「道教の美術」

 特別展「道教の美術」を鑑賞した。そもそも道教自体がよく分からない。中国の民族宗教で、日本の神道に相当すると言えば感じがつかめそうだが、それでも漠然としていて、つかみどころがない。しかし、展示品や解説を読んでいくうちに、多くの分野で日本文化にも大きな影響を与えていることに驚く。

 民衆は中国の風土で生まれた様々な神々に対し、不老不死や福・禄・寿といった現世利益を願う。長い歴史の間に仏教や儒教、風水、星宿、易など様々な思想・文化、民間信仰・神話と習合しながら、中国独自の宗教として確立した。現世利益を実現し、不老不死を究極の理想とする。

 人間だれしも、現世での繁栄と不老不死を願うのは自然。それがなかなか適わないが故に、それを理想として追求することになる。それが夢物語で、理想ではあることはすぐに気づくにせよ、一度はそういう思いに浸るのは不思議ではない。すぐに、あきらめるにしても。

 それにしても、日本人の日常生活の中にも、道教的なものがあまりにも多くあることに気づかされた。浦島太郎も、閻魔様も、カリスマ陰陽師・安倍晴明も、織姫・彦星も、みんな道教がルーツだという。

▼蓬莱山(ほうらいさん)
 お正月にご先祖に手を合わせ、雑煮をいただいた後、「蓬莱山」にミカンや昆布などをいただく風習は丹波のわが郷里で今も行っている。渤海湾の東方海中に3つの神山(蓬莱、方丈、えい州)があり、そこには多くの仙人が住み、不老不死の薬があるとされた。蓬莱山はその神山の1つだった。紀元前3世紀、秦の始皇帝は、3神山の不老不死の仙薬を求めて方士・徐福(徐一とも)を派遣。徐福は、童男童女数1000人を引き連れて蓬莱山にたどり着き、そこに住み着いたそうだが、そこが日本の九州佐賀(金立山)や紀州熊野(新宮市)だったという伝説があるという。

▼浦島太郎
 浦島太郎は何百年もの歳月を龍宮城で過ごした類まれな長寿を誇る人物として描かれた。その底流をなしているのは龍宮城を不老不死の仙境・神山とする神仙思想・道家思想。それに、日本の海幸山幸の説話などが混じった。現実の娑婆世界を離れたユートピアにあこがれるのはいつの世も同じ。

 特別展「道教の世界」は三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2-1-1三井本館7階)で9月6日まで。全く期待していなかったが、収穫だった。しかし、とても疲れた。

 

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