2009年3月 のアーカイブ

二宮尊徳生家

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2009/03/28  15:56


 思い立って二宮尊徳(1787-1856)記念館(神奈川県小田原市栢山2065-1)を訪ねた。二宮尊徳にまつわる遺品・資料を展示している小田原市立。金次郎のほうが通りがよいが、後年、尊徳に改名した。

 生家は記念館のそば。寛保2年(1741)ごろ、祖父銀右衛門が分家したとき建てられたもので、江戸時代中期のこの地方の典型的な中流農家住宅。尊徳はこの家で生まれ、すぐ近くを流れる酒匂川(さかわがわ)の大洪水のため16歳のとき一家離散。この家も売られたり移築されたりしたが、昭和35年に誕生地に当時の姿で復元された。

 金融危機が拝金主義にかぶれた人間の欲望に一撃を与えた結果、経済と道徳の両立を唱えた尊徳の考えが改めて見直されている。人間のすることは何でも行き過ぎるものである。想像力が貧困なのだろう。痛い目にあっても、また同じことを繰り返して懲りない。

 「道徳なき経済は犯罪なり、経済なき道徳は寝言なり」。原典を確認できないが、このようなニューアンスのことを言っているという。今こそ尊徳の考えが生かされるべきではないか。

 生家のすぐそばを流れる酒匂川。病気の父に代わって堤防工事に出たりした。堤防補強のため彼の植えた松の苗が今では大きく育った。「坂口堤」と呼ばれる。

『資本主義はなぜ自壊したのか』

カテゴリー: Books

2009/03/25  22:19


 本を読む時間が増えている。読み終える冊数が多くなった。なぜかとちょっと考えたら、すぐ分かった。定年後もフルタイム勤務を続けているので仕事にとられる時間は減っていないが、残業がなくなった。この時間が馬鹿にならない。

 少なくても月50時間、多いときは70-80時間の残業は当たり前の時期が続いた。それも何年もである。残業はみっちり仕事である。残業にカウントされない消費時間も少なくない。いわゆる付き合いだ。社外人脈との付き合いはともかく、社内との付き合いがほぼなくなったことの効用が大である。

 サラリーマンならだれしも、無駄だと思いつつも、無視できないのが社内の付き合い。これに投入する時間、神経、お金は半端じゃない。必要悪という奴だ。第一線を退いてみて、この付き合いがなくなるというのは逆に寂しいものではある。その分、外との付き合いを活発化させればいいようなものの、付き合いは仕事が絡むものなので、それも尻すぼみ状態だ。これが普通だ。

 前置きがものすごく長くなったが、本書の著者は中谷巌氏。市場経済推進派から市場経済否定派に180度宗旨替えした人物の”懺悔の書”として脚光を浴びている。副題「日本再生への提言」。

根付

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/03/24  19:47


 通勤で毎日利用しているのが東京メトロ中野坂上駅。丸の内線の改札を出た構内にいつも果物屋やら甘味屋、パン屋、ケーキ屋さんなどが出店しているが、今晩見掛けたのは根付屋さん。よく目を凝らすと干支を形とった彫り物や名前などを掘り込んだ小物がところ狭しと並べられていた。根付や「匠の会 ひねもす」。

 目に止まったのが干支のねずみ。2年前に旅行先の飛騨高山で買った一刀彫りのネズミを携帯ストラップにしていたが、いつの間にか、どこかで落とし、代わりをどうしようかと思っていた矢先のこと。「自分の身代わりになってくれたと思えばいいんですよ」と店主。迷うことなく、同じネズミを買った。素材はツゲだという。

 このような小物の彫り物を根付(ねつけ)と呼ぶことを初めて知った。広辞苑によれば、巾着、煙草入れ、印籠などを帯に挟んで腰に下げるとき、落ちないようにそのひもの端に付けるものを「根付」と言ったという。珊瑚や象牙などの材に人物、動物、器物などを彫刻し、精巧なものが多かったとか。芸術品である。

東京大マラソン祭り2009

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/03/22  10:18


①先頭グループ&力走(中間点付近)



②ぬいぐるみランナー(同)



③ご苦労さん

 東京大マラソン祭り2009の応援に駆り出された。マラソンや駅伝の応援は初めて。タイムを目指して走るランナーとお祭りランナーの2種類がいるにしても、42.195kmを走ろうという人たちが3万人(ほかに10kmに5000人が出場)もいることだけでも先ずもって拍手を送りたい。

 よくもまあ、しんどいことに挑戦するものだ。しんどいながらに、ある程度の限界を突破すれば、今度は気分が高揚してくるという。ランナーズハイというらしい。水泳も同じような状況がある。ある時点を過ぎれば、どこまでも泳げる気持ちになる。それまでが辛いが、そこを超えると途端に楽になる。そこまで到達するのが実はしんどくて、やめてしまうのが普通である。選ばれた人のみが得られる特権だ。

 午前中はともかく雨が降らなかった。それどころか、一時的に日射しが射した。しかし、午後に入るとポツポツ・・・。大勢がフィニッシュする時刻にはどうも結構な降りになったようだ。それにしてもランナーの皆さん、お疲れさんでした。

