2009年6月 のアーカイブ

『名残り火』

カテゴリー: Books

2009/06/30  06:07


 藤原伊織著『名残り火』(文芸春秋、2007年9月)。再読。どうも、しみじみと読み直していた。

『今日よりよい明日はない』

カテゴリー: Books

2009/06/28  21:03


 玉村豊男著『今日よりよい明日はない』(集英社新書、2009年6月)。ワイナリーを作って数億の借金をした本人が「生涯現役で働き続ける。のんびりするのは棺桶に入ってから」と何かのコラムで書いていたのを覚えている。その生き方に共感したためだ。どういうわけか・・・

 書名になっているのは彼がポルトガル人から教わったという言葉。われわれが身を置いている社会は既に成熟しており、この成熟した時代を生きるには、成熟した老人の知恵が必要で、それを表した言葉が「今日よりよい明日はない」。そう思い定めれば、不確かな未来に心を煩わすこともなく、人生最高の日である今日を心ゆくまで楽しめるというわけである。

 半分納得、半分不可思議ではあるが、心地よい言葉ではある。「人生80年時代に問題なのは、体力のなくなってからもさらに長い時間を生きなければならない、ということ。定年になってからの20年は、『余生』というにはあまりにも長い。もう一度気合を入れなおして、自分の足でしっかりと進む意志をもたなければこなせない道のり」である。そんな時代を生きていく知恵が「今日より・・・」なのだろう。今日をしっかり楽しめ、ということだ。

 玉村氏のは東大仏文科在学中にパリ大学言語学研究科に留学している。フランス文化の影響を強く受けている人物である。エスプリも効いている味わいがある。

・洋の東西を問わず、美少女といわれる女の子がいる。顔はピカピカ、肌はツルツル、目はキラキラ。どうしようもなく美しい。そういう女の子の美しさを、フランス語でボテ・デュ・ディアーブル(悪魔の美しさ)、という。たしかに手の施しようがないほど美しいけど、その美しさは、ほんの数年も経てば失われてしまう、悪魔の悪戯のようなもの・・・。その年齢の美しさはもって生まれた素のままの美しさであって、自分で作り上げた美しさではない、という意味が籠められている。そんなものは、物理的なピークを過ぎたらたちまち衰えてしまう。フランス人は、女性の美しさというのは、自分自身の努力で磨き上げるはじめて表れる、と考えている。美しい女性というのは30代、40代、50代かそれ以上の大人の女性のことで、未成年はもちろん、20代でも前半くらいの女性には、まだそう形容される本当の資格はない。

・フランスには、ワインと女は古いほどよい、という言い方がある。ワインは古いほどよい、女は「年をとっている」ほどよい、いう意味。日本語にでは「古い」というのは、その人の考え方ややり方が古いという意味で、物理的に古くなっている人間をいうわけではない。つまり、日本語には、モノとヒトの両方の「熟成度」を同時に表す言葉がない。日本語には「(人が)若い」に対する反対語が存在しない。日本では「若い」という表現は常にホメ言葉として使われるが、反対語する許されない無敵の存在、ということか。ワインは熟成しておいしくなる。女もそう。女は熟してこなければ味が出ない。

・日本人は、若い、つまり未熟な食べ物を好む。野菜や果実は、できるだけ季節を先取りしたものに人気がある。「旬」と「走り」を勘違いしているのでは・・。日本人は賞味期限や消費期限に滅法うるさいが、これも若いものを好む性向と関係があるのかもしれない。日本人が、新しいもの、若いものをこのむのは、魚を食べているからではないか。魚は新鮮なほどおいしい。また、日本の清酒はワインのように寝かせることをせず、新しいうちに飲むのがふつう。コメも新米がいちばんおいしい。長い間、コメを主食とし、清酒を飲み、魚と野菜を主に食べてきた日本人が、より新しいもの、より若いものを求めるのは無理からぬことかもしれない。

