2006年6月 のアーカイブ

「じぇーむす・ぶるーす・らんど」

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/26  00:48


 神戸と言えば、「倉庫文化」だそうな。京都は「町家文化」らしい。何と言っても、港町。倉庫は必需品である。さはさりながら、「臨海型開発」から「臨空型開発」に発展形態がシフトする中で、倉庫需要も後退を余儀なくされているのは紛れもない事実だ。

 反対に、倉庫への需要が出ているのがファッションや雑貨業者なのだという。神戸の中心・三宮界隈から倉庫街のほうに、移転してくる店が増えているようだ。とりわけ、海岸通りには最近、素敵な雑貨店やレストランがオープンしており、俄然楽しくなってきた。

 少し早く起きた朝は倉庫街を通りながら、ハーバーランド近くまで散歩するのが楽しみ。撞球場と並んで、この前から気になっていたのがパブ「じぇーむす・ぶるーす・らんど」(神戸市中央区波止場町無番地篠崎倉庫3階)。

 ナイトライフも充実させる必要がある。この日夜8時から、さぶいぼショー「光玄」のライブがあるとの情報(要は店先のチラシ)をゲットしていたので、夕食を済ませた後出掛けた。こんなところで、和製ブルースを聞けるとは思わなかった。しみじみと、懐かしさがこみ上げてきた。

手打うどん「よど」

カテゴリー: 神戸日誌

  00:02


 雨の中、JR鷹取駅から新長田に向かう途中でふらりと入ったのが手打うどん「よど」(神戸市須磨区大池町2-3-7)。板戸を横に開けて入る小さな店だが、お昼どきだったこともあって、混んでいた。頼んだのはうどん定食。

 きつねうどんと炊き込みご飯、おしんこ、それにデザートのバナナが半切れ付いていた。これで650円。うどんは好きで結構食べているが、手打だけに腰が強く、うまい。刻みネギをたっぷり入れていただいた。炊き込みご飯は味が少し濃いが、これだけしっかりした味はあまりない。

 そば屋がうどん屋を兼ねる店が多い中で、流石関西。正真正銘のうどん屋だった。うどん屋らしいうどん屋に遭えた気がして、とても嬉しかった。70歳絡みのおじさんが黙々とうどんを茹で、味を調え、盛り付けていく。それをカウンターで眺めながらいただくうどんはまた格別だ。

 店内至るところに張ってあるのが落語家の色紙や寄席の案内。「この街にお笑いを出前」と題した「第35回板宿寄席」のちらしだ。主催は「板宿寄席実行委員会」(事務局・よど)とある。それで合点が行った。

 店構えもいい。とにかく、板戸がいい。店が狭いのも気に入った。親父の職人技にも敬意を表したい。でも、親父が働けなくなったら、篠山の「角」みたいに店を畳むのだろうな。街を歩いていれば、こんな店にたまにぶつかる。これだから、街歩きはやめられない。

「鉄人28号特別展」

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/25  23:49


 ロボット漫画のヒーロー「鉄人28号」。その特別展が開催されていたので、クリーンアップ作戦の帰途、新長田アートギャラリー(神戸市長田区腕塚町5-5-1アスタくにづか1番館2階)をのぞいた。

 生みの親、故横山光輝氏は地元出身。1934年生まれ。太田中学→須磨高校。少年時代、鉄人の活躍に胸驚かせたことをよく覚えている。今では他愛ないな、ぐらいの印象しか抱かないが、当時は血も踊った。

 「鉄人28号」後も、日本初の少女アニメ「魔法使いサリー」、忍者ブームを巻き起こした「伊賀の影丸」など名作も多い。最近では、何と言っても、「三国志」。大人も十分読むに耐える。全60巻にもわたる大河歴史ロマンを、こどもたちと一緒につい最後まで読み終えたほどだ。

 長田区は阪神・淡路震災で、被害の大きかった地域だ。壊滅的な打撃を受け、多くの家が建て直しを余儀なくされた。須磨→鷹取→新長田と歩いてくると、震災の痕跡をつぶさに感じることができる。恐らく、街並みがガラリと変わったのではないか。

 JR新長田駅周辺には新長田1番街や大正筋商店街といった立派な商店街もある。しかし、震災前の賑わいを取り戻しているとは言えないのだろう。地元住民、とりわけ商店街にとっては地元活性化が最大の悲願だ。

