2006年2月 のアーカイブ

「信長の棺」

カテゴリー: Books

2006/02/26  23:33


加藤廣氏の歴史ミステリー小説「信長の棺」(2005年5月、日本経済新聞社)を読んだ。小泉純一郎首相が「面白かった」との読後感を述べて、それで火が点いたベストセラーだ。ベストセラーに手を伸ばすことはあまりしないが、どうも気になって手を取った。

 著者の加藤廣氏は1930年生まれの経営コンサルタント。本作品は作家転向の第1作だというから、75歳の処女作品だ。経済、経営書の著作は数多くあるそうだが、小説は初めてだとか。構想は、20年以上前の京都の阿弥陀寺に端を発するようで、作品完成までには多くの年月を要している。

 郷里が織田家と係りのある町だったから、織田藩については若干の知識はあるものの、好きな人物ではない。自分の性格と相容れないものを感じていたし、本書を読んで、かくも多くの一般民衆を苦しめた男であることを知って憤激を覚えた。

 びっくりしたのは「隠れ里・丹波」が出てきたことだ。信長や秀吉時代の丹波の姿が小説の中で登場してきたのはこれまでに記憶になく、それだけに実に懐かしく、嬉しい気分を味わった。予想も期待もしていなかったことで、意外性に驚いた。これだから、読書はやめられない。


 (追伸) その後、「文芸春秋」1月号を何気なく読んでいたら、「75歳ベストセラー作家の誕生」のタイトルが目に飛び込んできた。加藤氏がベストセラー誕生秘話を語っていた。要は好奇心だろう。「文学は老人の仕事」かどうかはともかく、老人も仕事がないと精気を失うことだけは確かだ。

真壁のひなまつり

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  14:36


「 蔵の街・真壁のひなまつり」のポスターを駅で見掛けてから気になって仕方なかった。「出会いとおもてなしを大切に、真壁の古きよき町並みの中にたくさんのお雛様を飾ります」。こうなるともう行って自分の目で確かめるしかない。 

 池袋→小山→下館までJR東北線と水戸線を乗り継ぎ、下館からは関東鉄道バス。茨城県真壁町は2005年10月、岩瀬町と大和町が合併して桜川市に変わっていた。東京から70キロ。東側に名峰・筑波山を見る北関東の町。遠かった。

 遠かったが、町並みは一見の価値ありだ。承安2年(1172年)に真壁長幹氏が真壁城を築き、以来、真壁氏は430年間、この地を治めた。戦国城下町の1つで、関ヶ原の合戦後、真壁氏に代わり真壁藩主になった浅野氏(後の赤穂藩主)が五間堀と土塁で囲まれた屋敷を築き、現在の町を完成させた。それが今もほぼそのまま残されている。

 江戸時代にはお城がなくなり、陣屋を中心とした商業地として栄える。特に大坂などから大量に買い付けた木綿を取引する市が真壁では月に7回も開かれた。多くの商人が集まったことで、木綿以外の品物も盛大に扱われ、真壁は大変な繁栄を謳歌した。

 昔の商家が店先で、お雛様を飾る「ひなまつり」の開催は03年から。ひなまつりを通して「和の文化、和む心、人の和」が広がってほしいとの願いを込めて、ひなまつりは「和の風」の名前が付けられている。4回目の今年は「和の風第四章」(06年2月4日~3月3日)。展示されているのは店舗や一般家庭など133軒。

 真壁では塚本家で飾られている江戸時代の「享保雛」が最も古いお雛様だった。左右に明治と昭和のお雛様が座っていた。こども時代、2月になると、我が家でも必ずお雛様が飾られた。かなり立派なお雛様だったことをかすかに覚えている。蔵から出されなくなって、もう随分経つ。あのお雛様はどうなったのだろうか。

