【講演会】植物油を中心に食の政治経済学を研究する平賀緑氏の「大豆から世界が見える」

日本で食べられている油の種類

 

たねと食とひと@フォーラム主催のオンライン講演会が1月22日、開催され、京都橘大学経済学部の平賀緑准教授が『大豆から世界が見える~食べものが商品に変わったとき~』と題して講演した。

英国の消費者運動家でフードマイルズ(日本ではフード・マイレージという言い方をされている)を提唱したティム・ラング教授のいたロンドン大学シティ校食料政策センターで修士号を取得している。京都大学で経済学の博士号。食べ物を取り囲む政治経済学を研究している。

研究テーマは「食の政治経済学」。英語ではPolitical Economy of Provisioning Vegetable oils in Industrial Mass Diet.

 

■3つの話題

 

・私たちの食が政治と経済に大きな影響を受けていること

・資本主義システムに組み込まれて農業・食料も工業的・商業的になったこと

・私が中心に研究している「大豆」が伝統食から工業用原料に変わった明治150年の歴史を紹介したい

 

■資本主義的食料システム

 

・『資本主義的食料システム』(Holt Gimenez 2017)。資本主義経済における多数の産業が組み合わさって構成する食料供給体制。

・食べ物は自然の恵みではなくて、システムの都合によって私たちの食するモノは変えられてきたのではないか。際限なく利潤を追求し、際限なく経済成長を目指す。資本主義のカラクリで動いているということを認識してもらいたい。

・システムの都合でわれわれの食べるものも変わってきている。日本の養鶏団地(動物工場)ではひよこは親の顔を一度も見ることもなく、太陽の光からも遮断されて一生を終える。

・スペインの野菜工場は緑豊かどころか、石油をじゃんじゃん使ったグリーンハウスがひしめき合っている。『いのちの食べかた』(映画)のクルーは薬品や化学物質を使っている工場に顔にゴーグルを被って中に入っている。

 

加工用大豆の内訳

 

■伝統食ではあるものの・・・

 

・大豆もアジアの伝統食で、味噌、醤油、納豆のイメージが定着している。昔はあぜ豆といわれて、たんぼのあぜに植えられていた。コメと大豆を醸した共用食を食べると人体にも自然界にも良かった。

・実際には大豆を食べてきた日本でさえ大多数の大豆が何に使われているか。搾油。大豆をつぶして油をしぼる。油とカスを生産する。カス(脱脂大豆)も重要な生産物で、それに使われている。赤い部分が味噌の割合だ。しょうゆはほとんど見えない。日本でさえ搾油という原材料として使われている。

 

大豆の用途

 

■大豆は軍需物資だった

 

・農水省の資料だが、これを使って博士論文を書いた。大豆の幹から油と脱脂大豆にわけて、脱脂大豆からみそ、醤油、南東などの伝統的な食品を作る。油かもいろんなものを作る。昔から作る伝統食もあるが、食べ物ではない工業製品も作る原材料になって世界的に交易されているのが現状だ。

・実は大豆は戦争中は重要な軍需物資だった。「戦争と大豆とは離れることのできない密接な関係があって大豆は平時といわず戦時と極めて大切なる資源である」(増野 1941.1)

・大豆油工業とは「食、飼、肥料用から醸造原料、製菓、薬品、塗料、石けんその他他工業用及び軍需用等々あらゆる原料の供給を成す世界的大工業へ躍進」した(豊年製油1944.1)。

・そもそも日本の製油産業は軍需によって成長。近代以降、植物油の燈明用途が消失していたところへ、陸海軍や政府機関から大口注文を受けた日清戦争から始まり、日本製油産業の飛躍的な発展を支えたのは「日清、日露、第1次世界大戦という特殊な需要だった」(吉原製油:平野1973.54)

・そもそも機械を動かすためには機械油を使う。車とかバイクを使う人はさび止めとして油を使うし、鉄板で料理をする場合も油を使う。鉄を使うと油が必要なんです。鉄で作った機械を回すためには油が必要だ。