 その起爆剤にしようとしているのが「KOBE鉄人PROJECT」だ。今回の特別展を皮切りに、JR新長田駅前広場に、「鉄人28号モニュメント」を設置し、さらには横山光輝記念館の建設を目指すという。市民にプロジェクトへの参加を呼び掛けている。

須磨海岸クリーンアップ作戦

カテゴリー: 神戸日誌

  19:40


 須磨海岸クリーン作戦に参加した。残念ながら、今日は生憎の雨模様。参加したのは午前10時からわずか1時間足らずだったが、見る見るうちに海辺のゴミがなくなっていくのは気持ち良かった。”大物”はほとんどなく(既に拾われてしまって)、花火の燃えカスや小さな木片、それにポイ捨てタバコなどが主な収穫物。

 海開き(7月6日)を前に、お掃除をしようというものだが、10時の作業開始に向けて、ボランティアが続々集まってくるのには感心した。目立ったのは高校生らの一団や職場のグループ。部活の一環になったいるのかもしれない。老人クラブや播州信用金庫などの幟が立っていた。

 昔、公団住宅に住んでいた時、近所のゴミ拾いをしたことがあった。週一度、日曜日。2時間くらい。2カ月くらいしか続かなかったが、こちらは拾っても拾っても際限なかった。空き缶のポイ捨てとタバコの吸殻の多さにはうんざりした。

 不思議なものである。ゴミ拾いは意外とあきないのだ。拾い続けると、すぐ”成果”が目に見えて出るからだ。なかなか、成果が見えない時代の中で、結果がまたたくうちに出てくるのは嬉しいものだ。

 黙々と作業する。それも下を向いてする。地面に落ちているものを拾うのだから、上を向くわけにはいかない。当然のことながら、作業は黙々と行う。これが結構、楽しい。どうやら、自分の性格に合っているような気がしてきた。

自民党政経文化パーティー

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/23  22:16


 それにしても、政治家というのはなぜ、あんなに元気がいいのだろう。6月17日(日)午後2
時から神戸ポートピアホテル「大和田の間」で開かれた第14回自由民主党兵庫県支部連合会(会長・渡海紀三朗衆院議員)の政経文化パーティー。

 党勢強化のための決起集会だから、威勢が良くて当たり前と言えば当たり前だが、壇上に居並ぶ県選出国会議員諸氏の前で、来賓の武部勤幹事長は小沢一郎民主党党首批判をぶった上、当面の最大の関心事である党総裁選について、9月20日前後の投票日まで、「3カ月間もある。こんなことはこれまでなかった」。

 総裁選もさることながら、気になるのは来年の参議院選。自民党敗北予想さえ流れていることもあってか、同じく来賓の片山虎之助参議院自民党幹事長は「大変な選挙になる」。それも4月に統一地方選をやった上での参院選。「15プラス」を守り切れるかどうか。これが勝敗ラインのようだ。

 会場に詰め掛けたのは1000人は優に超えていたのではないか。立錐の余地もないというのは、このことだろう。色んなパーティーを見ているが、少なくても、これだけの数が集まったのはそんなにない。次は是非とも民主党のパーティーを覗いてみたい。

 応援団は井戸敏三兵庫県知事と矢田立郎神戸市長。両幹事長の次にあいさつした井戸知事も「両先生の力強いあいさつの後で・・・」と言いながら、煽られたかのようで、語調もいつもより強め。権力闘争というのも大変な仕事だ、とつい感心してしまった。

京扇子

カテゴリー: 東京日誌

2006/06/19  02:20


 父の日ギフトで「京扇子」をもらった。京扇子調進所「舞扇堂」のオリジナル扇子だそうな。商品名「福兵衛」(ふくべ)。吉祥文様の瓢箪をモチーフとし、仕上げは京友禅染にて黒絵調。扇子の生地(綿)とデザインは日本、扇骨(竹)と加工は中国でした。

 舞扇堂のHPによれば、「京扇子の歴史は古く、平安時代の初期に、当時筆記用具に代えて使用されていた木簡(もっかん・長さ30cmぐらいの木片)から派生し、京都で作られたのがはじまり。紙が大変貴重であった当時、様々なことを記録する木簡はその記録用として何枚も綴じ合わせる必要があり、それが最初の扇 『桧扇(ひおうぎ)』 を生み出した。現存されている最古の扇は、元慶元年(877年)と記された京都東寺の千手観音像の腕の中から発見された桧扇」という。