NHKスペシャル「気候大異変」

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/19  22:56


 18日(土)、19日(日)の二夜連続で放映されたNHKスペシャル「気候大異変」は実に恐ろしい番組だった。地球温暖化の影響で世界を見舞っている異常気象が未来の予兆であることを日本のスーパーコンピューター「地球シュミレーター」が突き付けているからだ。

 その予測によると、100年後の世界は二酸化炭素の濃度が倍増し、気温が最大4.2度上昇、東京は正月に紅葉の見頃を迎える。4月は初夏を思わせる日差しが照り付け、海開きは5月、夏は二ヵ月ほど長くなり、冬らしい冬はなくなるという。

 気温の上昇は世界中で熱波による死者の増加をもたらす。2003年、ヨーロッパに3万人超の死者を出した熱波はその予兆だった。一方で、台風やハリケーンなどの熱帯低気圧は巨大化し、カトリーナ級の台風が本州を襲うことが懸念される。

 昨年、スペインと南米アマゾンを襲った数十年ぶりの大干ばつ。スペインの果樹や穀物は大幅減収を余儀なくされ、広大な熱帯雨林のアマゾンは記録的な大渇水に見舞われた。100年後、スペインの穀物生産は40%減少し、アマゾンは砂漠と化するのだ。

 温暖化は世界の食料事情や農村の風景も一変させる。リンゴの生産適地は本州から北海道に移り、コメも唯一増産できるのは北海道だけで、本州はすべて減収、日本全体で10%の減産を強いられるという。

 恐ろしいのは熱帯病のデング熱が北上し、100年後には九州南部や米国南部も感染危険地帯に入ることだ。海面上昇により土地が冠水し、今世紀末には2億6000万人にも及ぶ環境難民の発生が心配される。

 こうした事態を食い止める方法は温暖化ガスの排出を2050年に世界全体で50%削減すること。しかし、温暖化防止策に対する世界各国の利害は鋭く対立し、先のモントリオール会議の議論もまとまらなかった。

 地球の未来のため、果たしてわれわれは何をすべきか。ライフスタイルの見直しを含めて、考え直さない限り、目を覆う地球の大異変を引き受けなければならない。警告をどれだけ自分の問題として受け止められるのか。どんな行動を今すぐに取れるのか。非常に重い警告を「地球シュミレーター」は突き付けている。

プロフィール

カテゴリー: プロフィール

  17:49


▼名前

・長澤 孝昭(ながさわ・たかあき)

・ 『ひとり仕事術』(中本千晶著、バジリコ、2005年10月29日発行)を読んでいたら、これから自分の力で生きていこうと決意した人は「プロフィール」を常にカバンに忍ばせるようにとのこと。”広報活動”が必要だ。

▼経歴
 1948年(昭和23年)生まれ。兵庫県出身。18歳まで郷里で過ごし、高校卒業と同時に大阪・天王寺予備校入学。関西の大学に行くつもりだったが、どうしたわけか、入学先が東京に変わった。以後、東京暮らしは42年に及ぶ(2010年11月末現在)。1浪1留1遊してたどり着いたのが時事通信社の記者。経済部を皮切りに、千葉支局、外国経済部、ロンドン支局、商況部、商品経済部、編集局デスク、水産部、解説委員、神戸総局などを経て2008年9月末定年退職。同10月からは同社と1年ごとの雇用契約を締結。「シニア嘱託」として時事総合研究所に出向し、編集・翻訳業務に当たっている。残業がなくなり、責任もなくなり、おまけに使えるお金もなくなった。それでも、何かやらなくちゃと、「もう一花咲かそうプロジェクト」を始動。何か楽しいことがないものかと目を皿にしているが、どこを見ても大変なことばかり。これが生きることの醍醐味なのだろう。

▼関心テーマ
・コモディティー(商品)市場
・先物経済
・開発途上国問題
・英語学習

▼著書
・『異文化との接点で』(解説、時事通信社、1996年3月)
・『パラグアイ職業訓練事後報告書』(JICA、1999年3月)
・『先物ビッグバン』(東洋経済新報社、1999年6月)
・『グローバル8つの物語』(共著、国際開発ジャーナル社、1999年8月)

