2009年8月 のアーカイブ

『小説河井継之助』

カテゴリー: Books

2009/08/31  21:11


 河井継之助(かわい・つぎのすけ)が好きである。越後牧野家長岡藩の中級武士から、幕末には家老上席、軍事総督にまで上り詰め、激烈な北越戦争を戦い、慶応4年(1868)8月16日夜、福島県塩沢村で死去した英傑だ。童門冬二著『小説河井継之助』(東洋経済新報社、2008年3月)。第一部が「小説河井継之助」で、第二部として「小説米百俵-小林虎三郎独言-」が収められている。

 河井継之助を主人公にした作品としては司馬遼太郎の『峠』(新潮社、昭和43年)が有名だ。こちらは完全な小説仕立てだが、童門の作品はどちらかと言えば、評伝ぽい。確か、週刊東洋経済に連載されていたころから知っていたが、きちんと読んだのは初めてだ。『峠』で継之助については分かったつもりだった。

 「武装中立」を唱えた河井継之助は最終的には全藩士に「徹底抗戦」を強い、官軍と血で血を洗う壮絶な死闘を演じた。長岡の街は官軍によって焼け払われ、住民は家を失った。住民を死地に追いやった河井継之助に対する批判も強い。

 作家・山本有三は、戯曲『米百俵』で、継之助のライバル、小林虎三郎を主人公とし、非戦論者の虎三郎に焦点を当てることで、河井継之助を批判している。どうやら「俺が、俺が」と何でもしゃしゃりでてくる継之助が嫌いだったらしい。

 面白いのは童門作の「小説米百俵」。互いにライバルで水と油のようでありながら、冥土に行った虎三郎に「継之助の指導が間違っていたと必ずしも考えていない。時代に対する役割分担があった。あいつの立場に置かれたら、おれも同じことをしたに違いない」と言わせている。

 「根底においては、わたしは河井継之助の同志である。河井もそう思っているはずだ。どうか娑婆にいる方々も、わたしのこの言葉を信じてもらいたい。そして、小林虎三郎だけが正しく、河井継之助はまちがっていた、という決めつけをしないでいただきたい。共に、幕末動乱の時代に、それぞれの役割を果たしたのだ、というように考えていただきたい」。小林にそう独白させている。

政権交代

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/08/30  20:01


                       (NHKテレビ)

 午後8時の開票終了と同時にNHKが放ったのがこれである。この日行われた総選挙で、野党民主党が300議席を上回る議席を獲得し、政権交代が確実視されるとの報道だ。出口調査を基にした予想だが、外れることはまずない。いきなり、大量得点した野球の試合みたいで、幕が上がると同時に、あとは消化試合だ。

 中選挙区時代の開票速報が懐かしいと思っても、もうあの時代には戻れない。日本のように時差のない国ならともかく、米国のように5つも時差のある国では、東部で結果が出た時点ではまだ投票が始まっていないため、いわゆるバンドワゴン現象が出る。大変な時代である。

 本格的な政権交代は事実上初めて。しかし、戦後ずっと同じ政党が政権を握ってきたこと自体、世界的には極めて不自然なことだし、普通のことではなかった。大騒ぎすることではない。日本もやっと普通の国になったということだ。

 初めて政権を獲った民主党政権では混乱が必至だ。混乱して当然だろう。問題は民主党が政権を獲ったから、すぐに事態が好転するわけではないということを覚悟しておくことだ。むしろ、混乱して、一時的には事態は悪化するのではないか。国民はそれを分かった上で、政権交代を選択した。辛抱しなければならない。国民側にも政権交代を選んだ責任があるはずだ。

 避けるべきは選択した民主党政権が直面するであろう対応のまずさを性急に批判すべきではないということだ。それが性急すぎると、場合によってはまた政権交代ということにもなりかねない。ここは新政権もそれを選んだ国民も腹を決めておかねばなるまい。

アマルフィ

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2009/08/29  16:28


 織田裕二主演の映画『アマルフィ』を観た。ユナイテッドシネマとしまえん。新保裕一書下ろし小説を映像化したサスペンス映画。フジテレビ開局50周年記念ということもあってオールイタリアロケを敢行した意欲作だ。

 アマルフィは首都ローマから南に約200km、切り立った断崖絶壁に張り付くように密集した街並みが美しい高級リゾート地。アマルフィ海岸として1997年に世界遺産の認定を受けた。かつてピサ、ジェノバ、ベネツィアとともに、4大海洋共和国として栄えた。50キロ北にはナポリがある。

 織田裕二演じる外交官・黒田康作は外務省の命を受け、邦人をテロから守るため、イタリアに派遣され、誘拐された少女の母親(天海祐希演じる矢上紗江子)と行動をともにしながら、イタリア警察と連携を取りつつ、誘拐犯との交渉を進めていく。

