2010年11月 のアーカイブ

麦の芽

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/11/30  07:16


 駅まで歩く20分ほどの間にいろんなものを見るが、今朝目にしたのは芽を出した麦。昨日も目にしたはずだが、気がつかなかったのか、気づいても何も感じなかったのかどうか定かではない。今朝は朝日を浴びていたからか、しばし立ち止まって眺めた。

 種は手で播いたのか、それとも機械で播かれたのか。人が播いても、なかなかこんなにまっすぐ播けないような気がする。麦は初冬に播くものだが、これは何の麦なんだろう。単なる麦ではなさそうな気がする。育ってからの楽しみだ。

『知的余生の方法』

カテゴリー: Books

2010/11/29  23:20


書名:『知的余生の方法』
著者:渡部昇一(上智大学名誉教授=英語学専攻)
出版社:新潮社(新潮新書、2010年11月20日発行)

 

渡部昇一氏と言えば、名著『知的生活の方法』で一世を風靡した英語学者だ。文化人類学者・梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』とともに、知的生活を実践しようと考えた者にとってバイブル的存在だった。自分も30年以上も前の青年の時代に読んだが、内容は丸っきり覚えていない。単に「知的生活」にあこがれていただけだったのかもしれない。

本書はその渡部氏が『知的生活の方法』を世に送り出して34年後の今、その成果に基づいて、「知的余生」をどう送るべきかを改めて世に問う人生の極意書だ。

牧野記念庭園記念館企画展「明治のみかん図」

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2010/11/28  14:30


  日本の「植物の父」といわれる牧野富太郎博士(1862-1957)が1926年から死去するまで使っていた居宅が練馬区立牧野記念庭園(東京都練馬区東大泉6丁目)として整備され、一般開放されている。同じ区内に住みながらまだ行ったことがなかったので、日差しの暖かな日曜日の午後、訪れた。

 こじんまりとした居宅ながら、自宅庭園には博士が郷里・高知県の高知市内仙台屋の前にあったヤマザクラに名前を付けた「センダイヤザクラ」や博士が発見し、亡くなった妻の名前を付けて命名したササ「スエコザサ」など300種類以上の草木類が植栽されている。ちょうど紅葉が綺麗だった。

 居宅の一角にある記念館では、博士が植物採集や研究のために愛用した道具や日用品、直筆の執筆原稿などが常設展示室で展示されていた。また11月27日からは、博士が自分の研究資料として収集していた多くの植物標本や書籍、植物画のコレクションの中から、明治前半頃に描かれた柑橘類の図約50点を展示する企画展「明治のみかん図―牧野富太郎の植物画コレクションより―」が始まった。2011年1月30日まで。

 図を手掛けたのは服部雪斎や山田清慶といった幕末明治期に活躍した植物画家たち。温州ミカンやダイダイ、ブシュカン(仏手柑)、リマン(スダチのこと)、ボンタン、ブンタン、ザボン、シトロン、コウジ、ユコウ、ウコンタチバナ、九年母など、知らないみかんもあった。

 みかん類の数は今ではもっと増えて、博士が生きていたら、目を回したことだろう。それにしても、いつの世にも絵心を持った人はいたものである。

①庭園入口


②紅葉

「農学から生物多様性をみる」@東大農学部

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2010/11/27  13:39


 第39回東京大学農学部公開セミナー「農学から生物多様性をみる」で、①深まる生物多様性の危機②海の恵みを支える生物多様性③森林の地面の下の多様性―といった3つの講演を聴いた。結論から言えば、分かったような、分からなかったような内容だった。

 東大農学部の3人の教授が講義してくれるのだが、とにかく「生物多様性」という言葉自体が今一、ストンと腹に沁みてこない。複雑で多様な地球の生態系に問題が起こっていることは承知しているものの、その大変さに切迫した危機感を持てないのだ。

 最後の氷河期が終わって現代までは約1万年。この期間を「完新世」と呼ぶらしいが、この期間は地球の歴史の上でも特異的と言えるほど環境が安定していた。環境が安定したおかげで、文明が生まれ、農業を可能にし、人類が地球上の圧倒的な優先種となる発展の機会を提供したのだと鷲谷いづみ教授(生圏システム学専攻)は指摘する。

 しかし、その安定した環境が現在、大きく損なわれようとしている。この環境変動をもたらした最大の要因は、産業革命以降の人間活動。とりわけ化石燃料の排出と工業化された農業だという。

