【セミナー】うどんを「食べたい」よりも「製麺シーン」を求める客をつかんだ丸亀製麺の大ブレーク=ポテンシャル十分の蚕パウダーで新食料源に挑むスタートアップ「エリー」とトークセッション

モデレータを務めたアジアフードビジネス協会の渡辺幹夫理事長

 

■内外のグローバル化のシナジー効果をーJFOODO北川氏

 

「食」業界のアジアへの事業展開を支援する唯一のネットワークを標榜する一般財団法人「アジアフードビジネス協議会」(渡辺幹夫理事長)主催の第12回オンラインセミナーが6月8日、東京都新宿区のJR新大久保駅直結のコワーキングスペースで開催され、第Ⅰ部には日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)の北川浩伸氏、第2部にはエリー社長の梶栗隆弘氏、第3部にはトリドールホールディングス社長兼CEO(最高経営責任者)の粟田貴也氏が参加した。

最初にオンラインで登壇したのはJFOODOの北川氏。同氏は「日本食の魅力を語る場合、食だけについて語るのは限界がある」と述べ、「食は旅行の楽しみの1つではあるが、外国人が日本で日本食を楽しんでもらえば、そのうち日本人にとってもそういう日本食品を海外に輸出してみようということになるのではないか。内でのグローバル化が外でのグローバル化につながり、シナジーを生むのではないか」と語った。

 

エリーの梶栗社長

 

■食品としてもすごい蚕ー梶栗エリー社長

 

次いでリアルで登壇したのはエリー(東京都新宿区百人町)の梶栗隆弘代表取締役。同氏はエリーについて、蚕という生物を新たなタンパク質資源にする活動をしているスタートアップ企業。今日は蚕が「食品としてすごいんだよ」ということをお伝えしたい。「一度食べてみたい」と思ってもらえば、最初のステップと考えていると述べた。

・2018年から事業を進めている。蚕の中身の「蛹」から健康食品/代替タンパク質原料という食品原料(シルクフード)、外側の「繊維」から高機能衣料/寝具原料を開発製造する。80%および20%。

・蚕は基本的にはシルク。外側の繊維の部分がいままで産業利用されてきた。一方で中身の蛹って量はたくさん取れるんだけど産業利用されていなかったので、いまからの食品の生産性などで活用することで世の中に寄与できるのではないか。

・最終的には原料としてメーカーや飲食店に販売したいが、パウダー(肉の代替品や卵の代替品)を販売している。敷島製パンやパスコに蚕のパウダーを使ってもらったり九州大学にも卸している。

・大正製薬とのかいこプロテインスムージー、酒田米菓のチップス、G7サミットにホワイトチョコが採用された。地元の製糸工場から排出される蛹を用いた名産品(長野県岡谷市=蚕とホップのクラフトビア、シルクマカロン)もある。

・群馬イノベーションアワード2022大賞を受賞。メイクマネー。変幻自在の蚕ビジネス。新規素材なので最終的にはユーザーが重要。メーカーとの取り組みを重要視している。

 

梶栗氏

 

■蚕で新しい食資源に

 

・昔、昭和産業という穀物の原料メーカーにいた。穀物や大豆ミートを扱っていたが、なかなか商品業界というのはイノベーションが起きずらい体質で、保守的な業界だと思っていた。今回は2社目の創業。

・日本の食品は品質とコストをこれほど高水準でやっている国は世界的にもない。日本の食品技術をもう一度世界で見せることで世界的な企業を作れるのではないかとこの事業を始めている。

・将来的に成長する事業でなければならない。食糧不足は原料価格が上がることが起きる。卵、肉など全原料が上がっている。結局起きることは食卓だけではなく外食産業とか食品メーカーさんで今まで作れていたものが作れなくなる。コスト上昇、品質低下

・そもそも前提となる食資源とそれを作る原材料的なものをいかに確保するか。逆にここを押さえていることが強い影響力を持つことになると考えた。食品原料を作るところに競争力を持ちたいと思ってこうした事業を行っている。

