【ウクライナ】プーチン思想を実践に移したロシアの特殊軍事作戦=小泉悠氏

ロシア・ウクライナ戦争について語る小泉悠氏

 

ゲスト:小泉悠(こいずみ・ゆう)東京大学先端科学技術研究センター専任講師
テーマ:ウクライナ
2022年3月9日@日本記者クラブ

 

■ロシア側はあくまで「特別軍事作戦」

 

ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師が、ウクライナに戦争を仕掛けたプーチン大統領の狙いや現状と今後の戦争の行方について話した。司会は杉田弘毅日本記者クラブ企画委員(共同通信)。

・ロシアがウクライナに侵攻して2週間ぐらいがたとうとしている。世界がショックを受けたが、2週間たってみて、何となく方向性が見えてきた。この事態を立ち止まって全体を見渡してみるにはちょうどいい時期かもしれない。

・これは戦争だ。当たり前と言えば当たり前だが、戦車が投入されて戦闘爆撃機が爆弾を落として巡航ミサイルが発射されて、それを戦争と言わなければ何なんだという話ではあるが、ロシアはこれを「戦争」と呼んでいない。あくまでも「特別軍事作戦」。

・「戦争」と呼ぶと当局から指導が入る。にらまれる状況になっている。戦争と呼んでしまうと、国連憲章違反になる。何か問題があるときに戦争で解決することは禁じられてきたからだ。

・ロシアの言い分はゼレンスキー政権がウクライナ内にいるロシア系住民を組織的に虐殺しており、ナチス政権そのものだと主張している。しかしウクライナのゼレンスキー大統領はユダヤ人だ。

・もう1つはウクライナは核兵器を密かに作っているとも主張している。ウクライナの政権が危険であり、排除する自衛的行動だという。「だから特殊作戦だ」とロシア側のロジックは組み立てられている。

・反駁しようと思ったら突っ込みどころが多い。セレンスキー氏はユダヤ人だし、ロシア系住民が虐殺されているならば、なぜ今頃それを言うのか。国連安保理理事国として国連の場で解決しようとしなかったのか。核兵器を作っている話も開戦3日前になぜそんなことを言い出したのか。国際原子力機関(IAEA)は「そういう兆候はない」と否定している。

 

■ウクライナは脅威

 

・開戦直前に持ち出されてきた理由というのは方便に近いのではないかという印象を持たざるを得ない。説得的な証拠はロシア側から示されていない。

・昨年7月12日に発表されたプーチン大統領の論文。1999年に大統領代行になったとき。これから大統領になるときに書いた「千年紀の狭間にあるロシア」という論文。2012年に首相から大統領に復帰してくるときに書いた7本の論文(プログラム論文)がある。自分の任期にこんなことをやりますと分野ごとに書いている。国防、経済など。

・プーチンは自分のやりたいことを文章にして体系的に示すことを好むリーダーだった。長い論文を書くのはキャリアの節目。自分の任期にこういうことをやると政策綱領的に書くことが多かった。次期大統領選は2024年3月でまだ先。歴史の本も読んでいる。

・歴史的に見て「ロシア人とウクライナ人は分けられない同じ民族なんだ」と主張している。今存在するウクライナはボルシェビキのときに作った行政区分にすぎない。それがソ連崩壊によって独立して国家になってしまった。手違いで独立国になった国というニューアンスが非常に強い。

・現在のゼレンスキー政権は西側の手先になり下がってしまった。政治的にみても米国、EUに完全に従属させられてしまっている。腐敗していて、国富を西側に流している。

・軍事的にいうと、北大西洋条約機構(NATO)に加盟していないかもしれないが、米国の軍事顧問団が入ってきていて、いずれロシアを脅かすミサイルが配備されるかも知れないではないか。

 

■ウクライナはロシアの一部

 

・プーチン氏は軍事や核抑止には関心があることを再確認させられた。そういうことを並べ立てた上で、最終的な結論としてはウクライナの主権は西側によって不安定化させられている。真に主権を取り戻そうとしたら、ロシアとのパートナーシップを通じてしかない。

・「西側の手先になっているから主権が不安定化させられている」というのは分からなくはない。「ドイツは主権国家ではない」と言ったこともある。どこかの同盟に入っている国や大国に入っている国はそもそもフルに主権を持っていない。自前で安全保障を全うできる国が主権国家で、一例として上げたのはインドと中国。非同盟の核保有国だけが主権国家だと言ったことがある。

