2014年9月 のアーカイブ

手術日の朝

カテゴリー: 入院日誌

2014/09/25  06:35


j術日当日の朝

術日当日の朝(病棟から新宿都心を眺める)

 

手術当日。いよいよ運命の日がやってきた。時間は休まない。働き者だ。3時間後には確実に手術台の上に乗っていると思うと、何とも不思議な気分になる。

「若い時も波瀾万丈だが、老後は老後で大変である。人生上の問題は事実上決着が付いたが、自分の体の上の問題が生じてくるからだ。それまでの人生で酷使してきた体が少しずつ壊れ始めている。医学の力で、進行を減速させているが、医学の力にも限度がある」(自分ノートから)

「次にこのノートを書くのはいつのことになるのだろうか。術後にはとてもそんな体力も気力もないだろう。分からない。『成り行きを決然と生きる』ということか」(同)

流石、入院中はブログを続けられなかった。当時のメモを頼りに、自分のために書ける部分だけを書いておくことにした。二期手術で入院し、時間の合間に記録しておきたい。今回も手術するので、日誌の再現は中途半端になるかもしれないが(2015年1月15日、@病院)。

 

『岡村昭彦の写真』展

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, ジャーナリズム, 政治/外交/国際/軍事, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2014/09/19  23:09


「岡村昭彦の写真」展(東京都写真美術館)

「岡村昭彦の写真」展(東京都写真美術館)

 

テーマ:岡村昭彦の写真 生きること死ぬことのすべて
東京都写真美術館

 

岡村昭彦(1929~85)は、1964年6月12日郷の『ライフ』に9ページにわたり掲載されたベトナム戦争の写真によってフォトジャーナリストとして国際デビューした報道写真家。

東京都写真美術館(目黒区三田1、恵比寿ガーデンプレイス内)に行ったのは2009年12月12日のセバスチャン・サルガド展「アフリカ」以来。スカイウォークを歩きながら、「ガーデンプレイス20周年」の垂れ幕を見た。もうそんなに経つんだ。

岡村昭彦には写真というよりも彼の書いたものに触発されてきた。触発された結果、息子の1人にその名前を付けた。この日は『石川文洋を旅する』の映画と掛け持ちしたが、岡村昭彦展のことを調べていた過程で、たまたま石川文洋の映画のことを知った。

どちらもベトナム戦争を取材しており、岡村昭彦をよりよく知るためには、石川文洋も参考になると考えた。これも何かの因縁だ。

『石川文洋を旅する』

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, ジャーナリズム, 政治/外交/国際/軍事, 映画/テレビ/舞台

  21:06


『石河文洋を旅する』を写真する

『石川文洋を旅する』を写真する

 

作品名:『石川文洋を旅する』(ドキュメンタリー映画、109分)
監督:大宮浩一
上映館:ポレポレ東中野

 

石川文洋氏(いしかわ・ぶんよう)は、1938年沖縄生まれの76歳。世界一周無銭旅行を夢見て日本を脱出。65年から南ベトナム政府軍・米軍に従軍取材し、戦場カメラマンとしてベトナム戦争を世界に伝えた。68年末に帰国してから今日に至るまで、ふるさと沖縄の姿を記録し続けている。

フレッシュネスバーガー銀座8丁目店でホットドッグを食べる

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2014/09/16  21:31


ケチャップとマスタードをたっぷり塗ったホットドッグ

ケチャップとマスタードをたっぷり塗ったホットドッグ

 

チェーン店ながら、「フレッシュネスバーガー」のホットドッグが好きだ。ソーセージの上に、みじん切りしたタマネギとピクルスが敷き詰められ、それが2つ切りにしたパンの上にデーンと置かれている。

ホットドッグにはケチャップとマスタードをたっぷりかける。入れ物は決して、ビニールの小袋に入ったものであってはならない。チューブに入ったものでなければならない。それをかじりながら、マグカップの有機コーヒーを飲むのが私のスタイルだ。

 

オールドファッションのテーブルとチェアが好きなのかもしれない

オールドファッションのテーブルとチェアが好きなのかもしれない

 

銀座4丁目のかかり付けのクリニックに行った帰りに銀座8丁目店に寄る。前に勤めていた会社に近く、ときどき来ていた。ホットドッグが好きなのは間違いないが、この日、ちょうど客がいなくなった店内を見回しながら、この古ぼけたテーブルと椅子が自分にとって落ち着く空間なような気がした。