・実際、こういう背景があるので既に「代替タンパク質」といわれる新しい資源が登場している。グローバルな投資もかなり進んでいる。日本では大豆ミートが分かりやすい。プラントベースフード(PBF)も現れており、大豆への依存が大きい。

・欧米ではソイフリー(森林破壊、ホルモン、フィチン酸)が出現。やっぱり人類のためには新しい食資源の開発が重要だ。これまでの生産システムだとうまくいかなかったからこういう動きが起きている。新しい食資源を作ることが必要で、われわれは蚕が救世主と思っている。

・理由は日本は世界一の研究大国でたくさんの知見を持っている。量産化実績も持ち品種改良もしやすい。蚕が持っているバイオテクノロジーという歴史を使っていく。創薬・化粧品の利用はあるが、食品部門への応用はまだまだ。技術を食品に使うことで日本の企業だからこそできる事業だと考えている。

・蚕のバイオテクノロジーと日本の食品のテクノロジー(高品質/低価格)をかけ合わせることで日本の企業だからこそできるのではないかと事業を推進している。

・10年後、100年後、蚕の力で誰もがおいしいものを心ゆくまで食べられる世界を作りたい。安くとおいしいものを食べてたけれど、これからそういう時代ではなくなるかもしれない。今までのものを蚕に置き換えていくことを意識している。

 

■原料はキャッサバ

 

・蚕は大きく3ついいことある。そもそも生産効率がいい。成長速度がむちゃくちゃ速い。他の生物に比べても圧倒的にサイクルが早い。動かない特徴があり飛び跳ねたりもしない。平面で飼育できる。立体倉庫の仕組みを作れば快適な飼育できる。行動範囲が狭くて設備投資も少ない。

・単一の餌で育つ。食品の管理で一番難しいのは品質を安定させること。餌が変わったら昆虫は味が変わる。蚕は桑だけで育つので世界どこでも桑が取れれば育つ。

。我々はキャッサバの葉を食べる蚕を育てている。桑は世界にはないが、キャッサバは世界的な穀物なのでどこにでもある。世界中どこで作ってもおいしくて安定的な作れる。

・シルクも取れる。1つの卵からどれだけ大きな価値を生む出すかが重要だが、シルクが取れるのは大きくて、シルクと蛹の食品の2つをハイブリッドで使うことで収益性も確保しやすい。

・あとは品種改良。これまではいい生糸を作るための改良は進められてきたが、食品の改良はされていない。当然品種改良することで本当においしいね、栄養価値高いねということを追求できる。

・品種自体はほぼ完成している。量産化に耐えうるかの開発は必要なので、今年からは実装テストを行う。雑種みたいなイメージ。スポーツでもハーフが活躍している。雑種強勢みたいなコンセプトで取り組んでいる。

・まずそもそもの効率がいいので将来的に新しい食資源にするだけのポテンシャルがある。それに重要なのは栄養が豊富でおいしい。いいものなのになぜ食べられてこなかったかというと、韓国屋東南アジア、中国では既に食べられていた。

・基本的には製糸工程の中から出てくるものなので「劣化している」という条件が付いている。おいしくなし栄養価も低いし何にも使えない。結果、釣り餌になる。われわれは独自の生産技術持っているので解決できる。

・今はベトナムで作っている。今年は群馬県でもキャッサバの農場を持って生産をしている。群馬県では工場の中で蚕を作れる。

 

■味は重要だ

 

・いま既に我々の技術で栄養価が高くておいしいものを作れる。当社の蚕には62種類の栄養素を含んでいることが大正製薬との共同研究で分かっている。

・栄養が豊富。肉、魚、野菜のバランスのいいとこどり。お肉と同等のタンパク質、青魚と同等のオメガ3脂肪酸、豊富なビタミン/ミネラル、低コレステロール/低塩分濃度。

・健康機能性が豊富である。京大によると候補物質は3000個とポテンシャルが大きい。大手企業と共同開発契約を締結済みで2025年に約10トンを供給予定。既に動物実験で生活習慣病やメタボへの効果を確認済み。当社は原料サプライヤー、大手企業が拡販を担うことになっている。

