『かげろう飛脚』

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書名:『かげろう飛脚』(鬼悠市 風信帖)
著者:高橋義夫
出版社:文藝春秋(2003年2月15日第1刷)

 

「悠市は六尺豊かな巨漢である。目、鼻、口、顔の造作がすべて大きく、肌が白い。怒ると顔面が朱に染まり、さながら鬼の面となる」

「悠市は松ヶ岡藩の御家人ではもっとも格の低い浮組の足軽である。表向きは定まった役目がなく、鳥籠をこしらえるのが仕事の職人だった。悠市が編む鳥籠は、その優美で精妙な細工が、鬼の鳥籠の名で、江戸、上方まで知られている。松ヶ岡領内では売買が禁じられていた」

本書の書き出しはこんな感じで始まる。鳥籠の注文は何カ月も前に奏者番(そうじゃばん)の加納正右衛門を通じて下される。その鳥籠は「献上の品」として届けられる。

悠市が加納から急に呼び出されるのは、極秘の任務を言いつけられるときだ。「奏者番」は聞いたことのない言葉だが、松ヶ岡藩では「幕府の若年寄と寺社奉行を兼ねたような役職」だという。

「上が広く下はすぼまり、形は備前焼の水瓶を模している。細い竹のかすかな色合いの加減で、籠の中に雲が浮いているように見える。材料を選ぶのに、鬼悠市は苦労をした。『浮雲』と名付けたその鳥籠を白絹の布で包み、悠市は竹林の家を出た」

行く先は加納の屋敷。今朝、急に鳥籠を一つ持って屋敷に参上せよと命じられたのだった。新たな任務が言い渡され、絶対忠誠を強いられている悠市が任務遂行のため、孤軍奮闘するのが物語の筋だ。

こんな軽い感じの時代小説が病院で読むにはふさわしい。頭の疲れるものは最初から除外。病院では目を使うのが一番疲れると言われる。

まして、PCに向かって、病院でブログを書いているような人間の神経が分からない。術後4日目だが、不思議なことに活字を追うよりも、こうしてブログを書いているほうが落ち着くし、疲れないし、何と集中できるのだ。不思議だ。

お腹はまだ痛むし、禁食6日目。体に力が入らない。点滴はまだ外れない。どこに行くのも点滴と一緒だ。外れるのはシャワーに行く時だけ。その時は血液が固まらない薬を打つ。

食事が始まれば、排泄訓練に取り組まなければならない。まだ点滴の栄養分(1日2ℓ)だけで、固形物を取っていない。食事の内容で排泄に問題が生じることもあり得る。手術は終わったものの、退院に向けた本番はむしろこれからと考えている。

そんな状況下だが、ブログを書いていると病気のことも忘れる。不思議と痛みも感じない。アドレナリンが流れているのかもしれない。

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