練馬店、新大久保店、西新宿店、三宮店。そんな多くはないが、行く先々で見つけると、ふっと入りたくなる。コーヒーを飲むだけなら、ドトールが割と好きだ。お腹に何か入れたいときはフレッシュネスバーガー。お気に入りの店があるのは長く生きてきた証か。

「治一郎のバウムクーヘン」

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2014/09/15  17:06


会社の宣伝コピーは「職人技の傑作」

会社の宣伝コピーは「職人技の傑作」

 

治一郎(じいちろう)のバウムクーヘン」を初めて見たのは新東名「浜松SA」の売り場だった。2000円近いお値段で、ちょっと手が出なかった。バウムクーヘンは好きだが、その値段を出してまで食べたいものではないと思った。

その後も、同SAに立ち寄るたびに、お店に置かれたこの商品が気になっていた。「治一郎のバウムクーヘン」と名前を高く掲げて、一品を誇示していた。「株式会社治一郎」(浜松市東区)。

初めて口にしたのはずいぶん後のこと。横浜在住の甥っ子が丹波の自宅にやってきたとき、お土産でいただいた。ららぽーと横浜店、相鉄ジョイナス店でも取り扱っている。

そして、このほど初めて買った。そして食べた。「スペシャルしっとり濃厚バウムクーヘン」だった。「23層もの年輪を、ぎりぎりの火加減で『薄く』『レア』に焼き上げることで、しっとりとした食感を作り出そう」(HP)としている。

確かにうまい。卵黄とバターをぜいたくに使ったバウムクーヘン。素材にも焼き加減にも妥協を許さない職人の仕事で作り上げたことに嘘はないだろう。決して普段食べるものではない。ハレの日に食べるものだ。

私はもう10年以上前から、早起きしたときに限って、朝食までの間に、ペーパードリップで炒れたコーヒーを飲みながら、バウムクーヘンを食べることを「ルーチン」としている。目覚まし時計の設定時刻は午前4時50分。大体8時頃の朝食時間までの3時間弱が至極の時間だ。

マンデリンのストレートコーヒーとエースベーカリー(本社愛知県小牧市)製の一口サイズにカットされた厚切りバウムクーヘンをいただく。そして、その日の予定を練ったり、原稿の企画を考えたり、ブログを書いたりする。自分にとって、とっておきの時間だ。

就寝が遅かったり、体調が良くなかったりすると、その時間に起きられない。起きられないと、1日のリズムが狂う。狂うと、その日1日が何となく、気持ちが悪い。いかにルーチン化するかが重要なポイントだ。

「藪枯らし」

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 花/木/樹

2014/09/14  18:15


 

堂山つつじを覆うヤブカズラ

堂山つつじを覆うヤブガラシ

 

小さな家の周りを生け垣が取り巻いている。玄関前のフェンスの外と脇のフェンスの内は堂山つつじ、裏庭のフェンスの内はサザンカだ。玄関前のフェンスの外の堂山つつじは元地主さんが植えていた。そのつつじをもらって脇のフェンスの内側に植えた。サザンカは義兄の実家からもらった。

どちらも20年近く経つと立派に育った。玄関前のフェンスの外側に植えられていたつつじはマンション工事が始まると同時に撤去された。ショベルカーであっという間に根こそぎにされた。文字通り、破壊は一瞬だった。我が家のクレマチスが越境して堂山つつじの上に大輪の花を咲かせていた。来春はどうするのだろうか。

 

太くなった堂山つつじの幹

太くなった堂山つつじの幹

 

堂山つつじは春には小さな白い花を咲かせる。秋には燃えるように真っ赤に紅葉する。1年に2度楽しめる。夏にはリビングからグリーンを眺めることもできる。なかなか便利な植木だ。

 

とにかく上から押さえ込むように

とにかく上から押さえ込むように我が物顔に

 

その堂山つつじを上から覆い被さるように繁茂しているのが蔓性植物。ツル性植物にはツタ類やクレマチスのような愛すべきものもあるが、「クズ」(葛、秋の七草の1つ)のようにあまりにも繁殖力が強くて「緑の猛獣」として嫌われているものもある。