・味は重要である。やはりうまいもんじゃないと食べたくないのでこれは非常に重要だ。分かりやすい指標で言うと、蚕はうまみ精度が多い。お肉のような味にできるのではないか。どちらかと言うと、魚っぽい印象はある。調理方法によって全然変わる。

・この事業のスタートはコロナの直前に表参道の蚕のハンバーガーショップをオープンしたが、お肉と蚕を1対1で作ったバティを売っていた。大人がおいしい、おいしいと召し上がってくれた。普通に食べたりすると豆っぽい味がするが、香ばしく焼いたりすると魚っぽい味になる。

 

■ポテンシャルは十分

 

・用途が広いのがめちゃめちゃ重要だと思っている。コオロギはパウダーにして食品に入れましょう。全体の5%以下、ちょびっと混ぜ込んで「入り食品」にしかできない。蚕は栄養価も高い。よりたくさん食べれるようにしたほうがいいが、そんなに食べたくないので、用途の開発は非常に重要。

・パウダーを作るだけではなく、ミルクの代わりになるようなもの、卵の代わりになるようなもの、味噌の代わりになるようなものを蚕で作ろうと思っている。ある程度のところまではきている。シルクエッグはあれは蚕100%。99.8%と99.5%だが。100%で卵焼きできる。100gだけ食べてもらえば、タンパク質10~15g取れる。

・十分ポテンシャルはアル。食べたいと思える食品にできるかどうか。これが一番の課題でもある。健康価値をフックにした展開を考えている。蚕というのはメチャクチャ健康的な食品だよねということを認知してもらってから、そういう食品だったら食べることできるよねという形で今度は原料としてメーカーや外食産業に販売していく。イメージとしてはいまある肉とか卵とか牛乳の代わりに使うことで健康価値もプラスできる。「上位互換原料」みたいなものにできると理想だと思う。

・一般の人からもお金を募集している。みなさんの力が無いと実現できない。

 

トークセッションに登場した粟田貴也氏

 

■なぜ丸亀製麺を創業したのか

 

第三部は渡辺幹夫理事長をモデレーターに、丸亀製麺を展開するトリドールホールディングス代表取締役社長兼CEOの粟田貴也氏を中心に、梶栗隆弘エリー社長も交えてのトークセッションが行われた。

 

Q:なぜ丸亀製麺を創業しこれまでの事業規模まで発展させることができたのか。

 

粟田:今を想定してスタートを切ったわけではなくて、手探りで暗中模索でいろんなことをやりながら今日に至ったというのが本当です。23歳の時に妻と2人で焼き鳥屋を創業したことが最初のスタート。当時は事業をしようという気持ちは一切なくて、「いい商売をしたいな。生涯に店を3軒持てたらいいな」という設計をして焼き鳥屋を始めた。

なかなかうまくいかなくて、七転八倒して創業期を切り抜けながら店数を増やしてきた。最初は全く売れなくて、売れなくても当然のような、何の個性もないような店だったが、たまたま深夜営業の店がなかったのでそれで、飲み屋さんが跳ねた後のお客様とかお店のママさんとかに来ていただいて何とか食いつないだというのが創業期。女性でも入りやすいようにと洋風酒場と名を売って女性の客にきてもらえるようになった。

しかし、無風状態の田舎町にも女性が行きやすい店がどんどんできて売り上げが瞬く間に地に落ちた。どうしようかと言った時に、ファミリーレストランの居抜きがたまたま回ってきた。1990年代。一巡して居抜きが出てきて女性からファミリーにターゲットを変えて「ファミリー焼き鳥居酒屋」という形にした。郊外にまだライバルがいなかった時代。それなりにヒットし繁盛店になった。それから店数を少しずつ増やしていった。