▼趣味
・知らない土地を歩き回ること

鬼平犯科帳スペシャル~兇賊

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/18  16:46


 「鬼平犯科帳スペシャル~兇賊」(2月17日、フジ=午後7時57分)を観た。夜勤で帰宅したのは18日午前1時20分。風呂に入って、やっぱり観たくなった。VTR。今日は休みだったし、観たい時が観たい時。2時から4時まで2時間、鬼平の世界に浸った。

 そう言えば、1年前の2月12日にもスペシャル「山吹屋お勝」を観た。その時は確か4年ぶりのスペシャルだったと思ったが、1年後の制作はこの番組が国民的人気を得ていることの表れだろう。

 芋酒の暖簾を掛ける居酒屋の亭主・九平(小林念侍)はふらっと店にやってきた長谷川平蔵(中村吉右衛門)の人柄にほれ込むが、一人働きの元盗賊でもあり、行方をくらます。その九平は旅先で、平蔵が追っていた盗賊・甚五郎(大杉漣)たちが「平蔵の命を取る」と話していたのをたまたま聞く。平蔵は甚五郎の仕組んだわなにはまる。

 平蔵と甚五郎、それに九平が絡んで、しっとりとしたと大人の人情話が繰り広げられる。芋料理のうんちくもふんだんに散りばめられることも楽しい。池波正太郎の原作がしっかりしてこそのメリハリの効いたドラマだ。

 平蔵の内儀・久栄役の多岐川裕美、密偵のお政役の梶芽衣子の容色の衰えは如何ともしがたいが、おなじみの顔触れが今年も同じ役を務めているのを知って、ひどくほっとした。時代はスピード感のある変革を求めるが、変わらないことの魅力も抗いがたいものだ。

 若い頃は変革を求めたが、歳を重ねるにつれて不変への愛着が募るのは自然の習いか。時代に付いていくのが億劫になっているのは確かだ。付いていくことへの情熱が希薄になっているのは認めざるを得まい。これは精神の怠惰か、それとも単なる肉体の衰えか。

「焦らず、引かず、休まず」

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/17  01:42


「 目標を持った奴が勝つ時代やね。サラリーマンも非難を恐れて行動を鈍らせたら、精神が内攻していくぞ。目標に向かってどんどんハミ出しなさい。

 現代人に必要なことは、焦らず、引かず、休まず、この3つの柱やないですか。焦って何かをしようとしたらケガする。休んでしまったら落ちてしまう。引いてしまったら終わりやしな。

 どんな小さいことでもええやし。目標に向かって焦らず、引かず、休まずを自分のペースでやっていけば、不安なこの時代を乗り越えられるはずや。」

 小春日和だったこの前の土曜日、近くの公園を散歩した後、立ち寄った図書館で手にしたのが『人生を愉しむ心得』(藤本義一、青春出版社、1998年)。ぺらぺら開いたページで目にしたのが上の言葉だ。いつも持ち歩いている手帳に、それを書き写した。

 それにしても、どこかで、こんな言葉を読んだことがあったっけ。どこでだろう?自分の気にいった言葉は書き写すことがいつの間にか癖になっていた。手帳をぱらぱらめくっていたら、ありました。同じ著者の同じ本の同じ場所を引用していた。日付けは2000年4月2日。

 こんなことってあるのだろうか?あるのだろう。1人の人間が感心、感動、共感するものというのは、そんなに変わらないのかもしれない。同じような部分に何度も共鳴し、それへの共感がその都度強固になり、最後には確信、信念に固まっていくような気がする。

 それにしても、何という偶然の一致か。何か、1人の人間の個性が確立していく過程を見てしまったような気がしてならない。大したことではないのに、大したことのように感じるのもどうかと思うが、意外とこんな些細な現象の中に、一片の真理が潜んでいるというのは考えすぎか。