イチョウ並木@東大

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  13:13


 赤門から東大構内に入ると、鼻をつくのがイチョウの実・銀杏独特の匂いだ。入ってすぐ左に200mほど歩くと正門だ。そこから安田講堂まで続くイチョウ並木がまたすばらしい。椅子に腰掛けて絵を描いている画家が1人や2人ではない。10人ほどはいた。

 都内にはイチョウ並木は数々あって、それぞれに見事な紅葉を見せるが、ここ東大構内の並木はまた格別だ。黄金色の並木の隙間から安田講堂の時計塔が顔をのぞかせているのだ。どんどん歩いていくと広場に出て、広場の先に講堂がどっしりと建っている

 安田講堂の右裏手には三四郎池。この池の風景ものどかだ。この日もモノ思う人が何人も池畔に佇んでいた。都会のど真ん中とは思えない静けさだ。

朝鮮半島激震!

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事

  10:08


    (BS朝日『激論!クロスファイア』、右=田母神俊雄元航空幕僚長)
 
北朝鮮による韓国・延坪島(ヨンピョン)砲撃事件を受け、朝鮮半島を取り巻く情勢が一気に緊迫度を増している。同島のある黄海では28日から12月1日までの4日間、米韓両国が合同軍事演習を実施することになっており、これに反発した北朝鮮側は挑発的言動を繰り返している。何が起こるか分からない。不気味だ。

 北の南への挑発は、多少の武力行使をしても、有事の作戦統制権(指揮権)は在韓米軍司令官が保持しており、韓国軍が北への対抗策で取れる選択肢は限定的であると南側の足元を北側が見透かした上で行っている。韓国軍・政府に主体性はないのが実態だ。

 米軍が軍事行動に出る場合は、当然北の擁護者・中国との衝突を覚悟した上でのこととなり、米側はそれを回避したいし、中国側も望んでいない。南北朝鮮の対立は米中対決の構図を示しており、基本的には本格的な衝突には発展しないとの見方が一般的だ。27日のBS朝日『激論!クロスファイア』に出演した元航空幕僚長の田母神俊雄氏(たもがみ・としお)もそういう見方を示した。

 第二次世界大戦後だけでも世界の紛争・衝突・対立は数限りなく、あらゆる地域で起こっている。中東やボスニア・ヘルツェゴビナ、イラン問題、ソマリア内戦、イラクやアフガニスタンなどなど。正に紛争・戦争の歴史である。

 日本から遠く離れた地域での紛争はリアルタイムで映像的にも直接飛び込んでくるものの、地理的に離れていることもあって、対岸の火事のような気分なのは否定できない。アジア地域でも目と鼻の先の朝鮮半島できな臭い動きがあっても、なかなか自分の問題として捉えられない面もあった。平和ボケしているからだ。

 安全保障論議は重大な問題だという認識はあっても、自分の問題として真剣に考えるまでには至らなかった。国の問題であり、政治家が考えるべき問題だと程度だった。高をくくっていたのだろう。しかし、もうそういう状況ではないことがようやっと分かってきた。遅きに失したと言われればその通りだが、これが事実だ。

 しかし、今や状況は一変したように思う。すっかり様変わりした。ここへきて、あらゆるものが流動化してきた。日本を取り巻く状況も、世界の流れも、個人の生活環境そのものも動きだした。厳しく、激しく、なおかつ重く動き始めた。

秋の桜並木

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/11/26  07:23


  この通りの桜は春に見事な花を咲かせ、朝、最寄り駅に急ぐ勤め人の目を楽しませてくれているが、秋の紅葉も結構な味わいであることを今年初めて知った。自宅から最寄り駅までもう14年間もこの道を通っているのに、これまでこんなことを思ったことはなかった。

 最初はそれほどでもないが、秋が深まるにつれて、段々と赤く染まってくるのだ。もみじのような真っかっかになることはないが、それでも、かなり赤くなる。1本ならともかく、なん本もそれが連なると、結構なアクセントになる。愛でる方の心眼が老いたせいなのか。

イチョウ並木と南北朝鮮砲撃戦

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/11/23  15:34


 勤労感謝の日で祭日。朝方は小雨が残っていたので午前中は自宅で待機し、のんびり過ごした。午後晴れたので外出。買い物している最中の15時16分に携帯電話がメールを受信した。「韓国のYTNテレビによると、同国の島に北朝鮮の砲弾が着弾し、負傷者の出ている(ソウルAFP時事)」のフラッシュだった。

