『瞳の奥の秘密』

 珍しいアルゼンチン映画を観た。カンパネラ監督の『瞳の奥の秘密』。同国の作家エドゥアルド・サチェリが書いた作品を下敷きに、作家と監督が共同で脚本を書きながら、内容を映画的に大胆に改変した。本国でも大ヒットしたが、2010年度米アカデミー賞外国語映画賞を受賞したことで、日本でも紹介された。

 主人公ベンハミン・エスポスト(リカルド・ダリン)は刑事裁判所の書記官を定年退職した独身男。仕事も家族もなく孤独な時間を過ごしながら、残りの人生で、25年前の1974年にブエノスアイレスで起きた23歳の女性教師暴行殺害事件を題材に小説を書こうと決意し、当時の上司でかつての判事補イレーネ・メネンデス・ヘイスティングス(ソレダ・ビジャミル)を訪ねる。

 ベンハミンは部下で友人のパブロ・サンドバルとともに捜査に乗り出す。当時のアルゼンチンの裁判所では、書記官が事件を担当し、警察とともに現場に立ち会って捜査も行っていた。ベンハミンとパブロは犯人を割り出し、逮捕にこぎ着けたものの、犯人は警察側の都合で釈放されてしまう。

 その背景には当時のアルゼンチンの政治状況が色濃く反映されている。ファン・ペロン大統領が在任中に病死し、後継大統領に妻のイサベラ・ペロンが就任したものの、軍部と対立し、政情は不安定だった。1976年にはビデラ将軍らのクーデタによる軍事政権が誕生し、国民を弾圧した。国家の強権が個人の正義を抑圧した時代だった。

 友人パブロが逮捕し、その後釈放された犯人に殺されたと思われるほか、自身も身の危険を感じたベンハミンはブエノスアイレスから1643キロも離れたボリビア・チリとの国境に接するイレーネの郷里フフイ州に身を隠す。

 あれから25年。ベンハミンは事件を振り返りながら、イレーネとの空白の25年も思い出す。愛を告白することなく別れたイレーネの瞳の奥に隠れていた愛を・・・。そしてベンハミンは、彼を執念による犯人逮捕に駆り立てた被害者の夫モラレスを訪ね、25年目の”新たな真実”を知る。

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