・プーチン的な世界観、主権観からすると、西側に頼ろうとする、西側世界との統合を指向するウクライナは自ら主権を放棄した、西側によって主権を奪われた国になるのかもしれません。ロシアのロジックでいうと。

・ウクライナが主権を取り戻すためにはロシアとのパートナーシップを通じてしかないという主張をどう解釈するのかはなかなか難しい。ロシア的主権観からすれば、ロシアが圧倒的に強いロシアとのパートナーシップはウクライナの主権が制限されることになるのではないか。

・要はウクライナがロシアの一部であることを受け入れれば、ロシアとして強い主権を発揮することができると私は解釈している。いずれプーチンが語ってくれたらいいなと思っている。

・大国中心主義的あるいはロシア中心主義的であったりするが、ロシア取材をされてきた人たちにとってはそんなにびっくりすることではないのだろう。昔からロシアの民族主義者はこういうことを言ってきたし、ロシアの思想界の中にも綿々とこういう思想はあった。思想は思想として分かる。

・プーチン論文と実際のロシアがやっている戦争との間にはものすごい距離があるはずだ。日本の政界をみてもものすごく保守的な議員もいるし、ものすごく極左的な思想を持った人もいる。いて、そういうことを口に出したりもするが、実際に実行するかというと、その間にはものすごく距離があって党内の調整だとか普通問題が発生する。自分たちの思想を現実と折り合いを付けて何らかの政策という形で妥協点を見いだすものだ。

 

■プーチン思想を実行に移す

 

・ところがプーチンが2月24日からやっていることはまさに2021年7月12日の大ロシア的な思想の濃いことを本当に実行に移しているような感じがする。

・いろんなことを言っているが、今のゼレンスキー政権を打倒してロシアの強い影響力が及ぶ国、悪い言葉を使えば、ロシアの属国にウクライナを戻したいという意図をもってやっているとしか思えない。

・プーチンが何を考えているかは分かる。実際にやっていることもよく分かる。それを本当にやりますかね。私としてはふに落ちない。これまでもこういう思想自体を持っていた。片鱗を口に出すこともあった。

・しかし彼は老獪な政治家であり元KGBの将校でもありメチャクチャなことはしてこなかった。冒険的なことや国際的に非難を浴びることはするにしても、逃げ回れる余地は残しながらやってきたから、騒ぎを起こしても国際的なプレゼンスは高まってきた。

・2014年のクリミア併合のときはロシアが単なる新興資源国ではなくて、やはり地政学的なプレーヤーなんだということをまざまざと見せつけたし、2015年のシリア介入は中東の問題はロシアに一言話を入れなければ何にも動かない、アメリカですら中東の問題ではロシアと協議しなければならないという状況を作り出したと思う。

 

■地上兵力はウクライナがロシアを上回る

 

・それに対して今回ロシアがやっていることは何かロシアに益をもたらしているのかというと、全くそんな感じがしない。ロシアの軍事の話からすると、2月24日に戦争が始まって2週間後にどこかで講演をするとして、その戦争を現在進行形のものとして扱うとは思っていなかった。もっと早くロシアは勝つだろうと思っていたから。

・バイデンによると、プーチンはウクライナ国境に15万人の兵力を集めていた.ロシアの軍隊は全部で90万人くらいしかいない。定数だと101万人。これに文民を加えて190万人。充足率92%。100万人はいない。人口的にも国力から言っても3ケタ万人の軍隊は維持できない。単純に兵力だけをみると、世界第5位。中国の人民解放軍、米国、インド、北朝鮮に次ぐ。

・陸軍、空挺軍(パラシュート部隊、4万5000人)、海軍(海軍歩兵部隊3万5000人含む)。全部含めた地上兵力は36万人。韓国陸軍の地上兵力よりもロシアは小さい。この中から15万人を集めてきてウクライナに展開させたというのは動かせるものを根こそぎ動かしてきたと考えてよい。

・国境を超えて攻めていくのかについては半信半疑だった。越境していったらウクライナ軍もひとたまりもないでしょう。始まってみたらまだロシア軍はハリコフもキエフも落とせていない。予測より相当遅い。外部の予測よりもクレムリンの予測よりも遅いのではないか。

・大量の巡航ミサイルや短距離弾道ミサイルを撃ち込んで敵の防空システムや通信システムや飛行場をたたく。敵が組織的な抵抗ができなくなってから地上軍が進撃していく。地上軍もハイテクを駆使していくのがロシア軍の戦い方だが、今回のその成果が生かされていない。

 

■「ウクライナは弱い国ではない」

 

