2013年11月 のアーカイブ

丹波のコロッケ

カテゴリー: 丹波日誌

2013/11/25  21:56


 

大きつねうどん

大きつねうどん(薬草薬樹公園リフレッシュ館「おときや」)

 

真っ赤に紅葉したもみじが映える

真っ赤に紅葉したもみじが映えるコロッケ(同おときや)

 

丹波地方は昼頃になって雨になった。山口県への出張の帰途、兵庫県の実家に寄り道した。親戚や自宅近くの地縁者、さらには小学校の同級生などに不幸があって、お悔やみに行く必要があった。

隣町の親戚にお供えとご香料を持って訪問した。90過ぎていたから大往生。養子にきた父方の実家で、小さいときにはよく遊びに行った。ずいぶんお世話になった。

倒れて1週間で亡くなった。直前まで農作業に精出していたという。苦しむこともさほどなく、病院に運ばれて10日ほどで亡くなったとか。そういう死に方は本人にとっても残された家族にとってもまだ幸いだ。

同じ部落の同級生の場合は違う。自営の雑貨店を夫婦で営んでいた。子どもはいなかった。医者の最初の診立ては風邪だったという。しかし、本当は肝臓ガンだった。それが分かったときは手遅れで、あっという間に亡くなったという。

誤診で対応が遅れたのが致命的だった。5月の連休にビールを運んでくれたのは彼ではなく、奥さんだった。昔はたばこの売り上げが町内1位だったときもあったが、最近は配達の比重が高かったという。腰に来ていたはずだ。そう言えば、集金にきたときに体調が良くないと聞いたことがある。

近所でも不幸が2件あった。うち1件は戦後ずっと、小作をしてもらっていた家だ。木苗の栽培などで功績のあった人で、夫人によると、体調が悪くなっても「木苗の出荷に多忙な時期に病院なんか行っておれない」と抗弁して、病院を忌避していたという。

健康より仕事を優先する人はいる。よほどのことがない限り、健康を後回しにし、仕事優先主義を貫く。そのとばっちりは必ずあとでやってくる。そして本人が痛い目に遭うという寸法だ。世の中、帳尻が合っているものだとこの頃はしきりに考える。

お寺にも寄らなければならなかった。年末のお歳暮を持っていくのが決まりだ。強制ではないらしいことが最近になって分かったが、どうもすぐには止められない。気持ちの問題もある。

高齢の住職に代わって副住職に会って、来年5月に行う母親の1周忌の日程を決めた。最近はお寺さんも忙しい。かなり前から予定を押さえておかなければならないのだ。

お墓の問題もあるし、お寺との付き合いは重要だ。果たしていつまでお付き合いをできるかの問題もあるが、おろそかにできない存在だ。

忙中閑で、昼間に立ち寄ったのが丹波市立薬草薬樹公園リフレッシュ館(丹波市山南町和田)。生薬配合のお風呂には何度も浸かっている。外は雨。そんな日中にお風呂に浸かるのはいいものだ。

2階にあるのがお食事処「おときや」。ここでいただく薬膳料理はちょっとしたものだが、この日はきつねうどんとコロッケを食べた。揚げ立てで熱々のコロッケのかたわらにモミジの葉っぱが添えられていた。これだけで料理がぐんと引き立つ。洗練された京料理に引けをとらない。

トタン屋根張り替え

カテゴリー: 丹波日誌

2013/11/24  21:56


吹き替えの終わった大屋根

張り替えの終わった大屋根

吹き替え前はトタンが粉を吹いていた

張り替え前はトタンが粉を吹いていた

 

大屋根のてっぺんの風景はこんな感じ

大屋根のてっぺんの風景はこんな感じ

 

トタンの継ぎ目や釘を打ったところが腐食

トタンの継ぎ目や釘を打ったところの腐食が特にひどい

 

作業はこんなふうに階段を作って行う

作業はこんなふうに階段を作って行う

 

トタンをめくれば茅が現れる

トタンをめくれば茅が現れる

 

懸案だった大屋根を張り替えた。前回張り替えたのは恐らく30年以上も前のこと。年柄年中、時には激しく、時には何日も風雨にさらされ、雨から家を守ってくれる屋根。そんな屋根も時間の経過とともに腐食していく。

1年や2年、10年や20年はそれでも何とか守ってくれる。しかし、それが30年も40年も経つと、流石に金属疲労が始まる。とりわけこの大屋根は3枚のトタンが使われている。それを継ぎ合わせ、その上に釘が打たれている。

腐食が始まるのはトタンの継ぎ目や釘を打ったところ。その辺りがどうしても腐食する。宿命だ。もう何年も前から目に見えて粉が吹くような状態になっていた。そして何カ所で雨漏りが始まった。

「獺祭」のふるさと

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 酒/酒場/居酒屋

2013/11/23  23:03


取り壊される前の旭酒造の建物(旭酒造提供)

取り壊される前の旭酒造の店舗(旭酒造提供)

