【ウクライナ】独特な世界観・歴史観に基づいてウクライナに侵攻したプーチン大統領の誤算=防衛研・兵頭氏

登壇した兵頭慎治氏

 

ゲスト:兵頭慎治(ひょうどう・しんじ)氏(防衛省防衛研究所政策研究部長)
テーマ:「ロシアによるウクライナ侵攻の衝撃」-プーチン-大統領の狙いと誤算
2022年6月3日@日本記者クラブ

 

ウクライナの戦況と政治プロセスの分析を続けている兵頭慎治・防衛省防衛研究所政策研究部長が、ロシアのウクライナ侵攻から3カ月たった現状や今後考えられるシナリオについて話した。上智大学を卒業後、防衛研究所に入所し、30年近くロシア政治を観察している。話の内容は研究者としての個人的見解と断っている。司会は出川展恒/日本記者クラブ企画委員(NHK)

 

■プーチン氏独特の世界観、歴史観

 

・本題に入る前にプーチン大統領の世界観、歴史観を押さえておきたい。ロシアはよく力の信奉者と言われるが、「過剰な国防意識がある国」である。軍事力は核兵器を含めて使うために持っていると発想する国だ。軍事力行使の敷居がわれわれが思っている以上に低い。プーチン大統領は核兵器についても使用することを示唆しており、彼自身が「力の信奉者」でもある。

・なかなか理解できなのが影響圏的発想だ。縄張り。自らの影響が及んでほしいと考えている場所、旧ソ連邦圏である。バルト3国はNATOに入っており除く。ウクライナはロシアの歴史的紀元でもあり、プーチン氏も何度も行っている文化的、歴史的な統一空間だ。とりわけ重要な場所だ。

・ロシアは200%、300%の安全保障を追求すると言われる。通常100%を守るので「国防」と呼ばれるが、これだけでは安心できない。1000年の歴史の中で外圧、外敵に直面してきた。モンゴルやナポレオン、ナチス・ドイツとも戦った。冷戦時代は米国と競争し敗者として米国の圧力を加えられた。被害妄想がある国。

・国境だけを守るだけでなく、その外側にロシアの影響が及ぶような影響圏がないと安心できないという考え方が安全保障上やはりある。米国の軍事的影響は排除したい。NATOの拡大は阻止したいとの強い思いを持っている。

・最近私が主張しているのはロシアが「洋上影響圏」を認識している。北極海とオホーツク海だ。2つの領域で軍事的プレゼンスの目立つ動きをしている。北極海とオホーツク海を海上影響圏と見直しているのではないか。

・冷戦の敗者たるロシアが米国主導の欧州安保秩序を再編したいとの強い思いがあった。いきなり2月24日に軍事侵攻したのではなく、前年からウクライナ国境に10万人を張り付けた上でNATOのさらなる拡大をしないよう外交的要求を突き付けた。

・プーチン論文の中に「ロシアとウクライナは同一民族、同一空間」であると主張し独特の歴史観が表れている。NATO拡大反対とウクライナと一体感があるという主張は彼の頭の中では不可分ではないか。

・法的にNATO不拡大を約束することができないのならば、ウクライナはロシアの影響力下に置くしかないとの判断になったのではないか。

・プーチン氏が2月に侵攻に踏み切ったのはバイデン政権の足元を見たからではないか。「米国による直接的な軍事介入はない」と確信した上でのことと考えている。2014年のクリミア侵攻と全く同じだ。オバマ大統領は軍事オプションを取らないと公言した。バイデン大統領も昨年12月の時点で不介入方針を表明している。

 

 

■ロシア軍を過大評価したプーチン大統領の誤算

 

・1つ目はロシア軍を過大評価していたことだ。ロシア専門家も同じで「こんなに弱いのか」「こんなに駄目なのか」。一番大きいのは軍の出身者ではなく旧KGBが率いる関係者がグランドデザインを描いたと思う。ウクライナ全土の軍事制圧が可能で、ゼレンスキー政権を打倒した後でウクライナの体制をロシア寄りに変えることができる第2段階の政治工作を含めて全体のシナリオを考えていた旧KGB.