義理チョコ

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/15  23:20


 2月14日はバレンタインデー。今年は義理チョコを3つもらった。1つは銀座の三越で買ってきたという生チョコで、フランス直輸入なのが売り物だとか。輸入元はサティー(名古屋市中区栄3-21-23)。

 チョコレート売場
 ・三越名古屋栄店B1サティーチョコレート売場
 ・三越銀座店B1サティーチョコレート売場

 ・シャボーショコラ(こくのあるまろやかな味に仕上げた定番ショコラ)
 ・ノワールショコラ(甘さをぐっと控えカカオのほろ苦さを味わえるショコラ)
 ・トライアングルショコラ(こくのあるまろやかなショコラにクラッシュしたカカオをちりばめた)

 もう1つは国産。メーカーは「フランス屋製菓」(京都市伏見区竹田真幡木町2-1)。抹茶のこれがまたおいしかった。手作りチョコを作り始めて54年になるという。商品名「春霞S」。大変な年季が入っている。 

 今でこそ珍しくなくなったが、初めて生チョコを食べたときは、こんなうまいものがあるなんて信じられなかった。確か、スイスのジュネーブの駅前に有名なチョコレート屋さんがあって、仕事で行ったときには何度かそこで買ったことがあったような気がする。いやはや大変な時代だ。

 これだけ定着すると、女性もチョコを買うのが大変な作業になっているのではないか。難行苦行じゃないのか。どんなチョコでもよい、というわけにはいかなかくて、目先の変わったチョコ探しに忙しいのだろう。いったん、固まった習慣を変えるのはとても難しい。

スパチャンポン

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/14  23:08


 このところ凝っている食べ物が「スパチャンポン」。その名の如く、スパゲッティとチャンポンの融合物である。チャンポンのスープに麺がいわゆるチャンポンの麺ではなく、スパゲッティの麺が入っている食べ物だ。

 チャンポンは魚介類スープが定番だが、私の食するスパチャンポンは魚介類というよりも、豚肉が入っている。野菜はキャベツとネギ。スープがまた、何とも言えないいい味を出しているのだ。

 別の小皿で出てくるのが紅ショウガ。牛丼屋に欠かせない紅ショウガだ。これを口に入れながら、スパゲッティを咀嚼しつつ、スープをすする。何でだか分からないが、スパチャンポンと一緒に黒ビールの小瓶を注文する。アサヒの黒ビール。ギネスと違って甘ったるいのがまた何とも言えない。

 チャンポンを食べるなら、長崎飯店(虎ノ門)か思案橋(銀座)。この2つしか今のところ知らない。告白すれば、チャンポンなんて食べ物を知ったのはここ10年くらい。食べ物には極めて保守的だ。しかし、いったん味を覚えると、とことん極めたくなる口ではある。

 「スパチャンポン」を見つけたのは最近通い始めたスポーツクラブの食堂。人が食べているのを見て、試してみたのが今では病みつきだ。適度の運動をした後、疲れた身体を休めながら、「スパチャンポン」を食し、黒ビールを飲むのはまさに至福のときだ。幸せ、幸せ、幸せ・・・・・

トリノの思い出

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/13  22:52


 トリノ五輪が始まった。そう言えば、トリノには一度、行ったことがあった。もう随分昔のことだが、想像以上に大きな街だった。大都市と言ってもよく、町並みがきれいだったことをかすかに覚えている。お城があったり、川が流れていたり、中世の趣を湛えた素敵な街だった。

 忘れられないのはこの街で、車上狙いにあったことだ。道路の左側に車を止めたまま、近くのホテルに一泊、翌日左側の鍵穴が壊されていたのに気が付いた。鍵をこじ開けようとして果たせず、そのまま立ち去ったようだ。それ以降、左ドアは鍵が使えなくなった。