 また、「故事では天長年間(824~833)に建立された御影堂(みえいどう)にて、滅亡した平家の玉織姫が寺僧と共に租扇 『阿古女扇(あこめおうぎ』を作ったのが、京都における扇子の発祥とされている」。

 扇子が誕生して以来、約1200年。とにかく、歴史があることだけは確かだ。歴史の点では絶対に京都には敵わない。作法に煩いのも京都だ。「扇子に左手を添えて右手で開く」のが正しい扇子の開き方。もちろん、正しい扇子の閉じ方もありますよ。

「尼崎スポーツの森」

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/15  23:55


 ヤマハ発動機がプールも作っていたとは知らなかった。オートバイやボートを作っていることは知っていたが、国内プールで40%以上のシェアを有していると聞いて驚いた。今や、企業名から、その企業の製品を特定することは至難の業だ。

 プールに使っているのがボート素材のFRP。水質維持のために使用される塩素剤にも耐性のある素材で、軽くて強いのが特徴。安全、衛生、快適を目指したプールづくりが評価され、とりわけ学校プールでは50%以上のシェアを誇るという。

 このスポーツ施設「尼崎スポーツの森」は先に、「尼崎21世紀の森構想」の中で触れたが、この「尼崎スポーツの森」で15日、ヤマハのプール事業に関するセミナーが開かれた。そこは50mの国際公認8コースと25mの国内公認12コースを備えた本格プールだった。冬はアイスリンクに変わる。

 ヤマハのこの日のセミナー開催はプール事業の周知度向上を狙ったものだが、プールメーカーであるとともに、プール施設の管理運営、プールに関する情報の発信、文化の育成といった分野へも事業展開し、「プールメーカー」から「プール総合企業」への飛躍を目指すという。

 公共事業でありながら、主導するのが民間企業である事業をPFI(Private Finance Iniciative)事業と呼ぶそうだが、「尼崎スポーツの森」は兵庫県で初めてのPFI事業とか。尼崎市と言えば、「工業化時代の悪環境」の権化のような存在だが、この「尼崎21世紀の森構想」によって、「脱工業化の象徴」に生まれ変わることを目指している。

 まだ、この「森」周辺は緑がほとんどなく、「森」と呼ぶことには強い違和感を覚える。県や市が言うように、100年後には本当の森が出現するかどうか。時間の経過を待つしかないが、何もやらないより、やるほうがましなことは決まっている。

神戸ポートターミナル

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/11  10:39


  JR神戸線とフラワーロードの交差する辺りに聳え立つのが関西電力神戸支店。前から、あれは何だろう、と思っていたが、過日、氷解した。関電を訪ねながら歩いていたら、それがそのビルだった。震災記念日にライトアップされた「1.17」が映像として全国に流れたことで、一躍有名になった。

 その関電ビルのすぐ前に広がるのが神戸港。応接室から外を眺めると、何やら、怪しげな船体が見えた。そんなに遠くではなさそう。どうやら神戸港に初寄港した地球深部探査船「ちきゅう」(総トン数5万7087トン、海洋研究開発機構所属)のようだ。せっかく、近くまで来ているのだから、用談を済ませた後、見物に行った。

 ただ、案の定、近くはなかった。税関本庁や三井倉庫を通り、徐々に近づいていく。近づくにしたがって、「ちきゅう」の巨大さが判明した。停泊しているのは神戸ポートターミナル(新港第4突堤)。ターミナルビルの1階、2階、それに3階から観察した。深海を探査するのだから、大仕掛けの設備がいるのだろう。

 ここからはフェリー「さんふらわあ号」が今治港や松山港、それに大分港や別府港に毎日就航しているほか、毎週火曜日には「新がんじん号」が上海に向け出航している。飛行機や電車の旅も悪くはないが、船の旅というのも、のんびりしていいものだ。

 この日はフェリーが定期メンテのため休航だったので、だだっ広いターミナルビルは閑散。ポートターミナルに続く道路のそばを「ポートライナー」が走っていく。道路の脇にはホームレス氏の姿も。三井倉庫、三菱倉庫、住友倉庫、川西倉庫・・・。港だから、倉庫はあって当たり前か。

 それにしても、税関ビルの立派さはどうだ。今の神戸港にはかつての元気な姿はまだ戻っていないといわれる。栄光の日々を物語るビルには寂しさが漂っていた。港湾労働者福祉センターなど、港湾関連施設が多いが、仕事量はどうなっているのだろう。