・軍は旧KGBが作ったグランドデザインの中で軍事的な制圧の部分を担わされた。「いついつまでにどこまで取れ」。キーウはもとより全土陥落を目指す目標があったと思うが、結果的にはままならなかった。最近のロシア軍の動きを見ていると、以前とは違う「小規模包囲作戦」を行っている。

・私の見方では政治の側が目標が与えられて、それをやれと言われたのでロシア軍としても本領を発揮できない。軍事作戦を立案できなかった。5月9日の専焼記念日までに東部2州完全制圧せよと言われた命題。身の丈以上大規模な作戦をやらなくちゃいけなかった。うまくいかなかった。

・今は期限を切ることもなく東部2州の完全制圧を行っている。小規模攻撃は2014年、15年にドンバスでやって効果があったやり方。ロシア側は戦況で有利な形になってミンスク合意を締結できた。ロシア軍の裁量が少し出てきた。

・政治的な目標を押し付けられて軍として苦慮した部分があったと考えている。戦争開始から2~3週間くらいでかたが付くと甘い読みがあったんだろう。これだけ長期戦になることは最初の作戦計画になかったし、それを前提にした補給体制も整備されていなかったと考えている。

・現場の兵士からすると戦争の大義がよく分からない。何のために戦っているのか。チェチェンやシリアと違ってウクライナという兄弟民族と戦わなければならない。ロシア軍、ウクライナ側含めて士気は高くないし、ロシア軍としても昨年10月末から国境付近に集結させられて、半年以上ロシア領内で戦争を行っている。消耗し切っている部分はある。

 

兵頭氏にはこんな表情も・・・

 

■ウクライナ軍の善戦

 

・2つ目はウクライナ軍の善戦だ。思ったよりも強かった。クリミア併合時のウクライナ軍に対する認識をいまだに持っていたのかもしれない。この8年間で欧米の軍事支援・訓練を受けながら軍事能力を高めていた。

・何よりもウクライナ側にはここで負けてしまうと祖国を失ってしまう。祖国を守る強い気概があった。ここがロシア側の士気の低下と違うところがある。

・3つ目はロシア国内からの反発。これが比較的に早い段階から起きたことも誤算ではなかったか。プーチン側近、新興財閥、退役将校から反発の声が上がる一方、市民による反戦デモもあった。今は力尽くで押さえられているが、最近でもいろんな形で表出し始めている。戦闘が長期化すればするほど、国内の世論から反発を食らう状況にプーチン氏は直面している。

・支持率はまだ8割維持されているが、夏の終わりくらいからは低下傾向になるのではないか。経済制裁の強化によって国民の生活が着実に悪化しつつあり不満が高まるであろう。ロシア軍の犠牲の実態が時間とともにロシア国内で共有されていく。

・ロシア国防省は3月末時点で1400人の犠牲者を明らかにし、それ以降更新してないが、「自分の息子が戻ってこない」と兵士の母の会が付き合わせる。英国は1万5000人と言っている。ウクライナ側は2万5000人を超えたと言っている。犠牲者の数が時間とともに共有されていく。不満の声が高まるだろう。

・4つ目の誤算は西側諸国から早い段階で経済制裁を加えられたこと。エネルギー禁輸には踏み込めないだろうとの見通しを持っていたが、原油禁輸に来ているし、天然ガスの禁輸に踏み込むかどうかの地点にまできている。ロシア国債も事実上デフォルト状態に陥っている。軍事侵攻を止められなかったが、ロシア国家財政や国民の生活には影響を与えつつある。

 

ロシアによるウクライナ侵略の状況(2022年5月31日時点)

 

■戦況

 

・当初キーウの陥落を目指していたが失敗し、現在東部2州の完全制圧を目指している。東部のセヴェロドネツクがほぼ制圧されており、ルハンスク州も完全制圧される可能性が高い。

・次はドネツク州。4割くらいは制圧できていないが、ここの完全制圧に向かうと思う。プーチン大統領はドンバス地方の独立を承認しているが、ルハンスク州とドネツク州の全州であると言っており、州境まで完全に制圧しないと何のための特別軍事作戦だったのか。ロシア国内での説明が難しくなる。2州の完全制圧を断念することはないと考える。

