『アジア三国志』

書名:『アジア三国志』(中国・インド・日本の大戦略)
著者:ビル・エモット(英エコノミスト誌元編集長)
出版社:日本経済新聞出版社(2008年6月5日1版1刷)

 21世紀の世界は明らかにアジアを主舞台に動いている。中国とインドがど真ん中にどっかりと座わり、世界経済の成長と発展のカギをがっちり握った格好だ。巨大市場の両国を無視した経済運営は不可能だ。

 国際政治・外交の分野でこそ核開発で欧米との軋轢を深めるイランが脅威として立ち塞がっているものの、緊急性から言えば、核技術の軍事転用を実現したと宣言する北朝鮮の脅威のほうが数段上だ。大人の論理が通用しない北朝鮮対策を間違えれば、世界は大混乱に陥る。

 超大国・米国が2001年以来、9年ごしの戦争を強いられているのがアフガニスタンだ。反政府イスラム武装勢力との果てしない戦争で消耗し、莫大な軍事予算をつぎ込みながら国力の疲弊を招いている。オバマ米大統領が宣言した2011年7月の撤退開始は後退し、14年末までの戦闘継続は不可避の情勢だ。

 超大国・米国は泥沼化するアフガン戦争に足を引っ張られた上、2年前の金融危機が招いた大不況から今だ立ち直れない状態だ。一方、欧州連合(EU)はギリシャやアイルランドが財政危機に見舞われ、内部固めに躍起で、政治的、経済的に力を落としている。

 こうした情勢の中で目立つのがアジアの台頭だ。1945年以降はまず、強力な軍事プレゼンスと圧倒的に広大な市場・投資先を提供した米国がアジアを支配し、その後は日本がGDP世界第2位の大国に成長。さらにはかつての大国・中国が13億人市場をバックに急膨張。21世紀に入ると、アジア地域だけではなくグローバルなパワーを駆使する野望と能力を備えたインドが一躍登場した。

 アジアは今やこれまで経験したことのない日本、中国、インドという3大勢力のバランスに大きく左右される時代を迎えた。1カ国がアジア全体を圧倒的に支配できるだけの力はない。「アジアは、19世紀のヨーロッパにも似て、抜きん出たリーダーがないままに、バランス・オブ・パワー(勢力の拮抗)という政治ゲームの闘技場になりつつある」(第1章 アジアの新パワー・ゲーム)。

 本書は3カ国に1章ずつ割り当て、第3章で「中国―世界の中心の国、問題の中心」とし、第4章では「日本―パワフル、脆弱、老齢化」と論じ、第5章では「インド―数が多く、ごたまぜで、勢いに乗っている」と特徴的に分析している。

 中国やインドは成長の壁となる環境問題を抱えているほか、日本を含めた3カ国には歴史認識の問題が横たわっている。加えて紛争の種となる発火点と危険地帯も多い。しかしこの3カ国は世界の成長センターのなかでパワーアップした。

 「中国、インド、日本の関係がぎすぎすしているのは、それぞれの国益が重なり、場所によっては競合しているからだし、たがいの動機や意図を疑っているからでもある。いずれも、アジアやその外を自分が牛耳りたいと思っている」(第9章 アジアのドラマ)

 どうやら、アジアでは今、新たなドラマが始まっているようである。世界の強国のうち3国が、国内と国際社会のとてつもない圧力を受けながら、肩を並べて破壊的な変容を告げつつある。アジアのこの破壊的改革が地球全体に影響を及ぼさないはずはない。

 「アジアを観察している巨人ふたり―ロシアとアメリカ―は、この変化によって揺さぶられ、たえず影響力を駆使しようとするだろう。こうした破壊的改革のさなか、われわれの目の前でアジアは創られてゆく。21世紀とともに」(第1章 アジアの新パワー・ゲーム )。

 大変な時代にわれわれは生きているのだ。ロシアやアメリカの2大国はもちろん、EUを含めた世界の命運をアジアは握っている。日本もそのアジアのパワー・ゲームに主要プレーヤーとして参戦しているということを改めて認識させられた。身震いする思いだ。

 著者のビル・エモット氏は1956年英国生まれのジャーナリスト。『日はまた沈む』(1989)で絶頂期にあった日本経済に警鐘を鳴らし、バブル崩壊を予測。『日はまた昇る』(2005)で、ようやく蘇った日本経済にエールを送った。

 しかし、その後の日本は小泉改革が挫折し、政局も改革も足踏み状態を陥った。歴史問題や領土問題も進展の兆しが見えないまま、北朝鮮の核兵器開発、中国の軍備増強などむしろ緊張が高まるばかり。アジアが永続的な繁栄を享受する安全な地域になるためには何が必要か、本書で9つの進言を示している。

 尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件は日中があらゆる分野でぶつかり合っている現実の1面を象徴的な形で示した。好むと好まざるにかかわらず、こうした問題は今後も続出するだろう。逃げることなく、こうした現実に付き合っていくしかないのだろう。

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