「人と防災未来センター」

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/08  23:36


 阪神・淡路大震災記念「人と防災未来センター」(神戸市中央区脇浜海岸通1-5-2)には度肝を抜かれた。建物の立派さもそうだが、震災のものすごさを肌身で感じられるからだ。震災の2ヵ月後に自分の目でも現場を見たつもりだったが、改めてそのすさまじさを体感した。

 センターは「防災未来館」と「ひと未来館」の2つの施設で構成されている。それぞれ見るのに最低1時間は必要で、取りあえず、防災未来館だけを見た。何がすさまじかったかというと、やはり、「1.17シアター」だ。

 1995年1月17日午前5時46分に何が起こったか。地震発生により、崩壊していくビルや高速道路などの様子をCGを使って迫力ある大型映像で映し出す。震災直後の街並みもジオラマ模型で再現。大震災ホールでは震災から復興に至る街と人の姿を、これまたドキュメンタリー映像で紹介している。

 ユニークなのは「震災を語り継ぐコーナー」。震災に係わった人々が語り部として自らの被災体験を生で来館者に語る趣向だ。ビデオでも体験がふんだんに紹介されるなど、震災を風化させないとともに、今後の防災のあり方も考えさせる試みだ。日本人なら必見の施設ではあるまいか。

 日本は地震王国。どこに行っても地震から逃れられない。いつ、どこで、地震に遭うか分からない。いつ、どこで、地震に遭っても少しも不思議ではない。阪神・淡路の震災は全く、他人事ではないのだ。いつ、自分の問題として降り掛かってもおかしくないのだ。

 神戸にとっては消そうにも消えない歴史だ。「震災を契機に何もかも変わった。震災後は震災前とは違う時間が回り始めた」のだろう。震災は新たな原点になった。神戸を考える場合、震災体験が新しいバックボーン。未来を志向して生き抜くためにはこの骨が必要だ。

日本へそ公園

カテゴリー: 神戸日誌

2006/06/05  23:37


  「日本の北の端は、北海道の宗谷海峡で北緯46度、南の端は、沖縄県八重山諸島の波照間島で北緯24度。東の端は、北方領土の択捉島で統計147度、西の端は、同じ諸島にある与那国島で東経123度です。
 
 日本の中心がどこか計算してみてください。わかりましたね。東経135度、北緯35度の交差する地が日本の中心です。その地がここ日本のへそ公園です」(兵庫県西脇市)

 「ひょうご森の祭典2006」の帰途、JR福知山線の谷川駅で加古川線に乗り換えた。神戸に戻るには三田か尼崎まで出るのが普通だが、加古川線と聞いてつい乗ってみたくなったからだ。加古川からなら、JR神戸線の新快速に乗れば、神戸まで遠くないと考えたからだ。

 確かに加古川から神戸までは遠くなかった。遠かったのは谷川から加古川まで。途中、駅名の面白さにつられて降りたのが「へそ公園」。たっぷり見学できたのはいいものの、次の電車まで2時間待ち。公園内に横尾忠則氏の作品を展示する西脇市立岡之山美術館があったのを知ったのも収穫だったが、とにかく待ち時間が長過ぎる。

 そういうわけで、西脇方面に向かってとぼとぼ歩き出した。でも、歩いても歩いても着かない。5キロ以上歩いた挙句、何とかJR西脇市駅に到着したものの、今度は1時間待ち。夜も7時と薄暗くなり、お腹も空いてきた。

 日曜日でほとんどの店が閉めている中で、開いていたのが串揚げ専門店「串万」。しかし、この店の串揚げがとにかくうまかった。前週末、神戸市灘区の水道筋商店街近くの「船越」で食べた串かつとはまた違った味わいで、「鄙にも稀な名店」とみた。

 ところで、今になってはたと気付いた。「串かつ」と「串揚げ」はどう違うのだろう。「串かつ」は串にさしたかつを揚げたものだが、「串揚げ」で揚げるのは「かつ」に限らない。何でも揚げる。全く料理が違うのではないか。比較するのが土台、無理な話か。

 「串万」の店主に名前を聞いた串かつ屋の「オランダ屋」は確かに神戸・三宮近くにあった。今度そこで、勇気を出して、「串かつ」と「串揚げ」の違いを聞いてみよう。それにしても、疲れた週末だった。