『パンデミック後の世界』に10の教訓を残したファリード・ザカリア

ファリード・ザカリア著『パンデミック後の10の教訓』

 

書名:『パンデミック後の世界 10の教訓』(Ten Lessons For A Post-Pandemic World)
著者:ファリード・ザカリア(Fareed Zakaria)米CNN報道番組「ファリード・ザカリアGPS」ホスト
訳者:上原裕美子
出版社:日本経済出版

 

最近読書する機会がかなり減った。もちろん読んでいないことはないが、一時に比べると格段に減っているのは事実だ。電車に乗っても1車両に活字の本を手にしているのは数人で、場合によっては全員がスマートフォンをいじっている。

何を見ているのかと思うと、大体がゲームで、読んでいると言ってもアニメ(漫画)ばかりだ。しっかりと活字を読んでいる人はほとんどおらず、そうでない場合、手を動かしている人はメールを打っている人だ。

電車の中だし、特に帰りの車中だと硬い本を読むのは辛いのは分かるが、ビックラポンである。世の中から活字本を読んでいる人が消え去ったのかとさえ思う。

それでは学生は活字本を一切読まなくなったのだろうか。授業では何を教材に使っているのだろうか。私もいつも読んでいるのは剣豪小説(風の市兵衛シリーズや上田秀人シリーズ)ばかりで、まともな本は読まなくなった。はっきり言って読めなくなった。悲しいがこれが現実だ。

それが久しぶりに本らしい本を読んだ。じっくり読んだ。それがファリード・ザカリア著『パンデミック後の世界 10の教訓』だ。

 

■パンデミック発生は警告済み

 

本書は「パンデミック後の世界」について書いている。既に「SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)、エボラ出血熱といった疫病が突発的に流行しては、短期間で大きく拡がった。多くの専門家が、いずれ何らかの流行がグローバルに生じる可能性が高いと警告を発した」と指摘。

1994年に出版された『ホット・ゾーン』ではエボラウイルスの発生源を詳細に描いているほか、2011年にの映画『コンテイジョン』ではウイルスが全世界で2600万人の命を奪うと想定、さらに2015年にはビル・ゲイツが「もしもこれからの数十年に1000万人以上を死に至らしめるものがあるとすれば、それは感染力の高いウイルスである可能性が高い」と警告していた。

ザカリア自身もドナルド・トランプ米大統領が公衆衛生および疾患にかかわる主な機関の予算削減を打ち出したときに、CNNの番組で「現代のわれわれは1918年のスペイン風邪の大流行で全世界で推定5000万人が亡くなったときよりも脆弱だ。過密した都市、戦争、天災、国境を越える空の旅によって、アフリカの小さな村で拡がった致死性のウイルスが、アメリカを含め世界のほぼすべての地域へ伝播する。それも24時間以内に」と警告し、「もっと対策に投資していくべきだった」と悔やんでももう手遅れだと述べている。

 

■バタフライ効果がカスケード事故に発展

 

ザカリアは各種予言通り、パンデミックが起こるべくして起こり、対応が「手遅れだった」と指摘した。「感染拡大の具体的な危険性はもちろんのこと、現代社会を支えるシステムが揺るがされる可能性全般について、私たちはまったく認識してこなかった。認識してしかるべきだったというのに」と書いている。

ザカリアは9.11同時多発テロ、世界金融危機、新型コロナウイルスのパンデミックを挙げ、この3つのショックはいずれも甚大だったことを指摘した。世界的危機を生んだのはテロ実行犯が携えていたナイフや金融危機の引き金となった「クレジット・デフォルト・スワップ」(CDS)、パンデミックの場合、中国・湖北省のコウモリが伝播する極小のウイルス粒子であり、これらが世界を狂わせた。

蝶のはばたきが大陸の反対側の気象に影響をおよぼすバタフライ効果が、連鎖反応によって大波に変わっていく「カスケード事故」を招き、システム全体をシャットダウンさせる。人体でも同じようなことは起きる。血液中の軽度の感染症が、小さな血液凝固になり、そこから連鎖反応で重度の心臓発作を引き起こす「虚血のカスケード」と呼ばれる現象だ。

ザカリアはこれらのカスケード効果は、恐らく私たち人類が世界を網羅して作り上げてきたシステムに内在する一要素だとし、「新たに始まるパンデミック後の世界を把握していくために、私たちはこのシステムを理解するー私たちが生きる世界を理解する必要がある」と述べている。

 

■教訓1「シートベルトを締めよ」

 

●経済発展が加速すれば、リスクは増える

 

・これほどダイナミックで開かれた存在が、何であれ安定するとは考えにくい。どんなシステムであっても、これら3つの性質-開放性、急激な変化、安定性ーのうち、2つまでしか備えることはできないのだ。

・今の私たちの世界のように開放性と急激な変化が成立しているのならば、本質的に不安定となる。急速に変化しつつ安定しているのならば、それは中国のように閉鎖的な世界となりやすい。開放性と安定性が保たれているならば、ダイナミックさとは無縁の活気のない世界であるはずだ。

・テクノロジストのジャレッド・コーエンは、コンピュータ-・ネットワークは「オープン、スピード、セキュリティー」という3つの特徴のうち2つしか選ぶことができない、と書いた。経済学者も、彼らの「政策トリレンマ」は、国家が「自由な資本主義、金融政策の独立性、為替相場の安定性」の3つのうち2つしか選べないと主張する。

・こうしたトリレンマが共通して示すのは1つのシンプルな見解だ。あらゆる面で開放性があり、あらゆることが急速に動いていれば、そのシステムは危険なほどスピンして制御できなくなる可能性が高い。開放性が増し、変化も激化し、不安定さも増す一方だ。

・経済発展のスピードが加速し、ますます広く行き渡ると共に、私たち人間は往々にして自覚することなしに、増大する一方のリスクを抱え込んでいる。人間は裕福になるほど、より多くの肉を食べる傾向がある。世界中で、肉として食べられるために、毎年800億匹の動物が殺される(魚は含んでいない)。

 

●現代の人間は人工種

 

・慌ただしく無計画な発展が反動を招くという教訓を、なぜアメリカは学んでこなかったのか。最も顕著な例は、北米史で最大の環境破壊とされる1930年代のダストボウルだ。猛烈な砂嵐はアメリカの芸術活動にも刻まれさまざまな小説や映画にも表現された。

・熱帯気候が世界の多くの地域に広がり、病原体にとって毎分心地よい条件を整えているのだ。その一方で多くの陸地が砂漠化している。地球の表面の38%は砂漠化の危機にあり、その一部は気候変動ではなく、地下水の過剰なくみ上げで危機に陥っている。

・人類は、火をおこす方法を学んだときから、ずっと自然のプロセスの改変を続けてきた。蒸気機関の発明によって、スピードは速くなった。20世紀には一層加速し、特に最近は恐ろしい勢いで自然を変え続けた。1900年と比べ人口は5倍、平均寿命は2倍だ。

・微生物の遺伝子研究で33歳でノーベル賞を受賞した生物学者ジョシュア・レーダーバーグは、寿命の長期化は「自然選択によって形成された範囲を超えている」と述べ、その改変はもはや「現代の人間は人工種」であると表現している。

・レーダーバーグは、人類の継続的な経済および科学の進歩を「他の動植物すべての種に対する最大の脅威」と呼んだ。「動植物を押しのけて自分たちのレーベンスラウム(生存圏)を追求している」からだ。

・さらに「ホモサピエンスに支配権があることは間違いがありません」と述べつつ。その支配者たる人間を真におびやかす敵対者ーウイルスーの存在を指摘し、最終的にウイルスが勝利する可能性に言及した。

・これ以外に、人間が疾病を武器として使う可能性も考えられるのではないか。近代においては、ソ連が高度な生物兵器開発計画を展開し、ピーク時には9000人の科学者を雇用して、天然痘から炭疽菌まで、あらゆる病原体の兵器化を試みた。現代において致死性のある病原体を作り出すには、訓練された科学者2,3人と、わずかな投資があればいい。

 

●「レジリエント」から「アンチ・フラジャイル」なシステムを

 

・私たちが乗っているシステム、この国際体制の本質的な不安定さを考えると、世界はひよわなものに思えるかもしれないが、。実は違う。人類の歴史を別の目で読んでみれば、私たち人間がどれほど強靱であるか理解できる。

・人間は息をつかせぬほどのペースで、信じがたいほどの変化をくぐりぬけてきた。氷河期があり疫病の大流行があり、世界大戦があり革命があり、にもかかわらず生き延びて繁栄している。

・人類とこの社会は驚くほどの革新性と機知に富んでいる。そしてこの惑星は、畏怖の念すら抱くほどに、しなやかな回復力(レジリエンス)を持っている。

・万策が尽きたわけではない。警報を鳴らす目的は、人に行動を起こさせるためだ。考えるべき問題は「どんな行動を起こす必要があるのか」という点である。私たちにできるのは、直面しているリスクをこれまでよりも格段にしっかりと意識し、危機に備え、社会にしなやかな回復力を持たせていくことだ。

・何らかのショックや反動を食らったとき、それにただ耐えるだけではなく、そこから学んでいける社会になっていなければならない。哲学者ナシーム・ニコラス・タレブは、レジリアンスよりもさらに一段階上のものとして、私たちが作るべきは「反脆弱(アンチ・フラジャイル)」のシステムだと主張する。混沌と危機を通じてむしろ強くなっていくシステムだ。

・免疫学者ラリー・ブリリアントは「アウトブレイク(突発的流行)は避けられないが、パンデミック(世界的感染拡大)は選択の問題だ」と言う。備えと早期の行動と知識を駆使した対応を通じて、その曲線を早めに上昇から横ばいへと抑えることはできる。

・本気で対策をとっていくならば、まずは炭素税を導入する必要がある。それが市場に正しい値段を教えるシグナルになる。

・今回のコロナウイルスの次に来るパンデミックはどう阻止すべきか。人間は比類なきペースで社会を発展させ、前例のないスピードであらゆる領域へと手を広げている。エアバッグを備えるという手間を怠ってきた。保険もかけなかった。シーツベルトすら装着せずに走ってきた。この期におよんでシートベルトなしで走る続けることは、もう許されない。

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