温度57.0度で加温加水を行わない源泉掛け流し自噴温泉。神経痛、筋肉痛、関節痛などに効能があることから、「近くの湯治場」と銘打っているのもあながち、間違ってはいないだろう。しかし、たった一度浸かっただけで、それが確認できるとは思えない。

 そんなことを考えていたら、この温泉が人気があるのは「美肌効果が高い」ことにあることが分かってきた。お湯に浸かっているときはそんな強く感じなかったものの、時間が経つにつれて、肌のしっとり感、すべすべ感を実感できたからだ。

 泉質は弱アルカリ性(PH7.64)だが、含まれているナトリウムイオンとカルシウムイオンの量が半端でないくらい多い。これらが多いと皮膚の表面上で、皮脂のカルボン酸がナトリウムイオンやカルシウムイオンと反応、カルボン酸ナトリウム、カルシウム塩を形成する。

 カルボン酸ナトリウムは界面活性剤で、いわゆる「石鹸」。肌に滲み込んで汚れをはがし、乳化するするので肌は「しっとり」。カルシウム塩にはベビーパウダーのような作用があるため、湯上り後に「すべすべ」した感じになるという。

 日本で3大美人の湯と言われるのは川中温泉(群馬県、石膏泉)、龍神温泉(和歌山県、重曹泉)、湯の川温泉(島根県、単純泉)。いずれも弱アルカリ性で、ナトリウムイオンとカルシウムイオンを含んでいる共通点がある。そこで、百観音温泉が言いたいのは「泉質的には当温泉の方がこれらの成分が多く、美肌効果も高い。

純金12.5kg

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/10/15  13:47


 世界35カ国から集められた世界最大の投資用ゴールドバーコレクション「世界のゴールドバー展」が東京のGINZA TANAKA銀座本店5階ホールで開催されている(18日まで)。なかなか普段は拝むことのできない金塊を間近で眺めることのできる機会はそう滅多にはない。

 最大の見物は400トロイオンスのバーだ。12.5kg。ロンドン金市場受け渡し適合品(グッド・デリバリー・バー)。この日の販売価格だと、約4000万円相当になるという。自分で持ってみてその重さに感じ入った。他に、純金製の千両箱も展示されていた。約36kgで、約2億円。

 ドル安と原油高を反映してこのところの金塊相場は1トロイオンス当たり1000ドルを突破、史上最高値を更新している。20年ほど前は300ドルを割り込んでいた。長い間低迷していたが、経済が激動すると、それを見事に反映する。物の価格というのは不思議なものだ。必ず動く。時間が経つうちに必ずや動く。

 何ごとも、長期的に考えないと判断を間違えるものだ。それが、つい目先のことに目が行って、なかなか長期的なレンジで考えられないものである。相場を見る目も、人生を生きる目も同じなのかもしれない。、

「現代日本の病とジャーナリズム」

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2009/10/14  23:22


 作家で元日本経済新聞論説主幹の水木楊氏の講演を聴いた。演題は「現代日本の病とジャーナリズム」。場所は東京銀座の時事通信ホール。財団法人新聞通信調査会と同盟クラブの主催。

 水木氏は日経を退社して12年。ジャーナリズム活動の第一線を離れ、作家としての執筆が今や活動の中心だ。必然的に距離を置くことになり、外から見るようになったジャーナリズムはどう映るのか。「功利主義」と「画一性」がはびこると同氏は指摘する。現代日本の社会にはびこる病弊がジャーナリズムの世界にまで及んでいると警鐘を鳴らす。

・新聞やテレビの報道記事に「国民」という言葉が氾濫している。あまりにも安易に使われ過ぎている。自分が国民を代表しているかのように錯覚した記事が多く、これは傲慢以外の何ものでもない。自身の考えを述べ立てることを回避し、公論を立てることを怠っている。公論のないジャーナリズムに堕している。

・自由を謳歌しながら、目に見えない画一性に嵌まっている。ジャーナリストが自前の情報・データと分析力を持っていない。法務知識にも弱い。権力(役人)への依存から脱し切れていない。「どうして」の繰り返しの中でしか積み上げられないのが知識。知識とは自分仕様の積み上げられたデータだ。要は自分自身の物差しを持つことが必要だ。

・記者クラブはメリットとデメリットがある。発表をそのまま右から左に流すポーター現象や価値観が取材対象と同一化する現象、特殊関係(癒着)を招く恐れがあるのがデメリット。一方、発表の窓口となることや先輩記者から学ぶ生産現場としてのメリットもある。閉鎖性は欧米のほうが日本よりすさまじい。

・署名記事の増加を望む。記者にもマーケットプライスが付くようになり、流動性も高まるのではないか。

・新聞社の将来=新聞は仮になくなったとしても、新聞社はなくならない。どれだけ優秀なジャーナリストを抱えることができるかが勝負。それと専門記者の育成が重要だ。

・これからの日本=あるべき姿のキーワードは多様性。異端者を許容する社会。官僚化現象を排した、おおらかな社会が望ましい。 

なぜ『粗食』が体にいいのか

カテゴリー: Books

2009/10/13  06:28


著者:帯津良一帯津三敬病院名誉院長
    幕内秀夫管理栄養士
書名:なぜ「粗食」が体にいいのか
出版社:三笠書房知的行きかた文庫 2004年5月10日第1刷発行

 生命体である人間を支えているのは食物のはずなのに、それが毎日のことであるがゆえか、あまりにもなおざりにしてきたのが現在の惨憺たる複合汚染をもたらした元凶なのではあるまいか。しかも、食事は普通、1日に3度摂る。それが何十年も続くのである。重要でないはずがない。

 それなのに、食事をそれほど重視していないのが実態だ。時間や値段の制約や無知もそれを助長している。それでも若いうちはまだしも、歳を取ってくると、それまでの食物との付き合いの結果が体に出てくるのだから深刻だ。それを引き受けなければならない。

 今さら、こんなことを分かっても既に手遅れに違いない。しかし、これ以上の悪化を阻止するためには、分からないより、分かったほうがいい。それと、食物を考えることは自分の生き方を考えることでもある。個人のライフスタイルの問題だ。