・機械を使った産業革命とともに、機械油としてヨーロッパでも日本でも植物油、動物油が必要になった。植物、動物、魚からとれる油が今の石油からできている油の「代替品」というかもとの油だった。

・戦争するためには武器や戦車やさび止め、水よけなどずべてに油が必要だった。戦争するためには油が必要だった。燃料や爆薬を作る必要もあったが、とにかく必要だった。

 

1944年の米国のポスター

 

■大豆は「ガン」のためにも必要

 

・第2次世界大戦ごろの日本は満州なども自国に取り込み、世界の植物油資源の4割を支配下に置いたくらいの存在だった。満州は大豆、魚油は朝鮮半島や中国、パーム油・ココナツ油の生産国だったフィリピンや東南アジアを支配した。

・米国は1944年に東南アジアから大豆が入ってこなくなった。それは食料、飼料、そしてガンのために必要だった。大豆=伝統食は忘れてください。国際貿易商品となり、工業製品となった大豆が現在どのように栽培されているか。米国やブラジルでファクトリー・ファームで生産されている。大豆だけが生産されている。

 

肉と言っても・・・

 

■食品に仕掛けられた至福の罠

 

・何を食べますか?モノによる。肉と言っても高級ステーキのように原型をとどめているものもあるが、一時ネットで騒がれたピンクスライム(pink slime)。安いチキンナゲットなどはピンクスライムの加工品。肉と言ってもいろいろなんだ。

・この肉が環境に悪いらしいことが言われ始めているが、肉の代替になる植物肉の原材料が何かと言うと、いろんなものが入っていて、大豆の根から取り出したDNAを遺伝子組み換え酵母埋め込みhemeを生産。これが入っている。最新技術ですごいなと思うが、ヘルシーで環境に良い食べ物として開発されている。これは伝統的な大豆食品とは違うことを認識してほしい。

・みそ汁と言っても伝統的なみそ汁からインスタントのみそ汁もある。みそ汁飲むと健康だよと言って若い人たちはインスタントを飲んで健康になっている。

・その最たるものがultra processed food(超加工食品)だ。米国糖尿病学会(ADA)は「糖分や塩分を多く含む加工済みの食品。保存料などを添加し、常温で保存、日持ちを良くしたりした食品」と定義している。長持ちするが、ごてごてに加工されている。

・企業は加工するときにたくさん食べてもらえるように加工する。『フードトラップ』(食品に仕掛けられた至福の罠)(マイケル・モス著、日経BP社)によると、砂糖、油、塩などなどが入っておる。「塩、砂糖、脂肪は彼らの手中においては栄養素より兵器に近い。競争相手を負かすためだけでなく、消費者にもっと買わせるためにも利用される兵器である」。

・人間には必須なものだが、必要以上に使われている。角砂糖をもりもり食べている人はあまりいないが、油をべろべろなめる人もそんなにいない。砂糖と油をうまいくらいに合わせるとシュークリームとかコンビニスイートとか頭にうかびますよね。必要以上に食べられるようになる。どの割合で入れたら一番食べられるかを企業が公的資金を使って研究している。新商品開発に活用している。そういう世界だ。

 

■温室効果ガスの4分の1は「食」関係から

 

・それを構成しているそれぞれの企業は経済成長しなければいけない、競争しなければいけない世の中で、そのカラクリの一環として必要以上に売らなければならない。ロスも当然出てくる。

・その結果どうなったかというと、食べ過ぎとか食品ロスの問題も生まれている。温室効果ガス排出量の4分の1は「食」関係から出ている。食生活から見直す必要がある。

・農と食は自然の恵みや生命の糧だけではなくて、現在の農業・食料システムが人の健康と地球環境とを壊している。資本主義経済的には何ら問題はない。人や自然がぼろぼろになるのは当然の結果だ。

 

■大豆と油から世界を考える

 

・自由放任主義⇒ケインズ主義⇒新自由主義(市場主義)⇒リーマンショックで行き詰まったものの、次が出てこないのでゾンビのように今の状況がある。

・グローバリゼーション。常に成長のために搾取するフロンティアを求めて拡張。市場を求めて世界展開し、経済は金融化している。今は「気候危機とパンデミック」の状況にある。