・ただ実際にロシア軍がそれをできるのか。ルハンスク州の小規模包囲作戦をドンバス州で実行に移してそれが成功するのかとなると私はかなり難しいと考えている。かなりの戦力をセヴェロドネツクに集中してこの状況。ドネツク州は半分は侵攻開始1カ月で達成されている。2カ月間は大きな進展はなかった。ドネツク州に戦力を集中させたからと言って短期間制圧が可能かというと難しいと思っている。

・時間とともに士気も低下し、武器弾薬も不足しそれが続いていく。国家総動員をかけて戦力の大幅増強とか何か次の手を出さない限り、戦況がロシア側に大幅に有利な形で展開することにはそう簡単にはいかないのではないか。

・南部その他についてロシア高官は、東部、南部、オデッサからモルドバまでつなげていく計画を公言している。意図表明している。実際にロシア軍の置かれている状況から「そこまでできるのか」というと、非常に難しい。

・ロシアは州単位で「ロシア化」を考えている。ただいつまでやってもそこまで行けないとなると、今実行支配しているところでとロシア側が妥協する可能性はある。

・ウクライナ側は6月中旬くらいまでに欧米諸国からの兵器が前線に届き、反転攻勢が可能であると予想している。ロシア側が短期間で自らの理想通りモルドバ国境まで目指していくのは事実上難しいのではないか。

 

■ロシアの戦略的失敗

 

・ロシアが合理的な判断をできなかったことをどう見るか。プーチン大統領が2月24日に10数万人の軍隊でウクライナ全土を侵攻するという非合理な判断をした。ウクライナ侵攻の可能性は高くないとの誤った判断を私を含め識者は行った。東部2州はあると思っていた。クリミアの成功体験があった。ベラルーシからキーフ陥落して全土侵攻を10数万人でやるというのはどう考えても難しい。

・ウクライナ全土をロシアが押さえるというのも現実的ではない。そんなことにはならないと思っていたが、実際は起きてしまった。ここがよく言われる「プーチンが非合理な判断をした」。戦略的な失敗をした。米国は「プーチンが理性を失った」と見た。理性を失ったから非合理な判断をした。

・しかし5月9日の演説を含めプーチン氏の最近の言動を見ていると、彼が理性を失っているとは見えない。体調不良説はある。69歳でロシア人の平均寿命に達している。

・「プーチン大統領は実際の状況よりも事が順調に進んでいると考えていたようだ。この問題は『イエスマン』に囲まれ、長テーブルの端に座っていることに起因している」(欧州上級外交官)。裸の王様みたいな状況になって側近が都合のよい情報だけを上げていた。

・「プーチン大統領の側近は真実を伝えるのを恐れており、侵攻がいかにうまくいっていないか、制裁措置で経済がいかに打撃を受けているかについて、誤った情報が伝えられていると確信している」(米報道官)。オンラインで、モスクワ郊外の別邸に引きこもっていた。

・プーチンはロシア国内の世論の反発も冷静に認識している、またロシア軍がウクライナの中で劣勢にあるという戦況を認識している。今のプーチン氏はロシア国内の状況、国際社会の状況を見て取っている。

・欧州の中で制裁の在り方や軍事支援の在り方、戦争の出口をどうすべきかなどで温度差が出てきているとプーチン氏は読み取っている。米国・カナダは2月24日以前の段階に目標を置く。イタリア、フランス、ドイツは「妥協してでも早く停戦すべきだ」。他方ポーランド、バルト3国、英国はクリミア半島含めて一切妥協すべきではないと強硬な主張をしている。

・プーチン大統領は現在、お得意の欧米の分断をやり始めている。

 

■ロシア国内の動き

 

・旧ソ連時代へ先祖帰りしている。言論統制の強化も進んでいる。「偽情報」を広めた場合に最長懲役15年を科す改正刑法も今年3月に成立している。ロシア議会も満場一致で可決している。

・プーチン側近の離反も起こっている。新興財閥およびリベラル派の離反のほか、「シロビキ」と呼ばれる旧KGB・軍関係者とプーチン大統領との距離の問題だ。ギクシャクし始めているとの見方もある。

・強力な経済制裁の影響も見られる。最後の本丸である天然ガスの禁輸も予想される。ロシア国民の生活に影響を与えているのは間違いないが、プーチン大統領が東部2州の制圧を断念するまでには及んでいない。

・対独戦勝記念日(5月9日)で勝利・戦争宣言なかった。今の源氏作戦の成果をアピールできなかった。

 