 

■自分たちの強みは何か

 

しかしずっとあったのが「自分たちの本当の意味での強みってあるんだろうか」。女性を狙ったときは瞬く間に競合に挟まれ売り上げが激減した経験があった。いまは「ファミリー焼き鳥居酒屋」で繁盛していても、この繁盛はいつまで続くのか。

成長意欲はあるので店は出すものの、この先どうなっていくのか半信半疑があった。そんな時に出会ったのが香川県で見た製麺所・うどん屋さんの長蛇の行列。さぬきうどんブームのさなかだったので、そういったことも背景にはあったが、自分に無いものを発見した。

自分たちはいろんなことを考えて商売していたが、特に製麺所に至っては「単にうどんを作っているだけ」なのに、長蛇の行列を作っている。ここがまさしく自分が気付かなかった点だなと思って、「お客さんは何を求めているのか」をはき違えていたこともあった。

お客さんは本当にシンプルに、手作りだったり、出来たてだったり、その出来たてを食べるという。要は「うどん」を食べるのではなく、体験、体験価値を求めているんだ。

当時私が店を作ったのは2000年。うどん屋さんは星の数ほどあって今さらうどん屋で勝負できるとは当然思っていなかった。しかし周りにはそういう体験価値を売る店がなかった。自分はうどん屋さんを作るのではなくて、製麺、うどんを作るシーンをお客さんに楽しんでいただく。最後はおいしく食べていただくことに念頭に置いた。うどんは素人だった。経験者を連れてきたりスタートを切った

 

■「体験価値を売る」

 

テーマは「うどんを作るシーン」。製麺所再現する。周りにセルフ屋はなかった。セルフうどんの認知がなかった。製麺シーンに長蛇の行列ができた。これで自分はこの業界で生きていけるのではないかということを何となく感じた瞬間だった。

・屋号も丸亀製麺。香川県には~製麺はあったと記憶しているが、うどん店が~製麺を名乗るところはほとんどなかった。香川で見たその店を再現したかったので製麺と付けた。スタートを切った。大盛況だった。

・幾多店は増えても「体験価値を生むことは忘れない」ことをテーマにやってきた。どれだけ店が増えても工場を作らずすべて店内で粉から作るのがあった。ここが僕たちの強みだったのかなと振り返っている。

・当時は全国に何店舗出すなどとは全く考えられなかった。1店、1店と出し続けたのが正直なところ。どこまで行ってもぶれない。「体験価値を売る」「製麺所であらねばならぬ」「だから店で製麺しなかったらわれわれじゃない」「その強みは絶対に忘れない」。これらが今につながってきた。

 

粟田氏

 

■思い付きで始まったハワイ・ワイキキ1号店

 

Q:日本のうどん店を海外に住む外国人に食べてもらう、いわゆる「海外展開」はどうして始まったのか?

・全く崇高な思いは何もなくてスタートを切ったのが真実だ。日本で丸亀製麺の展開がうまく行き始めた。生まれて初めてハワイに連れて行ってもらってハワイはすごいなと思った。日本国内で出店を急いでいたので持てるリソースは国内の展開に使い切っていた。海外進出なんて考える余裕すらなかった。そんな時にハワイで散歩していたときに偶然に店舗を見つけた。

・平屋で良い感じで全面がガラス張りで間口の広いお店が「for sale」されていた。それを見たときにひらめきというかふと思った。ここに製麺機を置いてここに釜を置けば、この通りを歩く人からよく見えるんじゃないか。

・ハワイだから日本人もいないわけじゃないし、うどんを知らなくても製麺シーンに人は興味を持ってくれるんじゃないか。店をのぞいてくれるんではないか。

・ここにうどんを持ち込んでうどんを作ればそんなに高くしなくても利は取れるんじゃないか。ハワイでもわれわれの回転価値はほっとしたらうまく行くんじゃないか。ひらめきです。一瞬で出店を決めました。

