「柿の葉すし」
「柿の葉すし」の由来はこうだ。
今は昔ー。
鎌倉幕府の滅亡とともに、
京の都を占領する足利尊氏。
後醍醐天皇はわずか3年にして、
大和の国吉野の里にのがれます。
後醍醐帝から下ること三代、後亀山天皇の御代、
皇孫の空因親王が、笠木峠を越えて天河の里に御幸されたときのこと。
ある村人が親王に鯖すしを献納します。
親王はことのほかに、ご賞味され、
臣下に分け与えようとされましたが、器がありません。
親王は御自ら、とっさに
柿の葉をお採りになり、
それに鯖すしをのせて下賜されました。
それが「柿の葉すし」の始まりと伝えられています。
柿の葉を押し開くと、色鮮やかな、「さば」や「紅ざけ」が、いにしえ人の心を
今、優雅に伝えてくれます。
以上、「柿千の柿の葉すし」(製造者:株式会社 あじみ屋=大阪府松原市)の能書き。柿の葉すしと言えば、今や奈良県の超有名な「特産物」になってしまった感があるが、てっきりある1つの業者のブランド名だと思っていたら、そうではなかった。業者はたくさんあり、どこもが「われこそは・・・」と名乗っているようだ。
週末、またしても関西行。新幹線に乗れば、当然のことながら弁当。食べたのが、この「柿の葉すし」でした。おしいかったですよ。最近、奈良を訪ねた親戚筋によれば、「柿の葉すし」もおいしいところから、そうでないところまで、いろいろあるとか。まあ、そんなもんでしょう。