試写会「太陽の塔」

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

2018/09/01  19:59


 

太陽の塔のパンフレット

 

試写会「太陽の塔」(長編ドキュメンタリー映画)
インタビュー:平野暁雄臣岡本太郎記念館館長、大杉浩司川崎市岡本太郎美術館学芸員、中沢新一思想家・人類学者、西谷修フランス思想・哲学者など29人。
出演:織田梨沙
監督:映像クリエイター・関根光才(せきね・こうさい)
9月1日@日本記者クラブ
9月29日(土)渋谷シネクイント、新宿シネマカリテ、シネ・リーブル梅田ほか全国公開

 

1970年、大阪千里丘陵で日本万国博覧会(大阪万博)が開かれた。6421万人が参加したという。何と言っても異彩を放っていたのは芸術家・岡本太郎が制作した太陽の塔だった。

高さ70m、腕の長さ25mというスケールに加え、まるで「土偶の怪獣」のようなデザインは大阪万博のアイコンとして人々の記憶に刻まれている。

会場の吹田市千里団地に姉夫婦が住んでいた。私は大学に入ったばかりだった。姉の家に泊めてもらいとにかく会場に出掛けたが、何も見ないまま出てきたことをよく覚えている。熱気に当てられていた。

「人類の進歩と調和」に関するあらゆるものが会場内にひしめいていたはずだが、私は何も見なかった。むしろ、そういうことに否定的だった。

岡本は何のために太陽の塔を創ったのか。岡本には「凡人の理解を越えた変わり者」というイメージもあるが、画家・写真家・彫刻家・建築家・思想家としての顔も持っている。芸術家という言葉ではとうてい収まり切れないスケールの大きな人物でもあった。

本作では関根光才監督が岡本太郎に影響を受けた人々をはじめ、総勢29名のインタビューを行っている。芸術論だけでなく、社会学、考古学、民俗学、哲学の結晶としての岡本太郎が語られ、「太陽の塔」に込められたメッセージを解き明かしている。

インタビューを受けた人々は必死で岡本太郎を語っている。言葉で語っている。それだけに彼らの語る言葉は純粋かつ濃厚で、血がしたたっている。言葉を拾いたいと思った。

岡本太郎(1911~1996)。1911年生まれ。岡本一平、かの子の長男。東京芸術学校に入学、父母の渡欧に同行し、1930年から40年にかけてパリに住む。数々の芸術運動に参加しつつ、パリ大学で哲学、社会学、民俗学を専攻。

ジュルジュ・バタイユらと親交を深める。帰国し兵役・復員後、創作活動を再開。現代芸術の旗手として次々と話題作を発表した。1970年の大阪万博テーマ館もプロデュース。一方、旺盛な文筆活動も続けた。1996年没。

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