【散歩】「やきとん丸徳」閉店情報を知り、マスク姿のブロンズ像にクスっと=成増コース

 

光が丘公園

 

26日(日)の散歩は成増駅近くのこじま米店のおにぎり。おにぎりを食べながら戻ってくるコースを想定していた。公園の中を突っ切るのが最短コースだが、散歩なので公園の周辺を歩くことにした。

公園を外周する光が丘西大通りの上にかかっているあけぼの橋を渡ると旭町はんの木緑地がある。なんでこんなところがあるかと思うが、どうやら都有地らしい。緑も植わっていて鬱蒼としていた。

そばには科学技術振興機構情報資料館や練馬東税務署旧仮庁舎があったが、現在は区内栄町の本庁舎で業務を行っている。

 

■「やきとん丸徳」は28日で閉店

 

「4月28日をもって閉店します」と張り紙

 

日曜日の昼下がり。緑地をとぼとぼ歩いて行くと、成増行きのバスの走っている向山通りに出た。ちらっと見たのが居酒屋「やきとん丸徳」(練馬区旭町3)。焼き鳥系が苦手の我が輩にとっては縁のない店なのだが、目に留まったのは「閉店のお知らせ」。「長い間お世話になりました。都合により4月28日で閉店する事になりました。有難うございました」。

すぐに新型コロナウイルスの犠牲者かと思った。地元密着で長い間経営してきたものの、「矢折れ、刀尽きた」挙げ句、閉店のやむなきに至ったんだろうなと思った。

写真がうまく撮れてなくて「お知らせ」を拡大してみようとしてもうまくいかない。そういう場合、ネットで調べるに限る。だから調べた。実はこの「やきとん丸徳」は吉田類の「酒場放浪記」(BSーTBS、2015年1月5日放送)や寺澤ひろみの「おんな酒場放浪記」でも紹介されている飲み屋であることを知ってびっくりした。

吉田類氏は「肉の卸をしていた青森出身の店主が創業して35年。もつ焼き1本の価格は東京でも最安クラス。名物『豆腐煮込』など全ての料理がお得感いっぱい。財布を気にせず誰でも気軽に入れる大衆酒場」と書いている。

15年1月5日放送で35年だから、今の時点では40年の節目になる。コロナだけでなく、いろいろあったんだろうなと推測した。とにかくご苦労さまでした。

 

■江戸初期に創建された日蓮宗「妙安寺」

手入れの行き届いた「妙安寺」

 

コンビニの5万5000店舗や薬局の5万9000店舗以上に多いのが神社仏閣。お寺は7万9000寺、神社は8万1000社、合わせて16万寺社だ。いつの間にか増えたものだ。歩いていたら、こんなに寺社があるのかとよく分かる。ここにも、あそこにも・・・といった具合だ。

向山通りを歩いていくと、すぐにぶつかるのが妙安寺。手入れのされた立派なお寺だ。「妙安寺は日蓮宗の寺院で、山号を長久山といいます。開山は駿府蓮永寺の日雄上人(1615没)、開基は板倉伊賀守勝重(1624没)と伝えます」(練馬区教育委員会)

「勝重は、徳川家康江戸入府以前からの重臣で、天正14年(1586)駿府町奉行を務めましたが、日雄上人とは親交も厚く、その学徳を深く尊崇しておりました。勝重はこの辺りを知行したので、上人を招いて当山を創建したものと思われる」(同)

隣に葬儀会館のような「本師堂」があり、檀家も多そうである。それなりの経営能力がなければ生きていけないのが昨今の寺社業界だ。

 

■こんなところに「出世稲荷神社」が・・・

出世稲荷神社

 

ここは下から拝んだだけ。本殿は参拝しなかった。しかし、この「出世稲荷神社」(しゅっせいなりじんじゃ)の創建も複雑怪奇なもののようである。京都の出世稲荷神社が総本山のようで、全国にも茨城県の水戸市や稲敷市、埼玉県の飯能市や川越市、東京は千代田区や新宿区、文京区のほか、この練馬区にもある。また島根県松江市にもあるようだ。

出世と言えば、真っ先に思い浮かぶのは豊臣秀吉だという。秀吉は幼い頃から稲荷5社の神を信仰し、いつしかこの5柱の神様が1柱の大活神となて、自分を守護してくれると考えるようになったという。

それ以来、秀吉のやることなすことすべてがうまくいき、ついには天下統一を果たすことになった。関白太政大臣になった秀吉は、天正15年(1587)、聚楽第の造営の際に稲荷社を勧請。翌年には後陽成天皇が聚楽第に行幸し、盛大な催しが営まれた。このとき稲荷社に参拝した天皇は、この神社に「出世」の称号を与えたという。

その後、この出世稲荷は公家や大名の開運出世祈願の社として栄え、聚楽第取り壊しを機に寛文3年(1663)、現在の京都市左京区大原来迎院町に移された。

社殿の規模は小さくなったものの、今も人々の信仰は変わらず、多くの参拝者で賑わっているという。

練馬区旭町にある出世稲荷神社の創建年代は不詳。川越藩主が参勤交代の折に出世祈願を掛けたことから出世稲荷と称されるようになったといわれる。拝殿は深川神明宮の旧本殿をもらい受けて移築したものだという。

 

■イタリアンも閉店、ブロンズ像もマスク姿

1年前にオープンしたばかりのイタリアンレストラン

 

2019年5月末にオープンしたのがイタリアンのラ・タマエ。まだオープンして1年足らずなのに、一番のかき入れ時に店を閉めなければならない悲劇に見舞われている。

車がないとこられない場所だが、一度は来てみたいと思った。

 

マスクをかけたブロンズ像(練馬区成増の路上で)

 

小島米店成増店も休業。ほとんどの店が閉まっていた。みんな新型コロナウイルスのせいだ。怒りをぶつけたいが、どうしようもない。上のブロンズ像もこうした怒りがマスクをさせたのだろうか。それともマスク着用の呼び掛けだろうかか。

山口県周南市にある父親の看病に尽くした孝女として伝わっている阿米(およね)。江戸時代の徳山藩の親孝行娘と背負われた父親にもマスクが着けられている。渋谷なお忠犬ハチ公像もマスクを着用している。

どこもここもマスクは必需品になっている。安倍晋三首相が各戸に配布するとしたマスクはまだ来ない。どうも不良品が多くて回収されたという。何でもかんでもすぐに文句を言う日本人は度しがたい。

虫くらいついていてもいいではないか。完璧主義で人が死んでいく。

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