・一軒ぐらいいいじゃないか。保養施設でもすればいいじゃないか。そのくらいの気持ちで作ったのが2011年のハワイ・ワイキキ店。海外1号店となった。これが強烈にはやったわけですよ。

・オープンしてからもう12,13年になるが、行列が絶えたことがない。開店価値を売るということは国を超えていけるな。私自身が学ばせてもらった。計画してやったわけではなくて、結果として学びを得た。海外でもうどんがいけるんだ。

・これはうどんが売れているんではない。開店価値が売れているんだ。ここを間違えると我々はまた失敗をする。ハワイでうどんを作ることにこだわり続けた。うどんを知らないハワイの人がうどんを作るのは結構ハードルが高くて、水を違えば気温、環境も違う。店内で粉から作ることは簡単ではなかったが、苦労しながらやってきた。

・日本でやっているよりも圧倒的な売り上げがそこにあった。それで海外もやっていったほうがいいのではないかと思うようになった。1号店も思い付きで開けた。思い付きで開けた店が大ヒットしたので、思い付きの延長で海外展開を考えた。

・結局、商社の方々にお願いして人を紹介してもらい、2012年には台湾、韓国などで準備会社を設立し、店を順番に開けていった。体験価値を売るというのはどの国でも一定の支持を得た。中国でも長蛇の行列ができた瞬間があった。台湾でも大ヒットした。韓国でも当たった。

・マニュアルもなければ何も無い。そんな中からのスタートで決して褒められた話ではないが、勢いでやってきた。計画立ってやった話では無くて全てが思いつきから始まった。

 

■計画性なし

 

Q:時代の捉え方はどうか?ピンチから這い上がる原動力は?

・そんなに分析ができる男ではない。この先どうなるのか考えて行動できる男でもない。いつも転機になったのは失敗、ピンチ。うまくいかなかったから、どうしよう?次の行動を考える。うまく行っているときに次に行くプランニングは得意ではない。

・ピンチに陥り、死に者狂いで考えたら、ヘタ鉄砲ではないが、何となく乗り越えてきたことが次の成長につながったのだなというのがこれまでの私の人生のすべて。

・あくなき成長を信条としている。商売を始めたのも父が早くに亡くなり、「豊かになりたい」というのがベースにあった。自分で何かやったほうがいいのではないかのが商売に行き着いた1つのきっかけではないか。

・どうせ始めたのならいけるところまで行きたい。計画性はないが、野望と願望が入り混じったような、あくなき成長というのが今も私の持ち得る信条だ。

・食べ物屋として「何を作ったら売れるか」は頭がちぎれるくらい考えるが、どうやったら売れるのか。売ろう売ろうとしたら売れないが、お客様が欲しいと思わせるためにはどうしたらいいのかを考える。製麺シーンとかゆで立てシーンとか、そういうものを見せる瞬間を作るというのが僕にとっては大事。食べたいと思わせる瞬間をどう作るかにこだわっている。

・利はお客が持ってくる。客数を最大化することをいつも考えている。世間様から言うと、トリドールは非効率な経営をしているとよく言われるが、非効率でも客がたくさん入ったらそれは利潤を生んでくれる。この順番は絶対間違ったらいけないというのは私の考えで、利を急ぐならばなおさら手間暇掛けるべき。

・客に思わず「食べたい」と思わせる。人は衝動買いの生き物だと思っている。インサイト(洞察力)にどうたどり着けるのか。いつも考えている。(梶栗氏コメント=「食べたいね」「食べたいな」と思ってもらえる瞬間を作り出せるかについてはわれわれがいつも苦労しているところなので、工程を見せる努力の必要性を感じる)

 

■コロナで売り上げ半減!

 

Q:事業を行う上で特に大手会社との関係では難しいこともあったのではないか。梶栗さんはどう思っておられるか?