 現場はローマから、そしてアマルフィに。誘拐犯の意外な動機と事件の深刻な背景が背後に埋め込められ、観光映画ではない、それなりに見ごたえのある作品に仕上がっていたが、黒田・矢上の感情的葛藤に重きが置かれすぎ、事件を起こさざるをえなかった誘拐犯の心象風景、それを呼び起こした川越外相(平田満)がかつて犯した政策決定の誤りに対する切り込み不足にがっかりするのは、無いものねだりか。

シックスフロア

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/08/28  23:12


 米民主党の重鎮、エドワード・ケネディ上院議員(77)が25日夜、マサチューセッツ州の自宅で死去したとのニュースを聞いて、昨年11月に旅行したテキサス州ダラスの「シックスフロア」を思い出した。1963年11月21日、選挙遊説中のジョン・F・ケネディ第35代大統領を狙撃したとされるビルだ。

 当時は教科書ビルとして使われていたが、このビルの6階の窓から3発の銃弾が発射された。歴史的な舞台となった6階がケネディと彼の暗殺に関する博物館として一般に公開されている。事件の悲劇性もあって、シックスフロアを訪れる人は今も多い。

 海外からの観光客はもちろんだが、それ以上に多いのが米国人。11月という季節が旅行シーズンなのかどうか知れないが、結構込んでいた。米国人の間のケネディ人気の根強さに驚いた。なにせ45年も前のことである。

 E・ケネディ議員はケネディ家9人兄弟の末弟として人気があったものの、1980年大統領選の民主党予備選で現職のカーター氏に敗れており、政治家としてはいま一歩だった。米メディアの大報道ぶりをみていたら、彼の政治的功績よりも、ケネディ王朝の最後の1人が遂に死を迎えたとの文脈の中で回顧的に捉えていたように思えた。この点は日本とあまり変わらないと感じたのは私だけだろうか。

超高層ビルと月

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/08/27  19:20



 新宿大ガードから高層ビル群を見ると、地面からどっしりと根が生えたように聳え立つ高層ビルが目に入る。そのすぐ手前の猥雑な街並みと全く一線を画した感じで、その取り合わせの妙にいつも違和感を感じてしまうのだ。

 ニューヨークは街そのものが超高層ビル街だが、新宿のそれは場所によってコントラストが大きく、不思議な感じがする。 その超高層ビルの上にお月さんが出ていた。この晩は上弦の月だった。もう何カ月も、この光景を待ち受けていたが、やっと出会えた。

石原慎太郎『老いてこそ人生』

カテゴリー: Books

  06:17


 人間は誰でもいつかは死ぬというのはあまりにも自明のことだ。その前段が「老い」である。死を意識するとは「老い」を意識することであり、つまり「生」を考えることでもある。60を過ぎると、それまであまり意識しなかった「老い」を意識し、その先にある「死」も意識せざるを得なくなるのは当然だ。

 石原慎太郎は人間として嫌いだ。あの佇まいを目にしただけでも、嫌悪感が先にたつ。冷静に判断できない。作家としても、政治家としても評価していない。私は評価していないが、評価する人も多い。知事として彼を選んだ圧倒的東京都民がそうだ。彼の個性を好む人がいることまでは否定できない。

 近くのブックオフで書棚を眺めていたら、この本が目に飛び込んできた。普通なら、手に取ることすらしないのに、つい、手に取り、しかも買ってしまった。幻冬舎。テーマが「老い」だったからかもしれない。どんな個性にも「老い」は訪れる。生まれたときから老いるのだから。逃げることはできない。アンチ・エージング(抗老化)など論外だ。

 子供の頃と年とってからの時間の経過の速度の実感の差についてこういう解釈を紹介している。いつも、不思議に思っていたことで、誰ももっともらしい解説をしてくれなかったが、うまい解釈と思えた。

 「時間の流れの速度に違いのありようはずはない。1時間は1時間、1年はあくまで1年。つまり時はいつも同じ速さで流れているはいる川のようなものだが、その川のほとりを流れに沿って歩いていく人間の歩みの速度は年とともに肉体が老化してだんだん遅くなっていき、遅くなっていく歩みの速度と川の流れの速度の相対的な差からして、同じように歩いているつもりの人間にとっては、川の流れがにわかに速くなったような気がするのだと。

 なかなかうがった、うまいたとえようだと思う。

 なるほど、人間は、大人になり、社会的な経験を積めば積むほどさまざまな責任や義理にも駆られて、せわしく生きるようにはなるが、その一方、当人の肉体は老化し、衰えていって歩速が落ち、人生を洗って過ぎる時間の流れと同じ速度では歩きにくくなるということか。つまり、子供の頃には無意識に、むしろ時間の流れよりも速く歩いていたということです」

