高齢者の遺産を狙った『後妻業』=欲望渦巻く人間模様を描いた『後妻業の女』は映画化されていた

 

 

後妻業

 

書名:後妻業(ごさいぎょう)
著者:黒川博行(愛媛県今治市生まれ、京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒)
出版社:文藝春秋(2014年8月30日第1刷発行)

 

■欲望渦巻く人間模様

 

黒川博行は1949年生まれ。私より1歳若い。大阪府立高校の美術教師を経て、83年に「二度のお別れ」が第1回サントリーミステリー大賞佳作。86年に「キャッツアイころがった」で第4回サントリーミステリー大賞を受賞。96年に「カウント・プラン」で第49回日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で第151回直木賞を受賞している。

『後妻業』は2012年3月号から13年11号まで別冊文藝春秋に連載された。直木賞受賞後の第1作だ。高齢者の遺産を狙った犯罪を題材とした推理小説である。

資産を持つ独身男性の後妻に収まり、多額の金品を貢がせる「後妻業」を生業とする女を描いたものだ。結婚相談所主催のパーティーで知り合い、結婚した武内小夜子と中瀬耕造。2年後に耕造は死去するが、娘の朋美と尚子は、小夜子が全財産を受け継ぐという遺言証明書を突き付けられる。

黒川博行の作品は初めて読んだ。怖い物みたさからのぞき読んだのだが、この世界は裏社会であるがゆえに、リアルさが渦巻いている。大阪弁が多用され、どぎつさも際立っている。好きな人にはたまらないだろう。

普通の人間はこれほどどぎつくはなく、もっとオブラートをかぶせた世界で生きている。そのオブラートを取っ払った裏世界を黒川博行は好きなのだろう。欲望渦巻く中、赤裸々な人間模様をこれでもか、あれでもかと活写しているのはやはり作家にふさわしい人物と言えるのだろう。どぎつさが売り物だ。

普通の人はそこまでしない。もっと表面的な世界を楽しんでいる。裏社会ははっきり言ってもっと不幸な人が住む世界だ。別にそこまで知らなくてもいいのだろう。しかし、幸か不幸か裏の裏まで知ってしまった人間もこの世にはたくさんいるのだ。

裏の世界ではこんなことが繰り広げられているのかびっくりしたり、半面納得したり。しかし普通の人が実際にこの世界に放り込まれたら、あっという間に地獄行き。抵抗できないうちに死の苦しみを味わうのだろう。一方で楽しんでいる人もいるかもしれない。

後妻業(ゴサイギョウ)なるものをよく知らなかった。知ってどうなるものでもないが、何でも勉強である。「資産を持ってる老人を狙うて後妻に入る。その老人が死んだら遺産を相続できる」。悪徳非業とは言うまい。個人の関心はともかく、この世界で生活している人もいるのである。

 

■「住民票、家具持ち込み、顔出し」が後妻業の3必須条件

 

守谷(法律事務所)は「後妻業の必須条件はご存じですか」

「住民票、家具持ち込み、顔出し、この3つです」

守谷は指を立てて、「まず、後妻は入籍前に住民票を移して、狙った相手と同居しているという形を作ります。次に、ドレッサー、ベッド、洋服ダンスを家に持ち込みます。そうして、地域の老人会などに顔を出して、中瀬の妻です、とアピールします」

「それ、みんな当たってます」

守谷はうなづいた。「いま確認した3つの事実、結婚相談所を経由したこと、公正証書遺言をしてることで、武内小夜子はプロであると認識してください。一から十まで計画した上での犯行です」

 

■「いつでも家にあるもんは、きれいに見えへんのや」

 

心に残ったフレーズを抜き出してみた。

・「あんなええ女に限って浮気されるんやな」本多は座った。
「いつでも家にあるもんは、きれいに見えへんのや」(p215)

・「受付の子はきれいですよね」
「あの子はパンツのゴムが緩い」(p296)

・眼を覚ませ。舟山は”竿師”や。瓢箪山のアパートも3700万円の抵当に入ってて、舟山の資産は500万もない。
竿師てなによ。股ぐらの竿で女を釣るんや。(p299)

・「殺すぞ、こら。おどれも柏木も」
「黒澤さん、おれは堅気ですわ。極道が堅気に脅し文句吐いたら、恐喝、脅迫でっせ」(p312)

・「黒澤さんよ、おれも代紋持ちやった」
半歩、出た。黒澤の股間に膝が入るように。「今里署のマル暴担。桜の代紋や」(p312)

・「寄る年波で客がつかなくなった小夜子は、浮世風呂(福原)から後妻業にシフトしたのだ。「女は強いですよ。いくつになっても、ここで稼げる」。金井は股間に手をやって、「男はバカだから、からめとられて金を吐き出す。騙されてるとわかっていても、ずるずる貢ぐのが男です」(p327~8)

・「結婚はやっぱり経済力ですか」
「生計を維持できる定収入です」(p330)

・「警察は保険金のからんでない事故死は捜査せんのです」(p335)

 

■『後妻業の女』で映画化も

 

2016年8月に『後妻業の女』のタイトルで映画化されている。また、2019年1月から3月までテレビドラマ化もされている。映画の監督・脚本は鶴橋康夫、主演は大竹しのぶ。

婚活大国ニッポン。結婚相談所は全国に4000社。利用者は60万人。後妻業の女を話題にすると、ほとんどが思い浮かべるのが紀州のドン・ファン殺人事件。テレビや週刊誌ネタとして大いに話題を集めた。

2018年5月に和歌山県田辺市の資産家で、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた会社社長の野崎幸助氏(享年77)が2018年5月に急性覚醒剤中毒で死亡し、55歳離れた妻が殺人容疑で逮捕された事件だ。

人間だれでもスキャンダルが大好き。他人の不幸の味は蜜の味である。

 

 

 

 

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