梶栗氏=大手会社も新規事業をやらなければいけないという意識があるので、そこにうまく入り込んでいくことを最初から意識していた。アクセラレータープログラム(大手企業が新興企業に対して協業・出資を目的とした募集行為を開催するプログラム)を活用したことを紹介したが、スタートアップだからこそできる、特に昆虫を使うなんてのは大企業なら絶対にやらないという確信が今でもあるのでそこを何とかブリッジさせるところで大手企業とのネットワークを作っていく。そういうことができれば名前が売れていくし、会社知っているから一度話を聞いてみようね。そこで会えるのは現場の購買の担当者ではなくある程度指揮命令権を持っている人。新しいことをやっていて、それが彼らのニーズにマッチするように見せていく。それをベースにネットワークを作っていく。こういうことがパスコとの協業にもつながったのではないか。

粟田氏=思慮深くないというか浅はかなところも多いが、これからはもっとしっかりやっていかなければならない。

Q:コロナが5類に移行して世の中の動きが変わってきた。コロナを受けてどんな影響が出たか。

・2020年の4月は売り上げが半減した。泣きそうでした。どうしようというのが本当にありました。なすすべもなく月日は経過したが、テイクアウトやった。店で食べていただくのが丸亀製麺の最高の価値だと思っていたのでテイクアウトは一切やってこなかった。たまにもって帰りたい人がいる(1%)。

・子会社の丸亀製麺の社長が「うどん弁当」を考えた。店の商品をテイクアウトするのではなく、テイクアウト専門の商品を作ってテイクアウトをアピールしよう。大ヒットした。しかし店内が混乱した。販売窓口を作った。90%までは売りを戻すことができた。

・うどん弁当は3400万食を売る救世主だった。テイクアウトは15%から20%を占めた。年間200億円の売り上げを上げられるようになった。

 

■テイクアウト市場は結構あるな

・コロナになって思ったのだけど、テイクアウト市場は結構あるな。ケータリングとかデリバリーもあるが、テイクアウトの魅力を感じている。しかしコンビニに行くとおいしいうどんがたくさんある。我々としてはやはり体験価値路線でいくしかない。手間かかるが、お客様に注文をいただきながらパックに出来たてのうどんを詰めて天ぷら詰めてやっている。効率悪いですよ。「まだか」とお客さんからよく怒られます。うちの主義としてうどん詰めて積んでおくことは体験価値にならない。非効率を貫いたのが大ヒットにつながったのかな。怒られても早くしようと頑張るしかない。だからテイクアウトも体験価値が絶対大事と思っている。どこまでいっても非効率でも自分たちの強みを忘れてはいけない。

・今年5月でコロナも一段落。もう一度食で元気を出そうとアフターコロナでのテイクアウトということで「シェイクうどん」を全国一斉に発売した。それなりに売り上げが確保できた。

・うどん弁当を販売したときに新たな客が店にきていただいた。店には来たいんだけどこれない方がいるんだな。高齢者を抱えた家族や小さなお子様のいる家族がこぞって家族の分をまとめ買いしてくれた。

・店を構えてくれているだけにはなかなか捉え切れない需要があるんだなということを学んだ。お客様から教えていただいた。クルマからも降りずらい人がいるのではないか。ドライブスルーの店を今月始める。カップホルダーに収める商品があればいいのではアイデアが出てきてそれがシェイクうどんにつながったという伏線もある。新たな客層に販売を拡大していく上で必要と考えている。うどんって「ちょっとださい」と思った層にも軽快に食べてもらえるシーンがあってもいいのかな。世の中に浸透していくか。自分たちでやりきりたい。

 

■「やってみなはれ」

 

Q:サントリーさんのような「やってみなはれ」と言える会社の気質があるのかどうか。

・そうですね。比較的にチャレンジしましょうという会社だと思っている。時代に合わせて変わらなければいけないことが山ほどある。もう一方で変えてはいけないものもあるのではないか。「不易」。自分たちの強みが不易だ。体験価値は変えたらあかん。シェイクうどんも注文もらった時から目の前でジタバタしながら作るんだ。生き延びる強みを引っ張り続けることだ。