調べてみたら、覆っていたのは「ヤブガラシ」(ブドウ科ヤブガラシ属)だった。藪枯らし。藪を覆って枯らしてしまうほど生育が旺盛らしい。すごい名前だ。

別名もある。「ビンボウカズラ」(貧乏葛)。繁茂すると、樹木が枯れて、家が貧乏になるからだ。巻きヒゲでフェンスや他の植物に絡みつく。ヒゲは宙を突いて揺れながら伸び、触れたものに巻き付く。それも、首を絞めるように、らせん状に何重にも巻き付く。ツゲや梅、あじさいなども締め付けられていた。

 

手で取り除いたら、ビニール袋が3袋一杯になった

手で取り除いたら、ビニール袋が3袋一杯になった

「東電吉田調書」報道

カテゴリー: ジャーナリズム

2014/09/13  10:22


「東電撤退報道」で記事を取り消し謝罪する朝日新聞とそれを報じる読売新聞

「東電撤退報道」で記事を取り消し謝罪する朝日新聞とそれを報じる読売新聞

「分配もひどいが、再分配は最悪」

カテゴリー: 会見メモ

2014/09/12  22:29


「景気が拡大しても貧困率は高まった」と指摘する大沢教授

「景気が拡大しても貧困率は高まった」と指摘する大沢教授

 

テーマ:研究会「現代日本の貧困」
ゲスト:大沢真理 東京大学社会科学研究所教授
2014/09/12@日本記者クラブ

 

■平均的な所得の半分(年122万円)を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの割合を示す「子どもの貧困率」は平成24年(2012年)時点で16.3%。前回調査の21年時点から0.6ポイント悪化した。厚労省の平成25年国民生活基礎調査(2014年7月15日発表)で分かった。

■大人を含めて生活が苦しい人の割合を示す「相対的貧困率」は前回調査から0.1ポイント悪化の16.1%だった。子どもの貧困率が相対的貧困率を上回ったのは昭和60年の調査開始以降では初めてだ。

■日本の相対的貧困率は1985年の時点で全人口ベースで12%、現役人口ベースでも10%台で決して低くはなかった。それからずっと上昇基調を続けており、最近ではOECD諸国でワーストの米国と肩を並べつつある。

『戦後70年』対談

カテゴリー: 会見メモ, 政治/外交/国際/軍事

2014/09/11  23:42


対談する2人

対談する2人

 

テーマ:シリーズ企画「戦後70年 語る・問う」①
ゲスト:赤坂真理氏(作家)/原武史氏(明治学院大学教授)
2014年9月11日@日本記者クラブ

 

来 年は第二次世界大戦が終わって70年の節目の年を迎える。終戦後70年だ。新しいシリーズ企画が始まった。それはそれでいいのだが、対談とは言いながら、 赤坂氏の発言があまりにも少なく、口も重く、声も低い。後ろに座っていたせいか、よく聞き取れなかった。赤坂氏の場合、どうやら「呼吸する」ことがひどく大事なことらしい。

赤坂氏は『東京プリズン』(河出書房新社)を発表した2012年にも、「著者と語る」のテーマで、クラブゲストとして来ている(12月10日)。自分の印象が間違っているかもしれないと思い、Youtube動画で確認しようとしたが、動画は公開されていなかった。理由は分からない。

赤 坂氏は2012年に出版した『東京プリズン』(河出書房新社)で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞を受賞した旬の作家。直近出版の『愛と暴力の 戦後とその後』(講談社現代新書)では、憲法や天皇制といった戦後最大のテーマを扱った作品を発表していることから、クラブが彼女をゲストに呼んだのは理 解できる。

ただ、この対談を聞いて、遅まきながら、「戦後」を考える契機にしようと考えた自分には辛かった。著書を作品を事前に読み、作家としてのバックグランドを押さえた上で会見に参加すべきだった。安易だった。

取材した経済人の中で、相づちを全く打ってくれない人物がいたことを思い出した。相づちを打たないまでも、少しは頷いたり、顔をかしげたりしてくれれば、それはそれで相手の反応の一端を知ることができるのだが、黙ってじっと見つめられると、こちらが不安になってくる。

そうした場合、もっと何か言わないといけないと自分で自分にあせってしまい、混乱してしまうことになる。インタビューもある意味では言葉のキャッチボールだから、相手の反応がないと、質問するこちらも困るのだ。

