脳力のレッスン

著者:寺島実郎
書名:『脳力のレッスン 正気の時代のために』
出版社:岩波書店(2004年12月3日第1刷発行)

 岩波書店の月刊誌『世界』に2002年4月号-2004年11月号まで連載された「脳力のレッスン」を中心にまとめられた論考集。2001年9月11日に起こった米同時テロ事件、それを受けた02年3月19日の米軍によるイラク攻撃という狂気に満ちた時代潮流の波間で必死に思索したプロセスをうかがうことができる。

 第1章「イラク戦争を直視する」で、懸命に目を凝らしこの疾風怒濤のような時代のテーマと向き合い、第2章「現代世界への視界を開く」では、事象の変転の背後にある現代世界の構造的課題に視野を広げる試みを行っている。

 「あらゆる意味で、すべての人間は時代の子であり、時代潮流を受け止めざるをえないとともに、全身全霊を傾け、五感を研ぎ澄まして時代に働きかけねばならないと思う。私達の日常的営為など所詮小さなものであり、いかなる努力をもってしても個人の時代認識など間違いだらけの限られたものかもしれない。しかし、悠久の歴史の中で過去のバトンを受けて未来に繋ぐ者として、現在という瞬間に真剣に立ち向かうことは人間としての責務を果たすことであり、生きているとはそういうことである」

 「脳力(のうりき)」とは物事の本質を考え抜く力を意味する。博物学者の南方熊楠が使っていた言葉だという。日本人の脳力が衰えたのは、受け身で間接情報を受け止め、考えない多様なメディア環境と存在感を放つ生身の人間との出会いの欠落にある、と著者は指摘する。

 インターネットの登場でメディア環境の一層の高度化、複雑化はとどまることを知らない。エコノミストやコメンテーター、アナリストなどが次から次へと現れ、刺激的かつ挑発的なコメントをふんだんに提供し、こちらがじっくり考えるゆとりを与えてくれない。個人が物事の本質を深く考えることの難しい環境に生きている。

 そういう時代に生きながらも、何とか「脳力」を取り戻す方法はないか。著者が人間が「脳力」を鍛える方法として提示するのは以下の2つだ。

 「1つは『歴史軸』の中での自分の位置づけを確認する努力である。つまり、歴史の中で自分がいかなる時代を生きているのかを思考することであり、これには文献を読んだり、年長者と粘り強く面談する努力が求められる。過去の先人達が格闘したテーマや事実を確認するうちに人間は謙虚になる。何故ならば、自分が歴史の流れに身を置く『小さいが意味のある存在』であることに気づくからである」

 「もう1つは『空間軸』の中での思索、すなわち広い世界の中で自分の生きている国や地域がいかなる特色を持つものなのかを確認する営為である。世界で繰り広げられる様々な不幸や不条理を知るにつれて、人間は自分がいかに恵まれており、機会に満ちているのかを知り、思考の重心が下がる」

 寺島実郎氏は三井物産戦略研究所会長、財団法人日本総合研究所会長、2009年4月から多摩大学学長に就任。鳩山民主党政権の外交・安全保障政策のブレーンといわれるが、日米同盟などに関する論考を読むと、それがうなづける。 

1 thoughts on “脳力のレッスン

  1. Anonymous says:

    SECRET: 0
    中を見ずに図書館から借りてきて読み出すと、「脳」の本ではないことに気づきました。脳の機能という点では8月21日に、『海馬』という本を参考に、「脳は衰えない」を書きました。よろしければ、そちらを読んでみてください。ありがとう。

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