■「戦術核」使用リスクは政治的ハードル高いが排除できない

 

・戦争はいつまで続くのか?東部2州の完全制圧をプーチン大統領が断念できるのかについては「できない」だろう。とれるまでやり続ける。他方で国内世論の反発の動きも時間とともに高まってくるだろう。この辺りのバランスをどう保っていくのか。

・現在の烈度の高い「猛攻撃」をロシア軍が何年もやるというのは現実的ではない。ロシア軍の置かれた構造的な問題もそうだし、戦費の問題もあるし、国内の世論の問題もある。2年後には大統領選挙が予定されている。今のレベルの戦争を続けていることも予想できない。

・1年前の来年の夏ぐらいから次の選挙を見据えた国内政治の動きが始まるのが今までのパターンだ。それと合わせて戦争をいつまで続けていくのか。今制圧している地域を手放すことは考えにくい。そこは死守した上で、あとどの程度広げることができるのか。

・ロシアへの編入(ロシア化)を考えているのだろう。制圧地域を手放すことについては妥協ラインは考えにくい。州単位を支配することは断念して実効支配した地域をロシアに編入することに落ち着くのではないか。

・大量破壊兵器(生物化学兵器、戦術核)の使用のリスクは?生物化学兵器は使われた、あるいは使われようとしたのではないか。プーチン氏はまだ「ウクライナ側が開発している」と言っている。

・ロシア側に「戦闘がエスカレートしないためにデモンステレーション的に戦術核を使用する」という考え方が存在する。政治的なハードルが高い。戦術核を使った場合、ロシアがレッドラインを越えたとして米国がどう反応してくるのか。この読みがしっかりできないと一気に情勢がエスカレートする恐れがある。国際情勢やロシアの国内世論がどうか。可能性としては排除されない。

 

■ロシア、中国の「軍事的属国」になる可能性も

 

・ロシア国内の厭戦機運は高まるのか?現時点では情報統制が効いていて表面に出てくる反戦的な動きは限定的で政権を脅かすものにはなっていない。しかし制裁の影響がロシア人の生活にじわじわとのし掛かってくる。犠牲の実態がロシア国内でも共有されてくると時間とともに反発の声も高まってくるだろう。

・反戦的な動きは徐々に段階的に上がってくるのではなくて、臨界点を超えたときに一挙に高まる危険がある。チェチェンの国内戦争のときもそういう傾向があった。危険水準に達していないとはいえ楽観できない。

・東アジア、日本への影響は?日露関係では相当な影響が既に出ている。エネルギーの禁輸に踏み切っている。石炭、原油を禁輸している。外交官の相互追放、ロシア側の平和条約交渉の打ち切り表明もあり.先行き明るい展望も見いだせない。

・日本経済への影響については食料問題。ウクライナ、ロシアからの小麦輸出が滞っている。物価急騰が始まっている。グローバルに影響が拡大している。食料問題はウクライナ戦争の副作用みたいなものだ。来年を含めて今後大きな問題になっていくだろう。

・安全保障関係への影響はどうか?今の時代に他国への侵略戦争などないだろうと思っていたが、実際に起こった。そのロシアが日本の隣国でもあった。この事実を受け止めなければいけない。ロシアが他国に侵略した1つの背景に米国の警察能力の縮小の問題がある。力による現状変更をやろうという国とそういう動きを防いできた米国の警察能力が相対的に縮小してきている事実を受け止めていく必要がある。

・中国とロシアがどの程度接近していくのか。中ロ関係では軍事関係強化の動きは見られていた。プーチン大統領は「軍門に降るところまではないだろう」との見方があった。軍事的属国になる覚悟はないのではないかと見られていた。

・今完全に国際社会から孤立する中で頼るところは経済的には軍事的にも中国になってしまう。中国依存は好むと好まざるにかかわらず不可避の状況になってきている。中露がどの程度軍事的に一体化していくのか。それが東アジアの安全保障にどの影響をもたらすのか。真剣に考える必要がある。

・ウクライナの問題は決して地理的にかけ離れたヨーロッパの話ではなくて、経済、エネルギー、食料の問題、安全保障の問題を含めて東アジアにも影響を与えつつあるとの認識で注目していく必要がある。

 

 

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