 被害に遭った車は「三菱コルトギャラン・サッポロ」。当時住んでいたロンドンから夏休みを利用して大陸にドライブ旅行中だった。オランダ→フランス→ドイツ→スイス→イタリア→フランスと走り回った。トリノは自動車メーカー「フィアット」の本拠地。そんなところに、日本車を持ち込んだことで嫌がらせを受けたのか。そんなところだろう。

 本箱をごそごそしていたら、トリノの市街地図、泊まったホテルのちらし、レストランのレシートなどが出てきた。「Hotel due mondi」に泊まり、「RISTORANTE BREK」で食事している。車上荒らしに遭ったことはしっかり覚えているが、ホテルに泊まったことなど記憶からすっぽり抜けていた。レシートの日付を見ると、1988年8月18日となっていた。 

通信と放送の融合

カテゴリー: 東京日誌

2006/02/11  19:58


 IT(通信技術)の進歩がすさまじい。あらゆる分野にITが採用され始め、その普及速度は文字通り、加速度的だ。携帯電話の基本操作はそれでも何とかクリアできたものの、iPODやポッドキャスティング、ワンセグ放送などとなると、もうお手上げだ。

 次から次へと新手の技術が登場し、どこまで付いていけるのか不安だ。どこかの時点で、付いていく努力を放棄することになるのだろう。もう居直って、むしろ、旧技術に固執するのを良しとするのが目に見えているような気がしてならない。

 ライブドアのニッポン放送株買収騒動以降、社会的にも大きくクローズアップされているのが「通信と放送の融合」。それが身近なところで着々と進行し、「わしゃ知らん」というわけにいかないのが実情だ。

 最も分かりやすい例がテレビ。「わしゃ知らん」で済ませたいと思っても、それだと、2011年7月25日以降、今のテレビでは番組を見られなくなるからだ。「地上アナログテレビ放送」がデジタル化され、「地上デジタルテレビ放送」に移行するからだ。

 移行そのものは03年12月1日から関東、近畿、中京、東北と順次始まっており、06年12月までに全国の放送局でデジタル放送が開始される。11年7月24日まではアナログ、デジタルの両放送が並行ランされるが、11年7月25日からはデジタル放送に一本化される予定だ。

 「通信と放送の融合」の関係で、今最も注目されているのが「通信・放送の在り方に関する懇談会」(総務相の私的諮問機関、座長・松原聡東洋大学教授)。06年1月20日の第1回会合から議論を開始し、「夏の骨太の改革には何とか盛り込みたい」(松原座長)考えだ。

 現状はテレビ=地上波で見る。これがすべて。しかも、県域単位でしか見られない。東京では7局が視聴できるが、7局見られる地域はむしろ例外で、全国的には3局しかみられない地域や2局しか見られない地域も存在する。地上波の中継塔の関係で、電波が届かないからだ。

 しかし、ITが進歩した結果、テレビは地上波(UHFアンテナ)以外でも見られるようになった。衛星波(パラボラアンテナ)やCATV(放送ケーブル)、インターネット(通信ケーブル)がそれで、しかも、地上波のように県域単位ではなく、全国で視聴できる。

 つまり、伝送路が多様化し、地上波=テレビ放送ではなくなった。しかし、現行法は技術の進歩に対応した形になっておらず、さまざまな点で不都合を生じているのが実情だ。懇談会の議論は国民の視点から、放送法を利用者本位に改正することを目指しているが、とりわけ地方のテレビ放送局にとっては既存のビジネスモデルを崩される大改革。死活問題である。

 2月9日(木)、日本記者クラブで行われた松原座長の記者会見には200人ほどの会員が詰め掛け、関心の高さをうかがわせた。NHK改革も俎上に上っている。うっかりしていると、技術革新に取り残される。取り残されても一向に構わないが、実害を被ることだけは勘弁してもらいたいものだ。