・今目の前で売れてるからそれを勘違いしてやっちゃうと次の瞬間に同業他社と変わらなくなっちゃう。同質化することが一番怖い。自分たちの強みをどこまで守り続けることができるかというのが僕にとっての生命線だ。目の前の繁盛はまぼろしみたいなもので、自分たちが一所懸命やり続けているところに何かあるんじゃないかなと思っている。

・人間ですから楽したいというのは当然ある。もっと楽したいなと思うけども、きょうこの繁盛というのは手間暇かけているからお客さんきてくれているんだからこれを勘違いしたらあかんよね。

 

Q:梶栗さんのご感想は?

 

梶栗氏=我々が一番難しいのは物がまだ売れ始めていない。評価されている物がないので、強みを自分たちで理解したり整理したりするのが難しいんだろうなと思う。食品の事業経験者が非常に多い。食品として本当に評価されるものを作りたいとメーカー全員が持っているので、こういう思いは絶やしてはいけない。そういう信念はこれからも積み上げていかないといけない。

 

社長社長

 

■2028年に世界で5500店舗

 

Q:今後のグローバル展開についてはどう考えているのか。

・2028年には世界で5500店舗(日本は1500、残りは海外)を考えている。海外は伸びしろがある。消費高齢化の現実が目の刻々と目の前に迫っていると実感している。従業員を採用できなくなったりお客様いなくなったりすることが近い将来日本では起こるんだと思うと、海外もしっかりやっておきたい思いはある。

・大きい目標を掲げたほうが行動を変えやすい。手の届く数値を言っても行動は変わらない。何とかせなあかんなと思うところがスイッチが入る瞬間ではないか。根拠があって言っているわけではなく、今を変えたいからそういう夢を語っているとご理解いただきたい。

・一応上場企業でもあり、あまり軽口はたたけない立場でもある。あとは行動で何とかカバーできたらと思っている。

梶栗氏=我々は最終的にはグローバル企業になりたいと思っている。海外展開も考えている。日本でも海外でもやらなければいけないことは同じ。中国や東南アジアなど一部の国は蚕を食べることに抵抗がないだろうが、一般の食品にしていく上では、日本人がまだ馴染みのない物は欧米でも同じ。日本での展開のほうがやりやすいかなと思っていたのがこれまで。一方で海外のほうが早いこともある。東南アジアでは日本より馴染みが早い。ハイブリッドで両方の検証を決めていければと思っている。

Q:海外で味は変えているのか?

・味を変えるつもりはないが、水とか環境が全く違うので再現性が難しい。なるべく近づくようにはしている。日本の方が食べるとちょっと味が違うかなと思う瞬間はあるかなと思う。その国々で愛されている味みたいなものをスープに取り込んだりしながら展開をしている。グランドメニューは一緒だが、国々に好まれるようなスープというか出汁でうどんを作っている。若干のメニューの違いはあります。

Q:どんな状態で組織としての体制が整ったのか?

・フードビジネスぽくなってきたのは最近かもしれませんね。計画だったやってこなかったこともあるので、困ったら作るというのがこれまでの歴史だった。マニュアルがなかったらこういうことが起きる、だからマニュアルを作ろう。すべてが後付け。なかったら困る。後付けでやってきた。5年、6年前までは未熟なところがあったし、失敗も多かった。

・どうしたらこの会社は大きくなるかをずっと考えている。もう少し大きくしたいと考えている。いずれにしても私、講演するガラじゃないんですよ。ロジカルでやってきたわけじゃないんですよ。感性で生きてきた男です。たまたまうまくいった。失敗も山ほどある。失敗の数よりも成功の数が少し上回った。これが今の我が社の有り様ですから。

 

JR新大久保駅直結のK,D,C,,,コーワーキングスペース4階

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.