「靖国YASUKUNI」

 

 練馬区公民館ホールで、ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」を観た。観たいと思っていたものの、上映中止問題が起こって機会を失っていた。たまたま掲示板に張られていた上映会のお知らせを目にして足を運んだ。

 何せ「靖国」と聞いただけで、戦争体験のない戦後派としてはそのイデオロギーのおどろおどろしさがまず頭に浮かんできて、できればあまり付き合いたくないテーマだなとの思いが去来した上、上映中止に追い込まれるくらいだから、ものすごく厄介な内容になっているはずだとの固定観念もあった。

 映画を監督したのは李纓(リ・イン)氏。日本在住19年の中国人監督で、靖国をテーマに10年以上にわたって取材を続け、この作品に結実した。国民党の将軍として孫文の参謀を務めた後日本に亡命した老人の晩年を描いた『2H』(1999)や、東京・四谷で中国伝統の味を守り続ける料理店を営む日本人夫婦を描いた『味』(2003)などを発表している。

 実際に観てみると、極めてオーソドックスなドキュメンタリー映画だったので、むしろ拍子抜けしたというのが正直な感想だ。とにかく、ナレーションが全くなく、観る者に何も押し付けないのが嬉しい。主張するのではなく、観る側に考えさせる映画である。

 映画の主人公は現役最後の「靖国刀」の刀匠、刈谷直治氏である。当時90歳。昭和8年(1935)に靖国神社の境内に財団法人日本刀鍛錬会の鍛錬所が開設され、終戦までの12年間、「靖国刀」と呼ばれる8100振の軍刀が作られた。靖国神社には天皇のための聖戦で亡くなった軍人が護国の神(英霊)として祀られているが、この軍人の魂が移された一振りの刀と鏡が靖国神社の御神体だという。

 映画は鍛冶場で粛々と刀を打ち続ける刀匠の姿を中心に展開する。作刀の過程で、軍服姿の老人や青年、小泉首相、星条旗を持ったアメリカ人男性、台湾原住民など毎年8月15日に突然、騒然とした祝祭的空間に変貌する靖国神社の参拝者などの動きを絡ませる。

 李纓監督は「これは日本人に問いかける映画なんです。私が内包している様々な疑問、直面していることに対して、ぜひ問いかけてみたかったのです。なぜ、ここまで歴史認識のギャップが大きいのだろうか・・・。」(ドキュメンタリー映画監督の土本典昭氏との対談、2007年12月12日)

 靖国神社は明治2年(1869年)、明治天皇の意向で戊辰戦争で天皇・朝廷のために命を捧げた戦没者たちを祀るために創建された「東京招魂社」が前身で、明治12年に「靖国神社」と改称。陸・海軍省の管理の下、軍による軍のための神社として、国家神道の象徴的存在になったが、戦後、国家神道が廃止され、靖国神社は単一の宗教法人となった。

 上映の前に、第二次大戦後も中国山西省に残留し、中国の内戦を戦った日本軍残留兵の問題を扱ったドキュメンタリー映画「蟻と兵隊」(池谷薫監督、蓮ユニバース、2006年7月公開)の主人公、奥村和一氏のトークがあった。「映画はナレーションがなく、強制しない。ここから何を学ぶかを訴え掛けている。現実を直視し、何かを汲み取ってくれと訴え掛けている」との奥村氏の話が印象的だった。

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