・空軍の活動も当初非常に低調だった。思想もあるし能力もあるのにやっていない。「ロシアとウクライナは兄弟国家である。ゼレンスキー政権は悪い政権である。ロシアが入っていけば、そんなに抵抗せずに受け入れるだろう」と思っていないと、こういう軍事作戦にならないんじゃないか。

・私もそうだし、自衛隊もそうだが、ロシアの軍事力についてはリスペクトを持っていた。西側と違うやり方で軍事力を発揮してきたが、こうもぐだぐだな軍事作戦をやって2週間ウクライナ相手に苦戦しているのは非常に意外だ。

・一方で指摘しておかなかればならないのはウクライナが決して弱い国ではない点だ。何となくロシアにいじめられている小国というイメージをもたれがちだが、人口で言えば、旧ソ連の中で4200万人と2番目。面積でもロシア、カザフスタンに次いで第3位。欧州の国で見れば最大の国。日本の1.6倍。日本は山地だが、ウクライナの場合、ひたすら真っ平ら。国土全部利用できて農業や工業に使える。

・旧ソ連の中では豊かな穀倉地帯でもあったし工業地帯でもあった。それなりの軍事産業を持っていて軍隊も大きい。今年のミリタリー・バランスによると、ウクライナ軍の総兵力は19万6000人。地上兵力は15万人。ロシアが集めてきた兵力と大体同じくらい。

・準軍事組織も持っていて重武装の国家新鋭軍が6万人いる。今回ゼレンスキー大統領が総動員令を発令しており民間人をかなり動員している。数だけでみると、ロシアの侵攻軍よりウクライナ軍の数が上回っている可能性がある。しかも地形をよく知っており、地の利がある。

・ロシアの政治の側が変な見通しを持っていて、かなり制約を受けたのではないかと言われている。

 

■ベラルーシ、憲法改正でロシアの核兵器持ち込み可能に

 

・ベラルーシは欧州とロシア間のバランスを取ったコウモリ外交を展開してきたが、今回はロシア側は出撃基地を提供している。ベラルーシが軍事的にロシアに逆らえなくなっている。2020年8月の反ルカシェンコ運動が大きく影響したことは間違いない。民主派を弾圧、コウモリ外交をできなくした。ロシアに頼るしかなくなった。ロシアの軍事的作戦に巻き込まれている。

・ロシアがウクライナを属国化することに注目が集まっているが、ベラルーシへの影響力を持ってしまったことがまずあって、その上でウクライナだ。ロシアが主導して東欧のスラブ3カ国をまとめ上げることを考えたのではないか。国内向けの政治的な成果にしたかったのではないか。

・ベラルーシについてはある程度実現していることを認識しておく必要がある。先月末、ベラルーシ憲法が改正され18条に記述がそっくり削除された。中立に関して言及なし(目指す)、核兵器の持ち込み禁止にも言及なし(禁止)。ロシアからベラルーシに大規模なロシア軍が展開し、ポーランド軍やドイツ軍は欧州に展開する。

・ロシア軍がチェチェンやシリアでやった無差別砲爆撃。なかなか落ちない都市に対して女子ども巻き込んで無差別に攻撃をする。場合によってライフラインを攻撃することによって都市で生活ができないようにする。それによって抵抗の意思をくじく。

・これをやられると、相当耐えられるにしてもいつかは落ちるのは避けられない。できるのは敗北に至る期間をできるだけ引き延ばす。ゼレンスキー政権の戦略としてはできるだけ敗北しない期間を引き延ばしながらキエフにいつまでも踏みとどまることはできない。

 

■反発大きいロシアの無差別ロケット砲撃

 

・ゼレンスキー政権が狙っているのはロシアの戦争継続が困難になること。戦争は経済が少々混乱しても継続できるし元々混乱状態でやるものなので多少の経済混乱は戦争を止めはしない。

・経済が混乱することによって国民からの反発が非常に強まる。同じスラブ民族に無差別攻撃を行っているのでチェチェ人やシリア人にそこまでやっても盛り上がらなかったが、ウクライナ人に対してやるとロシア人にとって幅広い反発を引き起こす。ハリコフはロシア系住民の都市だ。国籍こそウクライナ人だが、同じロシア語をしゃべっている人、親戚もいる人が数え切れないくらいいる。

・そういうところに無差別ロケット弾砲撃をしているプーチンには相当反発が大きいようにみえる。週末に反戦デモが行われている。大規模に同時多発的に戦争反対を理由にデモをやるのはあんまりない。

・ロシアは完全に情報鎖国状態になっている。

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