2018年6月3日 のアーカイブ

「フルーツ公園」周辺

カテゴリー: 動物園/植物園

2018/06/03  23:05


 

フルーツ公園に行く途中から

 

こんな感じです

 

目的地は「ぷくぷく温泉」でした

 

右後方に富士山が見えた(気がする)

 

桔梗屋を出たのは午後4時すぎ。最後に目指したのはフルーツ公園のやまなしフルーツ温泉「ぷくぷく」だった。フルーツ公園を走る道は農道だ。補助金は農水省。至る所に張り巡らせてある。

山梨県笛吹川フルーツ公園(山梨県山梨市江曽原)は山梨市フルーツパークが運営する公園。山梨市フルーツパークは山梨市、JAフルーツ山梨、山梨市商工会、山梨市ワイン組合の設立した第3セクター。

山梨は甲府市だと思っていたら、山梨市、笛吹市、甲斐市などもある。どこがどこだか分からない。分かる必要もないかもしれない。

フルーツ公園は富士屋ホテルを中核にフルーツ関連施設が集まっている。ぷくぷくもその中の1つ。われわれが何度も行ったほったらかし温泉はこの上の頂上にある。

本来ならこのブログの頭を「さくらんぼ」にしたかった。辛うじてまだ開園していたが、絵を取り損なった。またの機会にしたい。その農家は桃は作っていないという。「アレルギーなんで」と言った。果物王国でしかも栽培農家がアレルギーでは困るなと言っても仕方ない。

芸術の森公園に佇むオブジェ

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

  22:03


 

ザ・ビッグ・アップルNo45By 佐藤正明(2008年=平成20年に建てられた開館30周年記念モニュメント)

 

ヘンリー・ムーア

 

ゴッホ記念碑(1956)By オシップ・ザッキン

 

裸のフローラ(マイヨール)

 

花を持つ少女(1966)By舟越保武

 

カモシカと少年 By佐藤忠良(1991)

 

特設展生誕120年井伏鱒二展

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

  15:30


 

旅好き 釣り好き 温泉好き

 

芸術の森公園の中に山梨県立美術館があったが、山梨県立文学館もあった。こちらは特設展生誕120年「井伏鱒二展」が行われていた。

「山椒魚」「ジョン万次郎漂流記」「黒い雨」などの名作を残した井伏鱒二(いぶせ・ますじ、1898~1993、広島県生まれ)。東京府豊多摩郡井荻村(現杉並区清水)に居を構えた1927(昭和2)年以後、小説の取材や趣味の川釣りのためしばしば山梨を訪れている。

1938年、太宰治を御坂峠(みさかとうげ)の天下茶屋に誘い結婚に至るまでの世話をし、1944年には、幸運村(こううんむら、現甲府市和戸町)の岩月家に疎開をした。

また飯田蛇笏・龍太親子とも長きにわたり親交をあたため、龍太とは40年近くにわたり書簡を交わしている。さらに「侘助(わびすけ)」「七つの街道」「小黒坂の猪」「岳麓点描」など、山梨を舞台にした作品も数多く執筆した。

早稲田大学第一文学部の先輩だということで親近感は湧いたが、同時代よりも少し古く、そんなに関心は湧いてこない。それよりも次の句は面白い。

はなにあらしのたとえもあるぞ。さよならだけが人生だ。花発多風雨 人生足別離」

「種をまく人」山梨県立美術館

カテゴリー: 絵画/彫刻/音楽

  12:29


 

山梨県立美術館に行けばミレーを見れる

 

山梨県立美術館(甲府市貢川)でミレーを見た。1978年の開館以来、ここにはミレーの絵があることは分かっていた。中央道で関西からの帰途、いつでも寄れたが、タイミングが悪く行きそびれていた。

6月最初の日曜日、ようやく出掛けた。2階の展示室で「種をまく人」(1850年)と「落ち穂拾い、夏」(1853年)を観賞した。どちらも商品だが、きっちり書き込まれていた。

ジャン・フランソワ・ミレー(1814.10.4~1875.1.20)は19世紀のフランスで活躍した画家。それまでの絵画の主題となり得なかった、自然とともに生きる農民たちの姿を主に描き、評価を確立した。61歳で死亡。

ミレーは1849年にパリ郊外のバルビゾン村に移住して活動を続け、「種をまく人」をはじめとする作品を制作した。

フォンテーヌブローの森に隣接する同村には、コローやルソーなど多くの画家が集まり、「バルビゾン派」と呼ばれた。

「種まく人」は1977年、オークションで日本に競り落とされ、話題になった。昔のことだ。なお「種まき人」はボストン美術館と山梨県立美術館に1つずつある。どちらも本物で、どちらがサロンに出展されたのかは不明だ。