ホワッとした「かかりつけ医」ではなくシステムとしての総合医制度の構築を急げ

 

新型コロナウイルス

 

テーマ:「新型コロナウイルス」緊急時対応の強化に向けて
ゲスト:小林慶一郎・慶応義塾大学教授
湯崎英彦・広島県知事
草場鉄周・日本プライマリー・ケア連合学会理事長
大橋博樹・多摩ファミリークリニック院長
2021年9月28日@日本記者クラブ

小林慶一郎・慶応大学教授らが「新型コロナ感染等緊急時対応の強化に向けて」と題する提言をまとめた。湯崎英彦・広島県知事、草場鉄周・日本プライマリー・ケア連合学会理事長、大橋博樹・多摩ファミリークリニック院長が提言のポイントや医療提供体制、緊急時対応の在り方について話した。司会は竹田忠・日本記者クラブ企画委員(NHK)。

 

■ワクチン接種には協力的だが、在宅診療は3分の1

 

・医療の現状については大橋博樹氏が話した。神奈川県川崎市多摩区で開業中。内科、小児科、外科。1日120名の外来患者と220名前後の訪問診療患者を診ているかかり付けクリニック。2020年4月から発熱外来も診察している。

・外来収入は減収の一途をたどっている。2020年の第1波の時には小児科の患者が7割減。内科も初診患者が半減しかかり付けできている再受診の患者も減った。一方でクリニックが潰れてしまったのではなく、在宅の患者(往診)は増えた。急性期病院がベッドを開けなくてはならず、30人受け入れた病院もある。

・在宅医療の患者が増えたこともあって全体の収支はそれほど大きな影響は受けなかった。在宅医療を行っているクリニックは同様な現象だったと聞いている。

・1日15件の発熱外来を診断している。第4波まではこれで続けられたが、21年の8月を越えると急激に患者が増え30人、最多で40人を受け入れても電話が鳴り止まなかった。8月からは通常外来を午前中休診し発熱外来のみにした。8月は綱渡りだった。

・自宅療養の患者の往診は川崎市8区のうち各区1~2施設が往診対応クリニックに指定された。平時で往診対応していても、コロナ往診対応は3分の1以下。自宅の廊下で倒れている患者も普通にいる状態だった。

・50~60代の基礎疾患を有する人が多かったが、20~30代での往診依頼もあった。この世代には元々検診を受けていない人が多く、「基礎疾患がある」人が隠れている人がいることを経験した。

・基礎疾患で最も怖いのが糖尿病と肥満。リスクが大きい。肺炎が進行して低酸素で酸素がないとだめな人で分かりやすい。もうひとつあって元々の基礎疾患が悪化して、それで多臓器不全になっている人もいる。肺炎は悪くないので(低酸素にはなっていないので)Ecmoは不要。入院の重要度が低下する。これは今後の課題だ。

 

■かかり付け医の協力は十分だったか・・・

 

・かかりつけ医はコロナウイルス接種事業には協力的だったが、発熱外来や往診への協力は必ずしも十分ではなかったというのが結論だ。というのも開業医の多くは60代以上で、基礎疾患を持った人も少なくない。都会ではビルのテナントを借りて診療している施設も多く、そこでは動線の確保や、他の入居者や貸主の許可が得られない場合も現実にはある。

通常の診察に影響なく発熱外来を行うことは難しい。高血圧症や糖尿病などは月1回通院が基本。これを全面的に2カ月処方に切り替えれば、診療に相当の余裕ができる。しかし、その分の減収は莫大。補償がなければ踏み切れない。

・川崎市の場合、コロナウイルスを積極的に接種すると、1回当たり1万円近い収入を得られた。発熱者への診療や自宅療養者への往診は、加算が付いているものの、感染リスクを伴うことや、適用に時間や手間を要することなど、かかる負荷が大きい。危険を冒して自宅療養者に往診に行くよりも、ワクチンを3回打った方が経済的効率がよいと思うのは無理がない。

・平時に在宅医療(往診)を行っていない医師に往診を依頼するのは現実問題難しい。平時に在宅医療をやっている医師がもっと増えないと有事の機動力は発揮できない。兵隊がいない。

 

■「私のお抱えの医師」を増やすべき

 

・特に都市部では、内視鏡診療など専門特化した診療所が少なくない。幅広い疾患や自宅医療にも対応できる「総合診療医」の育成と増加が中長期的には今後重要な課題となる。

・私のクリニックは3人体制。1人で開業していたらこのようなパフォーマンスができたのかというとなかなか難しい。私たちは交代で24時間勤務している。複数の常勤医を有する比較的規模の大きい診療所でも対応できる幅が異なる。

・かかりつけ医には2つの意味がある。1つは主に初期対応を行う医師。アクセスが良く、必要であれば専門医を紹介する。普段からの医師患者の信頼関係は必ずしも必要ではない。もちろん初診も歓迎。眼科のかかりつけ医、耳鼻科のかかりつけ医もあり得る。

・もう1つは「私のかかりつけ医」(赤ひげ先生)的ニューアンス。長い期間の信頼関係、子どもの頃から通っている。家族みんな通院。どんな健康問題でもまずは相談(幅広い問題への対応)。かかりつけ医は基本的に1人。私のお抱えの医師。

・今回厚生省から「発熱患者はまずかかりつけ医に相談を」「コロナワクチンはかかりつけ医での接種を」のメッセージが出たが、不明確だった。うまく伝わらなかった。わたしは近所のかかりつけ医に相談したが、当院でのかかりつけ医ではないと断られた例がある。今日本に「私のかかりつけ医」がいるのだろうか。

・「私のかかりつけ医」が増えることが、地域を守るためにも必要な「かかりつけ総合医」が求められている。

 