原武史氏は元日経記者。サービス精神が旺盛で、自説をたっぷり開陳してくれた。こちらが1しゃべれば、10ほど返ってくる。これほどこちらが楽な、非常に有り難いと言えば有り難い相手であるが、それでは対談にはならない。この対談は当初、赤坂氏単独の予定だったが、同氏が尊敬する原氏との対談になったようだ。

どうでもいいことを長々と書いた。経済畑を歩いてきた自分は、政治や政治的なこと、政治制度や天皇制など政治に絡んだ仕組みや仕掛けなどについては関心がありながら、どちらかと言うと、距離を置く志向があった。政治的なるものに、権力的、欲得的、打算的なものを感じて、あえてそれに反発する性向があった。

普通、そうした性向は成長の段階で修正されていくものだが、どうも自分はそうではなく、今もその性向を捨てきれない。その性向を今に至るまで引きずっているらしい。政治思想に興味を持ちながら、それに深入りすることを回避しようとする傾向がある。

赤坂真理氏や原武史氏の言説に関心はあったが、その内容を知ろうとはしてこなかった。バックグランドとして知る必要はあったものの、その余裕はなかった。「赤坂ワールド」には少しずつ入っていくことにしたい。

原武史氏の専門は政治思想史。テーマは天皇、鉄道、団地など、当たり前に存在するもの。当たり前にあるからこそ、普段はほとんど意識しない。しかし、われわれの日常的な価値観を作り出しているものはこうした当たり前に存在するものであることも確かだ。

この日の対談は9月9日に公開された「昭和天皇実録」に関する話から始まった。最後は「戦後におけるアメリカ」だった。勉強が足りないことをあらためて痛感した。原氏については、歩きながら考える、大人のウェブマガジン「salitote さりとて」を読んだ。

第9回UNHCR難民映画祭

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2014/09/09  23:39


マイケル・リンデンバウアーUNHCR駐日代表

マイケル・リンデンバウアーUNHCR駐日代表

 

テーマ:第9回UNHCR難民映画祭開催
会見者:マイケル・リンデンバウアーUNHCR駐日代表
2014年9月9日@日本記者クラブ

 

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のグテレス弁務官は来日する都度、日本記者クラブで会見している。難民救済・保護が最大の任務だが、あまりにも難民の数が増えすぎて、対応できないのが現実だ。

難民大量発生は1990年代にはまだ年に1度、あるいは数年に1度程度の問題だったが、最近では同時多発で、しかも難民発生に歯止めがかからない。とりわけ、紛争が泥沼化しているシリアの難民は深刻だ。

2010年11月18日の会見で、ゲテレス弁務官は「76万人」と言っていたが、2013年12月4日の会見では「200万人」と述べた。既にシリア紛争は3年半になる。この日会見したマイケル・リンデンバウアーUNHCR駐日代表によれば、「過去最大の300万人を超えた」。

国籍国の外にいるという条件を満たしているのが難民であり、当然のことながら、包囲された町に取り残された住民は難民と呼ばない。しかし、食料難や戦火を逃れて、国外に脱出したいと願う住民はそれ以上に多い。

UNHCRによると、シリア国内で避難を余儀なくされている住民は650万人に上る。家を追われたシリア人の半数以上は子どもだ。支援団体などによれば、周辺国へ避難する家族は増え続けており、精神的ショックや疲労、恐怖で疲弊し、所持金もほぼ底をついた状態でたどり着くという。

「シリア国外へ逃れる道のりはより険しくなってきている。国境付近の検問所で多くの避難民は賄賂を支払うよう強要されている。また、砂漠を越えヨルダン東部に逃れる難民は密航請負業者に安全と引き換えに法外な金額を請求される」(プレスリリース)ようだ。

 

上映作品「ボーダー~戦火のシリアを逃れて~」

上映作品「ボーダー~戦火のシリアを逃れて~」

 

第9回難民映画祭が10月に東京、札幌、西宮で開催される。最小限の荷物を抱え、人目に付かぬようにトルコ国境を目指す信仰深いシリア人姉妹の待ち構えている試練を描いた作品が上記の『ボーダー~戦火のシリアを逃れて~』(2013年イタリア映画、95分)だ。

「映画のドラマではあるものの、今現場で起こっている現実でもある。現地でいったい何が起こっているのかを知ってもらいたい」(リンデンバウアー代表)。『ボーダー』を含め、全8作品が上映される。