・日本の食料システムも変わってきている。命の糧である「食べ物」がお金を儲けるための「商品」になっている。大豆を中心に紹介したい。「商品」とはもうけるために作るモノだ。必要以上に作るものだ。作った以上、売らなければならない。

・『植物油の政治経済学ー大豆と油から考える資本主義的食料システム』(昭和堂、2019年)をベースとした話になる。大豆を伝統食から工業原料に、植物油をエネルギーから食材に変えた政治経済史。

・油はなかなか食べ物と認識されないが、過去24時間、油を一滴も口にしていない人はほとんどいない。毎日の食で植物油を含めて食べているが、日本の植物油の自給率は2%。原材料は海外に依存している。

・大豆はアメリカ、ブラジル、カナダから、菜種はカナダ、オーストラリアから、パーム油はマレーシア、インドネシアから輸入している。パーム油はこの2カ国に集中している。

・菜種油、パーム油、大豆油の順。パーム油はその名前で売っていない。「植物油脂」として使われている。戦後は大豆油がメインだった。日本と欧州が大豆の世界的な輸入国だった。日本一国で世界市場の3割近くを輸入していた。伝統食として食べるのではなく、加工用の原材料として使われていた。

 

大豆VS大豆油

 

■昔は大豆油は食べていなかった

 

・日本人は100年前、大豆を食べていた。絞った油は食べていなかった。100年後は大豆や豆から食べるのではなくて、絞った油を食べている。この違いを認識してください。

・脂質は本質的に必要な栄養分だが、豆類とかいろんなものが脂肪分を持っている。大豆を食べてその中に含まれる脂質を摂取するのと、大豆を絞り出して、絞った油をなみなみと使って料理を食べるのとでは違うのではないか。栄養素的には同じかもしれないが、私的には加工食品として違うと思うし、そこにかかわる政治経済は全然違う。

・大豆油や菜種油を多く摂っているが、油から得る脂質のほうが多くなっている。大豆の用途がどう変わっていったか。戦前は満州から肥料用に大豆カスを輸入していた。肥料にも使ったが、桑の肥料として使った。絹製品を作って外貨を稼いで、日本の産業角栄を進展させた。満州が大豆貿易の中心だった。

・戦後はアメリカから大豆を輸入して油にして、日本でも加工用畜産と呼ばれるエサ用大豆カスやトウモロコシを食べさせて、穀物を肉製品に加工するような・・・。輸入した穀物・油糧種子に依存した食料システムを日本に構築した。

 

研究方法

 

■工業化の道たどる搾油産業

 

・軍需指定工場では日清製油、豊年製油、味の素、花王石鹸などなど、政府・軍部に統制された軍需指定工場として戦時下も生産と研究・開発を続けたほか、大豆油の利用の研究も行われた。高級アルコール、合成ろう、天然ゴム代用品の製造、大豆油の航空潤滑油としての研究利用。

・戦争が終わったあとは工場は残っている。大豆の輸入先は中国から米国に切り替え、軍需品から食用に切り替えた。戦後日本食生活の西洋化が進んだ。パン食を勧めていったり、フライパン運動も行われた。栄養改善運動としてフライパンを使って油料理を食べましょうと推奨された。

・月1回油を食べましょうと東京油まつりポスターで推奨された。週1回。油料理のコンテストが行われたり、フライパンの歌も現れた。製油会社とか小麦製粉会社、乳製品会社が動いていた。毎日天ぷらを食べるとか油を飲むことはしないので、同時に加工食品もどんどんできていった。

・揚げ物やスナックなどが開発されていった。シチューのルー、マヨネーズ、パン、バター、小麦粉、インスタントラーメン、食用植物油脂は大手企業が多い。日本の近代化とともにメリケン粉が入ってきた。

