大坪屋@南千住

 予備知識のほとんどない会合に出掛けていくのは気分的に結構億劫なものだ。それでもホテルなどで開かれるパーティーなら、主催者や出席メンバーなども事前に分かっていて、ひょっとすると珍しい人に会えるかもしれないというむしろ期待のほうが先行する。しかし、それが主催者こそ知ってはいても、どこの誰が顔を見せるか分からないような場合は、ちょっと気分も違う。期待よりも不安が先に立つものだ。

 知人の会合に声を掛けられた。知り合って日が浅かったこともあって、躊躇した。しかし、「迷ったら、取りあえず出掛ける」との個人的ルールに基づいて顔を出すことにした。会場は大正12年創業の老舗居酒屋「大坪屋」(おおつぼや、東京都荒川区南千住)。日常の生活圏を都心より以西に置いている人間には日ごろ、縁の薄いエリアだ。俄然、好奇心が不安感を押しのけた。

 それまで存在すら知らなかった人と知り合いになるのは大きな楽しみだ。それも一緒に酒を飲むというのはなかなか味わい深い喜びである。隣りに住んで毎日顔を会わせていても、名前さえ知らないことは都会では珍しくない。電車に乗っても隣りに座った人に声を掛けるなんてことはまずない。

 それなのに、こうした少人数の会合では旧知のような関係が一瞬にして出来上がる。仲介者の選別が働いているとはいえ、すぐに打ち解けられるケースはそんなに多くない。この日もいろいろ触発される出会いもあった。情報は人に付いてくることを改めて確認した。人が成長・成熟するためにはたくさんの人に会わなければならない。これこそ人生の醍醐味だ。 

 南千住には回顧展「作家・吉村昭の交遊録」のため7月に訪れたばかり。大坪屋は東京メトロ日比谷線南千住駅南口を出てすぐのJR常磐線ガード下に店を構えていた。店頭には「元祖・25度酎ハイ、どぜう、おでん、牛煮込み」と書かれた立て看板。店内は横に長いJ字型のカウンターが広がっていた。造りが面白い。流石、大正である。

 看板の「元祖・25度酎ハイ」のほか、「2級灘扇」を飲んだ。おやじが見せてくれた一升瓶のラベルには、「灘扇からくち」(ヤエガキ酒造=兵庫県姫路市)と確かに書いてあった。しかし、同社の商品リストには載っていない。ネット検索でヒットした明石酒類醸造(同明石市)も造っていないようだ。となると、幻の酒である。

①大坪屋近くの歩道橋からJR貨物隅田川駅を眺める


②駅北口の線路際からスカイツリーを遠望する

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