一本木

 自宅の近くに1本の高い木がある。何の木なのかは知らない。ケヤキにしてはスリムのように思う。今の土地に引っ越してきてそろそろ15年。この木はもちろん、その当時から高くそびえていた。晴れた日も雨の日も、風が強く荒れた日も屹然と立っている。その佇まいが何とも潔い。

 旧家の敷地内に植わっている。がっしりした正門の背後にそびえ立つ高木を、いつも門の外から眺めてきた。屋敷内に忍び入ることはできない。それがどういうわけか、その旧家が建て直しされることになった。建築確認をみれば、旧家の建て替えだった。集合住宅に建て替わることを恐れたが、少なくとも、その心配は消えた。

 ブルドーザーが屋敷内に入り、母屋を壊した。残されると思った社も昨夜には跡形がなくなっていた。広大な敷地にまだ残されているのはこの高木ともう1本の中木。ひょっとすると、この高木も今夜は見られなくなっているかもしれない。そんな気がして、今朝、出勤前にその姿をカメラに収めた。いままであったものがいきなり姿を消すのは嬉しくない。そんなことはありませんように!

仕事を終え、いつものようにバスで家路に就いた。バス停で降り、目を向けると、今朝と同じように一本木が目に飛び込んできた。無事だった。夜空にすっくと立っていた。もう15年近くもこんな風に眺めてきた。眺めている木もさることながら、それを眺めてきた自分に一種の感慨を覚えた。自然との付き合いというのは自分との付き合いなのかもしれない。そんな風に思う。

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