 数日前から、手首が痛い。痛みは日ごとに増して、物を持ったり、ちょっと動かしたりしただけでも苦痛を生じる。30代で発症した腱鞘炎の再発かもしれない。それより前から右肩も痛い。五十肩だろうか。40代で患ったときは肩が上がらなくて、着替えにも往生した。まだ、そこまでにはなっていないが、不安だ。泳ぎで肩を酷使したのがまずかったのか。

 この肉体的な衰えが老いていくことの最も典型的な姿だ。10代のある時点からは肉体は衰えるばかり。その衰えを肉体の外形や病気、不具合などから思い知らされ、愕然とする。これに対していかなる抵抗を試みようが、肉体を蝕んでくる衰退老化に勝つことはかなわない。負けるしかない。

 「人は誰でも老いるし、その果てに必ず死んでいく。しかし、この自分が必ず死ぬということは誰も信じていない」という。信じないというより、実感できないということなのだと思う。「死は個々の人間にとって最後の未知であり、それ故に最後の未来だ」(仏哲学者ジャンケレビッチ)らしい。

 死は信じたくないし、信じようにも実感できないから、信じようがないのかもしれない。死んでみないと分からないし、死んでしまってからでも、自分で確かめようがないからだ。死んだら、自分がどう感じるのか分かれば面白いが、生きていても分からない。死んでからでも分からない(恐らく)。不思議な感情だ。

 それに比べ、死の前提である「老い」は自分で感じられる。実感できる。しかし、誰しも、自分が老いていることを認めたくないものだ。不老不死を願って、じたばたしたり、逃れようとあがいたり、したくなるものである。それが人間と言えば、人間でもある。

 大切なことは老いの不可逆性を知った上で、それでもなお、肉体が老いかつ死するとの公理を踏まえ、厳然と死に臨む己を維持する、その姿勢を堅持することだ。老いて死に至るプロセスが重要である。座して死を待つよりも、じたばたしながらも、生を全うする努力をやめないことではないか。

 「大切なことは、老いてもなお、その人間がどのような意思を持ち、何に対して、どんな姿勢で臨んでいるかということだ」との石原氏の言葉には敬意を表したい。そろそろ、「老い」や「死」についてじっくり考えなければならない時期を迎えているようである。

若月

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/08/26  19:27


新宿大ガード横の思い出横丁に久しぶりに足を踏み入れた。昔は「しょんべん横丁」と言っていたのに、いつの間にか改名していた。たまたま遭遇した「寄り道blog」をのぞいていたら、「若月」の焼そばについて書かれていた。あれから、もう何週間も経つが、やっとありついた。

 立ち食いそば屋も最近は近代化というか、洗練されたというのか、メニューの中から焼きそばが消えた。お祭りの屋台では定番として残っているが、日常的な店のメニューからはなくなっている。これには甚だ解せないが、鉄板で焼くのが難しいのだろうか?

 若月の焼そばは自家製の太麺だった。野菜はキャベツだけ。どうみても肉も入っていなかった。並380円也。寄り道blogでは感動的な食べ物になっていたが、どういうわけか、さほどの感動なし。でも、焼そばを食べたこと自体は嬉しかった。隣りのおじさんはお酒(菊正宗の常温で1合とっくり)をまず頼んで、その後、焼そばを注文していた。

期日前投票

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2009/08/25  17:52


 30日は東京不在のため、期日前投票に行く。今回で2度目。結構、来ている人がいるのには改めて驚いた。本番とは違って、何となく緊張感には乏しいが、選挙は選挙。それにしても、最高裁裁判官の信任投票はいつまでやるのだろう。判断材料が皆無なのに、どうして審査すればよいのか。

脳は衰えない(3)

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 東京日誌Ⅱ

2009/08/23  07:54


 60歳で定年になって、幸い、それまで勤めた会社に再雇用されたとしても、現役時代のようなライフスタイルは続けられない。仕事的、経済的、時間的にもボリュームダウンし、身体への負荷は格段に減少するものの、組織との関係が半分つながっていることもあって、極めて微妙な存在であることを認めざるを得ない。 肉体的にはまだ、老人と呼ぶには早過ぎ、何とも中途半端な時期である。前期高齢者の仲間入りをできるのも65歳からだし、ましてや本物の老人である後期高齢者は75歳にならないとなれない。前期高齢者になれば、毎月、年金が支給されるとはいうものの、それは細々としたもので、生活が拡大するわけではない。

年相応の服装、年相応の趣味、年相応の生活を余儀なくされると考えれば、こんなつまらないことはない。生活にワクワク、ドキドキもなく、あとは淡々粛々、質素かつ地味に、ひたすら死を待ちながら生きていくのみ。やりたいことも我慢し、時間の経過に身を任すのは楽そうに見えるが、退屈極まりない。死にたくなるほど、退屈だ。

おまけに、記憶力の衰えや体力の低下を身をもって実感させられるのだから、「自分は年だ」「もう若くない」「おとなしくする以外ない」と考えるのは自然の成り行きだ。悔しいけれど、これが現実の姿だ。これからは一段と脳も衰えるし、何をやっても、無駄ではないか。そう思っていた。

しかし、「脳はいくつになっても衰えない」となると話は別だ。衰えないばかりか、60代、70代でも鍛えれば、どんどん発達するというのならば、チャレンジしない理由はない。やりたいことがあるのなら、なおさらだ。人生をあきらめることはない。もちろん、今までと同じやり方をする必要もない。新しいスタイルでやればよいだけだ。

「生涯現役」のワーク・スタイルを標榜していても、それはあくまで生活を細々と維持するためで、60代、70代の人生を飛躍させようとは考えないのが普通だ。資金的な裏づけがないことも行動にブレーキを掛けている。収入増の要因がない限り、冒険的な行動には出られないものだ。縮小均衡路線でいくしかない。

しかし、脳が死ぬまで発達することができるのならば、考え方を変えてもいいように思う。「もう社会人としての役割を終えた」と家に引っ込んで縮小均衡生活に入る必要もなくなる。長くかけて積み上げた蓄積を基に、海馬の機能を使って、新しいアイデアを生み出せばよいのではないか。

年を取ったからと言って、「現役を引退する」必要は全くない。「実務者」ではなくなるが、社会に知恵を生かしていく「伝達者」として、新たな役割を担うことができる。人間の脳も人間が生涯現役を担えるよう、進化・発達できるようできているという。

進化・発達する脳を手に入れ、生涯現役を目指すためには、新たな学習や肉体維持のための運動継続など地道な努力が求められる。しかし、そのくらいの努力で退屈な「ポスト定年」から脱出できるのならば、トライしてみても損ではあるまい。そう考えただけで、何だか老人を生きていくのが楽しくなった。

脳は衰えない(2)

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 東京日誌Ⅱ

2009/08/22  17:16


 脳には1000億個の神経細胞が集まっている。この神経細胞は生まれたときが一番多くて、あとは1秒に1個くらいのものすごいペースで死んでいく。脳全体ではそうだが、実は1000万個の細胞を持つ海馬では死んでいくと同時に、新しい細胞が次々と生まれてもいるという。 何歳になっても、海馬の神経細胞は増えている。しかし、死ぬ以上に生まれるスピードを速くするためには当然のことながら、海馬を使い込むことが前提のようだ。つまり、「海馬は使っていないとしぼむ」(池谷氏)のだ。

海馬の神経細胞の数が多ければ多いほど、たくさんの情報を同時に処理できる。海馬が大きく発達していると、記憶力が高まることが実験によって確認されている。人によって、10%や20%の神経細胞数の違いが出るという。個人差が大きい。

海馬の神経細胞を増やすことも重要だが、もっと重要なのは神経細胞と神経細胞をつなぐ結合部である「シナプス」。シナプスはモノを記憶できる上、同じ線上でも、ある地点にあるシナプスと別の地点にあるシナプスでは記憶が異なるという。1つの神経細胞にはおよそ1~3万個のシナプスがあるという。

神経細胞を1個1個ばらばらにしても、ネズミにも人間にも差がないとか。昆虫でもなめくじにも神経細胞はあるが、人間との差は関係性。神経細胞と神経細胞が織り成す社会が違う。ネットワークのパターンが違うという。つながり方が違う。関係の自由度も人間は他の動物に比べ、とても高い。

神経細胞は意外とタフで、大丈夫。使えば使うほど密になる。シナプスを形成する。「神経細胞同士の関係を『都市設計』だと思うと理解しやすい。都市をむやみに増やしても、道が通じていなかったらだめだし、逆に少ししか都市がなくても、その間をびゅんびゅん車や飛行機で飛んでいたら、自由にすばやく行き来できる」(糸井氏)

シナプスのネットワークを頭の中につくることが考えることで、シナプスの増加に関しては年齢制限などない。人間は死ぬまでずっと、頭を良くし続けることができる」と佐藤富雄氏は強調する。60代、70代でもどんどん脳は発達するので、「再学習」し、学びの人生を提案。『50歳からの勉強法』の副題が「自分の夢が実現する」となっているのはこのためである。

海馬のメカニズムを知ることで、何となく、これからの人生に自信が湧いてきたのは嬉しい。本当にそうなのかは別にして、そう考えることができるだけでも楽しい。脳は前向きだ。