・今はグローバル展開している。世界ラーメン協会や日本唐揚協会。

・国際貿易という世界は足りないから輸入をするのではない。日本の総合商社は輸入した穀物:油糧種子に依存した食料システムを日本に構築⇒中国を中心としたアジアに展開

 

植物油複合体による食と農の変容

 

■まず資本主義経済のカラクリを知るべし

 

 

・made in japanではなくて、made with japanの戦略で動いている。

・食や農が自然の恵みや人や文化とかではなく、資本主義経済の仕組みに組み込まれるとどうなるかということをまとめた図がこれだ。昔から搾油されていた。脂分の少ない大豆からマニュアルで。油をもっと含んでいる菜種やエゴマから搾油していた。これが海工場における機械制大工業に移った。

・菜種油とか大豆油はぎゅっと絞ってそのまま食べているのではない。絞るときにも油分の少ないタネから無理矢理絞るので、溶剤抽出といわれる薬品や熱を加えて油を無理矢理絞り出す。

・そのままでは食べられたものではなく、脱ダム→脱酸→脱色→脱ロウ→ろ過・洗浄など高度な加工を行う。それで嫌な臭いとかのしないサラダ油や天ぷら油になって瓶に入っている。すごいごてごての加工食品だ。

・大工業になると原料がたくさん必要になる。たんぼのそばでちまちま作っていたら足りないので、農業の工業化をせざるを得ない。1つの作物を大量に生産する。まとまった同じ品質の原材料を大きなロットで輸入できる。資本主義のからくり。

・日本の大豆調達先は戦前は満州から、戦後はアメリカから、1970年代は日本がブラジルを支援して日伯セラード農業開発関連事業(PRODECER)。現在は日本・ブラジル・モザンビーク三角協力によるProSAVANAーJBM.

 

 

■培養肉、デジタル化など課題続出

 

・今後の世界を考えた場合、代替肉、培養肉について考えたい。恐ろしい技術革新が進んでいる。工業的畜産業に代わって植物性由来の肉が出ている。本当にすごい加工食品で、ものによって全然違う。どこがどう違うのかも分からない。

・培養肉が人の胃袋に入っている。人工肉・魚は現在約70社がバイオリアクターで動物からとった食肉を培養。動物を傷つけずに採取した細胞をタンパク質、糖質、脂質、ビタミン、ミネラルを豊富に含むスープの中で栄養分を与える。

・2020年、サンフランシスコに拠点を置く人工肉のスタートアップ、イートジャストはシンガポールで培養肉の販売認証を受けた最初の会社となった。

・2022年には、さらに5~6社がこの業界への参入を予定。

・カリフォルニアに拠点を置くフィンレスフーズは養殖クロマグロの販売許可の取得を目指している。

・ベーコン、七面鳥、その他の養殖肉も完成間近。わたしたちの口に入る日もそう遠くない。現実味を浴びてきている。これをヘルシーというか地球に優しいというか。考えていただきたい。

・食と農に関してもデジタル化が進んでいる。ビッグブラザー(監視社会)がやってくる。食料システムは企業が”収穫”したいデータの宝庫。種子のDNA、水、畑の土壌データ、畑から工場、食卓への流通に関するデータ、売り上げや消費者のデータ

・すでに実用化している。顔認識を利用した牛や豚の監視、リモートセンシング、自動生成データ、人工知能、衛星、ドローン、無人トラクター、ロボット技術

・データがあれば強大な力となる。アマゾンはその女性の妊娠を知る前に判断できてベビーグッズを送ることができるという。私がお腹空いたと思う前にアマゾンからドローンで届くことが技術的には実現可能だ。そうなると私にとって良い食事とは誰が決めるのか。

・農民はスキルやノウハウ、土壌データ、個人情報が企業のデータベースに振り込まれて、我が社の肥料を買いなさいよ。農民自身の決定権を失いかねない。農業機械を修理する。SFと思っていたが、現実として目の前にきている。

・これに対してナオミ・クラインは、データを民主的に管理するために「デジタル・コモンズ」を作らなければならないと提言している。

・今日は「食」の立場から話したが、教育も医療も同じことが言える

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください