2010年11月21日 のアーカイブ

「タイミングベルト」が教えた無知蒙昧

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2010/11/21  14:39


  トヨタのステーションワゴン「カルディナ」を姉からもらったのは2006年9月。神戸に勤務していた時で、郷里の丹波との行き来や広い県内を動き回るのに随分重宝した。2年前に東京に戻る時、向こうに置いていくつもりだったが、送別会で贈られた胡蝶蘭を持ち帰るため、やむを得ず車も”上京”するはめとなった。

 あれから2年。年に数度の帰省には車の厄介になっているほか、遠隔地に小旅行する場合や子どもたちの送迎やら、フルに活用させてもらっている。高速道路週末特別料金の恩恵もたっぷり受けている。確かに維持費は結構な負担にしても、一度味わった利便性からは逃げられない。

 4年前の走行距離は4万5000kmほどだったが、何と今は9万9000kmと節目の10万km目前だ。年間1万1000km走っている勘定だ。よく走ったと感慨を覚えながら、3度目の車検に出した。事前見積もりは8万5000円程度だった。

 びっくりしたのは車検に出した翌日掛かってきた追加補修を通告する電話。右ドライブシャフトアウターブーツが切断していて交換しないといけない上、運転席シートベルトキャッチも装着時に表示板に点灯せず交換の要あり。後者は点灯しなくても実害は全くないものの、点灯することを義務づけられている以上、それがクリアされなければ車検に通らないと言われ、納得できないまま諒承せざるを得なかった。意味のない基準なら廃止すべきではないか。お役所主義そのものだ。

 追加補償はそれで終わりではなかった。最も高額だったのはタイミングベルトの交換だった。不明を恥じるしかないが、タイミングベルトの存在さえ知らなかった。タイミングベルトはエンジンのバルブを動かす重要なベルトで、これが切れるとエンジンが動かなくなる上、バルブが曲がったり、バルブでピストンを突いてしまったり二次災害を招く恐れがあるという。

 そうならなかった場合でもエンジンが破損し、修理自体に新車を買うほどのコストが掛かることもあるという。教習所で習ったファンベルトはボンネットを開けると目で見えるが、タイミングベルトはエンジンヘッドカバーに覆われており、外側からは見えない。日常点検は困難なため、走行距離を目安とした交換が一般的だ。その目安が10万kmだという。


 タイミングベルトそのものは2000~3000円程度しかしないが、交換するにはエンジン内部を開けなければならないのでその手間賃が高く、ウオーターポンプなど他の関連部品の交換も含め5万円以上もする。車検経費だけでも8万円もするのに、追加整備を含めると倍以上かかる。事前にそのことが分かっていたならばともかく、知らされていなかったからパニックになった。

 10万kmあるいは10年も車を動かしているのなら、タイミングベルトの交換は不可避だという。メーカーは通常、タイミングベルトの寿命を10万kmとしているようだ。まさにわが愛車もちょうどその交換時期を迎えており、整備会社としては当然のこととして交換を提案したのだろうが、車検に出した本人にその意識がなかった。通告を受けてからのにわか勉強で、タイミングベルトの重要性を認識した。

 昔、車に乗る際は必ず始業点検を行っていたものだ。ファンベルトの張り具合を調べたり、ゲージを抜いてエンジンオイルの量や色をチェックしたり、ラジエターの水がきちんと入っているかを点検した。教習所で教わったし、それをするのが当たり前と思っていた。

 それがいつの間にか、それをしなくなった。キーを差し込み、エンジンを始動し、そのまま走る。乗り終わっても何もしない。それが普通になってしまった。ある時、メーカーの人に、始業点検の必要性について聞いたら、「やらなくても問題ない。今の車は電子化し、その必要がなくなった」と言われてしまった。

 車に強い関心を持っている人ならともかく、単なる移動手段と思っている人間にとっては、もう車のメカニズムなどには意識がいかない。利便性だけ享受し、それが妨げられると、逆キレして平静さを失う自らの無知蒙昧ぶりをさらけ出した格好だった。時代は猛スピードで走行しているものの、どうも身体はそれに付いていっていないのではないか。

 そのミスマッチがそのうち、手痛いしっぺ返しとなって自分に襲ってくるような気がしてならない。恐らく、襲われても、何が襲われたのか分からないまま茫然自失の状態に陥ることだろう。それはむしろ、幸せなのかもしれない。