 次いで15時28分には「韓国合同参謀本部によると、北朝鮮が韓国西方沖の島に向けて数十発の砲弾を発射。韓国軍は対応射撃を行っている。YTNテレビによると、島では北朝鮮の砲弾により60~70軒の家屋が炎上(ソウル時事)」との続報が入った。

 昔なら、一報を受けた時点で、職場に向かったものだが、今や現役を離れた身。気になったが、そのまま買い物を続け、その後見事に紅葉したイチョウを眺めながら、図書館で借りていた本を返却。自宅に戻ってテレビを付けると、NHKは大相撲中継を続けていた。のんびりした国営放送局だ。

 民放はしっかりLIVE映像を流していた。ニュース番組の時間帯だったのかもしれないが、この日ばかりは民放、特にテレビ朝日の報道に拍手した。NHKは5時のニュースで報じたが、緊迫感は伝わってこなかった。


              (NHKニュースウオッチ9から)

 韓国合同参謀本部によると、北朝鮮は23日午後2時30分ごろ、韓国が黄海上の軍事境界線と定める北方限界線(NLL)に近い韓国西方沖の延坪(ヨンピョン)島に数十発の砲弾を撃ち込んだ。韓国軍が反撃し、南北間で砲撃戦に発展し、韓国軍海兵隊員2人が死亡したほか、隊員15人が重軽傷を負った。

 北朝鮮側は約2時間にわたり断続的に砲弾約80発を発射、一部は住居地にも着弾し、民家60~70軒が炎上した。山火事も発生し、民間人3人が負傷した。

 韓国では米韓軍による合同訓練が22日から30日までの予定で行われており、現場海域では韓国軍が砲撃訓練を実施していた。北朝鮮の朝鮮人民軍は声明を発表し、韓国側が先に北朝鮮領海内に砲撃を加えたため、「軍事的な対応措置を取った」と反論している。北朝鮮がNLL近海に砲撃を行ったことはこれまでもあったが、陸地への攻撃は初めてだという。

 ヘッカー米スタンフォード大教授(元ロスアラモス国立研究所所長)は20日に訪朝報告を公表。その中で12日に寧辺(ニョンビョン)の核施設を視察した際、2000基の遠心分離機を収容した新しいウラン濃縮施設に案内されたことを明らかにした。

 北朝鮮側の説明によると、既にこの遠心分離機を稼働させており、年間8000キロSWU(分離作業単位=ウラン濃縮の際に必要な仕事量の単位)の処理が可能と主張したという。ヘッカー教授は施設が本格稼働しているのかについては懐疑的な見方を示しているものの、このウラン濃縮施設が核兵器に必要な高濃縮ウラン燃料の生産にすぐにも転用される可能性がある、と警告したという。

 これまで北朝鮮で確認された核開発はプルトニウム型。長崎に落とされた核爆弾だ。北朝鮮は38キロのプルトニウムを抽出したと申告しており、事実なら、核兵器にして5~7個を製造できる。北朝鮮は広島に投下されたウラン型核爆弾に使用するウラン濃縮実験にも成功したと主張。今回、施設の一部をヘッカー教授に見せた。

 北朝鮮側が砲撃を実行したことの真意については、6カ国協議再開に慎重な米国および韓国に対する軍事的揺さぶりと金正日総書記の3男・金正恩氏への権力継承を確実にするための国内向け行動の両方があるとの専門家の見方が示されている。

 今日の事件は朝鮮半島を中心としたアジアがいかに危険でリスクの高い地域であるかを改めて浮き彫りにした。のんびりと紅葉も楽しめなくなっているのが日本の現在置かれている状況だ。深刻である。しかし、そこから逃げることはできない。徹底的に付き合っていくしかあるまい。

 それにしても、気になるのは日本政府がこうした危機に直面してどれだけ自前の情報を持っているかだ。持っていなくても、どれだけ確度が高い情報を入手できたかだ。尖閣諸島や北方領土対応で外交・軍事音痴ぶりをさらけ出した菅政権には不安が募るばかりだ。

「タイミングベルト」が教えた無知蒙昧

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/11/21  14:39


  トヨタのステーションワゴン「カルディナ」を姉からもらったのは2006年9月。神戸に勤務していた時で、郷里の丹波との行き来や広い県内を動き回るのに随分重宝した。2年前に東京に戻る時、向こうに置いていくつもりだったが、送別会で贈られた胡蝶蘭を持ち帰るため、やむを得ず車も”上京”するはめとなった。

