2012年7月 のアーカイブ

『不愉快な現実』

カテゴリー: Books

2012/07/31  23:24


 

書名:『不愉快な現実』(中国の大国化、米国の戦略転換)
著者:孫崎享(外務国際情報局長、駐イラン大使、防衛大学教授を歴任)
出版社:講談社現代新書(2012年3月20日第1刷発行)

『Soldier of Love』

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2012/07/29  09:46



Sade – Soldier of Love

Sade | Myspace Music Videos

 

 

映画『The Lady』(アウンサンウーチー ひき裂かれた愛)の最後に流れる曲にはびっくりした。スーの心の状態をそっくり映したような物悲しく、それでいて内に強い意志を秘めた調べを奏でていたからだ。

女性ボーカルのシャーデー・アデューを中心とした英国の4人組グループが2010年3月にリリースした「Soldier of Love」。1980年代に大ブレークしたグループとしては6枚目のアルバムの1曲だという。私には初めて聴く曲だった。

初めてのブルーベリー摘み取り

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2012/07/28  11:59


1カ所にまとまって鈴なり

 

色が変わっていくのが面白い

 

毎朝、駅まで歩く道の途中は少なくなったとはいえ、まだ農地が残っている。キャベツ畑が多いが、4年前から1つの畑で、果樹らしきものの栽培が始まった。土壌にビニールシート状の黒マルチを張り、等間隔で苗木を植え、水遣りして育てる。いつの間にか、蚊帳のような覆いもかかっていた。3年間それが続いたが、春になって、看板が立った。

 

ブルーベリー摘み取り園だった

 

宮本さんの敷地内で受付をし、そこから入る

 

ツツジ科スノキ属の低木果樹

 

高松四丁目宮本園のブルーベリーは7品種170本。2009年の秋に植え付けたものが今年初めて収穫できるようになったのだという。実がなるようになるのは時間がかかる。「桃栗3年、柿8年」という。「もう1年待ったほうがよいと言われたが、よく育ったので思い切って当初予定通り、今年から開園したんです」と宮本正裕さん。

ブルーベリーに含まれるアントシアニンが目に良い効果をもたらすということでブルーベリー人気は高まるばかり。都内練馬区だけでも宮本園を含め、開園する観光農園が増え、今年は27カ所になったという。

アイスクリームのブルーベリー添え

 

それにしても暑かった。摘み取りするのはせいぜい30分程度。真夏の太陽が照りつけ、目がくらくらしそう。目に良いブルーベリー狩りで、目を痛めたのではしゃれにもならない。1時間足らずで切り上げ、シャワーを浴びて、アイスクリームに乗せてブルーベリーをいただきました。

 

 

『The Lady』

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2012/07/27  19:05


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作品名:『The Lady アウンサンスーチー 引き裂かれた愛』
キャスト:ミシェル・ヨー(アウンサンスーチー)
デーヴィッド・シューリス(スーの夫マイケル・アリス)
監督:リュック・ベッソン(2011年/フランス)
観賞館:シネマスクエアとうきゅう

 

アウンサンスーチーは今や時の人である。自ら望んでそうなったわけではなく、凶弾に倒れたビルマの独立運動家の父・アウンサン将軍の娘として生まれた出自、母の看病のため帰国したビルマで独裁政権打倒を叫ぶ民主化運動のリーダーに祭り上げられた運命などが彼女をして、時代の最前線に押し出した。

オックスフォード大学留学中に知り合ったチベット研究者マイケル・アリスと1972年に結婚。長男アレクサンダーと次男キムをもうけた。1985年から86年にかけて京都大学東南アジア研究センターの客員研究員として来日もしている。

彼女の人生が変わるのは母の看病のためにビルマに帰国した1988年から。62年の軍事クーデターにより政権を奪取したネ・ウィン軍事政権は強権的な政権運営を行い、民主化運動を抑圧。スーが里帰りした当時は学生を中心に反政府運動が激化、政権側の弾圧も強まっていた。

NYヤンキーズのイチロー

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2012/07/26  13:06


ヤンキーズのイチローを見られるなんて(ピッチャー・マリナーズ岩隈、26日NHKBS)

 

盗塁するもタッチアウト(同)

 

米大リーグ・シアトル・マリナーズのイチローがニューヨーク・ヤンキーズに24日(日本時間)、電撃移籍した。地下鉄ホームのキオスクに並んだ夕刊紙の大見出しで初めて知った。びっくりした。あわてて夕刊紙を買って記事をむさぼり読んだ。

2001年にマリナーズに入団、11年半にわたって同チームでプレーした。イチローと言えばマリナーズだった。それが23日(現地)、シアトルでのヤンキーズ戦前に退団会見と入団会見を行い、会見3時間後に8番右翼でマリナーズ戦に出場。初打席初安打を放った。イチローらしい移籍劇だった。

日本時間26日朝の対マリナーズ第3戦を仕事をしながらチラリ、チラリみた。シャッターチャンスは間に合わなかったが、ヒットで出塁した一塁ベース上の、ヤンキースのユニホームを着たイチローが大写しになった。こんな姿を見るとは想像していなかった。こんなことがあるから世の中面白い。ニュースをつくるイチローも面白い。人生いろいろだ。

野菜炒めそば@農水省

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2012/07/24  12:06


普通盛り+野菜炒め

 

この日のお昼は久しぶりに農水省の「野菜炒めそば」に食べようと朝から心に決めていた。東京メトロ丸の内線で池袋から霞ヶ関に移動。目指すは農水省北別館1階にあるそば屋「藪伊豆」。今は中央合同庁舎第1号館の中にある。

今もそこにあったが、どういうわけか店の名前が「藪伊豆」から「日豊庵」に変わっていた。野川麺業(本社・千代田区外神田)の展開するそば屋で、農水省のほか、法務省、国交省、東京高裁、衆議院、参議院の6店舗を霞が関で運営している。

ここの冷やし野菜炒めそばが好きだ。少し胡麻の香りのする野菜炒めが何とも言えない絶妙な味で、食べていて幸せになるのだ。値段も350円と安い。昔、農水省記者クラブに詰めていたときから愛用していた。この味は変わっていない。

この日は定番を頼んだが、あとでメニューを調べ直すと、「2食そばセット」を食べれば良かったと思った。カレーそばと冷やし野菜そば(小)の2食で480円也。

猛暑の中、鶴の噴水が気持ち良く水を噴き上げていた(日比谷公園)

池袋西口散歩

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

  09:29


診療科がずらり

6月から始まった新たな胃腸病院通いも今日で3回目。現役時代は考えられなかったが、それも事実上終えた今は健康第一。会社より健康だ。昔は健康を二の次にして仕事にいそしんだ。それを良しとしたのは決して正しかったとは今は全く思わないが、当時はそう考えたのだろう。その結果が病院通いの現実だ。自分で播いた結果は自分で引き受けるしかない。

病院の所在地は池袋。東池袋には昔、スポーツクラブに通っていたので、土地鑑もあったが、病院は西池袋。東と西ではまた雰囲気も違って、全く未知の世界だ。診察を受けるまでは気が重いが、それを終えると、途端に気分が晴れる。しかも、今日は1日休みを取った。自由だ。好きなドトールで診断メモを作りながらコーヒーを飲むのは悪くない。しかも平日の午前だ。

外から外観だけを(8/22午前撮影)

メトロポリタンホテルの裏側に自由学園明日館(みょうにちかん)がある。1921年(大正10)、羽仁吉一・もと子夫妻が創立した自由学園の校舎だ。帝国ホテルを設計した米フランク・ロイド・ライトの設計によるプレイリースタイル(草原様式)と呼ばれる様式は彼の出身地・ウィスコンシンの大草原から着想を得たという。関東大震災や第二次大戦の空襲からも逃れた歴史的建物で、1997年に国の重要文化財に指定された。

ホール(8/22午前撮影)

 

校舎が1934年(昭和9)に南沢(東久留米市)に移転してからは、主に卒業生の事業活動に利用されたりしているという。、昔、一度ここでレセプションがあって、ぜひ参加したいと思ったが、転勤があって時間がとれず断念したことがあった。老朽化が進んだため、1991年から2001年にかけて保存修理工事が行われたのち再開業。現在結婚式会場としても使われている。館内見学も可能だが、この日は都合で外観を眺めることしかできなかった。

明日館から池袋駅に戻る途中、メトロポリタンホテルのそばで「池袋地名ゆかりの池」と書かれた石碑を見つけた。

「池袋地名ゆかりの池」の石碑

 

カラ池だった

 

「むかし、このあたりには多くの池があり、池袋の地名は、その池からおこったと伝えられている  池はしだいに埋まり、水も涸れ、今はその形をとどめていない」(東京都豊島区教育委員会)らしい。

 

塀には「ふくろう」の絵が何点も

 

こんな「ふくろう」も

 

「いけふくろう」は池袋のシンボルだ。池袋駅東口北側地下通路にある待ち合わせ場所に置かれているふくろうの石碑。いろいろあるものである。

高松町会盆踊り大会

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2012/07/22  22:34


祭り会場は住宅街の一角

 

踊る人の輪

 

祭りも佳境に

『原発報道とメディア』

カテゴリー: 資源/エネルギー/環境, Books

2012/07/20  07:42


 

書名:『原発報道とメディア』
著者:武田徹(ジャーナリスト/評論家/恵泉女学園大学人文学部教授)
出版社:講談社現代新書(2011年6月20日第1刷発行)

 

新書ながら、読み応えがあった。

石川PA@中央道

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2012/07/16  02:20


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北陸自動車道の木之本IC(滋賀県)から高速に乗ったのは午後5時を過ぎていた。南下し、米原ジャンクションから名神に乗り、東京を目指した。3連休の谷間だったので渋滞を心配したが、総じて走行はスムーズだった。

しかし、名古屋に着くまでに東名では神奈川県内で事故発生、17時23分から上り線御殿場ICと大井松田IC間が通行止めになった。そうなれば、東京に戻る道は中央自動車道のみ。中央道も勝沼IC辺りから小仏トンネル辺りまで渋滞35kmの表示。

途中のSA、PAで時間調整しながら走ったが、中央道の渋滞は午前零時近くになっても35kmは変わらず。東名の通行止めも延々続いた。東名の通行止めは事故が原因らしいが、NEXCO中日本の交通情報は通行止めを繰り返すだけで、状況は説明も復旧見通しについても一切言及なし。

情報のない中で復旧を待たされたドライバーの忍苦は半端なものではないだろう。帰宅後、NEXCOのHPで確認すると、通行止め解除は23時10分だった。通行止めになった17時23分から6時間。事故発生の16時45分からだと7時間は通行不能に陥ったものと思われる。事故は神奈川県山北町の上り線で発生、乗用車2台とバイク2台が絡む多重事故が起きて2人がけがし、1人は重傷を負ったという。

調整に次ぐ調整で中央道の料金所を通行し、中央道最後のPA・石川PAに着いたのは午前2時を過ぎた。小仏トンネル辺りは多少渋滞が残っていたものの、流石渋滞区間は5kmぐらいまで短くなっていた。