・肉も、ワインと同じように、時間が経つほどおいしくなる。肉を熟成させることを、英語で「エイジング」という。年齢を重ねること、年をとること、古くなること。肉食の文化では、年をとるのはよいことなのだ。肉が時間の経過とともに柔らかくなり、蛋白質が分解してアミノ酸に変化するという現象は、発酵とも腐敗ともいう。同じこと。
肉は血統によって良し悪しが決まる。海を泳いでいる魚の、どれが親でどれが子かわかりますか。魚は一代限り、その場限りの刹那的な存在。過去に遡って家系図を書くことはできない。そんな魚たちに囲まれ、魚を食べて暮らしてきた日本人は、過去を遡って検証することなど端からあきらめているのではないか。

・いわゆる団塊の世代といわれる人たちは、貧しい時代に生まれて社会の発展とともに成長し、国の経済が頂点に達するときに人生のピークを体験し、時代が成熟の時期に入るとともに定年を迎えて引退するという、個人と社会の描く曲線がほぼ完全にシンクロする稀有な幸運に恵まれた世代だった。しかし、幸運は不運でもあった。人生50年時代のマラソンをようやく走り切ったつもりで競技場に入ってきたら、目の前にあるはずのテープははるか遠くに張り直されていたのだから。80年時代はアンチエイジング(老化防止)ではなく、大切なのはエイジング(熟成)。

『なぜ世界は不況に陥ったのか』

カテゴリー: Books

2009/06/26  23:51


 副題:集中講義・金融危機と経済学。日経BP社。池尾和人慶応大学経済学部教授と池田信夫上武大学院経営管理研究科教授が今回の金融危機の本質とインプリケーションを明らかにすることを目指した集中講義。

映画『ハゲタカ』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2009/06/25  20:58


 NHKドラマ「ハゲタjカ」(2007年2月17日~3月24日放映)の映画版。ハゲタカは日本を買い叩く外資系ファンドを印象的に表現したが、「ハゲタカ=悪、買収される日本企業=善」と勧善懲悪的に2元論でばっさり切ったのはあまりにも日本的な皮相な見方だった。

 何を切るにも、一刀両断は小気味いいが、その半面、重要なものも失われる。ニューアンスが丸で変わるのだ。ハゲタカに襲われる日本企業にこそ問題がある。襲われるだけの理由があるからだ。そこに情緒的な勧善懲悪が介入するから、話はおかしくなる。

 ハゲタカ・鷲津(日本ファンド)VS赤いハゲタカ劉(中国ファンド)は説得力のある構図だが、所詮二番煎じ。観ていて、うんざりした。映画の期待しているのは世界がこういう構図の下で動いていることを知る上では意味があるが。

小鼓

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/06/21  18:51


  清酒「小鼓特別純米」(西山酒造場=兵庫県丹波市市島町竹田1171)180mlをプレゼントされたので、父の日に飲んだ。つまみは刺身とアジフライ。あっという間になくなるのが物足りないといえば、物足りない。白鶴の2合びんを追加して間に合わせた。

 雨の降った今日は自宅で小鼓、昨日は隅田川沿いで昼酒のスパークリングワインとブルゴーニュ(赤ワイン)、おとついは横浜・中華街で紹興酒、その前は銀座の蕎麦屋・よし田で菊正宗、その前日は麹町でビールと白ワイン。よくもまあ、次から次へと酒三昧が続くものだ。

上海ダイニング

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/06/20  15:39


 梅雨の合間で珍しくよく晴れた土曜日の昼下がり。友人ファミリーに呼ばれ、ランチしたのが「上海ダイニング」(中央区佃2-1-3共同通信社研修交流センター1F)。目の前を隅田川が流れる絶好のロケーション。デッキテラスを吹く風が肌に気持ちいい。