 あれから2年。年に数度の帰省には車の厄介になっているほか、遠隔地に小旅行する場合や子どもたちの送迎やら、フルに活用させてもらっている。高速道路週末特別料金の恩恵もたっぷり受けている。確かに維持費は結構な負担にしても、一度味わった利便性からは逃げられない。

 4年前の走行距離は4万5000kmほどだったが、何と今は9万9000kmと節目の10万km目前だ。年間1万1000km走っている勘定だ。よく走ったと感慨を覚えながら、3度目の車検に出した。事前見積もりは8万5000円程度だった。

 びっくりしたのは車検に出した翌日掛かってきた追加補修を通告する電話。右ドライブシャフトアウターブーツが切断していて交換しないといけない上、運転席シートベルトキャッチも装着時に表示板に点灯せず交換の要あり。後者は点灯しなくても実害は全くないものの、点灯することを義務づけられている以上、それがクリアされなければ車検に通らないと言われ、納得できないまま諒承せざるを得なかった。意味のない基準なら廃止すべきではないか。お役所主義そのものだ。

 追加補償はそれで終わりではなかった。最も高額だったのはタイミングベルトの交換だった。不明を恥じるしかないが、タイミングベルトの存在さえ知らなかった。タイミングベルトはエンジンのバルブを動かす重要なベルトで、これが切れるとエンジンが動かなくなる上、バルブが曲がったり、バルブでピストンを突いてしまったり二次災害を招く恐れがあるという。

 そうならなかった場合でもエンジンが破損し、修理自体に新車を買うほどのコストが掛かることもあるという。教習所で習ったファンベルトはボンネットを開けると目で見えるが、タイミングベルトはエンジンヘッドカバーに覆われており、外側からは見えない。日常点検は困難なため、走行距離を目安とした交換が一般的だ。その目安が10万kmだという。


 タイミングベルトそのものは2000~3000円程度しかしないが、交換するにはエンジン内部を開けなければならないのでその手間賃が高く、ウオーターポンプなど他の関連部品の交換も含め5万円以上もする。車検経費だけでも8万円もするのに、追加整備を含めると倍以上かかる。事前にそのことが分かっていたならばともかく、知らされていなかったからパニックになった。

 10万kmあるいは10年も車を動かしているのなら、タイミングベルトの交換は不可避だという。メーカーは通常、タイミングベルトの寿命を10万kmとしているようだ。まさにわが愛車もちょうどその交換時期を迎えており、整備会社としては当然のこととして交換を提案したのだろうが、車検に出した本人にその意識がなかった。通告を受けてからのにわか勉強で、タイミングベルトの重要性を認識した。

 昔、車に乗る際は必ず始業点検を行っていたものだ。ファンベルトの張り具合を調べたり、ゲージを抜いてエンジンオイルの量や色をチェックしたり、ラジエターの水がきちんと入っているかを点検した。教習所で教わったし、それをするのが当たり前と思っていた。

 それがいつの間にか、それをしなくなった。キーを差し込み、エンジンを始動し、そのまま走る。乗り終わっても何もしない。それが普通になってしまった。ある時、メーカーの人に、始業点検の必要性について聞いたら、「やらなくても問題ない。今の車は電子化し、その必要がなくなった」と言われてしまった。

 車に強い関心を持っている人ならともかく、単なる移動手段と思っている人間にとっては、もう車のメカニズムなどには意識がいかない。利便性だけ享受し、それが妨げられると、逆キレして平静さを失う自らの無知蒙昧ぶりをさらけ出した格好だった。時代は猛スピードで走行しているものの、どうも身体はそれに付いていっていないのではないか。

 そのミスマッチがそのうち、手痛いしっぺ返しとなって自分に襲ってくるような気がしてならない。恐らく、襲われても、何が襲われたのか分からないまま茫然自失の状態に陥ることだろう。それはむしろ、幸せなのかもしれない。

「恋-REN-」@新宿

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/11/19  19:58


 新宿西口でこの日見掛けたストリート・ミュージシャン。もう2年もほぼ毎日ここを通っている。何組も歌っていて、同じ顔ぶれも多いけど、この人は初めてのような気がする。「恋‐REN‐」。「恋」と書いて、「REN」と読む。ライブスポットを中心に、LOVEをテーマにしたポップソングを歌っているという。

 5mほど通り過ぎて、引き戻された。トークに魅かれた。自分の言葉で話していた。歌の上手いミュージシャンは多いが、魅力的なトークをできるミュージシャンは多くない。衣装や歌のテーマは私の趣味ではないけれど、歌詞は深く、味わいがある。