【田舎のたたみ方研究】お寺と縁を切るのも大変だ

この山門をもう何度くぐったことか

 

境内の玉砂利はいつもきれいだ

 

村の時計代わりだった鐘を突くのは今や「全自動撞木」

 

 

午後から雨が降ると予報が出ていたので、午前中にお墓掃除に行った。山裾にある昔ながらのお墓。最近でこそ、火葬に切り替わったものの、昭和初期まではすべて土葬。よって石碑が立ち並んでいる。その数約30.墓の敷地を掃き清めたのち、お線香をあげて先祖を供養した。

午後にはお中元を持って菩提寺に行く。お寺に供える品物は東京から先に送り、この日は現金1万円。暮れは暮れで同じようにお歳暮を贈る。年2回。これをもう何十年も行っている。お寺との付き合いは大変だ。土地に住んでいないとなおさらだ。付き合うことの意義を納得するのも難しい。

日本の檀家制度の歴史はそんなに古くないともいう。江戸時代の武士が寺社の面倒を見切れなくなったので、その負担を町民に押し付けたとの説明を聞いたこともある。寺社の存在意義も今や事実上失われたも同然。しかし、慣習は残っている。見切りを付ける時期が来ているはずだ。

 

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