 CAFE+チャイナグルメの新感覚コラボレーションだという。隅田川周辺は新しいマンションやビルが立ち並び、整備の行き届いたウオーターフロントにすっかり生まれ変わった。ゼロメートル地帯だから、地震などの災害があったら怖いが、こんなところに1-2年くらい住むのは悪くないかもしれない。

 ちなみに、この店を経営するのは共英グループ。イタリアレストラン「Trattoria Italia」や「Sesto」、「Liberty Huse」なども展開している。上海ダイニングは新業態のようだ。箱崎から水天宮まで歩き、半蔵門線で帰宅した。甘酒横丁の近くの板倉屋で人形焼を買った。

中華街@横浜

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/06/19  17:40


 会合とは名ばかりで、要は飲み会である。声が掛かれば、どこまでも出掛けていく。声が掛かること自体、喜びとしなければなるまい。

 自分にとって重要な情報は大体、人を通じて入ってくる。人との関係が切れれば、情報は途絶する。いったん、関係が切れれば、修復するのは難しい。不可能ではないにしても、一度、パイプが詰まれば、それまで通り、情報の行き交うパイプに戻すのには大変なエネルギーを要する。

 組織から離れて失うのは、①収入②仕事③看板・肩書き④人間関係⑤群れ⑥情報ルート-。どれ1つ取っても、人間生活を営む上で、不可欠なものばかりだ。それを同時に失うのだから、一大事である。人間関係を継続するにはコストが必要だ。

 そのコスト負担にいかに耐えるか、そのコストをどう維持していくか。何もせずとも悠々自適ならばともかく、今はそんな時代ではない。知恵を絞らねばならない。大きな課題である。

 横浜中華街は神戸・南京町の5-6倍はあろうか。地元の人間に聞けば、店の数も200以上あり、しかも増えているという。供給過多のように思えたが、それだけ人が集まっているということだろう。もちろん、集まっているのは中国人。難しいところである。

元町@横浜

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  17:27


 会合で横浜に行った。東京-横浜間は電車で30分ほど。神戸-大阪間と同じくらいの近さだ。会合場所は中華街。JR根岸線石川町から歩いて10分足らずの距離だ。

 少し早く着いたので、元町商店街をぶらぶらした。神戸の元町と比べてみたくなった。歩いてみると、商店街としては神戸のほうが断然立派。商店街の距離も長いし、店の数も多い。こちらはアーケードがないのと自動車が通れるのが神戸・元町と違う。

 途中にある洋風家具屋の店先に「洋家具発祥の地」とあった。神戸もそうだったが、横浜も発祥の地である。横浜のほうが開港150年。神戸より10年早く、先輩である。

佐賀びわ

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/06/16  20:50


 どうもびわには弱い。田舎の自宅に生っていて、この季節になると、よく食べたことを思い出すからだ。小学生時代のことだ。あの時代と田舎の家の風景も随分変わってしまった。

 その後、裏庭にもびわの木が1本あった。植えてから何年もならなかったものの、やっと生り始めたと思ったら、いつの間にやら根元から切られたいた。実がなるまでにどれだけの年月が必要か。10年もかかる。気が遠くなりそうだ。今でも口惜しくてならない。その思いがビワへの郷愁を呼び起こすのかもしれない。

サトウニシキ

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/06/14  20:09


 6月はサクランボの季節である。ビワと並んでサクランボも好物だ。サクランボと言えば、やはりサトウニシキ(佐藤錦)だろう。バラ科サクラ属の落葉高木。原産地はヨーロッパで、日本へ渡来したのは1868年(明治元年)だという。

 サトウニシキの始まりは1912年(大正元年)のこと。山形県東根市の佐藤栄助さんが、「ナポレオン」と「黄玉」を交配してできたと推定される実生から育成を開始した。開花時期は4~5月である。葉の展開した後に花を咲かせる。花の色は白い。

 福島県からの来客からいただいた。NHK「天地人」を観ながら、おいしくいただいた。