 

店舗は取り壊しの真最中だった

旧店舗は取り壊しの真最中だった

 

 

今回の取材旅行の目的地はここだった。大吟醸酒「獺祭」(だっさい)で人気沸騰中の旭酒造(山口県岩国市周東町獺越)。前泊地の福山市から山陽道を西に走ること約300km。岩国ICを下りてから国道2号を西にまた30分ほど走った山間の町だ。

桜井博志社長にインタビューし、その後酒蔵を見学した。日本酒業界における獺祭のサクセスストーリーは有名。メディアには獺祭情報があふれており、取材はそれを確認するようなものだったが、確認するにしても、やはり現場に足を運ぶことに意味がある。

よくもまあ、こんなに草深いところから、東京市場に進出し、「大吟醸酒出荷量ニッポン1」という今日の地歩を築いたものだと思った。しかも、東京市場にあきたらず、今や世界に乗り出している。グローバル時代を象徴するような話だ。

「地元で食えなくなったから東京市場に打って出るしかなかった」と桜井社長は淡々と語るが、誰でもそれができるわけではあるまい。しかし、それを成し遂げた獺祭はやはり賞賛に値する。いやはや、世の中捨てたものではない。面白い。

 

神石高原の秋

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2013/11/22  22:52


神石高原ホテルの日本庭園

神石高原ホテルの日本庭園

 

同上

庭の後方に立地するのがホテルの建物

 

山並みを望む

周囲には神石高原の山並みが広がる

 

お茶をいただく

立礼席でいただいたお抹茶

 

太陽が昇る(翌朝)

太陽がいままさに昇ろうとする(翌朝)

 

目的地は山口県岩国市だが、たとえ着いても東京からだとかなり遅くなる。途中で一泊するしかなかった。神戸や岡山、倉敷、広島などの旅館・ホテルを当たったが、3連休の前日だったので、これはと思ったところはどこも満室で取れなかった。

何とか取れたのが神石高原ホテル(広島県神石郡神石高原町時安)。山陽道を岡山県から広島県に入ってすぐの福山東ICで下りて182号線を北の東城方面に向けて約30分走らせた神石高原町。神石町を含む神石郡4町村の合併(2004年11月)で誕生した町だ。

周囲には標高600mの高原が広がる。11月後半の高原は全山紅葉していた。まさか高原リゾートに宿泊するつもりはなかったが、結果的にそうなってしまった。

すばらしいのは日本庭園「東林苑」。神石高原より眼下に広がる山並みを借景とし、1万坪の敷地を有する。設計者は「足立美術館」(島根県)の日本庭園を手掛けた中根金作氏だという。腰痛持ちなので歩き回るわけにはいかなかったが、実に見事な庭園だ。

庭園内には趣の異なる4棟のお茶室が佇んでいる。そのうちの1つの秀嶺軒でお抹茶をいただいた。秋のモミジやドウダンツツジだけでなく、春はシダレザクラ、夏はサツキやナツツバキ、冬はクロツバキやオトメツバキ四季折々の表情を見せるという。仕事の前だったが、意外なところでくつろいだ。

朝ひつまぶし

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 食/食堂/レストラン

  21:59


朝ひつまぶし

朝ひつまぶし

 

東京・練馬の自宅を出発したのは午前3時だった。とにかく午前4時までに高速に乗らないと平日5割割引にならない。時間帯が時間帯だけに、3時30分には東名自動車道の東京インターに入った。後は走るだけだ。

今夜の泊まりは広島県福山市。とにかく走りに走るしかない。我ながらよく走った。朝のラッシュ前に名古屋を抜けようとひた走った。東名・豊田東JCTで伊勢湾岸自動車に入り、8時すぎには四日市市を通過し、新名神・土山SA。ここで朝食を摂った。

 

これがなかなかのお味でした

これがなかなかのお味でした

 

ここで見つけたのが近江三昧土山の朝食メニュー。その名もずばり「朝ひつまぶし」。お椀の中にうなぎのタレを付けたおにぎりが1個入っていた。周りに小さく刻んだうなぎと焼いたお餅が配置されている。

おにぎりを半分ほど食べたあと、だしをかけてお茶漬けにした。朝からうなぎというのもお腹に重いように思ったが、量がそんなでもないし、うなぎもごく少量。むしろ物足りなかった。お餅もなかなかのお味でした。

これは土地の料理ですか、と聞いたら、「オリジナルなメニューです。恐らく他には出していないと思います」という返事が返ってきた。所変われば品変わるだ。

 

 

 

木原生物学研究所を訪ねる

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション, 途上国/ODA

2013/11/18  23:10


干ばつに強い小麦を育てる

干ばつに強い小麦を育てる

 

アフガン人留学生に指導する坂智広横市大教授

アフガン人留学生に指導する坂智広横市大教授

 

紅葉見物も体力勝負

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 花/木/樹

2013/11/17  22:51


光が丘公園に続く道

光が丘公園に続くイチョウ並木

 