喜多院

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  05:21


①喜多院(川越大師)
 
②家光公お手植えしだれ桜 2代目

③江戸城紅葉山を模した奥庭

 思わぬところでしだれ桜を愛でた後、しばらく車を走らせるともう川越市だ。最近は「小江戸」として売り出し中で、埼玉県でも有数の歴史を誇る観光スポット。とりわけ有名なのが「喜多院」と呼ばれる天台宗の名刹。慈覚大師が天長7年(830)に創建した。正式には星野山無量寿寺喜多院という。一般には「川越大師」で通っている。

 喜多院が世に知られるようになったのは慶長4年(1599)に第27世住職を務めた天海僧正(慈眼大師)のとき。徳川家康の信任を得て、幕府から厚い庇護を受けた。慶長16年(1611)11月、家康が川越を訪れたときには親しく接見している。日本三大東照宮の一つである仙波東照宮もあるらしい(見逃した)。

 寛永15年(1638)の川越大火で現存の山門を除きすべてを焼失。3代将軍・家光の命で、江戸城紅葉山の別殿を移築して客殿、書院に当てた。豪華な壁画や墨絵で装飾された「家光誕生の間」や家光の乳母・春日局が使用していた「春日局化粧の間」があるのはこのためである。

 川越と言ったら、芋である。最もポピュラーなのが「芋納糖」。甘藷をグラニュー糖でまぶした菓子。甘いことこの上ない。しかし、川越に来たら、これを食べないわけにはいかない。

地蔵院のしだれ桜

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/03/21  11:21


①正面から

②後ろから

③地面に着くほどに

 連休の中日。ポカポカ陽気で、明日は天気が崩れ、お出かけするならこの日しかないと声高に言われれば、出掛けるしかあるまい。桜にはまだ早いと思いつつ、車を川越街道に走らせた。ふじみ野市(埼玉県)辺りで目に飛び込んできたのがこぶしの大木。近くで見ようと車を路地に入れたら目にしたのがこのしだれ桜。

 羅陀山地蔵院薬王寺は真言宗智山派の古刹(ふじみ野市亀久保3-11-1)。鎌倉時代の創建と伝えられる。しだれ桜の寿命は300年前後といわれており、このしだれ桜も近年、樹勢にやや衰えが見られるようになったため平成10年(1998)に樹勢回復の措置が取られたという。

 春の彼岸に花を咲かせる江戸彼岸桜の変種で、樹齢は360年前後(江戸時代中頃)と推定される。樹齢2000年といわれる日本最古・最大の巨樹「山高神代桜」(山梨県北杜市)や1500年の「根尾谷淡墨桜」(岐阜県本巣市)、1000年の「三春滝桜」などには適わないが、それでも350年は立派である。

 観光客がどっと押し寄せるよりも、近所のおじさんが「さて、今年はもう咲いたかな」とつぶやきながら、自転車で気軽にのぞきにくるような桜がいい。境内もこじんまりしていて、表から裏から位置を自由に変えながら、そばまで寄って、心おきなく愛でることができた。それも偶然に。すばらしいではないか。

樹高        6.3m
目通り周囲    2.7m
根回り周囲    3.9m
枝張り(西側)  7.5m

中国、外貨準備運用多様化の一環でも対外資源投資

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2009/03/18  23:17


 独立行政法人「石油天然ガス・金属鉱物資源機構」(JOGMEC)のブリーフィングに出席した。毎月開かれているもので、石油天然ガスに関する最新動向を知ることのできる貴重な説明会だ。何と言っても無料なのが嬉しい。いずれも専門的なテーマで、出席者もその方面のエクスパートばかり。

 毎回、2時間という短い時間のうちにさまざまなテーマについて最新情報が提供される。この日のトピックスは①イラク石油開発の動向と今後の見通し②実態に即して改訂されるSEC(米証券取引委員会)基準③掘削技術の進歩④中国:国をあげて石油資源調達へ⑤リビア:古い契約を新契約方式に変更-の5本。

 「中国の石油資源調達」は興味深かった。中国政府が国をあげて資源調達に乗り出す背景の1つはエネルギー安全保障のため。毎年10%近い経済成長を達成し続けるためには石油資源の安定的確保は前提条件だ。13億人の胃袋を満たすためには10%成長は最低限必要で、それが達成できなければ社会の安定を維持できない。国内油田の生産がピークを過ぎた以上、何が何でも海外から輸入し続けなければならない事情を抱えている。

 もう1つの理由として挙げられたのが外貨準備の運用多様化。中国は世界最大の外貨準備保有国で、約2兆ドルに上るという。金融危機後、国内で効率的な運用や価値保全を求める声が高まっているという。そうした声を受けた形で、外貨準備が国外資源投資に適用されようとしている。

・2009年2月、中国の政策投資銀行である国家開発銀行がロシア国有石油会社Rosneftとパイプライン企業のTransneftに総額250億ドルの融資を行うことで基本合意した。

・同月、国家開発銀行はブラジル国営石油会社Petrobrasと最大100億ドルの融資を行うことについて覚書を交わした。

西部邁著『エコノミストの犯罪』

カテゴリー: Books

2009/03/17  22:31


 図書館から借りて読んだ本だが、もう返してしまったので手元にない。10年ほど前に保守派の論客として鳴らした後、ピタッと姿を消していた西部氏だが、最近、また顔を見せている。本人が時代に愛想をつかして雲隠れしたのが真相のようだが、金融危機で時代のパラダイムがシフト。どうやら時代のほうが彼に擦り寄っているようである。

 時代や大勢には擦り寄らないほうが良いに決まっている。時代は気紛れである。こちらから擦り寄っていかないとむくれるが、こちらがあえて孤高を守っていると、時代に変化が到来した場合、それを察知して向こうから擦り寄ってくるものだ。

 実はこの孤高を守るということが大変である。時代の主流に相手にされず、わが道を行くというのはとても辛いものだ。孤立を保てずに、こちらから擦り寄りたくなるものである。人情として分かる。そこが勝負である。そこで人の評価も決まるように思うのだが、どうだろう。

確定申告

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/03/16  09:33



 確定申告最終日。いつものように押し掛けた善良な納税者で熱気に包まれていた。なぜか、この確定申告をやらないと春が来ないような気がしてならない。サラリーマンだから会社から年末調整され申告する必要がないのだが、医療費の還付申請をすれば、いくばくかは戻ってくるのではないかと期待して今年は出掛けた。

 確定申告をするのは2年ぶりだが、今年は申告会場の雰囲気がガラッと変わっていたのに驚いた。例年なら、会場は椅子に座って机の上でボールペンと電卓片手に職員に相談しながら申告用紙に書き入れていくのだが、まず低い机も椅子もなかった。

 あったのは脚長の長椅子の上にずらっと並べられたPC。座る椅子はなく、全員立ったままでPCを操作しながら、職員の指示を受けつつ入力する。申告書を何度も読みながら書き込んでいくあのアナログ的な作業はなく、数字を打ち込めばPCが自動計算。確かに機能的だが、じっくり考えるゆとりがないのはさみしい。

 電卓をたたきながら、納め過ぎで還付になるのか、それとも収め足らずに納税を余儀なくされるのか、極めて微妙なところで、意外とどきどきする。あれはあれで楽しい。年に1回、それでも税金について主体的に考える貴重な時間だった。あの張り詰めたような緊張感も悪くなかった。そんな雰囲気がもう消えてしまった。

 自宅でできる「e-Tax」(国税電子申告・納税システム)を使うことも考えたが、利用するためには電子証明書の取得が必要。本人確認のためには当然必要なのだが、これが大きなネック。区役所まで出向かなければならずひどく面倒。おまけに手数料が必要なのでは使えない。最高5000円の税額駆除を受かられるメリットを強調しているが、まず、事前準備の壁が高い。

 サラリーマンだけでなく、納税者全員が確定申告すべきだと思う。給与から天引きされるのでは自分の納税額をしっかり意識することができない。徴税側としては課税客体を完全に捕捉できるサラリーマンほどありがたい納税者はない。しかも彼らの納税意識を刺激しないで済むとなるとなおさらだ。

 自分の納税額をしっかり把握し、納税者としての意識を確立するためにも確定申告の全員義務化が望ましい。e-Taxは税務署側の都合だけを優先したようなもので、納税者側のメリットは雀の涙程度だ。短くとも今日は久しぶりに税について考えた1日だった。

偲ぶ会

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/03/15  21:58


 昨日、3年前に亡くなった友人の墓参りに出掛けた。亡き友の眠るのは南多摩都市霊園(八王子市南大沢3-1999-2)。最寄り駅は京王相模原線多摩境駅。そこから歩いて20分程度。霊園はちょうど東京都下町田市と八王子市の境で、霊園そのものは八王子市にあった。

 前夜来からの強風と雨が朝も続き、京王線を含む私鉄やJRも運転見合わせが相次いだ。会に参加したのは私を含め4人。いずれも故人とクラスメートだった。多摩境駅の改札で待ち合わせたのは午前11時。集合時間を1時間遅らせたおかげで、電車も動き、風雨は何とか和らぎ、”墓参日和”とは言えないまでも、歩けない天候ではなかった。

 花を供え、線香を焚く。そして、故人が好きだったたばこに1本火を点けて、線香の傍らに添えた。以前お参りした折、案内してくれた妹がそうしているのを覚えていた。自分では禁煙して30年以上も経つが、久しぶりにちょっこと吸ったたばこは不思議な味がした。

 降り止まぬ小雨の中では長居もできない。しばらく墓前でたたずんだ後、駅までの間にあったチャイニーズレストランで故人を偲んだ。今回初めて会に加わった友人から、知らなかった故人のエピソーが語られた。人が人を偲ぶというのはこういうことなのだろう。

 こうした集まりは意外に重要なような気がする。集まり自体に強い目的があるわけではない。故人を偲びたい気持ちがなければ、集まろうという気にはならない。生活や仕事が忙しければ、なかなかそういう気持ちになれないのも本当である。歳をとるということはこういうさりげないことが大切になるということのような気がしてならない。