■孤独のうちに悪化し自宅出死亡するケースも

 

一方、草場鉄周・日本プライマリ・ケア連合学会理事長は「かかりつけ医」について世界的に使われている「プライマリ・ケア」の制度面について語った。

・日本の場合、「かかりつけ医」というほわっとした表現はあるが、きちっと制度化されていない。どの地域にもこういうものがありながら、制度化されていない。

・プライマリ・ケアそのものについては身近な医療機関として、よくある健康問題に幅広く対応し診察・検査・治療を提供できる。外来診療はもちろん、訪問診療・往診なども提供し、施設で暮らす高齢者のケアも提供している。今回のコロナ禍で大橋先生のような形でやれたドクターは非常に少なかった。

・発熱や上気道炎などの症状を持ちコロナ感染の可能性のある患者の診察を断る医療機関も当初は少なく、感染への不安から受診を避ける患者に対してオンライン診療で診察を提供する用意がなかった。

・ クラスター感染が発生した介護施設の患者に対して訪問診療やオンライン診療を通じてサポートする機会はほとんどなかった。 コロナ感染者として施設療養あるいは自宅待機している患者に対して、当初は診療する機会はなく、第4,5波でようやく関与することができたが、政府や医師会の呼びかけにもかかわらず動いた医療機関は限定的であった。

・その結果 有症状患者が普段かかっている医療機関での診療を受けることができず、急性期病院に殺到する事象が生まれた。直接受診、あるいは保健所・自治体に相談し医療逼迫を悪化した。 施設などでクラスターが発生した場合に、十分な医療を提供することができず、ほぼ放置されて死亡する辛い状況が多発した。

・ 自宅療養患者が急増した際に保健所での対応が難しく、自宅で孤独のうちに症状悪化し死亡するケースが多発した。

 

■プライマリ・ケア診療機関の導入が必要

 

・なぜこういうことが起こったのか。構造的問題が大きい。1人医師の診療所で人員のゆとりなし。比較的年齢層の高い開業医が多く感染リスクが高かった。

・ビル診に代表されるように施設規模も小さく、感染防御のためのゆとりある施設構造をとることが難しい。

・オンライン診療はほとんど普及していない。

・訪問診療を提供する医療機関が少ない。

・特定の臓器に特化した診療所も多い(眼科、皮膚科)

・結局住民は自分の健康を守るためには自分で医療機関を探して見つけ、何としても保健所に電話してつながるまで待つ。必死で動く。それを保証するシステムはこれまでなかった。「国民1人1人が命がけで頑張りなさい」というのが日本の本質だということが分かった。

・普段からフリーアクセスは良さそうだが、逆にフリーアクセスということは「自分で見つけなさい」ということ。何かあるときに必ず見てもらえる医療機関は存在しない。

・これからは1人1人の健康管理をプライマリ・ケア医療機関が責任を持って担う仕組みを導入していかないとまた同じような感染のパンデミックが起こった場合、同じような状況になるのは間違いない。

 

■かかりつけ総合医制度の整備を

 

・パンデミック発生時に強制的に医療機関を動員する法制定の話があるのは事実だ。病院は病院として議論されているが、診療所での軽症の診療については、法律化しても動きたくても動けない現状がある。

・今から動けるシステムを作らなければならない。「強制の法制化」の議論をするならば、医療提供体制の速やかな改革と連動させなければ「絵に描いた餅」になり、今回と同様の失敗を繰り返すことは必定だ。

 

日本の医療をめぐる大きなギャップ

 

・上の図が日本の医療をめぐる大きなギャップだ。専門医療を中心とした急性疾患入院診療、救急医療、集中医療が大きな枠を占めている。かかりつけ医とはこうした病院で働いていた医師が開業して、おのおのの専門を活かしながら診療所を展開していく。急性疾患の外来診療、慢性疾患への外来医療が約8割を占めている。その中で在宅医療、予防医療、地域包括ケアへの関わりはやりたい先生はやっても、やりたいくない先生はやらなくてすむ。やらなくていけないという義務はない。これが日本の診療所の実態だ。今回コロナ禍で動いたところと動かなかったところがあったというのはこの違いが非常に大きいということだ。

・公衆衛生、保健行政(法定感染症の管理、医療計画の管理、母子保健、健康増進)は完全に行政の仕事として分かれた形で存在しているのが日本の医療の実態だ。本来なら専門医療と公衆衛生・保健行政の間にプライマリ・ケアが存在し、あらゆる地域で当たり前のように行う仕組みを作っていくべき。

 

あるべきプライマリ・ケアの位置付け

 

・これができていれば、有床状者・濃厚接触者へのPCR・抗原検査、施設や自宅で療養する無症状・軽症者の診療、クラスターが発生した介護・福祉施設での診療、効率的なワクチン接種の実施を受けられる。今はどこでワクチンを打ったら良いのか懸命で探さなければならない。右往左往することは避けられる。

・ふわっとしたかかりつけ医の限界が見えている。仕組みとして、システムとしてのプライマリ・ケアをつくるべき。有事の際に動けるように、平素から保健所、自治体、急性期病院、地域の介護施設としっかり連携を取りながら、対応できるプライマリ・ケアのシステム(かかりつけ総合医制度)を整備してもらいたい。

・理想的にはプライマリ・ケアの専門家=家庭医、総合診療医。日本プライマリ・ケア連合学会で2010年より養成と認定を行ってきた家庭医療専門医は現在1100人程度が活躍。日本専門医機構でも2018年より総合診療専門医の要請を開始し、2021年に第一期となる専門医が誕生。10年後にはこうした医師が中核を担うことが期待される。

 

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