なかなかの紅葉だ

紅葉と黄葉のコントラストも鮮やか

 

地元の都立光が丘公園(東京都練馬区/板橋区)で開催中のJA農業祭をのぞいた。収穫祭を兼ねたもので、毎年紅葉のピークのこの季節に開催されるので、今年の東京の紅葉を確認しに行く感じだ。

カメラの具合なのか、なかなか鮮やかだ。イチョウの黄葉とのコントラストがまた絶妙だ。ふるまわれる辛味餅と、3個入りパック200円の熱々田舎まんじゅうを買って食べるのがささやかな楽しみだ。

今年は体調が思わしくなかったこともあって、品評会に出品された野菜や果実、花きなどの即売会はパスした。1時間ほど並んで、格安な野菜や花を物色するのが楽しいのだが、これまた体力勝負だ。

何をやるにも体力が必要だ。仕事をするのも遊ぶのも体力があってこそだ。食べることやお酒を飲むのにもそれなりの体力がなければ、その気にならない。すべては体力と気力が必要だ。それが衰えるのは悲しいことだ。

紅葉を見るのも体力があれば、ベストスポットに出掛けられる。出掛ける気分にもなれる。しかし、体力が衰えれば、そういう気分にならない。近くの公園で済ませることになる。そのうち、出掛けるのもおっくうになることだろう。これが老化ということなのだろうか。

 

『里山資本主義』

カテゴリー: Books

2013/11/13  23:03


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書名:『里山資本主義』-日本経済は「安心の原理」で動く-
著者:藻谷浩介(日本総合研究所調査部主席研究員)
NHK広島取材班
出版社:角川書店(角川ONEテーマ21)

 

2008年秋のリーマンショックで世界が陥った経済危機の本質を取材し、NHKスペシャル番組『マネー資本主義』を作ったNHKのテレビマン氏が広島放送局に転勤になって、中国山地のあちこちで始まっている自然主義的な実践・挑戦を『里山資本主義』と捉えて提唱したものだ。

マネー最優先主義に毒された都会人が地方に住むことになって、アンチー・マネーに目覚めていく姿を浮き彫りにしただけで、別段「里山資本主義」などと仰々しく命名するのはちゃんちゃらおかしいと切り捨てれば身も蓋もないが、「里山資本主義」という概念を示した提案力には敬意を表したい。

■「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。お金が乏しくなっても水と食料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、あらかじめ用意しておこうという実践だ(121p)。

■われわれの考える「里山資本主義」の最初の動機はリスクヘッジかもしれない。しかし実践が深まれば、お金で済ませてきたことの相当部分を、お金をかけずに行っていくことも可能になってくる。生活が二刀流になってくるのだ(138p)。

■「都会のスマートシティー」と「地方の里山資本主義」が車の両輪になる。これからの日本に必要なのは、この両方ではないだろうか。都会の活気と喧噪の中で、都会らしい21世紀型のしなやかな文明を開拓し、ビジネスにもつなげて、世界と戦おうという道。鳥がさえずる地方の穏やかな環境で、お年寄りや子どもにやさしいもうひとつの文明の形をつくりあげて、都会を下支えする後背地を保っていく道(248p)

荒天でまたも船に乗れず

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会, 資源/エネルギー/環境

2013/11/11  23:41


福島復興浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業運転開所式

あいさつする丸紅の宮田執行役員(福島洋上風力コンソーシアム代表)

 

ホテルのベランダから太平洋を望む

ホテルのベランダから太平洋を望む

 

 

撮ったのはこのカメラ

撮ったのはこのカメラ

 

岡倉天心ゆかりの地「六角堂」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 絵画/彫刻/音楽

2013/11/10  23:28


再建された六角堂

再建された六角堂

 

洋上風力発電の取材で福島県いわき市を訪れた際、ホテルのチェックインまでに時間があったので、思い付いて岡倉天心(1863~1913)が人生の後半を拠点とした六角堂(茨城県北茨城市大津町五浦)を訪れた。雨交じりの荒天で波が高く、荒涼とした風景だった。

六角堂は太平洋に臨む岸壁の上に立つ、天心遺跡のシンボルだ。3.11の津波に押し流され、流失したが、国の復旧予算と寄付金によって1年後に創建当初の姿で再建されていた。

ごつごつした岩がそびえる五浦(いづら)の崖の上にちょこんと建つ小さな赤い建物。岡倉天心は1903年(明治36)、40歳のときに五浦に転居。自分の設計で六角堂を建築し、翌年には横山大観らを呼び寄せた。

通常は崖の少し上の敷地に建てた家に住んだ。和風の母屋。前庭はボストンから取り寄せた芝生が植えられ、洋風になっている。天心は六角堂にこもって仕事をしたという。

 

茨城県天心記念五浦美術館

茨城県天心記念五浦美術館

 

天心の業績を讃えた記念館がこちら。車で10分くらい離れた丘に建っていた。